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趣味で人助けをしていたギルマス、気付いたら愛の重い最強メンバーに囲まれていた  作者: 歩く魚
予想通りにいかなすぎる

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包囲網

 大通りを駆け足で抜け、地図に記されていた納品所へ急ぐ。

 古びた石造りの建物の前で、既に仲間たちが揃っていた。


「シンさん!」


 俺の姿を見つけたイーリスが駆け寄ってくる。


「……心配かけた。ちゃんと取り返してきたよ」

 

 袋を掲げると、セレスは胸に手を当ててほっと息を吐き、レオンは安堵の笑み。

 ラグナルは感極まったように「団長ッ! 無事でなによりですッ!」と叫び、ローヴァンさんは小さくうなずくだけだった。

 俺たちは納品所に入り、受付の机に、一つ一つ荷を置いていく。

 背の低い係員が帳簿を広げ、確認しながら頷いた。


「――まずは希少鉱石。月鉄鉱でしたね」


 袋を開け、中の鉱石が机の上に並べられる。

 青白く光沢を放ち、まるで夜空を閉じ込めたようだ。


「この鉱石は、祭りの夜に灯す灯籠の芯に使われるんです。熱を持っても割れず、火を長く安定して灯す性質がありましてね」

「へぇ、灯籠一つに、こんな高価なものを……」


 思わず呟くと、係員は笑った。


「灯りは、千年続くこの祭りの象徴ですから」


 次にセレスが薬草の束を差し出す。

 白い布で包まれたそれから、ふんわりと甘い香りが広がった。


「月涙草ですね。これを煎じて酒に混ぜれば、酔いがすっと抜けるそうですね。祭りの警備兵や、飲みすぎる商人たちには欠かせない代物ですわ」


 便利な草だな。俺も後で買っておこう。

 最後に、イーリスが両手で抱えていた木籠を差し出した。

 中で「きゅうっ」と鳴いたのは、丸耳ウサギ(仮)。


「こちらの丸耳ウサギは――」


 あってるんかい。


「――子どもたちと触れ合わせる催しに出す予定です。祭りの目玉企画のひとつですよ」


 イーリスが名残惜しそうに籠を撫でると、係員が微笑む。


「大丈夫。きちんと世話もしますから」

「……よかったです!」


 そんなやり取りを経て、全ての荷が帳簿に記され、依頼は正式に達成された。

 俺が受領印を押された依頼票を受け取ると、係員が深々と頭を下げる。


「ようこそヴェスティアへ。《白灯》の皆様、どうぞ祭りをお楽しみください」


 お礼を言って、皆んなで納品所を後にする。


(よし……終わった。これで任務完了だ……!)


 胸の内でガッツポーズ。


「感じのいい受付だったな」

「そうですなッ! お言葉に甘えてッ! 楽しませていただきましょうッ!」

「ウサギ、可愛かったなぁ……」

「あらイーリスさん、飼いたければ差し上げましょうか?」

「イーリス、セレスさんに迷惑かけちゃダメだからな。……オニカブトとかも、持ってたりしますか?」


 祭り本番はこれから。

 俺の背後でも、メンバーたちが呑気に雑談している。

 彼らはこれから、固まって祭りを回るつもりなんだろう。

 だが、ここからは俺の時間だ。

 人混みに紛れて、一人で屋台を巡る。

 酒を片手に串焼きでも齧って、灯籠が流れるのをぼんやり眺める。

 ギルマスになってから……というよりメンバーが増えてから、こんな「自由な観光」なんて一度もなかった。

 今なら、誰にも気付かれずに抜け出せる。

 そう思って、一歩を踏み出した瞬間――。


「シンさん!」


 背中にぴたりと張り付く声。

 振り返ると、イーリスが財布を大事そうに抱えながら、ぱっと顔を輝かせていた。


「さっき地図で見たんです! あの大橋の上から、灯籠が全部見えるんですよ! 一緒に見に行きませんか?」


 きらきらした瞳。差し伸べられる手。

 自然に俺の指先を掴まれて、逃げ足が止まった。


(ま、まだ片手は空いてる……! 今なら逆方向に……)


 そう思った矢先、正面からドリル。


「まぁ! シン様!」


 セレスが扇子をパタンと閉じ、勝ち誇ったように前に立ちはだかる。壁だ。


「灯籠の下で舞踏を披露する絶好の機会ですわ! 当然、わたくしとご一緒くださいますわよね!?」


 満面の笑み。

 彼女を抜けようと、横から爺がインターセプトしてくる。

 逃げ道はゼロだ。


(くっ……! もう片方の……!)


 必死に視線を横へ逸らした瞬間――。


「シンさん! 掘り出し物の剣、向こうにあるみたいです! 一緒に見てくれませんか!」


 レオンの声が横道を封じた。

 最後の望みを託した背後には、筋肉が仁王立ち。


「団長ッ! 祭りの串肉はッ! 絶対にッ! 筋肉に良いですッ!」


 ラグナルの上腕二頭筋が隆起した。


(これが四面楚歌ってやつか……)


 前後左右は完全に塞がれた。

 上は? いや無理だ、ラグナルの筋肉タワーで叩き落とされる。

 ……そうだ、まだ一人いたじゃないか。

 この状況を良い感じにおさめてくれそうな老練が。


「ローヴァンさん! みんなに何か言ってやってくれま――」


 振り返った俺の視線の先。ローヴァンさんの姿はない。

 よく見ると、路地裏の酒場にふらりと吸い込まれていく白髪頭の後ろ姿が見えた。

 誰よりも警戒心が強いくせに、祭りの熱気と酒の匂いに抗えなかったらしい。


「……あの爺さん」


 残された俺は、若者とお嬢様と筋肉の包囲網から逃げることができず、一人の時間は泡のように消えたのだった。

 

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