参考
「お、おいおいおいおい……なんだよこれ!?」
窓からの光景に頭を抱えながらも、事態を確かめるべく階段を駆け降りる。
熱気が壁越しに伝わってくる。
まるで戦場の前線に向かっている気分だ。
そして、一階の扉を開けた瞬間――視界いっぱいに押し寄せる鎧とローブと武器の群れ。
「うおっ……!? 会社員時代を思い出しちまった……」
満員電車だ。パーソナルスペースはどこへいった?
玄関前のロビーには、外から流れ込んできた冒険者たちがひしめき合い、声を張り上げていた。
「面接してください!?」
「俺なら何でもやります!」
「血塗れと同じギルドとかマジ憧れるんすよ!」
「セラちゃんって独身?」
最後のやつは許さん。
そんな中、混沌とする人波の中央で、見覚えのある巨体が堂々と立っていた。
「団長ッ! お目覚めでございますかッ!」
ラグナルが満面の笑みを浮かべ、両腕を大きく広げている。
その背中には、でかでかと「《白灯》新規メンバー募集!」と書かれた布が掲げられていた。
「……ラグナル」
「はいッ!」
「これ、どういう状況だ?」
俺の声には確かに冷気が混じっていたはずだが、ラグナルはまったく怯まず、むしろ誇らしげに胸を張った。
「団長はおっしゃいました……強い奴がいると頼りになるとッ! そして何より、団長の偉業を世に広めるためッ! より強固なギルドを築き上げるためッ! このラグナル・ブラストハート、募集をかけましたッ!」
「独断で……?」
「はいッ! 昨日の宴会の後、各ギルドの掲示板に貼り付け、さらに王都ギルドにも告知を依頼いたしましたッ! 見てください、この溢れんばかりの応募者ッ! これぞ団長の人望ッ!」
……人望じゃなくて物理的圧迫だ。
しかも、王都ギルドにまで告知? それもう国中に流れてるんじゃないのか。
「ねぇ、マスター!」
ラグナルの背後から、セラが人混みをかき分けてやってきた。
目はきらきらと輝いていて、完全にお祭りモードだ。
「見て見て! こんなに仲間になりたいって人がいるんだよ! すごいよね!」
「いや……すごいけど……」
もう一人が気になって辺りを見回すと――やっぱりいた。
リゼットが、カウンターの奥で涼しい顔をして受付表を捌き、ペンを走らせていた。
そして、その横でレオンとイーリスが対応に追われている。
加入そうそうの仕事がこれって、可哀想すぎるだろ。
いや、俺も似たようなことを考えてたな。
「皆さま、順番にお並びくださいませ。スキルとランクを記入の上、面接時間を――」
「リゼット! なんで普通に業務し始めてんの!?」
「更なるパシ――苦楽を共にする仲間が必要だからです」
パシリって言おうとしたよね。ある意味でブレないなこいつ。
そんなツッコミを入れてる場合じゃない、俺が一言も許可を出していない、ギルド新メンバー大量加入プロジェクトが、全力で稼働し始めてしまっている。
思わずその場で膝をつく。
ギルドの床板越しに伝わる何十人もの足踏みの振動が、膝から腰、そして頭まで響いてくる。
「お、俺の……助成金ウハウハスローライフは……終わった……のか……?」
言葉に出した途端、さらに現実味が増した。
未来への扉が目の前で閉まったようだ。
天井を見上げれば、柱に掲げられた《白灯》のギルド旗が、嬉しそうに揺れている。
やめろ……そんな無邪気な顔で俺を見るな。俺はお前の希望に応えることは――。
(希望に……応える?)
天井を見上げたまま、俺はふと思った。
(……いや、待て。まだ終わってない)
加入希望者が殺到してきたって、別に全員入れなきゃいけないわけじゃない。
そうだ、面接だ。
面接という最終関門を設ければ――俺の理想の「雑用を押し付けても文句を言わない、しかも戦力にならない」完璧な人材以外は、全部落とせばいい。
(そうだそうだ……俺が面接官だ……最強の拒否権を持つ者だ……!)
胸の奥に、黒い笑みがじわりと広がる。
そうだよ、この場にいる連中全員を一気に落とせば、俺の平穏は守られる。
やり方次第では、志願者のほうから「やっぱやめときます」って言い出すかもしれない。
そうなれば、俺の安息は守られる――!
決意が固まった瞬間、俺は勢いよく立ち上がった。
「よしッ! これより加入希望者の面接を行うッ!」
突然声を張り上げた俺に、人混みがざわつく。
リゼットが「面接室は二階をご利用ください」と自然に段取りを進め、ラグナルとレオンが「お一人ずつッ! 順番にッ!」と列を整えていく。
こうして、俺の「全員不採用作戦」が静かに幕を開けた。
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