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趣味で人助けをしていたギルマス、気付いたら愛の重い最強メンバーに囲まれていた  作者: 歩く魚
予想通りにいかなすぎる

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爺さんの圧が強すぎる


 セレスと爺の撤収作業が終わってから数時間、外見状の変化はないように思えるが、ようやく空気が落ち着いてきた。

 俺は――唯一と言える今回の成果物である――椅子に深く腰掛け、脳内の疲労を絞り出すようにため息を吐いた。


「……やっぱり平穏が一番だ」


 そう言いながら、机に突っ伏そうとした、その時。


「――おい坊主、ちょっと来い」


 低く、渋い声が響く。

 顔を上げると、先ほどまでカウンターの端に腰かけていたローヴァンさんが、いつの間にか立ち上がって俺を見下ろしていた。

 眼光は鋭く、まるで逃げ道を許さない獣のようだ。


「な、なんですか……?」

「せっかくギルドを共にする仲だ、互いの力を知っとく必要がある……だろ?」

「あ、あぁ……そうでしたね」


 彼を呼び出したのは昨日だったが、結局、疲れて今日へと回してしまった。

 朝から待機してくれていたものの、セレス絡みで色々あったため、またしても時間を無駄に。

 ローヴァンさんが怒っていても無理はない。俺の責任だ。


「遅れてすみません。ローヴァンさんの依頼はベビーサラマンダーの討伐で――」

「そんなもん、とっくに終わらせた」

「――へ?」


 さらりと、夕飯の買い物でも済ませたかのように言う。

 ベビーサラマンダーは、Bランク冒険者が数人がかりでようやく仕留める強敵だ。

 年老いたとはいえ「龍殺し」という物騒な二つ名が付いているくらいだし、リゼットを監督役で連れていけば、多少難しい依頼でも大丈夫かと思っていたが……もう終わった?

 俺は思わず目を瞬かせた。


「あの……依頼を受けたのは昨日の朝でしたよね? 済ませるタイミングなんて……」

「あんなモン二秒で終わる。昨日、お前さんが留守の間に終わらせて、ついでに尻尾も二、三本、メイドの嬢ちゃんに渡しておいた。薬になるだろ」


 彼が立ち姿を変えると、腰のあたりの袋からジャラリと音がした。どうやら本当に終わらせてきたらしい。

 ベビーサラマンダーを「あんなモン」か……。


「……じゃあ、俺を呼んだのは?」

「決まってるだろ。お前さんの身体を見ておきたくてな」

「えっと……俺は女性の方が好みで……」

「耳が遠くてな。どうやって魔物を討伐したか、体験したいって言ったか?」

「すいませんでした!」


 条件反射で頭を下げていた。

 ローヴァンさんは口の端を上げ、愉快そうに笑う。

 

「まぁいい。剣を振るうにも、魔法を使うにも、基礎は身体だ。……広場まで出るぞ」


 背中を冷や汗が伝う。


「い、今からですか?」

「時間は有効に使うもんだ」

「……俺、ギルドマスターとしての事務が――」

「メイドの嬢ちゃんが片付けてただろう」

「……行きます」

 

 ローヴァンさんは俺の返答を待たずに歩き出していた。

 俺は仕方なく立ち上がり、後を追う。周囲の視線が痛い。


「行ってらっしゃいませ、シン様。夕飯の準備はお任せください」

「シンさん、がんばってください!」

「後で俺にも教えてください!」

「マスター! ファイトー!」

「負けてられませんわ! わたくしも筋トレですわよ〜!」

「団長ッ! このラグナル、団長と同じ空を見つめながら鍛錬してまいりますッ!」


 最後の二人は勝手にしてください。

 

 広場に出ると――俺はてっきり、木剣でも持たされるのかと思っていた。

 しかし、ローヴァンさんが指をさしたのは木箱。


「……あの、これ、剣じゃなくてただの荷物では」

「剣は道具にすぎん。大事なのは、支える背骨と、動かす足腰だ。さぁ、持ち上げろ。そこからだ」


 ローヴァンさんは一歩も譲らぬ眼光で俺を射抜く。

 仕方なく木箱を持ち上げると――。


「ぐっ……お、おも……っ!?」


 木箱の中身、石でも詰まってんのか?

 腕がぶるぶる震え、肩が悲鳴を上げる。持ち上げた瞬間から限界だと訴えている。

 俺が情けない声を上げると、ローヴァンさんは腕を組み、薄く笑った。


「たったこれだけで限界か。じゃあ――十往復」

「じゅう……おうふく?」

「広場の端から端まで。十往復だ」

「マジですか……」

「マジだ」


 拒否権なんてない。

 俺は街行く人々に、奇怪なものを見るような視線を向けられながら木箱を担ぎ、ヨロヨロと広場の端から端へと足を運ぶ。


「ひっ……ひぃっ……!」

「弱っちい声を出すな。呼吸を整えろ。肩で息をするな」

「は、はいぃ……!」


 俺が泣きそうになりながら進む横で、通行人たちが呟く。


「あれ、最近有名なギルドマスターじゃない?」

「なんか……すごい荷物持って走ってるね」

「……働き者だなぁ」

「俺は、好きで、やってるわけじゃ……!」

 

 必死に言い訳を口にするが、通行人たちには届かない。

 むしろ、頬を赤らめたマダムが「逞しいのねぇ……」なんて呟いているのが聞こえてきた。


「あと六往復」

「ひぃっ……!」


 額から汗が滝のように流れ、肩が千切れそうだ。

 必死に片足を前に出すたび、腕が悲鳴を上げる。


「坊主、背筋を伸ばせ。腰が落ちてる。そんな姿勢じゃ、荷物も女も守れねぇぞ」


 俺の周りの女は、全員俺より強いんだよ!


「ほら、足が止まってるぞ。お前の足は飾りか?」

「……っく……はぁ、はぁ……っ!」


 歯を食いしばって前に進む。

 あまりに必死だからか、気付けば広場には人だかりができていた。

 子どもは「がんばれー!」と手を振り、商人らしき男が「いい根性してるな」と唸る。


「あと三往復だ」

「……っくぅ……っ!!」


 広場を駆け抜けるたび、周囲から拍手が起こる。

 俺の体力は限界をとっくに超えていたが、その妙な熱狂が背中を押して、ついに最後の一歩を踏み出していた。


「……お、終わった……」


 膝から崩れ落ちる俺の肩を、ローヴァンさんが無造作に掴んだ。

 その掌は大きく、重みがあり、不思議と安心感を与える。


「悪くねぇ。根性はあるじゃねぇか」

「根性……より……今は……水を……」


 掠れた声で必死に訴える俺を、ローヴァンさんは鼻で笑った。

 

 

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