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趣味で人助けをしていたギルマス、気付いたら愛の重い最強メンバーに囲まれていた  作者: 歩く魚
呪われし兄妹とド変態

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鋼鉄の肉体

「――散開!」


 その一言を合図に、リゼットが迷いなく魔物へと突っ込んでいく。

 氷上を滑るような軽やかさ。獣の赤い瞳と、氷のような瞳がぶつかり合う。

 ラグナルはその一瞬を見逃さず、広場の周囲を跳ねるように走り出した。

 全力疾走は地鳴りに近い。振動が地面を叩き、埃が立つ。

 セラは、魔物が退いたことで安全になった兄妹の元へと駆け出す。

 そして俺は、男を正面から睨んだまま、場を動かない。


「……ふむ。その作戦は失敗かもねぇ?」


 くす、と男が笑うのが分かる。


「そうかな? ウチのメイドは強いぞ。自慢の魔物だとしても、ここで終わりだ」


 まぁ、リゼットが戦うところを見たことがないんだが。


「やたら暑苦しいのも、相当強い。あいつが来れば、お前なんて二秒でミンチだ」


 完全にやられ役のセリフだと、言ってから気付く。


「そちらのお嬢さんは?」


 男がわざとらしく視線を動かす。

 セラのことだ。彼女は兄妹のそばに腰を落とし、片手でイーリスの意識を確かめている最中だった。

 

「セラは……ええと、まぁ……その気になればお前を切り刻める」


 許せ、セラ。お前の戦闘力もよく分かっていないんだ。

 そもそも俺は、メンバーの戦っている姿なんて見る気がなかったからな。

 彼女たちが強いのは、知識としては分かっている。


(……本当に、討伐依頼くらい最初に行っておくべきだったな)


 見ておくべきだった。

 楽をしようとした過去の俺が、今になって首を絞めてくる。

 後悔しても、もう遅い。

 だけど――それよりも気になることがある。

 この男、やけに余裕がある。

 明らかに形勢は悪くなってきているはずだ。

 仲間たちは実力者。あの魔物は確かに強いが、孤立無援だ。

 それでも、この男は笑っている。

 フードの奥で、何かを見透かすような目をして。


(……何を考えてる? こいつは)


 静かに、心の中で戦慄が立ち上がっていた。


「おや、来ないのかな? それなら、私のお友達を助けに行こうかな」


 男がゆっくりと足を前に出す。声に感情の抑揚はない。

  

「……っ! 行かせるか!」


 俺の身体が、叫ぶよりも早く動いていた。

 そうだ。俺に構われないのが一番望ましくない展開。

 やはりラグナルに任せるべきだったか?

 いまさら考えるのはやめろ。

 地を蹴り、風を切った。

 男の視線が、僅かにこちらを捉える。

 フードの奥の目が、少しだけ楽しげに細まった気がした。

 短剣を構える。狙いは男の左肩から右脇腹へ。

 こいつは魔術師だ。距離を詰めるのは定石。

 浅くても、足を止められればいい。


「はァッ!」


 右腕をしならせるように前へ、剣を振り抜いた。

 

「……おっと」


 低く、くぐもった声と共に、男が軽やかに身体を捻った。

 剣は確かに何かを切った。

 ――布だ。手応えはある。ローブの端を斜めに裂いた感触が残る。それだけだった。

 だが、その部分から男の正体が少しでも掴めるのではないかと思い、凝視する。

 そして、切れた布の奥から覗いたのは――。


(……筋肉?)


 想像よりも遥かに無骨な、厚く鍛え上げられた胸板が現れる。

 蒼黒く光る皮膚。皮膚というより、鎧のような肉体。

 体表には何らかの呪符か刻印のような痕が浮かび、光を拒んで淡く脈動している。


(――こいつは、魔術師じゃない。)


 そう思った次の瞬間――。


「遅いよ」


 目の前が揺れた。

 男の右腕が大きく振り上げられるのを見たときには、もう遅かった。

 拳の塊が、俺の腹部を、真横から捉えていた。


「……ッが、は……ッ!」


 空気が抜ける音と共に、意識が一瞬飛ぶ。

 骨ごと砕かれたかと思うほどの衝撃が内臓を揺さぶり、地面に投げ出された。


「――マスターッ!」


 セラの叫びが聞こえる。景色がぐるりと回る。地面を何度も転がった。

 視界の端に月光と、教会の屋根が流れていく。

 口の端から何かがこぼれた。鉄の味――血だ。


(……くそッ!)


 肺に空気が戻らない。痛みで手が震える。


「ローブを纏っていたら魔術師だと思い込み、接近戦を仕掛ける。ほら、愚かだろう?」


 地面に横たわったまま、俺は必死に肺へ空気を押し込もうとする。

 うまくいかない。内臓が潰れたとさえ感じる。

 お前は失敗した。こいつには勝てないと警鐘が鳴る。

 それでも動かなければ。

 時を戻すことはできない――奴はゆっくりと、歩いてきている。


「思い込みって、怖いよねぇ。自分が賢いと信じている人間ほど……滑稽だ」


 足音が、ゆっくりと近づく。

 一歩ずつ、俺の方へと。


「ま、マスター!」


 セラが呼んでいる。

 視線を向けると、今にもこちらへ駆け寄ってきそうだ。

 だが、それでは兄妹が狙われてしまう。


「……だい、じょうぶ、だ……」


 かすれているが、なんとか声を出すことができた。


「おや、起きるのかい?」


 男の声が、楽しそうに響く。

 人をいたぶることに喜びを感じているのだ。

 お望み通りだ、腕に力を込める。膝を地につけ、何とか身体を起こす。

 口の端から血が垂れ、顎を伝って滴る。

 視界はまだぶれている。

 だが、男の姿ははっきりと見えた。


「おお、根性はあるみたいだね。嫌いじゃないよ」


 男は気分良く呟いたまま、一歩、また一歩と近づいてくる。

 その足取りは軽く、まるで散歩でもしているかのようだ。

 俺は地を蹴った。傷が裂ける。呼吸が乱れる。だが、構わず剣を振る。


「はッ――!」


 低く、重心を落としながら踏み込んだ斬撃。

 男はまたも半身でそれをかわす。ローブの裾が裂け、男の肩が露わになる。

 思わず目を見開く。

 やはり、外見からはまるで想像できない、鋼のように鍛え上げられた肉体。


「ふふ、そう驚かなくても」


 その言葉と共に、拳が風を裂いた。

 咄嗟に身を引いたが、肩口をかすめただけで視界がボヤけた。

 打撃の重みが骨を軋ませる。よろめきながら、数歩、下がる。


「ねぇ、どうする? このまま続けるのかな?」


 男の問いかけに、俺は無言で短剣を構え直した。

 短剣が微かに熱を帯びているように……俺の身体が悦びを感じ始めているのを理解する。

 少しずつ呼吸が戻り、不本意ながら、生きていると感じてしまう。


「……顔つきが変わったね?」


 男の言葉に、自分の口元が吊り上がってるのがわかった。

 こんな場面で笑っている。

 闘技場の時と同じはずなのに、死ぬと理解しているのに、今は何故か笑っている。

 あの時と、何が違う?

 ふいに、走馬灯のように、この二か月のことが脳裏をよぎった。


(……仲間か)


 この場には仲間がいる。

 死ぬのは嫌だが、リゼットが、ラグナルが。

 甘い考えだが、最強の冒険者たちがギリギリのところで助けてくれるのではないかと、そう思ってしまっているのだ。

 Aランク相手であれば、全力で戦うことができる。

 かなりのダメージを喰らってしまったが、即死はしないことも分かっている。


「まったく……最悪な人間だ」

 

 視線の向こうにはセラがいる。兄妹を抱えて。

 村の人々が、まだどこかに隠れている。

 興奮していいわけがない。

 だが、それでも、この状況を楽しみはじめている。

 狂っていると思われても仕方がない。

 だけど俺は、そんな自分を殺せない。

 代わりに、彼らのことは絶対に守り抜く。

 こんな状況だからこそ狙える勝ち筋も――ある。


「どこまで折れずにいられるか、試してあげるよ」


 男の姿が消えた。


「――ッ!?」


 本能が告げる。こういう時は上だ。

 咄嗟に地面を転がると、直後に叩きつけられた拳が、俺のいた場所を粉砕した。

 石畳が砕け、破片が飛び散る。


「反応速度が上がってるね」


 それを見て、男はますます愉快そうに笑った。

 

「なら次は……これでどうかな」


 男が右手をゆっくりと振り上げ――俺は踏み込んだ。


(距離があるうちに詰める! 先手、先手で削るしかない)


 男の脇腹を狙う。低く、針の穴を通すように正確な一撃は、見事に命中した。

 だが――衝撃が腕に返ってくる。


(固い……!? まだ足りないのか!)


 突き立てた刃先が男の筋肉に食い込まない。

 皮膚の下に鎧を着込んでいるかのようだ。

 それでも、押し込もうと力を込めたが、男は眉一つ動かさない。


「……惜しい。ちょっと痺れたよ」


 嘘だ。まるで効いていない。

 男の肘が振るわれる。腹に直撃する一撃を、なんとか横にずらして受けるも、脇腹に鈍い衝撃が走った。

 呻き声が喉まで込み上げる。


(このままじゃ、先に――)


 その時だった。


「――えっ!? だ、ダメ!」

 

 セラの声が上がった。

 男の背後――レオンが身体を起こし、剣を構えて男の背中に迫っていた。

 だが、腕を振り上げた瞬間、彼の身体がびくりと震える。


「ぐ、あああッ……!!」


 空を裂かんばかりの叫び声。

 彼の持つ武器が手から滑り落ち、膝から崩れる。


「兄さんっ!」


 彼の苦しむ声に目を覚ましたイーリス。

 彼女が必死に呼びかけるが、その声が届いていないかのように苦しんでいる。


「あぁ……やっぱり気付けなかったか。君はさっきも体験したというのに……」


 男が振り返り、レオンに視線を向けた。

 

「余計なことをしたね、うん。じゃあ、君から殺そうか」


 男は腰に下げてあった短剣を抜き、その刃はレオンの心臓を狙う軌道を描いた。


「――やめろッ!!」


 叫ぶよりも早く、俺の身体が飛んでいた。

 突き飛ばすようにレオンを庇う。


「なッ……! マス――」


 腹の奥から音が鳴った。

 身体の内側が焼けるように熱くなる。

 視界が一瞬にして赤く染まった。


「が、ふッ……!」


 口の奥が苦い。

 喉の奥から温かい液体が逆流してきた。

 赤黒い血が噴き出し、顎を伝って地面に滴る。

 腹の中に入り込んでいた異物が引き抜かれる。

 ずるり、と粘ついた音がして、体内に空洞が生まれる感覚。

 それでも、まだ意識は繋がっていた。


(可能性は……ある……)


 獲物を仕留めた時、生物が最も油断する瞬間。

 俺がただの犠牲者だと信じ込んだ、その隙間。

 身体を、腕を、残った力を振り絞って動かす。


「はァッ……!」


 短剣を横薙ぎに振るう。

 渾身の力を込めた刃先が、男の脇腹をかすめる軌道を描く。


少しでも面白いと思ってくださった方はブクマ、評価等お願いいたします。

どれも感謝ですが、評価、ブクマ、いいねの順で嬉しいです。

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