二手2
かかってこい、と声高らかに告げたラグナルに対し、二手は小さく息を吐いた。
もはや、対話の余地はない。動揺を誘うこともできない。
目の前の大男には、理屈も警告も通じないと悟る。
「――それでは処刑といきましょう。思考は自由です。あなたを殺す者の名前を、心臓が止まるまで、どうぞ記憶に刻んでいてくださいねぇ……!」
風を裂く音。二手は踏み込みと同時に腰から短剣を抜き、真っ直ぐに斬りかかる。
が、その一撃は紙一重で躱された。
「発声、動作、そして回避……先ほどから呼吸を止めていますね?」
「いかにもッ!」
制約の解放。
赤いエンブレムが、すっと青に戻る。
「あなたの能力には一つ、弱点がある」
ラグナルは一本の指を立てた。
同時に、三つのエンブレムが赤く染まる――が、彼は呼吸の乱れすら見せない。
むしろ、いつも通りの発声で続ける。
「このルールは完璧なものではない。おそらく、超常的な判定機構があるわけではない。……あなた自身の認識が、行動をカウントする核になっているのでは?」
二手の眉がぴくりと動いた。
「……根拠は?」
ラグナルは歩を進める。余裕のある足取りだ。
敵の術中にあってなお、筋肉は揺るがない。
「私の行動に関するカウント――それに、違いがありました。たとえば『呼吸』。私は制約前から呼吸をしていた。それにもかかわらず、制限は発動しなかった。つまり、あなたが『見て理解したもの』にしかルールは適用されない。そして……これは勘ですが、視界に入りやすいものや、確実に理解できるものがカウントされやすい」
事実だった。二手の能力は全ての行動に対して効果を発揮するのではなく、二手が認識した上で、実際に行われているものに対して発動する。
相手の行動をカウントするのにも一定の魔力を消費するため、全てに対して当てずっぽうで判定をかけるわけにはいかない。
対ラグナルの場合、発声や行動といった分かりやすいものに意識の大部分を裂き、決着に近づく攻撃時に認識の要素を増やそうとしていたが、スカされてしまったということになる。
「……なるほど。見えていないものには、発動しない。だとして――それが分かったところで、何になる?」
二手は再び前へ。
「私は攻撃を続ける。あなたはそれを回避する。いずれ防御か呼吸をする羽目になり、次の制限が課される。そしてあなたは攻撃できないまま、やがて――倒れる」
その声に冷笑が混じる。
刃が閃いた。連撃。短剣の鋭さではなく、制限を誘うための牽制。
ラグナルはそのすべてを躱していくが――呼吸はごまかせない。
赤く染まる印。息が苦しくなり、口が開く。
「はっ……ははは! 筋肉がどうとか言っていましたが、何の役にも立っていないじゃないですか! それで私を倒すことができるんですか!?」
その言葉を耳にして、ラグナルの表情が変わる。
「……確かに、その通りです」
二手の動きが止まった。思わず距離をとる。
ラグナルの迫力に気圧されたからではない。
一挙手一投足が命取りになると理解した上で、言葉を発したことに驚いたからだ。
だが、二手の動揺を気にもせず、大男は続ける。
「このような児戯に付き合っているようでは、私を信じて託してくださった団長に顔向けできません。遊びはここまでにしましょう」
「な……何を言うかと思えば、遊びだと? 私の能力を前に、よくもそんな事が……」
怒りが二手の顔を染め、短剣を強く握りしめる。
「……いいだろう、次の攻撃でお前の命を切り裂いてやる。今のカウントは、発声で一つ!」
二手はラグナルに飛び掛かるように切り付ける。
それも避けられてしまうが、彼の狙いはそこではなかった。
「動作と回避で三つ! お前の呼吸を奪う!」
動きの鈍くなった相手への追撃。
それをも凌いだラグナルは、ここで初めて拳を握りしめる。
四カウント目の攻撃。既にこの瞬間、ラグナルの視界は奪われた。
(――勝ったッ!)
二手は確信する。目が見えない状態での攻撃など怖くない。
それを回避した返しでトドメを刺す事ができる。
たまらず防御してしまっても、その瞬間に心臓が止まる。
もはや、自分が負けることはあり得ない。
盗賊は歪んだ笑みを浮かべながら、ラグナルの攻撃を待った。
男の拳は力強く、一撃必殺の威力を秘めていそうであったが、向けられる方向が違う。避ける必要すらない。
「これで理解しただろう! 筋肉など、何の役にも立たないんだ――うおおおぉッ!?」
次の瞬間、空気が砕けた。
風圧というには荒すぎる。
ラグナルの拳が振り抜かれたその先、空気が音速で爆ぜ、乱流を生む。
筋力が圧縮した風が渦を巻き、成人男性一人を正面から持ち上げ――壁へと叩きつけた。
粉々に砕ける石壁。
吹き飛ばされた二手は、もはや動かない。
「――おおっ! 目が見えるようになりました!」
十メートルほど先には、粉々の石壁と、ピクリとも動かなくなった二手。
「攻撃は最大の防御ッ! 二つ数えられるのではとヒヤヒヤしましたが……大丈夫だったようですッ!」
石壁から崩れ落ちる瓦礫の音が、遅れて響いた。
「一石二鳥ッ! これもまた、筋肉の魅力ッ!!」
その声量は街の通りにまで――逃げ回っているシンにまで届いた。
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