青春は心臓に悪すぎる
続いて、俺はイーリスに引きずられて――ではなく二人で薬草採取の依頼に出ていた。
平原からもう少し進んだ森の奥、魔力回復に効くという青い花弁の薬草が群生していて、それを納品するという内容だ。
依頼内容としては、初心者向けの安全コース。
この辺りは、俺にとって庭みたいなもんだ。
昔、狂ったように採取依頼ばかり請け負っていた時期がある。
数えきれないほど草を抜き、虫に刺され、時には薬草泥棒に絡まれて泣きながら逃げた日々。
だからわかる。この薬草がどこに生えているか、何時ごろが一番採りやすいか、ついでに周辺に出る小動物や魔物の習性まで。
俺にとっては「秒で終わるお散歩」レベルの依頼。
――だが、今日の目的はそこじゃない。
「今日は……絶対にシンさんのお役に立ちます!」
イーリスはそう言って、きゅっと小さな拳を握りしめていた。
真剣そのものの顔。だが、どこか頬が上気していて、わずかに期待が混じっている。
(……なんでそんなに張り切ってるんだお前は)
そう、今回はイーリスが「どの程度の観察眼を持っているか」を見るのが狙いだ。
彼女は遠距離が得意、つまり仲間の支援に回る場面も多い。
観察力が欠けていれば、戦闘では命取りになる。
だから俺は、イーリスがどう動くのか、しっかり見極めようと考えていた。
決して、「俺の役に立ちたい」なんて健気な言葉にちょっと心を揺らされてるわけじゃない。断じてない。
「薬草って……この森のどこかに生えてるんですよね?」
「生えてる。俺は前に山ほど抜いたからな。……ただし、似た雑草も多い」
「見分けが難しいんですね……!」
イーリスは頷き、森の中を歩き出した。
「これとかどうですか?」
「それはただの草だ」
「じゃあ、こっちは!」
「毒草だな」
「っ……!」
イーリスはあからさまに肩を落とす。が、すぐに顔を上げて、「もう一回!」と気合を入れ直した。
その姿に、俺は少し感心する。
普通ならすぐに投げ出してもおかしくない。
だがイーリスは諦めない。
俺の「役に立ちたい」と言った言葉に、嘘はないんだろう。
それからも、彼女は必死に森を歩き回った。
時には虫に驚いて跳ね上がり、時には小枝にスカートを引っかけて慌てて直す。
「……っ、あっ!」
突然、イーリスが小さな歓声を上げる。
指差した先には、青い花弁が陽の光を受けて揺れていた。
「見つけましたっ!」
「……おお、当たりだ」
彼女は駆け寄り、膝をついて両手で丁寧に一株を摘み取った。
「ちゃんと根を傷つけずに採れました!」
「さすが、森の近くで暮らしてただけあるな」
採取経験ゼロにしては手際がいい。
イーリスは摘んだ薬草を胸元に抱えながら、ぱっと顔を上げる。
大きな瞳がこちらを真っ直ぐに見つめて――。
「もっと褒めてくれても、いいんですよ?」
小首を傾げて笑うその仕草に、俺は一瞬言葉を失う。
……いや待て、かれこれ一時間くらい迷ってたんだぞ。観察眼があるとは言い難い。
危うくせに頭を撫でるところだった。
だが、諦めずに頑張ったのもまた事実。
よく考えたら、俺が初めてこの草を探す時は、三時間くらいかかっていた気がする。
「……よく頑張ったな」
採取した薬草を差し出しながら、イーリスがちょっと照れたように笑う。
一度だけ撫でてやると、彼女はさらに頬を赤くした。
「……もっと、もっと頑張ります。そうしたら、また撫でてくれますよね?」
イーリスが上目遣いでそう言った瞬間、俺の心臓が跳ねた。
おお、なんだこれは!
リゼットやセラとはまた違う、青春のトキメキ……!
瞬時に呼び起こされる、灰色の学生時代。
手も握らず卒業していったあの頃、失われた眩しいイベントが、今ここで補填されているかのような錯覚。脳細胞が一気に桃色に染まる。
俺に足りなかったのは……これなのか?
(いや……よく考えろ。時々感じる悪寒は本物だ)
心の中で、俺は慌ててブレーキを踏む。
そうだ、この世界で俺に好意を向けてくる人間は、誰もがヤバい一面を持っている。
イーリスだって、高校生くらいの歳の割に妙な迫力を発揮することがあるからな。
迂闊に撫でるのは……命に関わるかもしれない。
俺が逡巡している間にも、イーリスはじっと見つめてくる。
その頬は赤く、呼吸はわずかに速い。
無垢に見えるが、まさか計算じゃないよな?
「えーっと、あー……撫でるのは、犬とか猫とかそういうのにするものだろ?」
「じゃあ、私は違うんですか?」
「いや違うっていうか……」
「……シンさんにとって、私は撫でる価値がないってことですか?」
イーリスがしゅんと肩を落とす。
「もう一回、撫でてくれますか?」
「……これで勘弁してください」
俺は結局、抗えずにぽんっとイーリスの頭に手を置いた。
イーリスは顔を真っ赤にして、嬉しそうに目を細める。
そのまま数秒。撫でている俺の手に、彼女が小さく自分の頭をすり寄せてきた。
「……シンさん」
「な、なんですか?」
「私……シンさんになら、犬でも猫でもいいですよ?」
「――ッ!?」
爆弾だ爆弾。
この年になって食らう青春イベントは、喜び以外の何かまでもたらしてくる。
なんていうか、心臓が熱いのに、背筋が寒い。
俺を構成する全てがそれを理解しているのだろう。
身体中に「ぐおおおおおお!」という警報音が鳴り響いて――脳内アラームじゃないなこれ。外から聞こえてるぞ?
音のする方へ振り向いた次の瞬間、森の奥で木々がごっそり揺れ、突き破るように巨体が姿を現した。
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