溌剌剣士の愛が重い3
「簡単に言えば、リゼットが俺に良くしてくれるのと同じ理由だよ」
ここからはセラから聞いた話だが、俺たちの出会いは今から数年前。
冒険者として駆け出しだった彼女は、ダンジョン内で仲間とはぐれてしまい、一人で彷徨ううちにモンスターの群に囲まれてしまった。
数人で一体ずつ倒していくような相手を、一人の時に何体も捌くのは不可能。
セラはこれから嬲られる自分を想像して動くこともできなくなっていた。
しかし、その時に一人の男が現れる。
彼は心が折れかけていた少女に、自分の持っていた剣を握らせて振るい方を教えると、自らは拳一つでモンスターと戦い始めたという。
そうして周囲のモンスターを全滅させた男は、少女に安全な帰り道を教えると、名乗るわけでもなく姿を消した……。
まぁ、悪い流れは続くもので、俺のことだった。
あのダンジョンは、駆け出し冒険者が少し背伸びをしていく場所だ。
俺はたまたま、鉱石を手に入れるために訪れていた。
そして、目的の場所へと向かう途中、脇道から人の悲鳴が聞こえてきて、様子を見に行くとセラがいたのだ。
彼女を甚振ってやろうと周りを囲う魔物たち。助けなければ。
Bランクの俺には物足りない相手ばかりだが、そこは人間の知恵の使い所だ。
冒険者は経験を積み、より強力な武器や魔術を手に入れることで、下位のモンスターなど赤子の手をひねるように倒していくが、身体強化を使わない素の能力には限りがある。
つまり、ステゴロでなら下位のモンスター相手でも死闘を感じることができるのだ。
あのとき、俺は自分の剣をセラに手渡しながら、偉そうにこう言った。
「この剣が、折れそうな君の心を支える」
完全にその場のノリだった。
実際は、俺が両手を空けて、拳ひとつで性癖を満たすための方便でしかない。
だが少女の目には、まるで真の英雄のように映っていたのだろう。
己の拳を握り締め、俺は群がる魔物たちの中へ――飛び込んだ。
……あぁ、思い出すだけで背筋がゾクゾクする。
あれは、最高の時間だった。
喰らいかかる牙、振り下ろされる爪、肉が裂け、骨が軋む音。
意識が飛びかけながらも、踏み込み、殴り返し、倒れる寸前で立ち上がった。
そして――俺は勝った。
血まみれで、骨の一本も折れていたが、勝利を掴んだ。
そのあと、安堵から放心状態だったセラに帰り道を教えて、俺はそのまま鉱石回収に戻った。
特に名乗ることも、自己紹介することもせずに。
だからセラに正体がバレるはずがないにも関わらず――なぜか、数年後にギルドの面接に現れたセラは、開口一番こう言ったのだ。
『やっと会えたね――マスター』
「正直、俺の正体がバレた理由だけは……分からないんだよな」
彼女に聞いても「運命が味方してくれたんじゃないかな?」としか言ってくれない。
「同感です。私が何年も追い求めたのに比べて、彼女は随分と嗅覚が鋭かった」
リゼットもリゼットで怖いけどな。
「……愛の深さなら負けませんが」
リゼットも、リゼットで、怖いけどな。
もちろん、俺も男だ。
リゼットもセラもとびきりの美人で、好意を向けられて嬉しくないはずがない。
……しかし、前世で大した女性経験がない俺にでも、二人に軽い気持ちで手を出すとどうなるのかは分かる。
最悪の場合、俺の不労所得という名の経営者手当がなくなるだけでなく、命まで失いかねない。
というわけで、シバかれないように彼女たちをコントロールしつつ、適度に距離を置きたいわけだが……。
「――んぶっ」
「あぁ……シン様。私が一生をかけてお守りしますからね」
隙を見計らって俺を抱きしめてくるリゼットを筆頭に、セラも一歩間違えればバッドエンド。
既に俺の手に負えない状況になっている気がするのだった。
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