毒沼ブラザーズ2
レオンとイーリスの兄妹が、どのように幹部を見つけ出したのか。
問いにすらならないほど、答えは簡単だった。
人々が逃げ出した後の街並み。
その静けさの中で、不気味さの中で、当然のように動く二つの影。
見た目の怪しさもあって、イーリスはすぐさま魔術を放ったのだ。
直前に気付かれて直撃こそ逃したものの、爆発による被害もバカにならない。
だというのに、眼前の歪んだ笑みを浮かべる二人は全くの無傷だった。
イーリスは弓の弦に光を纏わせながら警戒を強める。
(遠く離れず、防御魔術を発動した痕跡もない……どういうこと?)
レオンは剣を構えながら、足元に目をやった。
黒い、ぬるりとした液体が、いつの間にか足元にまで広がっている。
「兄さん」
「……ああ、見えてる」
イーリスの呼びかけに、レオンは低く返す。
街の石畳の上。そこにあるはずのない液状の沼。深さはわからない。
だが、その中に足を踏み入れたら、まともな動きは封じられることは確実だった。
「おーっと、気になるだろうが、あまり動かないでおいた方がいいぜ?」
片方の男が片手を上げて、不敵に笑った。
「その足元の毒沼は、見た目以上に深い。入ったら最後、二度と戻れねぇぞ?」
「なぁ兄弟。説明してやるか」
もう一人が言うと、口角を釣り上げた方が胸を叩くようにして名乗る。
「俺は《毒沼》のダリオ。この毒沼をどこにでも展開できる。そして――」
隣の男が続けた。
「俺は《毒沼潜り》のゼーレ。俺と、俺が触れた相手はどんな毒沼でも泳げるんだぜ」
「だから、お前らが逃げようとしたって無駄。右も左も――」
「――前も後ろも毒。地面の中だって毒だ。俺らが通れる道しか残らねぇのさ、なぁ兄弟?」
二人は勝ち誇ったように笑っていたが、レオンもイーリスもその笑みに乗ることはなかった。
「思ったより厄介な能力だな」
イーリスがレオンに耳打ちする。
「地面に潜って私の魔術を回避したんだね。沼じゃなくて毒沼だから、足を取られると――」
「――抜け出せても後に響く」
ふたりは視線を交わし、同時に静かに息を吸い込んだ。
片方が沼を展開して、もう片方がそこを自由に移動できる。
こちらの動きを制限しながらジワジワと追い詰めていく。
毒沼ブラザーズの戦法は盤石であり、このふざけた様子すら油断を誘うためなのではないか、レオンはうっすら考えた。
「それじゃ、始めようか。俺たちのコンビネーションの前に跪きなぁ!」
ゼーレが毒沼の上を滑り出す。
その足元からは飛沫一つ上がらない。完璧に毒沼と一体化していた。
(速い! 滑ることもできるのか……!)
レオンは正面からの接敵を避け、横へとステップを取る。
だが、その踏み出した先も、もう毒沼に染まっていた。
ゼーレの背後にいたダリオが、合図もなく毒沼をさらに展開している。
「俺たちは本当の兄弟じゃない。だが、互いがどう動くのかは考えずとも理解できるのさ」
ゼーレの言葉とともに、レオンの真横から水飛沫――毒の飛沫が跳ね上がった。
「ッ!」
反射的に剣を振るう。
斬撃は正確にゼーレの首筋を捉えたはずだったが――当たらない。
「おっと、惜しいね~!」
ゼーレの姿が、液体の中へと滑り込むように消えた。
(……潜った!)
毒沼の中に、そのまま姿を溶かすように沈んでいく男。
反応が一手遅れただけで、敵の姿が完全に視界から消える。
その時、レオンを取り囲んでいた毒沼の一部分がなくなった。
否、それは消えたのではなく塞がれた。
「兄さん気をつけて! この上なら通れるから!」
イーリスの声が飛ぶ。
彼女は、レオンに前線での戦闘を任せつつ、毒沼への対策として光魔術で道を作ることを考えた。
さっきまでただの石畳だった場所でも、すぐに不気味な粘液に飲まれていく。
だとしても、イーリスの魔術のおかげで少しの機動力は失わずに済む。
(でも、このままだと足場が……)
戦いが長引くほど毒が広がり、選択肢が狭まっていく。
「――兄さん、左ッ!」
イーリスの叫びに反応し、レオンは即座に剣を構える。
「お、読まれた?」
毒沼の中から跳ねるように飛び出すゼーレ。
短剣を手に、まっすぐレオンの心臓を狙ってくる。
「ありがとうイーリス、助かった!」
レオンの剣が振るわれる。
刃と刃がぶつかり、火花が散った。
しかし、ゼーレはすぐに沼の中へと姿を消し、その間にも行動範囲は狭まっていく。
「兄さんの邪魔は……させない!」
イーリスは数本の光の矢をダリオに放つ。
そのどれもがダリオを正確に捉えるだけでなく、どの方向へ避けても当たるよう、調整がかけられていた。
(今なら地面に逃げられる心配もない。これなら――)
その読みは甘かった。ダリオが向かってくる矢に向かって手をかざすと、毒沼が盾のように展開される。
流れる滝のようなもので、空中に留まることはできないが、魔術を止めるには十分。
それどころか、矢が刺さった部分の毒が跳ね、地面にさらなる害を作り出し始めていた。
「二人とも、なかなか筋がいいよなぁ兄弟」
「そうだなぁ……だが、俺たち毒沼ブラザーズのコンビネーションには遠く及ばない。なぁ兄弟」
余裕を崩さずに笑みを浮かべる二人。
事実、単純な強さという観点ではレオンが最も優れていたが、初見の能力や対人の戦闘経験という要素により、実力を出しきれずにいた。
(このままじゃ、奴らの思う壺だ。どうにかして引き離すしか――)
その時、レオンの脳裏をある言葉がよぎった。
少しでも面白いと思ってくださった方はブクマ、評価等お願いいたします。
どれも感謝ですが、評価、ブクマ、いいねの順で嬉しいです。




