異世界で不利すぎる
重力が戻り、着地の衝撃。
空気が反転するような音が耳朶に触れ、視界が一気に明るさを取り戻す。
光と影のコントラスト、風の流れ、石畳の硬さ。
「なんだ、これ……」
目の前に広がっていたのは、直前まで歩いていた街――ヴェスティアだった。
石造りの家々。丸い屋根の雑貨店。中央通りに並ぶ屋台の骨組み。
そして遠くには、千灯祭の飾りつけがなされた広場のアーチすら見える。
だが――人がいない。
あれだけ賑わっていたはずの祭りの日の街が、時間ごと刈り取られたように静まり返っていた。
屋台の布が風に揺れ、道の上には誰の足跡も残っていない。
騒がしさの残像だけが脳裏にちらつき、余計に恐ろしくなる。
(……ここが、転移で飛ばされた場所……?)
街の構造は同じ。配置も、道の形も、景観も何もかもが一致している。
だが、この空虚さと静けさは、現実とはかけ離れていた。
(世界だけをコピーした……違う層ってことか?)
いきなりSFチックになってきたな。
ファンタジー世界だと思っていたが、こんな能力もあるのか。
……SSランクのデタラメさを見ていれば納得できてしまうのが、また恐ろしい。
そんなことを考えていると、背後で足音がした。
振り返ると、細い路地の奥から、首領が歩いてくるのが見えた。
姿勢を崩さず、まっすぐに、何一つ警戒する素振りもなく。
「驚きましたか?」
首領は立ち止まり、わずかに首を傾げた。
「ここはヴェスティアそのものですが……正確には、別の空間なんです」
「あぁ……知ってるよ」
答えると、彼は初めて俺に興味を持ったかのような反応を見せた。
「ほう……どうしてご存知なんですか?」
「俺の故郷には想像力豊かな人間が多くてな。お前を憎めないアンチヒーローにするのも、同情の余地もないクソ野郎にするのも、朝飯前なんだよ」
「…………狂人ですか?」
ヤバいやつにヤバいやつ扱いされるのって、結構ムカっとくるな。
「ともかく、ここは私専用の異空間。転移先として、気に入っているのですよ。死体の処理にも困らない」
「……確かに、便利だろうな」
追いかけた盗賊が消えてしまうという謎は解明された。
首領自体の魔術の素養は高くないはずだ。
彼の持っている杖。アレに強力な転移魔術が記録されているのだろう。
狙って手に入れたのか、代々受け継がれてきたのか、偶然の産物なのか。
それは分からないが、杖を手にしたことによって、彼らの盗賊稼業は栄えているわけだ。
逃げるのも簡単だし、厄介なやつを連れてくれば、ここで――。
「その顔は、理解しているようですね」
首領が杖を振ると、広場の中央、ぽっかりと空いた空間に、紫の光が走った。
そこから、何かが浮かび上がる。人影だ。
粒子のように揺れていたそれは、やがて、下っ端の一人に固定された。
続いて、同じようにしてもう一人が現れる。
「……!」
「今度は、しっかり働いてくださいね」
そう言われて、下っ端たちは焦ったように武器を構える。
「さて、始めましょうか。ここであなたに消えていただければ、誰にも気づかれることなく、我々は向こう側で仕事を始められます」
風が吹いた。空虚な通りの中を、何もない風が駆け抜ける。
この世界そのものが、「逃げ場はない」と告げているかのようだった。
(異空間からの出口……なんてあるのか?)
今のところ、あの杖を使わなければ脱出は不可能なように思える。
だからと言って、杖を奪うことも難しいだろう。
そもそもが俺より強いし、稼業を続けていくためには必要不可欠な物。
敵に奪われないような立ち回りが染み付いているはず。
正直、かなり詰みに近い状況だ。だが――。
「詰みってのは、諦めた時に完成するもんなんだよ」
俺は、深く息を吸い、首領を強く見据えた。
たとえ世界が敵の手に落ちても、勝ち筋はひとつくらい転がってる。
それを見つけて引っ張り出すだけだ。
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