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趣味で人助けをしていたギルマス、気付いたら愛の重い最強メンバーに囲まれていた  作者: 歩く魚
呪われし兄妹とド変態

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18/71

疑問

「――そして、目が覚めたらここにいました。……俺がしっかりしていれば魔物を、男を倒せたのに。イーリスを危険に晒さなかったのに……」


 レオンは拳を握り、歯を食いしばりながらそう言った。

 教会の長椅子に腰かけ、負傷した身体を気遣うことなく前屈みになっている。

 横にはイーリスが座っていたが、兄の言葉を止めようとしない。

 ただ、その手は、そっとレオンの袖を握りしめていた。


「でも、君が折れなかったからこそ、イーリスさんが生きてるんだよ」

「ありがとう……ございます」

 

 レオンの肩が微かに震えた。


「それに、その魔物の弱点が光だっていうこともわかった」

「物理攻撃が効きにくいっていうのもね」


 俺の言葉にセラが続ける。

 特に、物理攻撃が効かないという情報は大きなアドバンテージになるだろう。

 こちらとしては、相手に攻撃が当たる前提で動き、力を入れるわけだ。

 その剣が空を切ってしまうなら、精神的にも肉体的にも虚を突かれ、致命的な隙を晒してしまう。

 初見殺しのようなものだ。種は分からないが、死の危険を一つ遠ざけられたと言っていい。


「……周りの村を滅ぼす、とも言っていましたね」


 ラグナルと視線を交わす。冷静な目に、確かな怒りの色が宿っている。


「近くにも村が?」

「はい。ここから北の方に、ワサラビっていう小さな村があります」


 イーリスが答えた。かすれた声だったが、はっきりとした響きを持っていた。


「森と山に挟まれてて……外からの道が限られてるんです。人も少なくて、王都からも離れてて……もし、あの男がそこに現れたら……」


 言葉を繋ぐのが辛そうだった。


「危ないな」


 俺は即答する。

 すぐにリゼットが地図を広げ、小さな赤い印をつけた。

 これまでの記録と照らし合わせながら、無言で村の位置を確認する。


「行こう。時間が経てば経つほど、被害が出るかもしれない」


 立ち上がった俺に、レオンもイーリスも同時に動こうとした。


「俺も行きます。あの化け物がまた現れるなら――」

「私も――」

「ダメだ」


 俺ははっきりと告げた。


「……まだ、二人は動ける状態じゃない。さっきまで死にかけてた人間が、すぐに走り出そうとしても足手纏いになるだけだ」


 レオンは悔しそうに唇を噛む。


「わかってます。でも……」

「気持ちはありがたい。でも、今は回復に専念してくれ」

「……わかりました」

 

 俺たちは頷き合うと、武具の確認を終え、教会をあとにした。

 次の目的地はワサラビ村だ。


 エンベル村を出て、俺たちは北へ向かった。

 ワサラビ――地図上では森と山に囲まれた小さな集落で、馬車の通れない細い山道を抜ける必要がある。

 正規の道は崖の崩落で塞がれていたが、近くに村人が使っていそうな獣道を発見して、それを利用することにした。

 そして、ワサラビ村の入り口に辿り着いた時――全員の足が、同時に止まった。


「……うそ」


 セラの声が震える。

 目の前にあるべき村が――無かった。

 いや、形はある。けれど、それは残骸だ。

 燃え尽きた民家の骨組み。地面に這うようにして延びる焦げ跡。

 村の中央を走っていたはずの小川には灰が降り積もり、ぬかるんだ泥の中に、靴の切れ端が埋まっていた。


「これを……一晩で……?」


 信じられなかった。

 ワサラビ村は完全に沈黙していた。

 生き物の気配がない。鳥の声も、虫の羽音も――人も。


「……死体があります」


 リゼットの声に振り返ると、彼女が村の広場跡を指していた。

 焼け焦げた地面の先、黒ずんだ人影がいくつも転がっている。

 顔もわからない。年齢や性別すら。燃やされ、裂かれ、奪われていた。

 ラグナルが拳を握りしめていた。

 ただ深く息を吐いて、視線を地に落としていた。

 俺たちは、静かに村の中を歩いた。

 踏み込むたびに、焦げた瓦礫が足元で崩れる。

 家の壁には手形のような黒い染みがあり、森の出口には、爪で裂かれたと思しき大きな痕が残っていた。


「……間に合わなかったんだな」


 その言葉は、誰に向けたわけでもない。

 けれど、全員がそれを認めるように、沈黙した。

 それでも――。


「なにか、残ってないかな」


 俺は呟く。リゼットが頷いた。


「目撃者がいないか、あるいは痕跡だけでも……何かがわかるかもしれません」

「マスター、私、あっちの建物見てくる」

「頼む」


 セラが駆け出し、俺たちは広場を中心に、手分けして探索を始めた。

 焼けた地面に残された足跡、倒れたままの鍋、逃げた形跡、叫びの途中で止まった足跡。

 村人たちが最後まで、必死に生きようとしたことだけは伝わってくる。

 だが、俺の中には、ずっと同じ問いがあった。


(……死体の数が合わない)


 あの男は言っていた。「君たちを殺すのは最後にする」と。

  ――だが、男の目的は殺戮ではない。

 俺は足を止め、今一度、村全体を見渡した。

 焦げた屋根、崩れた壁。死体と灰に埋もれた村。

 けれど、何かが引っかかる。確かに恐ろしい光景だが、違和感があった。

 この規模の村なら、もっと多くの人間がいたはずだ。

 家の数、敷地の広さ。村の作りからして、十人やそこらではない。三十、いや、四十以上はいただろう。

 だが、俺たちが見つけた遺体は、二十にも満たない。


「……逃げ延びた可能性は?」


 口に出してみたが、それもおかしい。

 この村には、外に続く道が少ない。

 さっき通った山道すら、地形の関係で迂回を強いられたほどだ。

 追っ手から逃げるには難易度が高すぎる。

 それに、俺たちが村に来るまでに、誰かとすれ違ったわけでもない。

 どこにも逃げた形跡がない。

 リゼットが傍らで、呟くように言った。


「……人の焼死体というより、動物の骨にも近い形をしているものが多いですね」

「どういう意味だ?」


 リゼットは一瞬だけ言葉を選ぶように黙り――そして、静かに口を開いた。


「つまり……喰われた、と見るのが妥当かと」

「魔物に人を……喰わせている」

 

 シンプルすぎる答えだった。

 レオンの話を思い出してみる。

 魔物がレオンとイーリスの前に現れた時、急所を外すように攻撃していた。

 殺すのではなく、傷つける。

 逃げられないように、動けなくなるように。

 そして、最後には喰らう。


「……育ててるんだ」


 喰わせることで魔物が育つ。

 だからこそ、手間をかけているのだ。

 しかし、どうして兄妹を最後に回したんだ?

 反撃を喰らったとはいえ、あの場で二人を殺すことは容易いはず。

 この言葉にだけは……魔物の使役者の意思を感じる。効率などを排除して、自分が愉しむことが目的。

 他人を蔑むような、極めて不快な思考を。


「リゼット。この近くに、他に村はなかったよな?」

「ありません」

「……急いでエンベル村に戻ろう」


 リゼットが即座に荷をまとめ、それを察した二人も戻ってきた。

 燃え焦げた村には、もう誰もいない。

 その静けさを胸に刻み、俺たちは踵を返した。


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