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趣味で人助けをしていたギルマス、気付いたら愛の重い最強メンバーに囲まれていた  作者: 歩く魚
予想通りにいかなすぎる

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青春は心臓に悪すぎる2

「なっ……でけぇ……」


 全長三メートルはある巨躯の魔物。

 黒毛に覆われた熊。

 いや、牙が異様に発達した……名付けるならキラーベアーだ。

 こんな魔物、ここいらにはいないはずだぞ。

 初めて見る種だから正確な強さは分からないが、このデカさでBランク未満はあり得ない。Aクラスだっておかしくない。

 ただの前脚の一撃ですら即死級。

 骨が粉砕され、肉が潰れる光景が容易に想像できる。

 思わず後退る俺。一人なら恰好の状況だが、イーリスがいる。

 彼女はまだ戦闘経験が浅い。ランクが俺より高いとはいえ、初っ端から戦うには分が悪すぎる。


「……イーリス、下がれ」


 キラーベアーから目を離さないまま、俺は言った。

 まず、機動力に優れる俺が、コイツを撹乱する。

 その間にイーリスを逃し、頃合いを見計らって俺も逃げる。

 ギルドに帰り、リゼットなりラグナルなりを連れてきて、シバいてもらう。完璧な作戦だ。


「今から俺が囮になるから、イーリスは先に逃げてくれ」


 これが最適解だ。これしかない。


「……いやです」


 だが、隣のイーリスが小さく首を横に振り――俺の言葉を踏み潰すように、一歩。前へ出た。


「ッッ!? おい、何やってんだ!」


 俺の手が咄嗟に伸びる。

 同時に、キラーベアーが威嚇のために唸り声を上げ、巨腕を誇示するように挙げる。

 ただの前脚じゃない。丸太のような腕だ。

 鋭い鉤爪が陽を反射し、振り下ろされれば地面ごと抉れるだろう。

 そして、狙いを少女へと定めた時――シュッと空気を裂く音。

 イーリスの光の矢が、的確に熊の関節へと突き刺さった。


「――ルクス・バインド!」


 イーリスの口から紡がれた詠唱が、白く輝く鎖となって顕現する。

 鎖は蛇のように熊の四肢へ絡みつき、その巨体をぎりぎりと締め上げた。

 地を割るように踏み込もうとした脚が、膝の途中で止まる。

 金属を叩くような軋みと共に、魔物の動きが完全に縫い留められた。


「――ルクス・アロー!」


 矢が次々と形を取り、三本の閃光が矢継ぎ早に放たれた。

 鈍い呻き声とともに、巨体が仰向けに倒れ込む。

 地響きが森を揺らし、舞い上がった砂埃の中で、怪物は動かなくなった。


「……ふぅ」


 額にかかる前髪を指先で払うイーリス。

 呼吸は少しだけ乱れているが、表情は清々しい。

 まるで「想定内」と言わんばかりに。

 対する俺は、口を開けたまま、呆然と立ち尽くしていた。


(……やべぇ、瞬殺だよ……)


 思考が追いつかない俺を横目に、イーリスは熊の亡骸へと歩み寄る。

 矢が刺さった箇所を確認しながら、さらりと口にした。


「熊型の魔物は、肩の関節が弱点なんです。あそこを射抜けば、いくら膂力があっても体重を支えきれなくなります」


 彼女の声は落ち着いていて、教科書を読み上げるみたいに淡々としていた。


「……どこでそんなの勉強したんだ?」

「兄さんと森を巡っていた時に観察しました。後は、この魔物の特徴に当てはまるかを考えて、ですね!」

「あ、そうなんですね……」

 

 観察眼ありまくりじゃねぇか。

 俺が命の危険を感じていた時、イーリスは「弱点を突けば倒せる」と冷静に見抜いて実行していたわけだ。

 

「よしっ。それじゃあシンさん――もう一回、お願いします!」


 キラーベアーの死骸を背に、イーリスが駆け寄ってくる。

 もう一回って多分、また撫でろって言ってるんだよな。

 

(……可愛いんだけど、後ろを見ると思ってられないんだよ……)


 ビビりながらも、俺はおそるおそる手を伸ばし、彼女の頭に触れる。

 指の下でさらさらとした髪が揺れ、イーリスは気持ちよさそうに目を閉じる。


「……えへへ」


 可愛い。とても可愛い。

 背後でぶっ倒れている生物さえ目に入らなければ。

 よし、もう十分だろ。

 そう思って手を離そうとすると――。


「ッ!?」


 手首をがっちり掴まれた。

 細いはずの腕に、なんでこんな力があるんだ。


「……まだですっ!」


 音符がついてそうな声色とは裏腹に、手の力がすんごい。

 骨がミシミシいってる気がする。

 

「ひいっ! もちろんです!」


 即答した。命が惜しいからな。

 にこにこと目を閉じている彼女の表情と、手首を砕かんばかりの力のギャップ。

 ラブコメとサスペンスの境界線というやつだ。


「……んー! ひとまず満足しました! ありがとうございます!」


 ようやく力が緩み、俺は心底安堵の息を吐いた。

 するとイーリスは、少し照れたように目を伏せてから――。


「また次も、お願いしますね、シンさん!」


 そう言った。


「は、はは……機会があればね……」

 

 今度は誰か連れてきて、守ってもらうとしよう。

 とりあえず、忘れることにした。今日は熊鍋だ。


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