表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
趣味で人助けをしていたギルマス、気付いたら愛の重い最強メンバーに囲まれていた  作者: 歩く魚
予想通りにいかなすぎる

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

36/71

模擬戦したくなさすぎる

 俺は木剣を正面に構え直した。

 だが、これは本気の構えじゃない。

 腰の入りも浅く、刃筋も微妙にずらしてある。

 相手に「今なら行ける」と思わせる、ただの誘いだ。


「……こい、レオン。勝機を逃しちまうぜ?」

 

 わざと軽口を叩きながら、肩の力を抜く。

 レオンの眉がわずかに寄った。

 ほんの一瞬、迷いが走り――その直後、決意に変わる。

 ――釣れた。


「はあああっ!」


 地面を蹴る音が響き、目にも止まらぬ勢いで迫るレオン。

 踏み込みからの真っ直ぐな一撃。無駄のない綺麗なフォームだ。

 普通なら、ここで正面から受け止めて力比べに持ち込むか、あるいは刃を滑らせて受け流すのが定石。

 だが、俺は――あえてしゃがんだ。

 

「――っ!?」

 

 勢い余ったレオンの木剣が、俺の背後の木の幹にゴンッとぶつかる。

 乾いた高い音と同時に、衝撃で彼の腕がわずかに止まった。

 表情に「しまった」という色が浮かぶ。


(はい、そこ隙あり)


 俺は一歩も動かず、足元に目を落とし、靴先で砂を払う。

 手のひらに集めた砂を、レオンの顔めがけてパッと放る。

 

「うわっ!?」

 

 視界を奪われ、反射的に目を閉じるレオン。

 その隙に、俺は彼の股下をスルリとくぐり抜け、背後へと回る。

 振り返る前に、木剣の先端を軽く彼の背中へ当てた。


「……そこまで!」

 

 わざと審判っぽく言ってやる。


 レオンは目をこすりながら、驚いた顔で俺を振り返った。

 

「……負けました」


 よっしゃああああああああ!

 心の中でガッツポーズ。

 姑息? そう、俺は姑息だ。だが勝ちは勝ちだ。

 あとは、レオンの機嫌を良くしてやるだけだ。

 彼は、しばらく黙って俺を見つめていたが、やがて深く息を吐き、口元に笑みを浮かべた。


「……勉強になりました!」

「……は?」

 

 思わず間抜けな声が出る。


「力任せに押し切るだけじゃなくて、相手をよく見て、状況を使う……そういう戦い方もあるんですね!」

 

 その瞳は、さっきまで木剣を振るっていた時よりもずっと輝いていた。


「え、いや……まぁ……そういうことも……ある、な」

 

 何故だ。何故こんな爽やか笑顔で感謝されなきゃならんのだ。

 俺はただ、一回しか通じない抜け道で勝ち逃げしただけだぞ?


「思えば、森にいた時にもできた戦法かもしれません。これからは自分の力に頼るだけじゃなくて、もっと広く戦いを学んでみます!」

「……お、おう」


 やめろ、その真っ直ぐな目をやめてくれ。

 胸の奥が妙にチクチクする。

 まるで、俺がちゃんと師匠として立派な指導をしたみたいな雰囲気になってるじゃないか。


「次は……絶対負けません!」

「……そ、そうか」


 負けないから大丈夫です。

 むしろ俺が「次は絶対勝てません」だ。

 その後もレオンは、反省や改善案を真剣に語ってくれた。

 あまりに真面目だから、少しだけ罪悪感が湧いてきて――つい「じゃあ握り方だけ見とくか」と言ってしまった。


「ここをこう……あとは指の力を抜いて、腕じゃなく腰で振る感じだ」

「なるほど……あ、そうすると刃筋が通りますね」

「そうそう、そのまま――」


 気付けば俺は、レオンの背後に立ち、肩や手首を軽く押さえてフォームを直していた。

 ……うん、どう見ても、師匠が弟子に手取り足取り指導する図だな。


「――シンさん」


 背中に氷柱を突き立てられたみたいな冷気が走った。

 振り返ると、そこにはイーリス。

 笑顔ではあるが、目だけはまったく笑ってない。

 

「……もうすぐ私の番なので迎えに来たんですが……ずいぶん、距離が近いんですね」

「ん? これは指導だからな、そりゃあ近くもなるだろ。なぁレオン」

「は、はい……そうですね!」

「ふーん……」


 イーリスの視線が、俺の手からレオンの肩、そして再び俺の顔へと往復する。

 レオンはレオンで、なんでちょっと顔が赤くなってるんだよ。

 変な誤解を招く反応やめろ。


「……シンさん、私にも教えてください」

「えっ」

「剣はあまり得意じゃないけど……シンさんの教えなら、きっと上達すると思うので」


 言外に「同じ距離感で」という圧力をひしひしと感じるのは、きっと気のせいじゃない。

 そして、この圧力を無視するほど俺は勇者じゃない。

 

「じゃあ……足の位置からだな。剣は握らなくていいから、腰を――」


 俺が説明しようとすると、イーリスがすっと一歩近づく。近い。

 レオンにしたように、肩に手を添えようとしたら――なぜか逆に俺の手首を取って、自分の腰の位置まで持っていった。


「……こう、ですか?」

「え、あ……そうだな」


 視界の端で、レオンがなぜか心配そうにこちらを見ている。

 お前も助け舟を出せ。

 そして正面からは、イーリスの不穏な瞳。「さっきの兄さんと同じ距離でお願いしますね」と雄弁に語っている。


「……じゃあ、こうして、腰を少し落として――」

「ふふ、やっぱりシンさん、優しいですね」

「え、そうか?」

「はい。兄さんの時よりも丁寧に触ってくれますし」


 違う違う違う。

 丁寧なのは、怖いからだ。

 この世界にセクハラという概念が浸透していなくて助かった。

 イーリスはそんな俺の内心を知ってか知らずか、ふわりと微笑んだ。


「……これからも、いろいろ教えてくださいね」


 その言葉に、俺は返事を飲み込みかけて、慌てて咳払いする。

 こういう時、軽く「おう」とか返すと、後で面倒になるんだ。

 だが結局、俺の口から出たのは――。


「……ほどほどでお願いします」


 だって、なんかレオンよりも怖いんだもん。


少しでも面白いと思ってくださった方はブクマ、評価等お願いいたします。

どれも感謝ですが、評価、ブクマ、いいねの順で嬉しいです。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ