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趣味で人助けをしていたギルマス、気付いたら愛の重い最強メンバーに囲まれていた  作者: 歩く魚
予想通りにいかなすぎる

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異空間で不利すぎる4

 直後、背後の石畳が風圧で爆ぜた。

 吹き飛んだ破片が脚をかすめ、鋭い痛みが走る。

 だが気にする暇もなく、建物の屋根に転がり込んで身を起こした。


(……忘れてた。丸腰じゃ突破できねぇ)


 視線を走らせ、鐘楼までのルートを組み立てながら、周囲を探る。

 通りの先、警戒しながら走ってくる下っ端が一人。

 腰には剣が収められている。

 俺は屋根の上を走り、下っ端の進行方向へ先回りすると、姿が見えない角に回り込み、瓦を砕いて音を立てる。


「おい、どこだ!」


 声に反応して、男が足を止めた。

 その瞬間を狙って、上から飛び降りる。

 着地の衝撃を殺しながら地面を転がり、間合いを詰める。


「なっ、お前――!」


 下っ端が剣に手をかける直前、俺は低く潜り込み、肘で脇腹をえぐる。

 よろけた隙に、鞘ごと剣を奪い取った。


「ちょっと借りるぞ」


 そう吐き捨て、すぐさま走り出す。

 遠くから、また風の音が唸った。

 振り返らずに、路地を三度折れる。

 なるべく遠回りに。直線的に鐘楼を目指せば狙いを看破されるし、すぐに撃たれる。

 今のうちに、奴との距離を引き離す。

 できるだけ空間の補正範囲から遠ざかるために。

 考えていた通り、数十メートル離れると、空間の歪みがまた戻ってきた。

 建物の傾き、瓦の色、看板の文字。全てが微かにズレている。


(よし……補正が切れ始めてる)


 この感触、違和感の強さ。間違いない。力が届いていない。

 目の前に鐘楼の影が立ち上がる。

 段差のある石垣。裏手には外階段。雑な造りの足場がいくつも重なっている。


(ここでドジったらシャレにならん……慎重にいくぞ)


 剣を背に回し、両手を使えるようにして石垣を登り始める。

 その表面の質感は、明らかに異質だ。

 ただの絵にしか見えない装飾。

 浮き上がった模様が、触れると揺らめく。

 それでも足と指をかけ、崩れそうな外壁をよじ登る。

 崩れかけの梁を渡り、外階段の裏から手すりに飛び移る。

 階段の踏み板が途中で途切れていたが、気合で飛び越えた。

 空気が薄くなる。

 最後の一段を踏みしめ、ついに鐘楼の縁に立った。

 ここから見える世界は歪だった。

 視界の端では、建物の輪郭が崩れている。

 光が波打ち、影が揺れ、色が滲む。

 きっと、この場所が空間の限界点。


「――思ったより、頭が働きますねぇ!」


 首領の声が響く。

 視線を向ければ、遠くの広場からこちらへ杖を構えているのが見えた。

 落ち着いた口調が、微かに揺れていた。やつも気づいたらしい。

 やはり、素直に返してはくれないようだ。

 紫の魔力が、また渦を巻き始めている。

 攻撃が来るが、構わず剣の柄を握り直す。

 振り下ろすだけ。斬るだけでいい。

 でも、それは向こうも分かってる。


「逃がしませんよ!」


 放たれたのは、これまでより明確な殺意を帯びた一撃。

 音すら削ぎ落とすような風の刃が、一直線に鐘楼を裂こうとしてくる。


(速い――ッ!)


 今からの回避行動は間に合わない。

 俺は足を踏み出して、綻びを踏み抜く。

 ほんのわずかに、そこだけ足場が沈む。

 そして、全身の重みを乗せて、沈んだ場所に剣を振り下ろした。

 風刃が鐘楼の側面を直撃した。木材が裂け、視界が揺れる。

 けれど、刃は――綻びに届いた。

 足元にぽっかりと空いた空間。

 灰色の世界で、その部分だけが色を取り戻したかのように見える。

 俺は、その空間に吸い込まれるように落ちていった。


 

 ――戻ってきた。

 その感慨を得たが、身体が真下に吸い込まれる感覚はまだ消えない。


「ッ、そういう戻り方か――!」


 全身が重力に引かれ、景色が下へと傾く。

 現実の鐘楼。その最上部から、俺は今、真っ逆さまに落ちている。

 慌てて手を伸ばすと、近くにあった鐘の支柱に指がかかる。

 腕が悲鳴を上げた。掴むには勢いが強すぎる。


(このままじゃ――)


 幸い、まだ剣を手放していない。

 支柱の木材に刃をねじ込む。

 街の施設に傷を付ける罪悪感が力を入れにくくさせたのか、刃先しか刺さらず、勢いが殺しきれない。

 それでも、無理やり体勢をひねり、鐘楼の下層に突き出た梁へ肩をぶつけて転がり落ちた。

 鈍い音が響く。肩が痺れ、一瞬、呼吸が止まる。

 地面までは落ちずに済んだ。


「……最悪の、帰還だな……」


 痛みに息を吐きながら、鐘楼の縁から街を見下ろす。

 そこに広がっていたのは――先ほどとは正反対の光景。

 祭りの賑わいは完全に潰されていた。

 屋台は倒され、道の真ん中で商人が叫び、子どもが泣き、誰かが何かを殴っている。

 盗賊だ。加虐的な顔ぶれの連中が、次々と人を押し倒し、物を奪い、袋を引き裂いていく。

 数が異常に多いし、武装している。


「――そのまま落ちて死んでくれれば良かったものを」


 その声に、身体が自然と反応する。

 鐘楼の階段の途中から、首領が姿を現した。


「あんた、四十代くらいだろ? 階段って疲れないのか?」

「あなたの相手をするよりマシです」 

「確かにな。それで、わざわざ皮肉を言いに来たのか?」

「いいえ。秘密を知るものは生かしておけません。そして、宣言をしに」

「宣言……?」


 首領は階段をゆっくりと登ってくる。

 焦りも警戒もない。

 むしろ、愉しんでいるような顔だった。


「我々はこれより、このヴェスティアで仕事をします」


 その言葉に、背中に冷たいものが走る。

 あの惨状を、こいつらは「仕事」と呼ぶのだ。


「俺に構ってて、仕事になるのかな」

「あなたの目的は分かりませんが……実行役は私ではありません」

「……どういうことだ?」

「私は単なる指示役ということですよ。実際に動くのは、五人の幹部ということですよ」


 マジかよ。

 つまりこいつは、ほとんどFIREしているということか。

 好きな時に好きなことして、たまに現場に顔を出し、偉そうに指示をする。

 羨ましすぎるだろ。瞬間、俺の胸に闘志が湧き上がる。


「……幹部はどのくらい強いんだ?」

「もちろん、どの者も盗賊として一流です。あなたがどれだけ頑張っても……せいぜい一人倒せる程度でしょう」

「俺が……一人……」


 その呟きを聞いて、首領は勝ち誇ったように声を上げる。


「やっと自分の力不足を悟りましたか?」

「そんな……」

「既にあなたも、この街も詰んでるんですよ!」

「一人だなんて――」


 ――なんて温い状況なんだ。

 戦ってみて理解したが、首領の実力はSランクには達していない。

 ギルドならいざ知らず、盗賊なんて実力主義だろうから、盗賊団にコイツより強いメンバーはいないだろう。

 それに、幹部の一人一人が俺並みの強さなんだろう?


「……イケる」


 幹部は五人で、俺が連れていているメンバーはラグナル、ローヴァンさん、セレス、レオン、イーリスの五人。

 あいつらは今頃、俺を探して街中を駆け回っている頃だ。

 要するに、幹部とぶつかれば勝利は確実。

 懸念点があるとすれば、レオンとイーリスのAランク組。

 彼らが幹部と戦っている時に、首領が加勢して数的不利になるのは避けねばならない。

 この状況で俺ができる、最善手としては――。


「俺はあんたの邪魔をすることにするよ」

「……はぁ?」

「鬼ごっこ第二ラウンドだ。じゃあな」


 そう言い放ち、俺は鐘楼の縁に足をかける。


「――待ちなさ――っ」


 首領の声が背後から追いかけてくる。

 だが構わず、勢いをつけて飛んだ。

 目の前に広がるのは、乱雑に組まれた屋台の群れ。


(クッションになるものを探せ……!)


 軌道上にある屋根の一角。

 布張りのひさしがひとつ、風にはためいていた。

 そこに狙いを定めて身体をひねる。


「……ぐっ!」


 布が破け、支柱ごと崩れ落ちる。

 転がるようにして屋台の裏側に落ち、数回地面をバウンドした。

 肘と脇腹が焼けるように痛む。


(……よし、大丈夫)


 起き上がりながら、周囲をざっと確認する。

 人の流れ。倒れた屋台。泣き叫ぶ子ども。

 混乱は街全体に広がっている。

 状況は最悪だが、盤面は見えた。

 振り返ると、遠くに首領の姿が確認できる。

 俺は痛む足を無理やり動かして、祭りの混乱の中へと飛び込んだ。

 

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