大男の忠誠心が厚すぎる2
「……はい。闘技場の柵が上がり、そこには凶暴な魔獣がいました。噛み付く以外にも、口内から槍のような物体を放ち、肉の鎧など容易に貫いてしまう」
マジでなんだったんだあの魔物。
新手の寄生生物みたいな構造をしていた。
「それを見て、はなから死を望んでいた私だけでなく、他の奴隷たちも絶望していました。……ですが、ただ一人、一人の奴隷だけは、魔獣に立ち向かっていったのです」
ラグナルは目を輝かせ、拳を強く握り、俺を見た。
「それこそが――シン団長だったのです!」
その言葉に合わせて、リゼットが魔術か何かで小さな花火のようなエフェクトを弾かせた。勝手に演出すんな。
「団長は魔獣の攻撃を躱し、逃げ惑う奴隷たちを助け、血に濡れた顔で言いました。『お前たちは戦わないのか? お前たちの誇りは、武器を掴まなきゃ見せられないのか?』と……」
背後で鼻をすする音が聞こえる。
振り返ると、鉄仮面のリゼットの瞳から一筋の涙が溢れていた。
確かに、確かにラグナルの語りは上手い。
騎士として戦っていたころも、こうやって部下を鼓舞していたのだろう。
しかし……しかしだ。実際には、これは美しい話ではない。
ある日……俺はただ、ダンジョン探索中に偶然「転移結晶」なる代物を拾っただけだった。
それは触れると、持ち主があらかじめ登録していた場所へ転送されるアイテム。
ファストトラベルってやつだ。
所有者が任意の場所を設定する必要があるため、元の持ち主がいたはずなのだが、何故か周囲に人はおらず、どうしたものかと軽く小突いたのが運の尽き。
なぜか、下着を含む全ての装備を置いて転移してしまった。
そうして飛ばされた先は、まったく知らない土地。
俺はどうにかしてフェルナスへと帰還するべく、己の身体一つで興奮しながら突き進む。
だが、やがて俺はある国の領土に踏み込んでしまい、ほぼ即座に捕らえられた。
抵抗したかったが、全裸では説得力ゼロ。
俺は魔術も使えず、武器も持たず、闘技場に放り込まれた。
円形の石造りの闘技場。
奴隷たちは怯えきって壁際に固まり、開かれたゲートの向こうからは、常軌を逸した化物が現れた。
粘液に濡れた四肢、蠢く触手、口から飛び出す骨の槍。
死闘とかのレベルじゃない。余裕でぶっ殺される。
だが、俺はここで生を終えるつもりはない。
どうにかしてモンスターを倒して、その上で脱出する必要があるのだ。
俺の頭はフル回転していた。
武器も魔術もないこの状況で、どうやって生き残るか。
敵は一体。対するこちらは十数人。怯えきった奴隷たちではあるが――数の暴力ならいけるか?
正面からぶつかれば即死確定。だが、十人が一斉に殴ればどうか。
あいつの触手を抑える者、足を引く者、後ろからかかとを蹴る者……。
見てみれば、ちらほらゴツいやつもいる。
だが、問題は誰が先陣を切るかだ。
奴隷たちは恐怖で固まり、完全に沈黙していた。
誰かが叫び、動かなければ、全員そのまま殺される。
ならば、ここは俺が煽るしかない。
そうして告げたのが「お前たちは戦わないのか? お前たちの誇りは、武器を掴まなきゃ見せられないのか?」という、前世で観た映画の名言だったんだが……。
ともあれ、絶望に屈していた者たちが、歯を食いしばって武器らしき木片や石を握り、俺の周囲に集まりはじめる。
その後は全員で魔物を袋叩きにした。
俺はモブに混ざって背後から飛び蹴りをかますことで、死なずに生き延びた。
「……我らはシン団長の元に一つの生命になり、彼の一撃によって魔物を撃破しました」
いや、最後の一撃はラグナルだった。
魔物が十メートルくらい吹っ飛んでったぞ。
「まさかと言える結果に人々は言葉を失い、我らは好機とみて脱走。そして、団長は追手を撹乱するために、一人だけ違う道を選び――私たちは自由を手にしたのです」
実際には、国からの距離的に追いつかれる可能性が低く、自分の正体がバレるのを防ぐために別行動を取ったのだ。
「私は……私は衝撃を受けました。己の言葉と肉体で人々を鼓舞するシン団長の姿に。……あの時の私に必要だったのは、折れずに戦うことだったのかと」
否定したいが、ラグナルサイドの話が重すぎて何も言えん。
「同時に、一つの願いが生まれました。私は彼を仰ぎ見たい。どうか、彼に人々の上に立ってほしいと。この世の全てを……総べてほしいと」
あまりに飛躍しすぎじゃないか?
俺が総べたいのはメンバー0人のギルドだ。
「その後、私は団長を探す旅に出ました。ですが、無能な私は彼を見つけることができず……ある日、『孤高で名を馳せる冒険者リゼットが、名もなき新興ギルドに加入した』という噂を耳にしたのです」
おい、なんだその噂。初耳だぞ。
「そして私は白灯を訪れ……団長の声を聞いた瞬間、確信しました。この方こそ、あの闘技場で光を見せてくださった方だ、と」
パチパチと手を叩くリゼット。
とりあえず、彼女がギルドに加入したという噂を流したやつはシバいておこう。
「ちなみに、その噂は私が流しました。雑用係が欲しかったので」
やっぱりやめておこう。瞬きのうちに病院送りだ。
「……さて、次はメイド長の番ではッ!? まだうかがっていないことに気がつきました! ぜひ、シン団長との出会いを聞かせていただければッ!」
「仕方ありませんね。特別に話してあげましょう」
もうやめてくれ。俺はさっき聞いたんだよ。
「私がまだリゼット・カディナという名の貴族の娘だった頃――」
「貴族だったのですか!?」
流れるように始まった回想を右から左に受け流しつつ、俺は思考を巡らせる。
残念ながら、今さら三人の加入を取り消すことはできない。
SSランクのメイド、Sランクの剣、冒険者の上澄と並ぶであろう元騎士団長。
誰に楯突いても転生人生終了だ。
つまり、これからの俺にできることは出来るだけ目立たず、加入希望者を出さない、見つからないことだ。
「でも、あのとき――初めて、誰かにとっての道具ではなく、人として扱われたと感じたのです」
「な、なんて……なんて寛大なお方だ……ぐすっ」
よし、そうなればやることは一つ、何もしないことだ。
ギルド単位の依頼をこなすなどもってのほか。
毎月一体ずつヒーリングゴーレムを増やすことを楽しみに生きていこう。生きていこう……そう思っていたのに、一週間後に持ち込まれた依頼と行動によって、俺の静かなギルマス生活は終わりを迎えたのだった。
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