依頼を受けたくなさすぎる2
礼儀正しくドアが叩かれている。
「……誰だ?」
冷や汗が流れる。
このギルドに来客なんて、加入希望の時しかないぞ。
マズい。大変マズい。
「失礼しますよ〜っと」
返事を待つことなく、扉が開いた。
現れたのは、肩幅の広い上着を羽織った中年の女性。
顔は丸く、眉毛は太く、声は通るが柔らかい。
おばちゃん……という単語が、目に入った瞬間に脳内に浮かぶ。
……セーフなのか?
「こちら、ギルド《白灯》さんで間違いないわね?」
「あ、はい……そうですけど」
俺は若干戸惑いながら応じた。
見るからに受付嬢……というより、受付嬢の上司の上司って雰囲気だ。
その場にいたメンバーたちは、それぞれ警戒するように視線を向けていた。
だが、当のおばちゃんは気にする様子もなく、ずかずかと室内に入ってくる。
「まぁまぁ、なるほどねぇ〜……こりゃ立派なもんだわ」
何が立派なのか知らんが、彼女は壁際のヒーリングゴーレムこと猫をひと撫でしながら、目線をくるりと巡らせる。
「ギルドメンバー三人。ランクは……はいはい、SS、S、で、大型のお兄さんは――SSくらいありそうね。ふんふん」
「えーっと、どちら様ですか……?」
「あら、ご挨拶が遅れました。わたし、中央冒険者統括局の視察担当やってます。名前はノラン。ギルド職員歴、三十五年」
中央……なんだって?
名前の長さ的に、街ではなく国のアレっぽい。
「最近ちょっと噂になっててね。『新設ギルドなのにやけに高ランクが集まってる』って。で、実績は……」
ポーチから出した分厚い手帳をパラパラとめくり、
「……ゼロ。ふーん、なるほどなるほど。これは……」
ノランさんは目を細め、ゆっくりと俺に近づいてきた。
「団長さんが、よっぽどの実力者なのか、それとも――」
瞬間、ビッ、と彼女の指が俺の鼻先を差した。
「――助成金だけが目的の幽霊ギルド、って線が濃厚ね?」
「っ……なんのことですか?」
「あらあら。惚け方が若いわねぇ。ま、若いから仕方ないか。言っとくけど私、こう見えて数百のギルドと付き合ってきたの。部屋の空気と団長の顔見りゃ、だいたい分かるのよ」
彼女の顔には、経験に裏打ちされた皺が刻まれている。嘘ではない。
「ま、別にいいのよ。うまくやってるギルドは助成金で設備揃えて、数ヶ月後に実績上げて報告来るもんだし。多少サボってるのは分かってて目をつぶってるの。みんなやってることだもの」
なら放っておいてくれよ。
「でもねぇ〜、SSランクがいちゃ、目立つのよ」
リゼットが原因か。
「加えてSランクもいて、ひとかど確定のゴツいのもいて。そのくせ、剣士のお嬢さん以外はこの二ヶ月間、なんの依頼も受けてない。そりゃ他のギルドからも『おかしい』って声が上がるわけ」
掃除しかしてないもんな、この二人。
要は、面倒なところに目をつけられてしまったわけだ。
「だからね、団長さん。悪いけど、一つだけちゃんとした依頼、引き受けてもらえない?」
ノランさんは、俺の目の前に一枚の封筒を差し出す。
その封には、赤い蝋と、王都の紋章――。
「……え、王都?」
「内容は、国境付近での大型魔獣の捜索。斥候が戻らないって。ちょっとしたお散歩よ。で、終わったらお咎めなし。依頼完了ってことで、助成金の継続も許可するから」
ノランさんはにっこりと笑った。
穏やかな、母のような笑みだ。
「ちなみに……依頼の推奨ランクは?」
スマホゲームでよくあるだろう。
このクエストをクリアするには、だいたいこのくらいのレベルがあれば大丈夫ですよ、というやつ。
ギルドに寄せられる依頼にも、同じように推奨ランクがある。
これがなければ、依頼内容をよく読まなかったり勘違いした冒険者の命が散ってしまうことになりかねないし、実際に俺も、資金集めの時は推奨ランクと睨めっこしたものだ。
自分のランクより高い依頼は絶対に受けない。対等でも避ける。
それが俺の信条であり、生き残るためには絶対の――。
「――Sってところね」
はい、終わり。
「俺のランクはBですよ? 国は未来ある若者を死地に送り込むんですか?」
「首を回してごらんなさいよ。若者の未来どころか、一国の未来を照らせる人材が三人もいるのよ?」
即答。SSランクがいるなら、どうとでもなると言いたいのだろう。
俺にとってはそうではないのだ。
ギルド単位の依頼になると、特殊な事情がない限り全員出撃は必須。
ギルドマスターともなれば……先陣を切らされるのが目に見えている。
この世で最強クラスの冒険者は、足手纏いを守りながら戦い抜けるか?
俺はそうは思わない。俺は弱い。
「……もし断ったら?」
「そりゃあ、全額返金、支給停止、要注意ギルドリスト行き。ついでに、『SSランクの才能を潰してる』って報告書も出しとくわね?」
ニコニコしたまま言うなや。
「えーっと……前向きに、検討させて――」
「これはッ! 僥倖ッ!」
いきなり割り込んできたラグナルが、自分の胸をドンっと叩きながら言う。
「ちょうど、シン団長の偉大なる力をッ! 世に知らしめる機会を探していたところでしたッ!」
その顔には喜びと敬意が入り混じり、もはや神話の語り部のような神々しさすら漂っている。だが、全然ありがたくない。
「ぜひッ! お引き受けさせていただきたいッ!」
「ちょ、ちょっと待ってラグナル――」
「はぁい。じゃよろしくね、団長さん」
俺のことなど眼中にないと言わんばかりに、ノランさんは一言告げると扉を開け、振り返りもせず手をひらひらと振って出て行った。
その背中に、俺の未来が吸い込まれていく気がした。
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