異空間で不利すぎる3
ここから抜け出す方法が本当にあるのか、確信はない。
けれど、この空間にズレがあるのは間違いない。
ならば、そのズレが一番集中している場所、もっとも構造に負荷がかかっている場所を探す。
とはいえ、どうやって。再び周囲を見回した。
地形は確かに、ヴェスティアのものだ。
建物の配置も、道幅も、街灯の意匠まで酷似している。
だけど、全体がほんの少しずつ、ズレている。
(……そうだ、読まなきゃいけない)
頭の片隅にローヴァンさんの教えが浮かぶ。
人の流れを読む。空間も同じかもしれない。
死闘の末に死ぬならまだしも、胡散臭い盗賊に真っ二つにされるのはご免だ。
思考をフルに回転させる。輪郭を見ろ。
世界から浮いているものはないか。
はっきりしすぎているものほど、作られた偽物だ。
足元に目をやると、石畳の継ぎ目が途中で途切れている。
いや、本来ならそこにあるべき排水の溝が、途中から描かれている。
手で触れると、やはり溝はただの絵だった。質感も段差もない。
(ハリボテ……?)
反射的に立ち上がる。
今通った通りを振り返ると、遠くで誰かの影が動いた。
杖の先に、紫の光。
「――ヤバい!」
咄嗟に身を屈め、脇道へと飛び込む。
風の奔流が後方をかすめ、民家の壁を斜めに切り裂いた。
破壊された壁の断面に、微妙な違和感が残る。
木材の断面……にしては軽すぎる。
できるだけ直線的にならないように逃げながら、指先で削れた部分をなぞる。
(本物の建材じゃない。何か別の物質を、魔術で木に見せかけてるだけだ)
この空間は、現実の写しであって、現実そのものではない。
そして、再現率が均一じゃない。場所によって粗が出ている。
だが、この情報では不十分だ。
もう一つだけ確かめなければならないことがある。
(……やるしかないか)
俺は踵を返し、後方の通りへと身を躍らせた。
逃げるでもなく、隠れるでもなく、首領たちのいる方向に向かって動く。一番近い位置にいる下っ端が、首領に何か告げる。
おおかた、「こっちに向かってきますよ、お頭」とでも言っているのだろう。
杖が怪しく光り、足元の石畳に風の刃が叩きつけられる。
破片が飛び散る。その一つが、頬をかすめて切れた。
だが、構わず飛び出す。
下っ端に接敵する。一人が叫ぶと同時に斧が振り下ろすが、少しの余裕をもって避けることができる。
続けてもう一人の攻撃も、予想していたより半歩遅い。
俺はさらに走る。下っ端を通り過ぎて、首領の下へと。
民家の柱を蹴って壁に取りつき、また地面へ。
直線的に動かず、八の字を描くように、首領の周囲を旋回する。
「諦めて殺されにきたのかと思いましたが……何が狙いですか?」
「嫌がらせしてやろうと思ってな。自分の周りを羽虫が飛び回るのって、ストレスだろ?」
下っ端はまだ追いつかない。
言葉の切れ目に蹴りを放ってみるが、ゆうゆうと避けられてしまう。
深追いはしない。首領が攻撃モーションに入る前に、再び羽虫に戻る。
「避けることはできても、接近戦じゃ魔術は使えないみたいだな」
「……はぁ、面倒ですね」
その声と同時に、地面に魔法陣が浮かぶ。
紫の魔力が迸り、広範囲の衝撃波が放たれた。
「っ……!」
完全には避けきれず、左肩を壁に打ちつける。
かなりの衝撃――だが。
(……やっぱりだ)
魔術の爆心地周辺の建物の歪みは消えている。
遠距離攻撃を躱していた時は、普段のような動きができなかった。
下っ端の攻撃に対しては、ある程度の予想の範囲内でいなすことができた。
先ほどの範囲攻撃は――俺が誘ったものだが――十全の動きができなければ、さらにダメージを負っていたはず。
つまり、術者である首領が近くにいればいるほど、空間の精度は高くなる。
逆に、やつの影響が及ばない場所とは――一番遠いところ。
(――高所だ)
視線を上げる。目に飛び込んできたのは、街の端にある高台の鐘楼。
祭りの時期だけ、見張り用に使われているらしい。
もちろん、この空間では無人だ。
(上に行く。あそこなら空間の補正は薄い。綻びを突くなら、これしかない)
首領が杖を振り上げる気配がした。
俺はその場を蹴り、路地の壁を駆け上がる。
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