財力がありすぎる2
「こ、これ……全部俺の服!?」
数分後、俺は自室で絶望していた。
無駄のない簡素な服が、豪奢なレースや金糸のジャケットに置き換わっている。
しかも、机にはティーセットと薔薇の花束が鎮座。
壁には謎の肖像画(俺の顔)が飾られていた。
「おほほっ、シン様はもっと、ご自分の輝きを自覚するべきですわ! さぁ、こちらを着てくださいまし!」
セレス嬢の命令と爺の実行力によって、俺はあれよあれよという間に服を脱がされ、新しい服を着せられる。
袖を通すたびに「お似合いですわ〜!」と歓声が上がり、ボタンを留めるたびに「完璧ですな」と爺が頷く。
まるで着せ替え人形。羞恥と混乱で頭がパンクしそうだ。
「あらぁ〜! とっっってもお似合いですわね!」
セレスが満面の笑みで頷く。
気づけば全身、金と白を基調とした、舞踏会にでも出るかのような格好になっていた。
さらに、なぜか手にスケッチブックを持ち、シャッシャッと筆を走らせている爺。その隣にリゼット。
「……二人とも、何やってるんですか?」
「「記録です」」
「何の!?」
「お嬢様の夢が形になる瞬間を」
「私の欲を満たすためのです」
「やめろおおおお!」
ロビーから続々と集まってくるメンバーたち。
必死に抵抗する俺を前に、セレスはうっとりと頬に手を当てる。
「やはり……わたくしの見込んだ方は間違っておりませんでしたわ。シン様、これからはわたくしと共に、社交界でも輝きましょう!」
「いや冒険者からは離れないでくれ!」
「おほほっ! もちろんですわ! ただ――《白灯》の品格を高めることは、必ずシン様のお役に立ちますのよ!」
自信満々に言い切るセレス。
その言葉に、周囲のメンバーまでもが頷いているのが恐ろしい。
ラグナルは「団長のカリスマ性を高める計画ッ! 素晴らしいですなッ!」と興奮し、イーリスは「一理あるかもしれませんね」と冷静に分析。
俺以外、誰も止める気がない。
「でも……これは、さすがにやりすぎじゃ――」
「シン様」
セレスが俺の腕を取る。
近くで見ると、その瞳は妙にまっすぐで、どこか乙女らしい。
「わたくしは本気で、あなたを愛しているんです」
「――」
その一言に、一瞬だけ俺は押し黙った。
確かに、ここまでの行動も全部、彼女なりの好意の表れなのだろう。
豪奢な椅子も、やたらキラキラするシャンデリアも、俺の謎肖像画ですら。
暴走してはいるが、少なくとも、俺を慕っているからこそなのは伝わってくる。
だが――全員の好意を正面から受け止めていたら、俺の理想の生活は跡形もなくなってしまう。
気持ちを向けられること自体は嫌じゃない。例に漏れずセレスも美人だしな。
要はバランスの問題なんだ。彼ら彼女らの要求を満たしつつ、俺のレールに乗せる。
完璧に運ぶのは難しいだろうが、それを考えるのが――こうなった以上――俺の仕事だ。
「……セレス。貴族と俺たち平民の世界は違うんだ」
彼女の手を優しく握ると、彼女は頬を染めながら、びくりと反応する。後ろの爺も。
「それに……俺はみんなの感謝が欲しくて人助けをしてるわけじゃない。ただ、俺がやりたいからやってるんだ」
性癖のことは言わずに、静かに、はっきりと口にした。
「……あんまり目立つのが好きじゃないのもある。聡明なセレスなら、分かってくれるよな?」
しん、と静まり返る室内。
セレスがきょとんと目を丸くし、やがて納得したように頷く。
「……つまり、真の輝きとは外見ではなく、内面から溢れ出るものだと、そう仰りたいんですのね?」
「そうだ」
即答。本当はそんな所まで考えが及んでいなかったが、俺は最近学んだ。
自分に好意を持っている人間に思考を委ねると、良い感じに勘違いしてくれる……と。
今のセレスが良い例だ。
「やはり、シン様には敵いませんわね。……わたくし、少し舞い上がり過ぎてしまったようです」
ドリルの先をしゅんと下げ、セレスは視線を落とした。
あれだけ勢いよくシャンデリアを持ち込んできた人間とは思えないほど、声が小さい。
「でも……」
ふっと、扇子で口元を隠しながら、それでも不安そうにこちらを伺う。
いつもの快活さはそこにはなく、年相応の少女の顔があった。
「……どうか、嫌わないでくださいませ。シン様に嫌われてしまったら……わたくし、もう立ち直れませんわ」
「嫌わないよ。ただ……そうだな」
俺は部屋をぐるりと見回した。
シャンデリア、金糸のカーテン、謎の肖像画。胃がきゅうっと縮む。
「全体的に、前に戻してくれると助かるかな」
そう言うと、セレスは明るい笑顔を浮かべた。
「わかりましたわ! すぐに元通りにいたします! さぁ、撤収ですわよ!」
「御意」
掛け声と共に、爺が信じられない速度でシャンデリアを外し、花瓶を抱える。
セレスもドレスの裾を翻して、元気よく家具を押したりカーテンを畳んでいく。
凄まじい手際の良さ。ほんの数分で、派手に飾り立てられたギルドは、見慣れた質素な雰囲気へと戻っていく。
「……ふぅ、やっぱりこれだな」
ホッと息を吐いた俺は、ロビーに戻って椅子に腰を下ろし――その座り心地に思わず目を細めた。
「……椅子とソファはこのままで」
「え?」
「いや、その…………ね? 腰にいいし、ね?」
セレスは「まぁ!」と頬を染め、若者三人組は「やったー!」と喜ぶ。
そして、ローヴァンさんが酒の入ったグラスを持ったまま、じとーっとした目で俺を見る。
「……贅沢っていいだろ、坊主?」
「ほ、ほどほどなら……」
こうして、突如として開かれた品格向上計画は幕を閉じた――のだが。
「……あの、シン様。こちらの肖像画だけは、どうしても残させていただきたいのですわ」
セレスが大切そうに抱えているのは、例の俺の顔がドーンと描かれた肖像画。
豪奢な額縁つきで、やたらサイズがでかい。
「い、いやいやいや……それは恥ずかしいだろ……」
「シン様! これはわたくしが貴方を思い描いた証。恥ずかしいことなどありませんわっ!」
セレスが描いたのかよ……。
結局、俺は押し切られてしまい、肖像画はロビーの一番目立つ場所――俺が座る背後の壁に設置された。
「おお〜! シンさんに見守られているみたいです!」
「団長が二人ッ! なんと幸せな光景ッ!」
座っている時は目に入らないとはいえ、いやに視線を感じるのであった。
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