依頼を受けたくなさすぎる
個人から国まで、大小さまざまな依頼を受け、解決していくのが冒険者ギルドという組織の役割だ。
依頼の規模が小さければ、冒険者一人で。
だが時に、災害級の魔物討伐や、国境線をまたぐような大型調査が舞い込んだときには、ギルド単位での出動が求められる。
まぁ、だいたい想像の通りだろう。
これが、いわゆる普通のギルドの話。
少なくないメンバーがいて、それぞれが金や名誉、あるいは高みを目指して日々の鍛錬に勤しんでいるような、そんな健全な組織。
向上心に溢れ、実力を磨き、社会との関わりを大事にし、貢献という名の自己投資を積み重ねる……。
でも、俺には関係がない。
ギルドメンバーは0人、マスターの名前も知られていない。
こんなギルドに依頼を持ち込む奴がどこにいる?
そもそも、存在すら認知されていないだろう。
蚊帳の外というやつだ。素晴らしい。心地が良い。
ただ、ここ二ヶ月で俺のギルドは、悪い意味で変革を迎えてしまった。
その嫌な予感は、第三者のノックという形で俺の前に現れたのだ。
ある昼過ぎのことだ。
「――その時、シン団長は眩く光り輝きましたッ!」
ラグナル・ブラストハート。
筋骨隆々の元・騎士団長。
全身から忠誠心を噴き上げる天然バーニングマン。
彼が例によって、俺を星座に祀り上げんばかりのトークをぶち上げる。
「素晴らしい比喩ですね。いえ、実際にシン様が輝いていた可能性もありますね」
リゼット・カディナ。
元貴族、現メイド、実質的なギルドの支配者。
知性を湛えたクール系を装ったヤバいやつだ。
「マスターって発光できるの!?」
セラは無視。
ラグナルは毎日同じ話を、否、少しずつ尾鰭を付けながら話しているし、本気か暇つぶしかリゼットは話に乗っかるし、セラは馬鹿正直に信じている。
「マスターってば、聞いてる? ねぇ、ねぇってば」
セラが俺の袖を引きながら、キラキラした目で見上げてくる。
なんでこいつらは、俺の話でここまで盛り上がれるのだろう。
高校生なのか? 精神年齢が高校生で止まっているのか?
「マスター聞いてる? ねぇねぇ」
この三人は、俺をなんかこう、世界を導く存在か何かだと本気で思ってるフシがある。
俺が何を言っても受け入れそうな恐ろしさがあるんだよな。
白を黒と言って通る。
それに喜びを感じる者もいるだろうが、俺にとっては恐怖だ。
想像上の俺と現実の俺が乖離していた場合、消される可能性もあるのだから。
「……ねぇ、マスターなんで無視するの?」
「――おおっとぉ! ごめんセラ!」
背筋に悪寒……というよりも刃物でなぞられているような感覚があり、急いで意識を戻す。
見れば、目の前にセラの顔が。
「マスターは私のこと嫌いなの? リゼットさんよりも弱いし、ラグナルさんみたいに綺麗に掃除もできないから……? でも見捨てないでマスター……。絶対に後悔させないから。私がマスターのために――」
「……まぁ待て、セラよ」
彼女の細い肩に手を置くと、びくっと震えた。
「俺はセラを無視してたわけじゃない。ちょっと考え事をしていたんだ」
「考え……ごと?」
「そうさ。俺はギルドを、みんなを束ねるリーダーだろ? どうすればみんなが過ごしやすく、喜んでくれるかを日夜考えているんだよ」
ぜんぜん嘘です。俺の過ごしやすさが最優先です。
「そっ……か……。ごめんねマスター、私、また先走っちゃった」
「いいんだよ」
「……ありがと。やっぱりマスターは優しいよね。みんなのことを一番に考えてくれてる!」
そんなことないです。俺の命の安全が最優先です。
「その通りですともッ!」
ラグナルの爆音が空気を震わせる。
「ですが団長ッ! 我らの願いはただ一つッ! 団長の御名が、この世界のすべてに刻まれることッ!」
「……は、はは……ありがとう、ラグナル。そう言ってもらえて……嬉しいよ……」
「恐悦ッ! 至極のッ! 極みッ!」
残念だが、俺には肯定することしかできない。
下手に否定して「何を言いますかッ!」と力説されれば、おそらく俺の鼓膜が吹き飛ぶからだ。
「……あまり邪魔者が増えると面倒ですが。ギルドが自立して回るようになれば、シン様との時間も増えますし。賛成です」
ギルドを回すメンバーの中にあなたは入っていないんですか、リゼットさん?
――コン、コン。
その時、重く鈍い音が室内に響いた。




