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趣味で人助けをしていたギルマス、気付いたら愛の重い最強メンバーに囲まれていた  作者: 歩く魚
依頼を受けたくなさすぎる

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準備したくなさすぎる

 ノランさんが出て行った後、ラグナルは室内だというのに空を仰ぎ、セラはキラキラと目を輝かせ、リゼットは何かの記録魔晶石を回し始めていた。


「マスター、これって、初のギルド依頼ってことになるんだよね!? 絶対成功させようね!」

「私たちに不可能はありません。全てはシン様のために」

「団長が命じてくださるのなら……我が身は炎の中にでもッ!」


 みんなのテンション上がれば上がるほど、俺が行きたくなくなる。

 俺の心はすでに湿地の底のように重いのだ。


 翌日。俺たちは依頼に向けた補給のため、街の市場通りへと繰り出していた。

 買い出しすら億劫だったが、とりあえず「やっている感」を出すことは重要だ。

 どこであのおば……ノランさんが見張っているか分からないからな。


「見て見て、マスター! このポーション、ぶどう味なんだって! すごくない!? こういうの、戦闘中に飲んだらテンション上がるよね!」


 セラが薬草店でポーションの瓶を両手に掲げてはしゃいでいる。

 その後ろで、店員が「あれは回復量がちょっと……」とつぶやいていたが、聞こえないふりをしておいた。


「シン様。こちらの保存食は三日持ちますが、こちらは七日持ちます。値段は同じですが味がやや落ちます。どちらにしますか?」


 リゼットはというと、手元のメモ帳に「気温」「湿度」「保存条件」を書き連ねている。軍人かよ。

 店員はもう目を逸らしている。


「今回の依頼って、そんなに長期間になるの? めちゃくちゃ行きたくないんだけど」

「いえ、ただシン様に団長気分を味わっていただきたく、聞いているだけです。私がいる以上、並の魔獣など瞬きの間に始末して見せます」


 俺を守りながらお願いします。


「団長ッ! このマントはどうでしょうッ! 銀の縁取りがシン団長の神聖さをより際立たせるかとッ!」

「俺に似合うかどうかは置いといて……それ、女性用じゃない?」

「団長が着るなら問題ありませんッ!」


 防具屋でテンション最高潮のラグナル。

 周囲の客が微妙に距離を取っているのに気づいていないあたり、さすがである。


「あぁ、そうでした」


 俺には派手なマントから逃げていると、リゼットがふと漏らした。


「リゼット、どうした?」

「必要な物があれば、こちらをお使いください」


 淡々とした手つきで封筒を差し出してくる。

 何気なく受け取った俺だったが、封を開いた瞬間、思わず言葉を失った。


「……え、なにこれ」


 中には、金貨が十枚。手入れされたばかりのように輝いている。

 ざっと計算して、俺の生活費の、三ヶ月分だ。


「シン様用の資金です」


 まるで百円玉でも渡すかのような口調だった。


「いや、あの……どっから出てきたのこれ」


 自慢じゃないが、俺に金の蓄えはない。ギルド開設に全て使ってしまったからな。

 リゼットがギルドの金管理をしているわけでもないし、財源はどこから……?


「私のポケットマネーです」

「ポケットマネー!?」

「シン様を養うだけの蓄えは、既にありますから」

「嘘、だろ……?」


 一回りまではいかないが、リゼットは俺より五つ以上年下だぞ。

 それなのにFIRE済み……ファイナンシャル・インディペンデンス・リタイア・アーリーならぬ、エターナルだ。

 これがSSランクの力か……。

 ここまでの金持ちなら、彼女の婿になることも視野に……そう思ったが、愛の重さが怖いから遠慮しておこう。


「こ、これ全部使っていいのか?」

「えぇ。シン様の価値に見合う物にのみ、ですけれど」

「ありがとう!」


 その一言は無視して、俺は小走りで広場の屋台へ向かう。

 目指すは、通称「ロマン武具屋」と呼ばれる怪しい店。

 剣に竜の爪とか、鎧に薔薇の彫刻とか、性能は二の次でとにかく厨二心をくすぐる魔改造装備ばかりを扱っている。


「団長、どこ行くのー?」

「夢を追いにいくのさ!」


 無駄にかっこいい装備。使い道のないポーズが決まる武器。

 そういう無駄にかっこいいものに惹かれるのは、男としての宿命というやつだ。

 しかし、店にたどり着いた俺は、信じられないものを目にした。


「……シン様?」

「り、リゼット!? どうして店に――」


 お前……いつから。いや、なぜここに?

 

「刃が光るだけで実際には切れ味ゼロの剣……要りますか?」

「いや、でも今回は光るだけじゃなくて、咆哮エフェクトが――」

「却下です。光らせたいなら、私がいつでも補助魔術をお掛けします。咆哮なら――ラグナルにお願いしてください」

「団長ッ! 我が喉はいつでもッ! うおおおおおおおおおおッ!」


 突然の雄叫びに、通りがかりの客が三人ほど跳ねた。

 

「近所迷惑ですやめてください!」


 ……こうして俺は、購入予定だった「雷竜吼剣・終ノ型」を諦め、リゼットが選んだ現実的な装備セットに着地させられるのだった。


 一通りの買い物が終わり、袋を抱えた俺たちは、通りの端にある広場で小休憩を取ることにした。

 リゼットはベンチに腰かけてポーションの栄養成分をノートに書き写しているし、ラグナルは噴水の横で筋トレを始めていた。あれは休憩ではない。修行だ。

 セラはというと――。


「……ねぇマスター」


 俺の隣に座りながら、珍しくおとなしい声で呼びかけてきた。


「今回の依頼、絶対に成功させたいんだ」

「……まあ、できれば俺もそうしたいけど。というか、失敗したら全額返金だしな」


 一文無しになって、リゼットのヒモENDだ。


「ち、違うの。そういうのじゃなくて……その、私まだ、マスターのために何もできてないから」


 セラは両膝の上に手を置いて、目線を落としたまま続けた。


「あのときマスターに助けてもらったから、今も私は生きてるの。剣の持ち方を教えてもらって、自分で強くなるって決めて、ここまできたけど……」


 赤い瞳がこちらを見上げる。


「それでも、マスターの前だと、なんか空回りしちゃって。つい変なこと言ったり、ドジったり……すっごくカッコ悪い」

「まぁ……否定はできないな」

「ひどい!」


 すぐにツッコんできたあたり、まだ元気はあるらしい。


「でも、マスターが団長って知ったとき、ほんとにうれしかったんだよ。『あの人、やっぱりただ者じゃなかった!』って。私、まずはマスターの隣に立ちたいの」


 今も隣にいるじゃないか、そう言おうと思ったが、口に出さない方がいいのは俺にもわかる。

 考えている間にセラの思考に区切りがついたのか、顔に力強さが戻ってきていた。


「だから、今回の依頼は絶対に成功させたい。マスターの役に立って、ちゃんと、私がいてよかったって思ってもらえるようにしたいの!」


 その言葉はまっすぐで、嘘がない。


「セラ」

「……うん?」

「ありがとう」

 

 セラの顔が一瞬で真っ赤になる。


「~~~っ! マスター、不意打ちすぎ……!」


 ぶんぶんと顔を背けながら手を振るセラ。

 その様子があまりに必死で、思わず笑ってしまう。

 そのとき――。


「シン団長ッ! 水分補給はお済みですかッ!? 私は立て五百回目に入りますッ!」


 ラグナルの雄叫びが響く。

 休憩とは何なのか分からなくなってきた。


「次は、私が一番にマスターの役に立つからね。絶対だから」


 少しだけ膨れっ面で、でも力強く笑ってみせたセラに、俺は頷くしかなかった。

 


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