選手交代
「……強さは?」
「今はSランクほどですが、どんどん力を増しています。いずれはSSランクにも到達するでしょう」
「……そうか」
リゼットの見立てを聞いて、自然と笑みが溢れる。
(――これ、ダメなやつだわ)
俺はBランクだぞ、無理に決まってる。
さっきは相手がAランクで最低限の実力差、油断とドン引きで勝つことができたが、SSランクは無理だ。
そもそも、人間形態ですら再現性ゼロ。
再戦すれば、俺は間違いなく地面にめり込んで骨になってる。
既にスキルの効果は切れてしまっているし、もう一度発動させようとしても、その前に瞬殺されて終わり。
つまり、俺にできることはないわけだ。
……と、なると。
「――俺を指名してくれたのに申し訳ないんだが、今日のシフトはもう終わったんだ」
「……なにを言っている?」
「適材適所って知ってるか?」
俺は声を張った。腹の奥にまだ鈍痛はあるが、リゼットの回復がしっかり効いている。いくらかマシだ。呼吸も、重心も安定してきた。
「適した材を適して所するんだよ! 要するに、お前の相手は俺じゃないってことだ!」
リゼットに視線を向けると、彼女はすぐに頷いた。全く恐れていない。
「今度こそ、確実に始末してみせます」
「うん、頼む」
そして、振り返ってラグナルに向ける。
「ラグナル、俺たちは下がるから、サポートを頼んでもいいか?」
「もぉちろんですともッ!」
ラグナルは地響きを立てるような音で胸を叩き、大地ごと揺るがす勢いで叫んだ。
「団長、レオンさん、イーリスさん、それにセラさん。皆さんの安全は、このラグナルが必ず――」
「――マスター」
その勢いを断ち切るように、透き通った声が届いた。
セラだった。
「私にも、戦わせてくれる?」
「セラも……って、大丈夫なのか?」
そう答えてしまった。
彼女がやる気なのは良いことだが、俺が見ている前では――そう思っていたが、セラの纏っている空気が普段と違う。
いつも甘えた調子で笑っていた彼女ではない。
俺に向ける視線すら、鋼のようにまっすぐだった。
「うん、今なら大丈夫」
その表情に、不思議と不安は感じなかった。
むしろ、どこか頼もしさすらあった。
「……わかった。頼んだ」
「ありがとう」
その言葉と共に、セラは静かに剣を抜いた。
細身の剣だが、その動きには一切の無駄がなかった。
ひゅ、と空気を裂く音。
彼女は俺から視線を外し、ソレの方をまっすぐに睨み据える。
月光が彼女の背に流れ、跳ねるように揺れるポニーテールが弧を描いた。
「――絶対に、あいつを殺すから」
セラが呟いた。背筋に冷たい何かが走る。
彼女の声があまりに静かだったからだ。
怒っているわけではなかった。叫んでいたわけでもなかった。
その声音は、まるで誓いのようだった。
「……へ?」
俺は思わず聞き返していた。
そんな風にセラが言ったことなんて、今まで一度もなかったからだ。
そして――リゼットは、ゆっくりと歩き出した。
「――フム。それなら、君を殺すのは最後にしよう。他の全員を殺した後に、泣き叫ぶ姿を見ながら、細かく刻んであげるよ」
残酷さを孕んだ声。
ソレの身体から、どろりとした音と共に黒い影が流れ出す。
液体に見えたそれらは、次の瞬間、意志を持ったようにうねり、宙に突き出された。
触手。いや、単なる触手ではない。
鋭く尖った槍のようなものが雨のように空を覆い、二人へと一斉に襲いかかる。
だが、リゼットは動じない。
スカートの裾がふわりと舞い上がり、優雅な舞踏のように回転する。
いくつもの影の槍がリゼットの周囲を通り過ぎ、一本たりとも彼女の身体に触れることはなかった。
メイドが来客に礼をするように、腰をわずかに折って回避するその姿には「余裕」があった。
一方で、セラは一歩一歩、進み続けている。
彼女が剣を振るうたび、俺の目では手元の動きを追うことが不可能になり、セラの身体を的確に狙っている槍が粉々に砕け散る。
攻撃による防御。
これが、二人の本来の力なのか。
「どうしてセラは……」
答えを求めていたわけではないが、口をついて出た疑問にラグナルが反応する。
「……おそらくセラさんは、夢中になっているのです」
「夢中?」
俺が眉を寄せると、ラグナルは静かに頷いた。
「はい。団長を傷つけた不届きものを始末するという目的。ただそれだけを遂行するために、他の全てを排除している」
かなり恐ろしいこと聞いてしまった。
「……まぁ、それはメイド長も、そして私も同じことですが」
ラグナルの言葉は、まるで冗談のように穏やかだった。
だが、その背中から立ちのぼる気配は、冗談とはほど遠いものだ。
「団長。私は脳筋だという自信がありますが……」
ラグナルはちらりと俺に視線を向ける。
「これでも、今はかなり自分を抑えているのです」
その言葉に、俺は一瞬言葉を失う。
彼の目は笑っていない。かと思えば、ふっと柔らかく微笑んで、こう続ける。
「……しかし、私の出番は来ないでしょう。二人が失敗するようには思えませんから」
聞いて、戦っている二人へと視線を戻す。
リゼットが舞い、セラが進む。
ふたりの動きは対照的でありながら、共に極まっている。
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