酒を飲もう
「これは……なかなかの逸品ですね。度数も高い」
リゼットが酒を注がれたグラスを軽く傾けて、香りを確かめている。
さすがの品定めであるが、俺の元いた世界では貴女はまだ未成年です。
「おいしそ〜……」
セラも興味津々といった様子で、グラスを持ち上げた。
「じゃあ、乾杯!」
俺の音頭で全員がグラスを掲げた。
ぱちんと軽やかな音が重なり、祝宴は始まった。
――が、その数分後。
「……レオン?」
斜向かいに座っていたレオンのグラスがカランと傾いた。
「レオン兄さん? 顔が……真っ赤……っていうか、紫?」
「ふ……ふへぇ……」
兄妹の妹、イーリスが不安げに兄の顔を覗き込む。
それもそのはず、レオンは一口しか飲んでいない。
にも関わらず、すでに目が虚ろで、半分椅子から崩れ落ちかけている。
「ちょっと、レオン……お前、まさか……」
「しんさんっ……シンさぁぁぁん……あはは……おれ、もうだめですぅ……」
生まれたての子鹿のように首が揺れている。
思った以上に酒に弱かったようだ。
「だ、団長ッ! まさかこれは毒では……」
「違う違う。普通に弱いだけだ。寝かせよう」
仕方なく、俺は立ち上がってレオンの腕を肩に回す。
ぐったりしている彼の身体は案外重く、酒の匂いがやけに近い。
「ちょっと寝室借りるぞー」
「団長……すみませんッ! 私の監督不足です……ッ!」
ラグナルが土下座しそうな勢いで頭を下げるが、別に彼の責任じゃない。
「シンさん……ありがとうございます」
イーリスが、少し心配そうな顔でこちらを見つめていた。
「いや、大丈夫だよ。少し休めば元気になるだろ。……それより、イーリスも飲み過ぎないようにな」
俺がそう言って軽く微笑むと、イーリスの頬がほんのり染まった。
「……は、はいっ。気をつけますっ。あと、私もついていきます!」
俺はイーリスと共にレオンを動かし、奥の寝室に入った。
やっぱり重いな。
それにしても、ほんの一口でここまでダウンできるって、ある意味才能かもしれない。
「――ほら、横になれって」
「んぅぅ……シンさぁん……あんまり怒んないでくださいよぉ……俺、がんばったのにぃ……」
「怒ってないよ……というか、誰と間違えてるんだよお前……」
苦笑しつつも、そっと布団に寝かせる。
これで、ひとまず安心――と思った矢先。
「シンさん……」
小さな声が背後から聞こえた。
振り返ると、イーリスが少しだけ不安げな顔をしている。
「兄さん、寝られそう……ですか?」
「ああ、すぐ寝るだろ。……酔いが醒めたら、少しは恥ずかしがるかもしれないけどな」
俺が冗談めかしてそう言うと、イーリスはふふっと小さく笑った。
けれど、その笑みはすぐに消える。
「……小さい頃から、兄さんは無理をしてばかりで」
彼女がぽつりと呟いた。
「いつも、村のみんなのためにって。……家族がいない子がいれば面倒を見て、困ってる人がいれば代わりに畑を耕して。そういう兄でした」
俺は黙って聞く。
イーリスの声は、語るというより、少しこぼれるような調子だった。
「でも……本当は、兄さんの方が誰かに頼りたかったはずなんです。誰かに、守ってほしいって。……私が、そうだったから」
イーリスの視線が、ベッドで眠るレオンへと注がれる。
まるで何かを許してもらおうとしているような、遠くから祈るような目。
「……だから、シンさんには感謝してるんです」
「感謝?」
「はい。……兄さんの英雄になってくれたから」
そんなつもりじゃなかった。
助成金を守るために助けただけ。
でも、イーリスが言うには、もうそうなってしまっているらしい。
「……あの」
イーリスが、ほんのわずかに距離を詰めてくる。
彼女も口にした酒の香りが、微かに漂う。
「……わたし、ずっとシンさんのこと、すごいって思ってました。最初に助けてくれた時から」
イーリスが自分の胸元を押さえ、さらに距離を詰める。
「でも……それだけじゃないって、思う気がして――知りたいんです、シンさんのこと。私も、シンさんの役に立ちたい」
指先が、俺の服の裾をそっと摘まむ。
「それでいつか、私のこと……女の子として、見てもらえたら、嬉しいです」
静かな空気の中、俺は一瞬だけ目を逸らし、ふと笑った。
「……イーリスも酔ってるな?」
「よ、酔ってないですっ!」
イーリスはぷいっと顔を背けたが、頬の赤みは隠せていない。
俺は咳払いを一つしてから、わざと軽い声を出した。
「ま、まあ……ありがとな。そう言ってもらえるのは嬉しいよ」
イーリスの肩が小さく震える。
でも、顔は見せない。こちらに背を向けたままだ。
「……で、俺はそろそろ戻るよ。ほら、宴会の真っ最中だしな。ラグナルが飲み過ぎたらヤバそうだし」
「……ふふっ、そうですね。私はもう少し、兄の様子を見ようと思います」
彼女に頷くと、俺は一歩、扉に向かって進み――ふと、立ち止まった。
「……ああ、そうだ」
自分でも何気なく、だけど妙に気になっていたことだった。
「ランク試験の結果、もう出たんだっけ?」
振り返ると、イーリスはきょとんと目を丸くしていた。
「……え? あっ、はい。そういえば兄がさっき、ラグナルさんと――」
彼女はレオンのポケットを探り始め、先ほど俺が見た二枚の封筒を取り出した。
無地の白封筒に、王都ギルドの印章が押されている。
「……ありました、これです」
彼女は封を切り、一枚を確認し、その後、同じようにもう一枚を確認した。
「どうだった?」
俺の見立てでは、レオンがCランクでイーリスがDランクといったところだろう。
これなら、俺が多少偉そうにしても下剋上を起こされないし、仮に依頼を受けさせられたとしても、彼らを守るという名目で前線から離れることができる。
日常生活では、安心して雑用を――。
「――兄さんも私もAランクでした!」
俺は微笑むと、そのまま部屋をあとにした。
どうしたんですかシンさん、という言葉は無視だ。酒を飲もう。
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