ダンジョンと罠 1
実は私、ダンジョンに入るのは初めてである。
私の職業がアレで、パーティーを組むのが難しく、かといってなら一人でというのも怖いから、っていう理由も勿論あるけれど、一番の理由は、王都の近くにダンジョンがないから、だ。
なので今日は、王城にある転移の為の魔法陣からダンジョンのある土地の近くに飛び、そこから歩いてダンジョンに向かった。
その途中、王子様方のお供の方々を拾って行く、という何とも言えない作業があった事は置いておく。
そうして入った、初のダンジョン。
私は現在、一人でポツンと立ち尽くしている。
あれは、ダンジョンに入って、しばらくしてからの事だった。
王子様やお供の方々が難なく魔物を倒し、探索は順調に進んでいた。
けれども、何十回目かの魔物との戦闘後にクーザ様が息を吐きながら壁に寄りかかると、その壁がカコン、という音を立て、へこんだ。
すると私の左隣にいたレヴァ様が突然現れた地面の出っ張りに足を取られ転んだ。
それを見た私がレヴァ様に手を差し出して起こすと、なんとまたレヴァ様を拾った扱いになってレベルアップし。
それに驚いていると、また突然に、私の足元に魔法陣が現れ……。
気づくと、ここに一人でいた。
……もう、本当に、どうしよう。
私一人ではとてもここの魔物は倒せない。
まあ私には、物理・魔法共に攻撃は当たらないけれど、今身をもって体験しているように、このダンジョンには様々な罠が点在しているようだから、むやみに移動するのも怖い。
というか、今いるこの場所……いや、この部屋? にはそもそも移動する為の扉も通路もない。
あるのは正面、部屋の奥に見える台座に置かれた黒と白の渦巻き模様の小さな玉だけである。
……もの凄く怪しいので、正直近づくのも嫌だ。
絶対あれ、何かの罠だと思う。
触った途端にあれを守る、強い魔物が現れるとか。
いや、もしかしたら近づくと落とし穴に落ちるとかの可能性もある。
「……とはいえ、このままここに立っていても何も変わらないんだよねぇ」
何しろここには扉も通路もないのだ。
王子様方が来てくれるのをただじっと待っていても、それらがない以上無駄だろう。
もはや覚悟を決めてあれに触るしかない。
何らかの変化をもたらさなければ。
願わくばその変化が、死に繋がるほど危険なものではありませんように!!!
私はそれだけを強く願いながら小さな玉に触れた。
すると。
玉のある台座を挟んだ向かい側に、灰色のフードを目深に被ったローブ姿の人影が現れた。
「ひっ!!」
それを認識した瞬間、私は悲鳴を上げて大きく後ずさった。
や、やっぱり、この玉を守る強い魔物が出てくる系の罠だった!?
なんか魔物じゃなくて人っぽいけど!!
わ、私一体どうなるの!?
ぷるぷる震える私をよそに、フードの人物は現れた場所から動かずじっとこっちを見ている。
背はそれほど高くはないが、ローブ姿の為男性か女性かもわからない。
ただお互いを凝視するだけの時間が過ぎていく。
「……何だ、つまらねえな。ただの女の子かよ」
あ、男の人だ、と溜め息と共にようやく発されたその声を聞いて思う。
けれど、"つまらない"とはどういう意味か。
ただの女の子では何かいけなかったのだろうか。
「あ、あの……? 貴方は、人、ですよね……?」
私は意を決し、恐る恐る声をかけてみる事にした。
まずは、きっと当たり障りのないだろう事から。
慎重に言葉を選ばなければ。
「そうだけど? こんな格好だけど、魔物には見えないだろ。……ま、"人"って言っても、異世界出身の人間だけど」
「えっ!? 貴方も!?」
「は?」
「あれ? でも……あの時、いました? 声に聞き覚えが……。貴方、あの場所で一言も話さなかった……わけは、ないですよね?」
「……。……あんたも、なのか。……あんたの言う"あの時"がいつかは知らねぇけど。俺がこの世界に来たのは、もう随分昔だぜ」
「え? そ、そうなんですか……?」
「ああ。俺が与えられた職業は錬金術師でね。ゲームで好きだった職業を与えられて、調子に乗って極めちまって。不老長寿の薬なんてもんまで作って、試しにそれ飲んで。そんな馬鹿な事しちまったせいで、あとどれくらい生きるのかもわからねえ馬鹿な男さ」
「え」
「そんなもんで日々退屈しててね。刺激を求めて色んな物作って遊んでる。これもそのひとつさ」
そう言って、男性は小さな玉を指差した。
「……あの、それは、何ですか?」
「ダンジョンの卵。その存在を知ってる奴らの中では欲しがる人間が山ほどいる代物さ。……で、あんたの職業は?」
「あ、ひ、拾い物士、です」
「は? 何それ。どういう職業なわけ?」
「……お、落ちてる物を拾って……生計を立ててます……」
「はあ…………??? ………………………………………。……あ~~~、そういや、試験的に与えられるっつ~職業があるんだったか。以前、"走り屋"とかいう職業の奴に会ったよ。そいつは配達屋を開業して、とにかく走ってたな。レベルがかなり上がった時のそのスピードが速えこと速えこと。そのうち音速の域に達するんじゃねえかと思ったっけ。……あいつどうしたかな……最後に会ったのいつだったか……。……………まあ、いいや。で? あんたはその落とし物を拾って、売ってるわけだ?」
「え? い、いえ……私は、ごみ拾いとか、落ちてる素材とかの依頼をギルドで受けて……。……売るなんて、そんな。売れるような物、拾った事まだないですし……」
「へえ? じゃあ、まだ成り立てなのか。……ふうん。じゃあ、これはあんたにやるよ。本当は俺が作ったゴーレムと戦って勝ったらと思ってたけど、同郷のよしみって事でなしにしてやる。これは、さっき言った通りダンジョンの卵だ。魔力を込めるとダンジョンが作れる。作ったダンジョンは、あんたの思い通りにできる。ダンジョンの魔物のランクから、その魔物と戦って敗れた連中の生死までな」
「えっ、せ、生死!? し、死ぬのは、駄目です……!!」
「なら、敗れた連中は生き返らせてダンジョンから追い出せばいい。とあるゲームみたいに、"おお死んでしまうとは情けないもう一度チャンスを与えましょう"ってな。所持金減らしたり何なりするのもあんたの心ひとつだ。好きに作るといいさ」
「好きに……」
なら、お金とかはそのままで、でも倒れた時にその手から離れた武器とか道具とかはその場に残して、私が拾って後日持ち主に定価の半額で売るとか…………しても、いい、のかな……???
「さ、早く卵取れよ。卵使う権利を得るのは最初に触った奴だから。取ったらダンジョンの入り口まで送ってやる」
「あっ、いえ、それは。私、今日はこの国の王子様方に連れて来て貰ってますので、合流しないと」
「は? ……王子? この国の?」
「はい。ちょっとしたご縁がありまして。今お世話になってるんです」
「へえ。……なあ、そいつら強い?」
「え? はい、たぶん。このダンジョンの魔物、危なげなく倒してましたし」
「へえ! なら、予定変更! そいつらが俺のゴーレムと戦って勝ったら、卵やるよ!」
「えっ!?」
な、何でそうなるの!?




