人が多すぎる2
逃げる男は人混みを縫い、祭りの飾り布をばさばさと蹴り散らしていく。
赤や青の布が視界を遮り、俺は腕で顔を覆いながら突っ込んだ。
「どうせなら俺以外を狙えよ!」
叫ぶと「お前が隙だらけだったんだよ!」と返事が来た。
他のメンバーなら、仮に荷を盗られても簡単に取り返せる。
そう思ったが、そもそも隙が無さすぎて奪われないということか。盗賊から見ても、俺の弱さは分かりやすいらしい。
男は露店の台に飛び乗り、果物を蹴散らして駆け抜ける。
転がるリンゴに足を取られそうになった俺は、すかさず屋台の布屋根をつかんで身体を支え、強引に飛び越えた。
「ひぃっ!? お客さん!?」
「すみません!」
追跡劇はどんどん加速する。
前方には大道芸人の輪。観客でぎゅうぎゅうに塞がれた道を、男は無理やり押し分け突き抜ける。
俺は、その横の樽を蹴り、わざと倒して転がした。
「うおっ!?」
「な、なんだ!?」
驚いて道を開けた観客の隙間をすり抜け、一気に距離を詰める。
「な、なんだコイツ……!」
スリが焦って振り返るが、その時にはもう遅い。
俺は、さっき屋台から拾っておいたリンゴを右手で握り――思い切り投げた。
「――ぐあっ!?」
重い荷物を持っている男は避けられず、後頭部に直撃。
男はよろけ、抱えていた袋を取り落とす。
鉱石の重みで袋が地面にドスンと落ち、そのまま石畳を滑った。
「よしっ……!」
すかさず飛び込み、俺は袋を回収。
同時に、転んで立ち上がろうとした男の腕をぐいと捻り上げた。
「いってぇっ! は、放せ!」
「放すか! こっちは危うく、ギルドの信用ガタ落ちで助成金を失いかけたんだぞ!」
イージーな依頼に失敗し、それが原因でギルド経営が傾くなど、目も当てられない。
必死に暴れる男を抑え込みながら、荒い息を整える。
周囲の人々も気付いたようで、「スリだ!」「捕まえたぞ!」と声が飛び交っていく。
ざわめきの中、男は観念したように歯を食いしばり、俺を睨みつけて吐き捨てる。
「……チッ、覚えてろよ」
「まさか、こんなテンプレ台詞を聞ける日が来るとはな。お前は俺に感謝した方がいいぞ」
「はぁ?」
男が眉をひそめる。
「捕まったのが俺じゃなけりゃあ、お前はもっと――もっと酷い目に遭ってただろうからな」
レオンは力が強く、イーリスには背後から魔術でブチ抜かれる。
セレスにはSランクの実力があるようだし、ローヴァンさんに至っては、生きて帰してもらえるか怪しい。
こいつ、盗ろうとしたのが俺で、本当に良かったな。
最低でも骨の一本や二本、最悪の場合は命を対価として差し出す羽目になっていただろう。
自分で考えておいて、恐ろしくなってきた。
俺が内心でブルっていると、男は必死に声を張り上げた。
「どこのギルドか知らねぇが、お前たちなんて、お頭にかかれば家畜の餌なんだよ!」
捕まってるくせに威勢だけは一人前だ。
腕をぐっと捻り上げると、男は「ぎゃあ!」と情けない悲鳴を上げた。
袋を抱え直し、盗賊を引きずりながら石畳を進むと、すぐに「憲兵詰所」と書かれた小さな石造りの建物が視界に入った。
扉の前には槍を手にした兵士が立ち、周囲を警戒している。
「すみません、盗賊を捕まえたんですが」
俺が声をかけると、兵士は一瞬驚いた顔をしたが、すぐに仲間を呼んだ。
引きずってきた盗賊を差し出すと、二人が素早く縄で腕を縛り、荒っぽく背中を押しながら中へと連れていった。
「こいつ……間違いない。最近市中で頻繁に出没してた盗賊団の一味だ」
「盗賊団……」
俺が繰り返すと、兵士は重くうなずき、低く声を潜める。
「なかなか足取りを掴めずにいたんだ。市民からも苦情が山ほどきててな……よく捕まえてくれた」
「……ヴェスティアには盗賊団がいるという噂を聞いたんですが、本当ですか?」
俺の問いに、兵士は険しい顔で腕を組む。
「あぁ、噂どころじゃない。何十年も前から、祭りの時期になると必ず奴らが動き出す。その度に隊で追い詰めても、あと一歩のところで取り逃がすんだ」
「そんなにすばしっこいんですか?」
首を横に振る。
「いや……下っ端の逃げ足なら俺たちも慣れてる。だが、それ以上の奴らは、不自然に消えるんだ。霧に紛れるみたいにな。何かカラクリがあるとしか思えない」
そこまで話して、兵士は深々と頭を下げた。
「ともかく、助かった。市民を守ってくれて感謝する」
「い、いや……俺は自分の依頼のために……そろそろ行きますね」
俺は頭をかきながら、軽く手を振ってその場を後にする。
袋の重みを肩に感じながら、仲間たちの待つ納品所へと足を向けた。
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