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面倒くさい少女たち  作者: 深井陽介
第8話 グラデュエーション
43/48

8-5 コングラチュレーション

五か月近くもお待たせしてしまいましたが、ようやく第8章の第5話、最終話です。

前回に続いて今回も、女性への暴力の描写が含まれています。直接的な描写は可能な限り避けたつもりですが、全年齢向けでないと感じられたら、遠慮なくご指摘ください。不快に感じることがあればすぐにブラウザバックすることを推奨します。

いじめられっ子といじめっ子の、不器用な関係にも決着が訪れます。大ボリュームで送る最終話、ぜひ最後まで、二人のことを見守っていてください。


 羽沢(はざわ)久留美(くるみ)が暴行を受けた……その噂はクラス内に留まらず、瞬く間に学校中に広まった。この手の悪い噂が大概そうであるように、純粋な被害者としてだけでなく、いち生徒へのいじめに加担していたという、暗い側面もおまけでついている。

 噂というのは不思議なもので、同情の余地がある悲劇は、最初の一瞬だけ人々を惹きつけるが、すぐに他人事としてあっさり忘れられ、話題にも上らない。だが、怒りを誘発させる出来事とか、責任を問う余地がある状況には、誰もがこぞって飛びついて火を点けようとする。しかもそうした炎上は、同じくらい許しがたい次の出来事が起きない限り、なかなか終わってくれない。

 ……みんな、自分が正義の味方だと思いたいのだ。だから相手が悪だと思えば、たとえ純粋な被害者だとしても、ろくに調べることなく好き勝手に叩こうとする。正義だから悪をくじくのが、揺るぎなく正しいと思っている。呉田(くれた)ほど極端ではなくても、人間は大なり小なり、そういう側面がある。

 絶対に正しい人間などいない。正義は悪の対義語じゃない、悪の一部分だ。だからわたしは、正義の味方になんてならない。

 わたしは、久留美の味方になる。たとえ他の誰もが、敵に回っても。

「えー、静かに。羽沢さんは今日も、大事を取ってお休みです。それと、羽沢さんに関してよからぬ噂を立てないように。彼女はそのぉ、犯罪の被害者なんですから、羽沢さんの名誉を傷つけるような行動は、厳に慎むように……って、聞いてますか」

 朝のHRの時間になっても、教室のざわめきは収まらない。担任の先生が呼びかけてもなお、ひそひそと話す声は止まる気配がない。というか担任がいまいち毅然としてないから、生徒たちになめられているのだ。

 内心で呆れながら、わたしは冷静に状況を整理していた。

 学校側はこの期に及んでもまだ、いじめの実態に踏み込もうとしない。暴行は立派な犯罪で、警察も動いているが、事件が起きたのは学校の外だから、生徒の中に加害者がいなければ、学校側も純粋な被害者という立場にこだわるだろう。久留美が警察に何を訴えても、学校側がろくに取り合うとは思えない。

 まあ、事実として久留美を襲った犯人は、間違いなく学外にいる。黒幕だけが校内にいて、そいつは直接関与していないから、証拠がなければ学校側も問題視しないだろう。例の音声データも、久留美を襲った犯人たちによって消されてしまった。

 わたしの場合は未遂で終わったが、久留美の場合は違う。彼女は実際に被害に遭っていて、警察もその犯人を捕まえようとしている。だが、警察の人海戦術にも限界があるし、あまり時間をかけすぎると、黒幕を追い詰める機会がなくなってしまう。ネットにばら撒かれた久留美の写真は、すでに警察からプロバイダを介して削除要請がなされたが、こうしたデジタルタトゥーは簡単に消えてくれない。

 黒幕……つまり呉田は、いじめをしそうな生徒として、学校側に認知されていない。教師の目が届くところでは、ごく普通の生徒を装っているからだ。このまま実行犯が捕まらなければ、また呉田はわたしへのいじめを再開する。久留美が復帰して今までどおりに妨害をしても、呉田の暴走に拍車をかけるだけで、根本的な解決にはならない。

 だからそうなる前に、元凶である呉田を追い詰めなければならない。警察にすべてを任せられないなら、わたしの手で。

「……えー、先生からは以上です。他に何か、確認しておきたいことはありますか?」

 来た。わたしはこの時を待っていたのだ。HRというクラスメイト全員が集まる時間の、生徒に発言権が与えられる瞬間を。

 わたしは片手を大きく挙げた。

 その途端、教室内のざわめきが一気に大きくなった。それも当然だろう。この教室で半ば公然と行なわれていたいじめの被害者で、おとなしく目立たない存在だったはずのわたしが、この非常事態で挙手をして、クラス内の衆目にさらされながら発言しようとしているのだから。

 担任の先生も、意外そうに目を見開いていたが、それでも無下にはしなかった。

「あっ、では保坂(ほさか)さん、どうぞ……」

 戸惑いながらも、先生はわたしに発言権を与えた。では遠慮なく行使させてもらう。

 わたしは席を立ち、つかつかと教卓へ歩いていく。その手にはタブレット端末を抱えていた。久留美の母親が仕事で使っているものを、今回のために借りたのだ。

 クラスメイト全員の視線を浴びながら、わたしは教卓に立ち、ここにいる全員に向き直る。

 おとなしくて目立たない……その評価は当たっている。本来こういうのはガラじゃないし、向いているとも思えない。正直、今からやろうとしていることを考えると、足がすくみそうになる。

 でも、怖気づいてはいられない。大丈夫。久留美がついている。大好きな彼女がいれば、彼女のためならば、わたしは何も怖くない。

 ダンッ!

 タブレットの画面をオンにして、叩きつけるように教卓に置き、全員に見せた。一度深く呼吸をして、心を落ち着けてからもう一度息を吸い、そして声を発した。

「いま、わたしの友達とズームで繋がっています。ここにいる加害者と傍観者全員、目を逸らさず耳を塞がず、よく見て聞いていなさい!」

 普段のわたしからは考えられない声量で、かなり踏み込んだ物言いが飛び出したものだから、全員がぎょっと目を見開いた。視界の端にいる呉田も同様だった。どうやら、わたしが強気に出たことが意外すぎたようだ。ふん、泣き寝入りするとでも思ったか。

 タブレットの画面はズームの映像が流れている。フルスクリーンで真っ黒な画面に、教卓から見た教室の映像が小さな画面に映っている。まだこの時点では、向こうはカメラをオフにしている。マイクは普通に通していたので、わたしの今の声を合図に、向こうもカメラをオンにした。

 フルスクリーンに映し出されたのは、わたしの友達、久留美だった。

杏奈(あんな)、こっちの音と視界は良好。そっちは聞こえてる?」

「うん、問題なし。始めていいよ」

 久留美の姿が映し出された途端、彼女の友達、米谷(よねたに)さんや綾瀬(あやせ)さんが、立ち上がりそうな勢いで身を乗り出してきた。

「久留美……!」

「うそっ、家にいるはずじゃ……!」

「心配かけてごめん」画面の向こうの久留美が呼びかけた。「いま、自分の部屋のベッドにいるの。どうしてもみんなに、わたしの口から伝えたいことがあって……」

 そう、いま久留美は、自分の部屋のベッドから、スマホを通じて話している。このためだけにズームのアプリをダウンロードして、久留美のアカウントをホストにしてミーティングを作った。わたしはHRが始まる直前に、タブレットからミーティングに参加して、ホスト側の映像をフルスクリーンで表示してから、端末の画面だけ消していたのだ。

 これらは全て、久留美からここにいる全員に、肉声でメッセージを送るためだ。わたし達に毒牙は効いていないと、アピールするために。

「わたしは一昨日、見知らぬ男たちに暴行を受けた。ただ殴る蹴るの暴力じゃない、腕力の差を見せつけて恐怖を植えつけるような、卑劣極まりない暴力よ。正直今でも、あのときの恐怖は忘れられない……夜中に何度も夢に見て、目覚めの悪い朝を迎えるし、男とは話をするだけでも鳥肌が立つ。わたしはこの一件で、大事なものをいくつも失ったと思う。だけど!」

 久留美の力強い声がこだまし、生徒たちの肩がビクンと上がった。

「たとえ女の尊厳を傷つけられても、そう簡単に思いどおりになるなんて思わないことね。やられたらやり返す。そっちが卑劣で傲慢で幼稚な手段に訴えるなら、こっちは真っ当な方法で、傷つけた連中に目に物を見せてやるわ!」

 あえて明言は避けているが、これは実質、この教室にいる黒幕への挑発だ。相手の神経を逆撫でして、次の凶行に走らせるのだ。

 そしてその時は、わたし達が反撃に転じるチャンスだ。

 さて、呉田の反応はどうかな……みんながタブレットの画面に気を取られている隙に、わたしは目だけ動かして呉田の席をちらっと見た。

 おっ、想定通り。教師の目もあるから抑えているけど、苛立ちが顔に出ている。

 それじゃあ、最後のひと押しを頼むよ、久留美。

「今はまだ安静にしないといけないけど、明日には復帰する予定だから、みんなもそのつもりでいてね。それと、みんなの目の前にいるその子は、わたしの大切な友達だから、その子を貶めたり傷つけたりすれば容赦しない。時間の許す限りSNSもチェックするし、わたしや彼女のよからぬ噂が少しでも流れていたら……このクラスで起きていたこと、ぜんぶ残らず暴露するわよ」

 久留美のその言葉に、青ざめて目を逸らす生徒が続出している。起きていたこと、つまりわたしがいじめられていたことも、それをクラス中が傍観して黙認していたことも、学校の内外に知れ渡ることになる。それが自分たちにどんなダメージをもたらすか、予想できないわけじゃないだろう。

 うーん……わたしが考えたシナリオとはいえ、久留美もかなり本気だ。真に迫る物言いのおかげで、本当に暴露しかねない雰囲気がある。

 久留美は決して、このクラスのカーストで最上位にいるわけじゃない。中学時代に孤立を経験し、嫌われることを恐れているからか、カーストに関係なく広く浅い付き合いをしてきたと思う。だからこそ、みんなの前でこれほど怒りを露わにするのは珍しく、それだけに誰も、今の彼女を怒らせてまで勝手なことをしようとは考えない。

 まったく、これで自分が弱い人間だっていうなら、わたしの強さは微生物レベルだ。久留美が味方でいてくれて、本当によかったよ。

「じゃあ、そういうわけだから、明日からよろしくねぇ」

 久留美はニヤリと笑って画面に手を伸ばし、ミーティングを終了させた。ズームのスタート画面が現れた。……なんか、いかにも悪だくみしていそうな笑顔だったなぁ。

 さて、久留美が必要なことを全部言ってくれたので、わたしの出番もここまでだ。

「以上です」

 それだけ言ってぺこりと軽く頭を下げ、ディスプレイをオフにしたタブレットを抱えて、わたしは自分の席に戻った。教室のざわめきはいつの間にか消えて、しんと静まり返っている。

 細工は流々、あとは仕上げをご(ろう)じろ、ってところか。正義がいつも勝つとは限らないが、人を平然と傷つけて恥じない奴は、最後には必ず負ける。そのことをはっきりと、証明してみせてやろうじゃないの。

 本当の闘いは、これからなんだから。



 さて、その日のクラスにおけるわたしの扱いだが、これもおおむね想定通り。これまで傍観勢力だった生徒は、引き続きわたしとの関わりを避けている。そして実際に危害を加えていた連中は、呉田も含めて、子犬のようにおとなしくなって、やはりわたしに近寄らなくなった。

 今朝のわたしの行動に、誰もが恐れをなしていたのだろう。久留美と親しくなったことは、少し前から公然の秘密となっている。そしてズームを使ったメッセージでも、久留美はそのことを隠さなかった。下手に手を出せば、どんな恐ろしいことになるか分からない……関わりを避けたがるのも当然だと言える。まあ、冷遇されるのは今さらだから、慣れたものだけどね。

 取り巻きがわたしへのいじめに消極的になったせいか、呉田も手出ししなくなった。わたしと久留美がこれだけ、悪に屈しない被害者ぶりをアピールしたのだ、状況をひっくり返そうとすれば、どうしたって呉田が悪者に見えてしまう。いやまあ、事実として悪者なんだけど、呉田はそう思われるのを嫌がるだろうし、だったら今のうちは何もせず、機会を窺うのが得策だと考えるだろう。

 明日にはきっと、今朝の衝撃は冷めている。呉田がクラスの状況をひっくり返すなら、明日以降しかない。でも明日になれば久留美が復帰して、もっとやりづらくなる。ならば、呉田が何らかの行動に出るチャンスは限られてくる。

 そう……人の目が最も少なく、待ち伏せがしやすく、クラスの空気に支配されない、下校途中だ。

 一度はわたしの下校途中を狙って拉致しようとしたのだ、同じように待ち伏せていれば、できないことはないはず。前回は久留美が気づいて、彼女の家に連れていってくれたから事なきを得たが、一昨日は久留美の帰宅ルートを狙って、実際に拉致が成功している。自宅へ行くか、久留美の家に行くか。どっちのルートを選んでもわたしは狙われるし、現状では他の逃げ道を知らない。

 ……まあ、今日も例によって母親は遅くまで帰って来ないし、公園とかに逃げてやり過ごす手もある。でもそれでは意味がない。逃げてばかりでは解決が遠のく。

 だからわたしはその日、真っすぐに自宅を目指して、いつもの下校ルートを歩いた。一年以上使っている帰り道だから、一番人の目が少なく、こっそり車で拉致するのに最適な場所も知っている。タイミングが予想できる分、心構えもしっかりできるのだ。

「とはいえ……無傷でいられないのは覚悟しとかないと」

 自分に言い聞かせるように呟く。久留美は体だけでなく、心にも深い傷を負った。共闘すると決めたのに、わたしだけ無傷でなんていられない。

 傷だらけになってでも立ち向かおう。わたし自身と、愛する久留美のために。

 ……なんて思っていたら、道の途中にある生け垣の陰から、二人組の男が突然現れた。無言でわたしに手を伸ばして襲いかかろうとする。

「!」

 なんとかすんでのところで躱した。男たちは躱されたこと自体に驚いて、少しの間、手を伸ばしたままの間抜けな格好で呆然としていた。

 わたしも驚いたことに、二人の男は帽子をかぶっているだけで、わたしからは人相が丸見えだった。てっきりサングラスやマスクとかで完全に顔を隠すと思っていたのだけど、どうやら人の目がないから必要ないと思ったようだ。予想以上に脇の甘い連中である。

 しかし、たぶんこの辺りだろうと踏んでいたからよけられたけど、心構えが十分にできていないうちに来ないでほしいなぁ。……まあ、こいつらには知ったことじゃないか。

「くそっ、逃げんじゃねぇぞこのっ!」

 二人組はなおもわたしを捕らえようと襲いかかってくる。面倒だけど、ここで捕まるわけにはいかない。わたしは手に持っていたカバンを振り回して、二人の襲撃を振り払いながら、その場から逃げ出した。それでも奴らが追ってくると信じて。

 簡単に捕まえられると思っていたのだろう。生け垣の向こうには車が……ワンボックスのワゴンが待機していた。目の前をわたしが走って横切ったところを、運転席あたりから目撃したのか、わたしが生け垣を通り越してから、ワゴンもエンジンをかけてわたしの後について来る。

 教室にばらまかれた写真から、犯人たちが車を持っていることは知っていた。わたしを拉致する際にも使うだろうと予測していたが、車で追いかけられることまでは想定していない……だって、人間ひとりを街中で追いかけるには、あまりに不便すぎるから。狭いところに入られたら、追いかけようがないものね。

 というか、我ながら無茶なことをしていると思う。体力でも体格でも勝っている男たちを相手に、ろくに運動をしてこなかったわたしが、いきなり走って逃げようなんて……。

 案の定、五分くらい走っただけで息が上がってきた。もちろん自分の体力のなさは計算に入れているけど、まさかここまでとは……もうちょっと体力をつけないと。

「はあっ、はあっ、もうダメ……」

 色んな裏道を使って逃げまくり、なんとか二人組は撒くことができたが、体力の限界を迎えたわたしは、またしても人通りの全くない、公園の隅っこに近い所で立ち止まった。ブロック塀に手をついて、乱れた呼吸のままうつむいた。

「とりあえず、ここまでくれば、大丈夫……」

「大丈夫じゃねぇんだよ、バーカ」

 嘲るような男の声がして、わたしは顔を上げた。声のした方を振り向こうとしたら、後ろから首根っこを掴まれ、ブロック塀に体を正面から打ちつけられた。

 二人組の男は、あっという間に追いついたらしい。回り道を強いられたグレーのワゴンも、ほどなくして姿を現した。

「くっ……!」

「もう逃げらんねぇぞ。ちょこまかしやがって」

「お前さえやっちまえば、逆らう奴はいなくなるらしいからな。存分に楽しませてくれよな」

 首根っこと片腕を掴まれ、わたしは身動きが取れない。男たちの下卑た笑いを、横目でにらみつけるくらいしかできなかった。

 見たところ、こいつらはわたしと同じ高校生くらいだ。だが、仲間の一人は車を運転しているのだから、わたしよりは年上のはず。どうも年齢的なつながりがはっきりしない……呉田はどうやってこんな連中を集めて仲間にしたのだろう。

 それとも、仲間という関係ではないのか。だとしたら……。

「おい、さっさと乗れよ。外でやったらさすがにまずいんだからよ」

「車ん中にも連れがいるぜ。お前、一昨日のあの女よりはそそられねぇけど、ちゃんと全員分、楽しませてやれよ。みんなうずうずしてんだから」

「このっ、離せっ!」

 必死に叫んでもがきながら、男たちの手から逃れようとする。だが、力の差は歴然だった。走って疲れているわたしでは、息も荒れていない男の力に抵抗できるはずもない。

 ワゴンのバックドアはすでに開かれている。運転席と助手席以外のシートをすべて倒して、後部の窓を薄い板で塞いだ、薄暗く広々とした空間の中に、さらに三人の同じ年くらいの男たちが、ニヤニヤと気持ち悪い笑みを浮かべて待ち構えている。連れ込まれたら最後、間違いなくこいつらの餌食にされる。

「やめろ! このっ、んん~~っ!」

「おいおい、いつまで暴れるんだよ。女ならおとなしく男を満足させろよな」

「さっきから言ってることがキモいのよ、あんたらは! わたしの初めては、久留美にあげるって決めてるんだから!」

「何言ってんだ、こいつ? バカなこと言って暴れんじゃねぇよ、めんどくせぇな」

 ここでわたしはぴたりと動きを止めて、ニヤリと口角を上げた。

「……だって、こうでもしないと、ねぇ?」

 次の瞬間、男たちの誰も予想していなかった声が、わたしの後に続いた。

「そうね。合意なしに連れ去られたように見えないもんね」

「!!?」

 男たち全員がぎょっと目を開き、声のした方を向いた。道路を挟んだ向かい側、停めてあるバンの後ろ側が見える場所に立って、スマホのレンズを向けている女の子がいた。

 久留美だった。

「お前ら、一昨日はよくもやってくれたわね」


  * * *


 間違いない、こいつらだ。二日前、下校途中のわたしを拉致して、蹂躙を働いたクズたちだ。

 わたしはスマホを構えながら、杏奈を車に連れ込もうとしていた連中を見た。車の中で待機している連中も含めて全員、はっきりとその顔を覚えている。忌まわしい記憶がよみがえり、このクズ男どもへの憎しみがふつふつと湧き上がる。

 恐怖よりも怒りが勝るのは、杏奈が昨日の朝からずっと、わたしに寄り添ってくれたからだ。そして必死に考えて、逆襲のための作戦を立ててくれた。彼女がいてくれなければ、わたしはきっと立ち直れなかった。今朝のあの、ズームを使ったメッセージも送れなかっただろう。

 この作戦は必ず成功させる。他ならぬ、杏奈のために。

「お、お前、なんでここに……明日まで動けないはずじゃ……」

「ふうん、やっぱり信じちゃったんだ。残念、お医者さんからは止められたけど、杏奈のために一肌脱いでやろうと思ったのよ。あ、馬鹿に分かるよう念を押すけど、一肌脱ぐっていうのは比喩表現だからね」

「ばっ、バカだと!?」

「まさか自覚なかったの? まあいいや。あんた達が杏奈を拉致しようとした現場、動画でバッチリ撮っておいたから。バックドアを開ける前から撮っていたから、ナンバープレートもしっかり映っているよ。警察の人たちが喜びそうな証拠だと思わない?」

 杏奈は次に自分が狙われることを予期していた。というか、わたしに挑発的なメッセージを言わせることで、そうなるよう仕向けたのだ。自分が狙われると分かっていれば、そしていつどこで襲われるか分かっていれば、それを逆に利用することだってできる。

 杏奈は自分に体力がないことを自覚していた。走って逃げればすぐにばててしまうことも分かっていた。だから連中が待ち伏せしそうな場所から、少し離れた人気(ひとけ)の無い所に、わたしを待機させておいたのだ。へとへとになってその場所に来れば、あいつらは、体力が尽きて立ち止まっただけだと思い込み、誰かが待ち構えているなどとは考えない。すると油断して隙を見せる、というわけだ。

 あいつらが杏奈を待ち伏せて襲いそうな場所だと、わたしが先に見つかる恐れもあるし、連中も気を張っているかもしれない。確実に油断を誘うには、偶然を装って別の場所まで誘導するのがいいと、杏奈は考えたのだ。とんでもない策士だよ、本当に。

 ……まあ、彼女の体力のなさには、はたから見ていて呆れてしまうけど。

「あの時は証拠を潰されてしまったけど、今度はそうもいかないよ。警察があんた達に辿り着く前に、さっさと自首したら?」

「くそっ! おい、どうすんだよ。顔見られた上に動画まで撮られちまったぞ」

「ちっ……こんな面倒なことに構ってられっか。さっさとこの女連れていくぞ!」

 男たちは杏奈の手を引っ張って、無理やりワゴンの中に連れ込もうとしていた。動画を撮られて、警察に送られるかもしれないのに、おとなしくするつもりは微塵もなかった。

「ちょっ、何するの!」

 杏奈は男たちの行動に驚きつつ、必死に抵抗しようとするが、それも空しく車内にカバンごと放り込まれた。ああ、まずい!

 わたしは慌てて道路を横切り、杏奈のもとへ駆けつけた。

「あんた達、杏奈を放しなさい!」

 杏奈を助けたい一心で、男たちのところへ駆け寄ったが、それが仇となった。男のひとりがニヤッと笑って、駆けつけたわたしの手首をがっしり掴んだ。

「なっ!」

「バカか、お前。今から動画を送ったって、警察がここに来るまでには時間がかかる。その間にこの女を手籠めにしちまえば、それでやることは終わるんだ。お前も一緒に連れ去っちまえば、証人もいなくなるしな」

「くっ、てめぇ……!」

「俺たちを侮るんじゃねぇぞ。別にお前が初めての獲物じゃねぇんだからな」

 なんて奴らだ……こいつらは暴行の常習犯だったのだ。しかも、こうして野放しにされているということは、今まで警察の捜査も掻いくぐってきたのだろう。わたしを襲ったときも、写真に顔や手のひらが映らないよう徹底していたし、証拠を残さないことには自信のある連中なのだ。

 こいつら、ただのバカじゃない。確かに少し侮っていたかもしれない。

「このっ、離せぇ……!」

 手首を掴む力が強すぎて、スマホを持つ手が緩みそうだ。こいつらの手に渡ったら、動画を消されるうえに物理的に破壊される。わたしの時みたいに……。だから、絶対に離すまいと思った。

 だが、そんなわたしに対して、別の男がお腹に拳を突き立ててきた。

「かはっ……!」

「久留美!」

 わたしがお腹を殴られたところを見て、杏奈が悲痛な叫びをあげる。手首を掴まれたまま、わたしはぐったりと膝から崩れ、持っていたスマホは地面に落としてしまった。そして、男の靴のかかとで踏みつけられ、破壊された。

「これで証拠はなくなった。残念だったな」

「なに、すんのよ……それ、杏奈の、スマホ……」

「ああ、そういうことか。お前のスマホは一昨日壊したはずなのに、なんで持っているのかと思ったけど、この女のを借りていたわけか。カバンを探る手間が省けたぜ」

 しまった……わたしは自分の迂闊さに腹が立って、唇を噛んだ。

「おい、せっかくだから、こいつも仲間に入れてやろうぜ。二度漬けだぞ、二度漬け」

「それやっちゃいけねぇやつだろ、バッカでぇ」

「こいつはちょっとしたパーティーだなぁ」

 下衆な話で盛り上がる男たちによって、わたしまでワゴンの中に押し込まれてしまった。壊されたスマホは地面に放っておかれた。奴らの指紋も残っていないし、データも破損しているから、放置しても構わないと思ったのだろう。

 そして、クズな男たちと、わたしと杏奈を乗せたワゴンは、その場から走り去った。近所の住人に目撃されないようにするためだろう。わたしに暴行を加えた時も、走るワゴンの中でやっていて、終わったらその辺にゴミのように捨てていた。……こいつらは、女を道具としか思っていない。

 殴られたお腹が痛くて、わたしは苦悶の表情を浮かべて、お腹を押さえた。

「痛ったぁ……」

「久留美……」

「ごめん、杏奈。もうちょっと上手くやれてたら……」

「いいよ、久留美が謝んなくて。痛いんでしょ。無理に喋らなくていいから……」

「つまんねぇ友情ごっこはそこまでにしときな。俺らはもう、お前らを甚振る準備はできてんだから」

 杏奈との会話を、男が遮ってくる。わたしと杏奈の関係を、ごっこで済ませるとは、マジでこいつら許せない。あとで絶対に睾丸を潰してやる。

 でも今は、仕返しの方法を考えている余裕なんてない。連中は今にも、刃物を片手に、わたしと杏奈を好き勝手に蹂躙しそうだ。

「んじゃ、まずはこいつから……」

 この五人で一番立場が上らしい男が、舌なめずりしながら杏奈に馬乗りし、制服の胸元にカッターナイフの刃を向けた。杏奈の両手は別の男に押さえられている。

「やめろ! 杏奈に手を出すな!」

「うるせぇな、さっきから。お前ら、そいつしっかり押さえとけ」

 なんとか杏奈をかばいたかったが、その前に三人がかりでシートに押しつけられ、全く身動きが取れなくなった。わたしを取り押さえている男のひとりが、不満そうに言った。

「って、これじゃ俺ら、そっちの子を味わえないじゃねぇかよ」

「ふて腐れんなよ、こういうのは早いもん勝ちだ。俺が味わった後にちゃんと貸してやっからよ、しばらくそっちで我慢しとけ」

 カスも同然の会話に、わたしの怒りはさらに膨らんでいく。そして、目の前で暴行を受けそうになっている杏奈を助けられない自分に、苛立ちが募っていく。

 もちろん杏奈も、必死に抵抗を試みている。

「あなた達、これ以上は取り返しがつかなくなるよ。拉致だけなら大した罪にならなくても、刃物を使って暴行までしたら重罪だよ。分かってるの?」

「あ? そんなの、バレなきゃ関係ねぇだろ」

 男はこともなげに言った。その悪びれない物言いに、杏奈は目を見開く。

「…………」

「俺ら、こういうの何度もやって来たけど、証拠を残さないよう徹底しろって言われてっから、今までバレたことねぇんだよ。相手が悪かったな、お前ら」

「……これからバレるかもしれないでしょ」

「かもな。けどこれくらいじゃなきゃ、スリル味わえねぇだろ。たまにこういうのやらねぇと、マジ退屈で死にそうなんだよ」

「バレたら社会的に死ぬけどね」

「ははは……上手いこと言ってくれるじゃねぇか、よっ!」

 男は杏奈の制服のリボンに、カッターナイフの刃を引っかけた。今にもブラウスが切り刻まれそうな状況に、男たちが下卑た歓声を上げた。

「杏奈ぁっ!」

「はっきり言ってうぜぇからよ、もう黙って俺らの好きにさせろよな」

 ああ、もうダメだ! カッターナイフを持つ男の右手に、ぐっと力が入る。取り押さえられているわたしには、それを止められない。このままだと、むざむざ杏奈の体が傷物にされるのを、何もできず見せつけられることに……。

 ところが、杏奈は急に真顔になり、冷めたような口調で言った。

「ああ、やっぱり。あなた達、呉田くんの仲間なんかじゃなかったのね」

「…………あ?」

 言われた男の眉間にしわが寄った。カッターの刃がリボンに少し食い込んだところで、男の手が止まる。

 どういうことだろう? こいつらは呉田の命令で動いていたのではないの?

 杏奈は男たちの反応に構わず、滔々と話し始めた。

「ずっと疑問だったの。これまで呉田くんが学校でわたしをいじめるときは、学校側に悟られないように徹底していた。それなのに今回、わたしや久留美を学外で襲うときに、刃物に頼った暴力というあまりに危険な手段に出た。こんなの、被害に遭ったことは隠せないし、警察だって動く。下手をしたら自分にも捜査の手が及ぶかもしれない。証拠を残さなければ問題ないっていうけど、ずる賢い呉田くんなら、もっと抜け目のない方法をとるんじゃないかな」

「…………」

「ねえ、久留美。呉田くんがわたしを襲う計画を電話で話していた時、わたしをどうしてほしいって言ってた?」

「えっと、確か……」

 わたしは必死に記憶を探る。割と衝撃的だったから、なんとか覚えていた。

「好きなようにいたぶっていい……って言ってた」

「グレーゾーンだね。刃物を使うことまでは想定してないって、言い訳ができそう。でも、女の子を手籠めにしたくて仕方ないお猿さんたちには、都合のいいように聞こえてもおかしくないよね」

「……何が言いたい」

 男の表情が険しくなる。杏奈の言いたいことに、少し気づいているのかもしれない。

「この手の相談とか命令って、ぜんぶ電話でやり取りしているんでしょ? メールとかラインと違って、通話の内容までは残らないから、履歴だけじゃ呉田くんが関わっているとは証明できない。たとえあなた達が、呉田くんから指示されたと自供しても、呉田くんはそこまでは関知していなかったと言い訳ができる。結果、あなた達だけが実行犯として捕まって罰を受けて、呉田くんは証拠不十分で裁判にもかけられない。未成年だから名前も公表されないし、学校側も、呉田くんはごく普通の真面目な生徒だと証言するから、心証がそれほど悪くなるわけでもない」

「てめぇ……!」

「呉田くんはそこまで見越して、あえて、法の境目を軽々と超えがちなあなた達に、わたし達を襲うようにそそのかした……あなた達にとって女の子が、ただ加虐心を満たすための道具にすぎないように、呉田くんにとってもあなた達は、ただの捨て石にすぎないってことよ」

 仲間じゃない、というのはそういう意味か……もしこいつらが警察に捕まっても、呉田だけは逃げおおせて普通にのうのうと暮らしていくことになる。女の子を甚振ることばかり考えていたこの連中は、そんな事にも気づかなかったみたいだ。

「まあ、あなた達は力の弱い人をボコにできればそれでいいだろうけど、後になって、呉田くんの口車に乗せられてバカな真似をしてしまったと、悔やんでも遅いからね」

 どうしてこんなに余裕なのか、杏奈は男たちを嘲るように笑った。そのことはもちろん男たちの怒りを買い、カッターナイフを握る拳を頬に食らうことになった。

 ガツッ!

「…………痛ったいな」

「言わせておけば好き勝手並べ立てやがって……どうせお前らは、ボロボロにされた上に泣き寝入りする運命なんだよ。あんな奴がどうなろうが知ったことか!」

「泣き寝入り? さて、それはどうかしらね……?」

 杏奈の余裕は崩れなかった。この状況でも、一向に絶望する素振りを見せない杏奈に、男たちは次第に不気味なものを感じ始めていた。

「ほぉら、もう近づいて来たよ。あなた達に引導を渡す人たちの、最後の警告音が……」

 遮音性に優れたワゴン車の中にいても、徐々にその音は大きく聞こえてくる。男たちが、わたしと杏奈を押さえていた手を緩め、その顔から血色が失われていく。

 もはや考えるまでもない。あれは、パトカーのサイレンだ。

『そこのグレーのワゴン車、止まりなさい! 車内に高校生の女の子二人を監禁しているのは分かっている! 車を停めて、すぐさま投降しなさい!』

「なっ! なんで……!」

「どういうことだよ! 警察はすぐに動けないはずじゃ……!」

「というかあいつら、ここに二人が乗ってることまで知ってるぞ!」

「バカな! 窓は塞いでいるし、動画はスマホごと消したはずだろ!」

 男たちの慌てぶりは尋常じゃなかった。証拠はきちんと消していて、証人もおらず、しかもまだ本番の行為にすら及んでいない。こんな所で警察に追われることになるとは、まるで想像していなかったのだろう。

 ……まあ、わたしと杏奈は、ぜんぶ想定していたけどね。

「よそ見しない方がいいよ」

 外から聞こえてくるサイレンと警官の声に気を取られていた男に、杏奈が呼びかける。彼女の両手を押さえていた男も、動揺したせいか手を離していた。自由になった杏奈の左手は、すぐそばの、ジッパーの少し開いたカバンの中に突っ込まれていた。

「証拠を残さないからバレる恐れはないって? それは違うよ。あらゆることを想定して手を打つから物事は上手くいくの。後から証拠を消すだけじゃ、相手の策は潰せない」

 そう言って杏奈はにっこりと笑った。

 次の瞬間、杏奈のカバンから白い煙がぶわっと噴き出した!

「なっ、なんだこれはぁ!」

「くそっ、なんも見えねぇ……ゴホッ、ゴホッ!」

 密閉された車内は、あっという間に白煙が充満し、視界は完全にホワイトアウトした。それは運転席も同様だった。運転席との間にも板を張っていたが、フロントガラス越しに中が見えないようにするための、ただの目隠しにすぎないから、煙を遮ることはできなかった。

「お、おい! なんだこの煙! うわあっ、ゲホッ、ゲホッ!」

 ワゴンを運転していた男も、視界を遮られたうえに、喉や鼻に煙が入ってしまい、集中が乱されてしまった。当然そんな状態で、まともに運転できるはずもない。

 ハンドル操作が不安定になったワゴン車は、蛇行を始めた。他の車に危うくぶつかりそうになったり、ガードレールに車体を擦りつけたりしながら走っていたが、ついには赤信号の交差点を突っ切ってしまい、他の車のクラクションに驚いた運転手が慌ててハンドルを左に切った結果、交差点のそばの電柱に思い切り突っ込んだ。

 ついにワゴン車は止まった。追っていたパトカーも間もなく追いつき、ワゴン車を囲むように停止した。直後にサイレンは止んだ。

 パトカーを降りた警官の手で、ワゴン車のバックドアが開け放たれる。途端に、中で充満していた煙が外に溢れ出て、警官たちも目をつむり、手で煙を振り払おうとした。やがて煙が拡散し、車内の様子が分かるようになった。

 それは誰が見ても、男が複数人で女子高生に狼藉を働いていると分かる光景だった。警官は無線機を手に取って、口元に添えながら話しかけた。

「確認取れました。これより、監禁・暴行および強制猥褻の容疑で、現行犯逮捕します」

 警察署にある捜査本部と連絡を取っているのだろう。その言葉を皮切りに、ワゴン車のすべてのドアが一斉に開かれ、警官たちによって男たちは車の外に引きずり出された。

「くっそぉ! 離せこのマッポどもが!」

「ふざけんなよ! なんでだよ! 話が違うじゃねぇか!」

 引きずり出されてもなお抵抗する男たちに、警官たちは容赦なく手錠をかけていく。対してわたしと杏奈には、女性の警官がブランケットを背中にかけて、そっと外に出してくれた。

「上手くいったね、杏奈」

「結構きわどかったけどね。久留美も、名演技だったよ」

 杏奈に褒められて、ひひっ、とわたしは歯を見せて笑った。そう、すべてはこの男たちを嵌めるために、杏奈のシナリオ通りにやっていた演技だった。

 わたしを襲った犯人のグループは、学校をまたいでいる、あるいは高校生でない人も含まれていると予想できた。そうなると、わたしの証言だけでは、犯人を全員捕まえるのは難しい。確実に全員を捕まえるには、全員が一か所に集まるときを狙って、現行犯で逮捕するしかない。そのために杏奈は、自分が(おとり)になることを提案してきた。

 学校で挑発的な行動に出て、教室内にいる黒幕の怒りを煽り、実行犯のグループにわたしを襲撃するよう命じる……ように仕向けた。そして実際に拉致されて、車内で暴行を受けた、その現場を警察に押さえさせれば、奴らを現行犯でお縄にできるという寸法だ。

 もちろん、かなりの危険を伴う計画だ。警察だってこんな企みには乗らないだろう。だが、わたしが計画に加わったことで、一気にこの計画の成功率は跳ね上がった。

 相手の人数は変わらないが、こっちは二人に増えた。どうしても半数はわたしに注意が行ってしまうから、杏奈に注がれる注意の目が少なくなる。これによって、杏奈が仕掛けを施す隙が、いくつも生じると睨んだのだ。

 学校で、わたしが明日復帰するとベッドで宣言したから、犯人たちはこの計画に、わたしが加わるとは考えない。そんなわたしが突然、杏奈を拉致する現場に姿を現せば、そして現場を動画に撮ったと言えば、予想外のことに驚いた男たちは、その言葉の真偽までは考えが及ばない。実際には、姿を現す前からすでに動画を撮って警察に送っていて、出動する名目を与えていた。これ見よがしにスマホを掲げるなどして、いかにも今から警察に送るつもりだと思わせ、そのうえでスマホを破壊させれば、奴らはまだ警察が動いていないと思い込む。それが奴らに油断を生んだ。

 ちなみに、奴らが破壊したあのスマホは……。

「くそっ、どうなってやがんだ! なんで警察がこんなに早く……」

 後ろ手に手錠をかけられ、警官に背後から押さえられていた男が、身をよじりながらこぼした。こいつらからすれば、警察がこれほど早く追いつくなど青天の霹靂だっただろう。車のナンバーからすぐに追跡できるNシステムがあるのは幹線道路くらいだから、それさえ避ければ、たとえナンバーが割れても簡単には見つけられない……そう考えたに違いない。

 だけど、ナンバーと大体の位置さえ分かれば、その場所に行って目視で探しだせる。囮はこのために必要だったのだ。

「ああ、そのことか」警官のひとりが答えた。「彼女のスマホのGPSを使ったんだよ。下校時刻からずっと位置情報を追跡していたが、久留美さんが拉致現場の動画を送ってきたタイミングで、明らかに移動速度が変わったんだ。車に乗せられたことは間違いない。本当に拉致されたと判断して、別動隊を出動させたってわけだ」

「スマホだと!? そんなわけない! あの女のスマホはちゃんと破壊したはず……」

「ああ、あれは杏奈のスマホじゃないよ」

 わたしがすまし顔で言うと、男は訳が分からないといった顔で振り向いた。

「え? だってお前、あのとき……」

「だから、あれはあんたらを油断させるための嘘だよ。あのスマホは、そこにいる刑事さんのスマホだよ」

「なん、だと……!?」

 くしゃくしゃの紙のように歪んだ顔で、男は警官を見た。ため息をつく警官。データはちゃんとバックアップをとっておいたし、買い替えれば済むけれど、たぶん弁償する必要はあるよね。

「わたしのスマホは、ここに入っていたんだよ」

 杏奈はそう言って自分のカバンを引き寄せ、ジッパーを全開にして逆さにして、中身の教科書とかペンケースとかタブレットを無造作に出すと、簡単に縫い付けていた底板を引っぺがした。杏奈のスマホは、底板とカバンの底の隙間に隠されていた。

「そ、そんな所に……!」

「わたしがあれを杏奈のスマホだと口走れば、あんた達はその言葉を疑わない。わたしのスマホはとっくに壊されたはずなのに、なんでスマホを持っているのかと思えば、そういうことだったのか……って具合に、勝手に納得して勘違いしてくれるからね」

「わたしのスマホを破壊したとなれば、わざわざカバンの中を探って、他の通信機器があるか確かめようとは思わない。だからカバンの中に、こんなものが入っていても気づかない」

 杏奈が手に取ったのは、直径五センチほどの太さの筒だった。

「ドライアイスと水を使った、お手製のスモークマシン。みんながパトカーのサイレンに気を取られている隙に、カバンの中に手を突っ込んでスイッチを入れれば、車内に白煙が充満して、まともに運転できなくなって事故を起こす……そうすれば、警察が踏み込みやすくなるでしょ。まあ、視界を遮れたらいいわけだから、バ○サンを焚いてもよかったんだけど、そんなものを使ったら久留美を苦しませそうだからやめたの」

 さらっとこいつらをゴキブリ扱いしたわね……まあ、ガスマスクとか持ってないし、使わなくて正解だったと思うけど、よく一日で、手のひらサイズのスモークマシンなんて作れたな。頭がよくて器用な人は、敵に回すまい。

 本当のところ、カバンの中を探られることがないなら、スマホを底板の裏に隠す必要はなくて、普通にカバンに入れていてもいい。でも、探られる可能性がゼロではないから、もし探られても見つからない場所に隠そうと杏奈は言っていた。スモークマシンは、最悪見つかって取り上げられても、警察が強制的に車を止めさせれば、計画に支障はない。でもスマホが見つかったら、壊されたり電源を切られたりして、警察が追跡できなくなる恐れがある。だから絶対に見つかるわけにいかなかった。杏奈はそこまで慎重に考えて計画を練っていたのだ。

 ちなみに、杏奈のスマホは通話の状態にもしていたので、車内の会話は警察に筒抜けだった。録音もしているし、もはや犯人たちの言い訳の余地はなかった。

「ぜんぶ、お前らの計算通り……? 畜生! こんなの認められるか!」

「認めるも何も、これが現実よ。杏奈の言ったとおり、あんた達は社会的に死ぬのよ」

「あなた達は人ひとりの、身も心も傷つけた。当然の代償だよ。今度からスリルを味わうときは、他のひとを巻き込まないで、ぜんぶ自己責任でやることだね」

「くっ、言わせておけばこの女ども……!」

「もういいだろ。言いたいことがあるなら署で聞いてやる。さっさと乗れ」

 男たちはまだ抵抗する素振りを見せていたが、結局警官たちの手で無理やりパトカーに乗せられ、その場から離れていった。

 それでも騒然とした雰囲気は消えない。街中の交差点で事故が起きて、後から来た警察が次々と運転手や同乗者を連行していったのだから、野次馬が集まるのも当然だった。たぶん、SNSやネットニュースで、ちょっとした話題になるのだろうな。特に顔バレの対策もしていなかったし、写真とか撮られて拡散されるのだろう。

 とはいえ、それも杏奈が狙ったことではあるが。

「まったく、無事に捕まえられたからいいものの、無茶なことをしてくれるよ。我々が何とか追いつけたから大事には至らなかったが、一歩間違えたら殴られるだけじゃすまなかったぞ」

 警官の苦言にも、杏奈は涼しげだった。

「時間稼ぎのためのネタは他にも用意していましたから、割となんとかなると思っていましたよ。それに、彼らがどこに逃げようと、警察の土地鑑に勝てるとは思えません」

「そりゃあ、こと犯罪が絡めば、我々に地の利があっただろうけど……」

「まあ、殴打やすり傷くらいは覚悟していましたよ。久留美はもっとひどい傷を負わされたんですから、このくらいの痛みでへこたれてはいられません」

 杏奈は真剣そのものの表情で、男に殴られた頬を手でさすった。ちょっとした傷も痛みも構わず、わたしを傷つけた犯人を一網打尽にする……それは、ひと言で言い表せられるような、並大抵の覚悟ではなかったはずだ。

 強いな、杏奈は……これで自分が弱いというなら、わたしの強さなんてミジンコ並みだ。

 結局、作戦のほとんどは杏奈が考えたものだし、わたしはそれに乗っかっただけだ。杏奈は決して、わたしを計画に巻き込むことに賛成ではなかったけど、最終的に折れた形だ。万が一にも、彼女だけを危険にさらしたくなかったのだ。だけどきっと、わたしがいなければそれで、うまいこと作戦を進めていっただろう。

 杏奈を決して傷つけない、どんな手を使ってでも杏奈を守る……わたしはそう約束した。それを貫きたかっただけなのだ。でも彼女の本気の強さは想像以上で、わたしの出る幕はなかったかもしれないし、むしろわたしが杏奈に守られてしまった。

 情けないけれど、きっと、わたし一人ではどうしようもなかった。文字通り泣き寝入りするしかなかっただろう。杏奈がいてくれたから、わたしは……。

「とにかく、もうこんな無茶はこれっきりにしてくれよ。犯人はみんな捕まえたわけだし、君たちがこれ以上危ないことをする必要はないんだからな」

 警官が呆れたような口ぶりで釘を刺してきた。が、杏奈は首を横に振った。

「いえ……まだ一人、捕まえなきゃいけない奴が、残っています」

 そうだ。黒幕がまだ残っている。

 いよいよ杏奈の立てた作戦が、最終段階に進もうとしていた。



 翌日の学校のざわめきは、前日の比ではなかった。暴行の被害に遭った女子生徒のクラスメイトが、同じ犯人によって襲われそうになり、しかし被害者の二人が共謀して、その犯人を全員警察に捕まえさせた……ドラマでもそうそうお目にかかれないこの急展開、話題にならないはずがない。

 やはり、拉致に使われたワゴンが派手に事故ったことで、ネットを介してこの出来事は急速に広まったようだ。特にわたしは、すでにネットに顔が晒されていたこともあって、絶望的な状況から逆転を果たしたヒロインであると、面白おかしく書き立てられた。それ自体は気持ちのいい事ではないが、犯人の逮捕をきっかけに同情的な声が多数を占めるようになった。おかげで学校にも噂は波及し、クラスメイト達の話題は、わたしと杏奈のことで持ちきりだった。当然、同じクラスの呉田の耳にも入っている。

 呉田は気が気じゃないだろう。学外の仲間が警察に捕まる可能性は考えていても、あまりに早すぎると思ったはずだ。しかもそれが、いじめの被害者であるはずの女子二人の計略によるものだとは、とても信じられないしありえないとも思っただろう。呉田からすれば、杏奈は根暗な臆病者で、久留美はどこにでもいる頭の悪いモブだから、策略の面で自分に勝ることなどないと、半ば決めてかかっていただろうから。

 しかしそれ以上に、二人の手柄によって犯人たちが捕まったことで、二人の評判が急上昇していることが、呉田にとって大きな脅威だった。本来なら自分が、杏奈と久留美の二人を屈服させ従わせるつもりだったのに、とてもそんなことができる雰囲気ではなかった。今や二人は、被害者でありながら鮮やかな逆転劇を演じてみせた、注目に値する存在だった。

 仲間たちの逮捕が自分に影響する心配はしていないが、取り巻き達もすっかりおとなしくなり、これまでどおりに杏奈をいたぶることは難しくなった。呉田にとってこの状況は、断じて認められないことだろう。まあ、呉田が認めなくても、現実は変わらないが。

 そして、現実を直視しようとしない呉田を、現実は容赦なく引きずり込もうとしていた。HR前のざわつく教室に、担任の教師が現れて呉田を呼んだ。

「呉田、ちょっと来てくれ。教頭先生と真田(さなだ)先生から、話があるそうだ」

 どよめく教室。真田先生は学年主任であると同時に、生徒指導の担当でもある。そんな先生と教頭が二人で、いち生徒を呼び出す……ろくな話じゃないことは、誰にも想像できた。

 この呼び出しだけでもあらぬ噂を立てられそうで、呉田は気にくわなかったが、それでも平凡な高校生を演じている身としては、呼び出しに応じないわけにいかなかった。呉田は苛立ちをなるべく顔に出さずに、担任の先生と一緒に教室を出た。

 ……ちなみにこの時点で、話題の渦中にある二人は来ていない。計画が決着するまでは、顔を合わせると余計な騒ぎが起きかねないので、遅れて来ることにしたのだ。

 呉田が担任の先生に連れられてやって来たのは、生徒指導室だった。真田先生が呼び出したのだから当然だったが、室内に入ると、そこには異常な光景があった。

 机を挟んだ向こう側には、二人の男性が座っていた。教頭先生と真田先生……ではなく、学校で見たことのない二人組だった。先生たちは壁際に待機している。呉田が入室したのを見ると、真田先生が呉田に告げた。

「来たな。こちら、警察の方々だ」

「け、警察?」

「お前のクラスメイトが下校途中に拉致されて、暴行を受けた件について、お前に聞きたいことがあるそうだ。とりあえず、そこに座りなさい」

 真田先生は、空席になっている椅子を顎で示した。呉田は渋々その椅子に座り、すでに着席していた私服警官の二人と正対した。

 生徒指導室には、一組の机と椅子の他は、よく分からないファイルが入っている、スチール製の棚しかない。ドアがひとつに窓もひとつ。雰囲気はまるで取調室だった。

「君が呉田くんだね。私は刑事課の渡辺(わたなべ)という。こちらは部下の深瀬(ふかせ)だ」

 二人の警官の、少し年老いた方が先に口を開いた。紹介された部下の警官も、かすかに頭を下げる。どちらもずっと真顔のままだ。

「さっそく聞きたいのだが、君のクラスメイトの女子生徒の件、聞き及んでいるかね」

「そりゃあ、まあ……さっきも教室で話題になっていましたし」

「だろうね」

「あの、なんで俺だけが呼び出されたんですか? 俺、別に何もしてないですよ?」

「何もしてないってことはないだろう。昨日、被害を受けた女子生徒や、実行犯として捕らえた六人の少年たちに話を聞いたが、全員一致して、君が今回の事件の首謀者だと証言している」

 呉田は内心、馬鹿どもが、と毒づいた。警察に捕まった途端、手のひらを返したように俺を裏切りやがって……と思ったようだ。

「いったい何の話ですか」

「犯人の少年たちは、犯行に及んでいる最中に、被害者のひとりから言われたんだ。黒幕は電話で、それっぽく解釈できそうな指示をしただけだから、お前たちが捕まっても黒幕だけは逃げ切れる。所詮は捨て石にすぎないと……その時は少年たちも相手にしなかったが、本当に捕まってしまったからな。自分たちだけ捕まるのは我慢ならないと、黒幕のことについても素直に話してくれたよ」

「刑事さん、そんな話を信じたんですか? 女の子を痛めつけるような連中ですよ。気に入らない奴を嵌めるために嘘の証言をしてもおかしくない」

「……被害者の女子生徒も、同じ証言をしているのだが?」

「脅されて口裏を合わせてるとか、そんなんじゃないですか? それに、その二人のことなら同じクラスだからよく知ってますけど、ひとりは根暗な奴ですし、もう一人はつい最近、俺や俺の友達と仲違いして、一方的に恨んでいたんです。そいつらの言うことだって、頭から信用できたものじゃないですよ」

「……ずいぶん冷静に、知り合いを貶しながら反論しているね」

 渡辺刑事の指摘に、呉田の頬がぴくりと引きつった。

「け、貶すなんて人聞きの悪い……俺は事実を言ったまでですよ」

「いや、実のところ、君がそのように言い返すことは想定していたよ。というより、被害者のひとりである保坂杏奈さんが、そう言うだろうと証言していた」

「へ、へぇ……保坂の奴が、ねぇ……」

 呉田は流れの悪さを感じていた。自分が関与している証拠はない。だから警察の追及はいくらでも逃れられる。そのはずだったのに、目の前の刑事たちはまるで動揺せず、呉田の関与を初めから確信しているように見えた。保坂杏奈に何か吹き込まれたようだ。

「君、学校では保坂さんをいじめているそうだね。それもかなり陰湿なやり方で」

「いじめてなんかいませんよ、失礼だなぁ。保坂があまりに鈍臭くてクラスに迷惑かけているから、ちょっと叱っているだけですよ。それをいじめだなんて、被害妄想ってやつじゃないですか」

「うん、そう言うだろうってことも保坂さんは想定していた」

「…………」

 杏奈は呉田の受け答えを、かなり正確に予測している。それが今の流れの悪さの原因であることは、考えるまでもなかった。

「だが、いくらいじめても保坂さんは屈せず、そのうち痺れを切らした君は、学外の仲間を使って彼女を襲わせようとした。ところが、同じクラスの羽沢久留美さんが邪魔したと分かると、今度は羽沢さんを襲わせた。そして彼女が学校に復帰する前にとどめを刺そうと、再び仲間たちに保坂さんを襲わせようとした……少なくとも、私はそう聞いている」

「でっち上げですよ! 証拠も何もない、ただの言いがかりです! 学校の他の連中にも聞いてみてください。俺がそんな卑劣な真似をする奴じゃないって、みんな言ってくれますよ」

「ほぉー……よほど学校でのペルソナに自信があるようだね。でも、我々は警察だ。たとえ被害者の証言があっても、証拠も無しに犯人と断定することはない」

「だったら、刑事さんは俺を犯人扱いなんてしませんよね? 証拠はないんですから」

「いや、現状我々は、君が主犯だと確信している」

 その言葉に、呉田の表情が固まった。単純な論理だ。証拠がなければ呉田を犯人扱いしない。ということは、刑事たちが呉田を犯人だと確信している、その理由は……。

「し、証拠があるっていうんですか。ははっ、そんな、まさか……」

「犯人の少年たちはこう証言していたよ。昨日、保坂さんを襲ったのは、翌日になると羽沢さんが復帰して面倒になるから、その前にやっておけと電話で指示されたからだそうだ。その指示した相手が君だとも言っていた」

「それが証拠だっていうんですか? いくら何でも乱暴すぎませんかね!?」

「だが、君の携帯から電話を受けたことは間違いない。彼らのリーダー格の少年のスマホ、履歴を調べたら、保坂さんを襲撃する少し前に、君のスマホから着信があったと判明している」

 渡辺刑事がそう言うと、隣にいた深瀬刑事が、一枚の書類を机の上に置いた。スマホの通話履歴が書かれたもので、呉田のスマホの番号のところに、マーカーで線が引かれている。

「電話帳にもしっかり登録されていたよ。知らん顔で彼らのことを貶していたが、知り合いではあったのだろう?」

「そ、そうですよ。だからあいつらのこともよく知ってます。平気で嘘をつく連中ですよ。この日に電話したのも、そういうことをするあいつらを窘めるためで……」

「あくまで、彼らに保坂さんを襲うよう指示したことは認めない、と」

「認めるも何も、そんな事実はありません! こんなものが証拠になるっていうなら、いくら警察でも許せませんよ。弁護士を呼んで、しかるべきところに訴えますからね!」

 ……完全に犯人役の台詞だった。追いつめられ気味の犯人は、誰もがこうやって理論武装に走るあまり、犯人でなければ不自然な言動をとってしまうのだ。

 だが、呉田の反論は無駄だった。証拠はすでに、目の前にあったのだ。

「……まだ気づかないのかね」

「え?」

「犯人の少年たちは、事件の翌日、つまり今日、羽沢さんが復帰すると聞いた、と証言した。君から聞いたというのが嘘なら、彼らはどうして、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()のだ?」

「…………!」

 呉田はようやく気づき、顔面を蒼白に染めた。羽沢久留美が復帰するタイミング……それは、本人が朝のHRで、杏奈のタブレットを使ってクラスメイト達に宣言したもので、呉田はその内容をそのまま仲間たちに伝えていた。学外の彼らに、そんなことを知るすべは他にないはずなのに。

「SNSを通して、という可能性はない。昨日、羽沢さんがズームでメッセージを送ったとき、自分に関するSNSの投稿は全てチェックして、見つけたらいじめの実態を公表すると脅したおかげで、誰も投稿しなかったそうだ。まあ、中には書き込んだ生徒もいたようだが、それもごく少数だったし、犯人たちのスマホの閲覧履歴やアクセスログを調べても、それらを閲覧した記録はなかった」

「だ、だけど、あの話は他の生徒も聞いていたし、そいつらから聞いたって線も……」

「だったら、この通話履歴をよく見たまえ。この中で君以外に、この学校の生徒からの着信があるかい? それも、昨日の朝のHRから、事件が起きるまでの、たった八時間のうちに……メールやSNSならともかく、校内で電話を使う高校生なんて、今どきそうそういないと思うが」

 ……あるわけがなかった。あの連中は、呉田が個人的に付き合っていたのだから、他の生徒で連絡先を知っている人はほとんどいない。まして、わざわざ一人の女子生徒を指名して、襲うよう指示を出す人なんて、いるわけがない。ただひとりを除いては。

 学内の人間しか知り得ないことを、犯人たちが証言したこと。通話履歴に、この学校の生徒で唯一記録があった人物。それらは、呉田が実行犯たちに、久留美が復帰するタイミングを教えた、確実な証拠だった。そんなことを学外の人間に教える理由は限られるし、犯人たちの証言に信憑性があると、誰もが判断するだろう。

「これが、我々警察が君を主犯だと確信した根拠だ。何か、反論はあるかね?」

「…………」

 呉田はうつむいたまま、無言で肩を震わせている。泣いているのではない。自分がまんまと嵌められた、その揺るぎない事実に打ちのめされ、同時に怒りが湧いていたのだ。

「なんで……なんで、この俺が、あんな奴らに負けたんだ。頭もいい、力もある、人望もある……こんな完璧な俺が、ただのモブでしかない女子に、策略で負けるなんて、ありえない、絶対ありえないだろ……」

「そんなに信じがたいか? 単に君が、自分で思っているほど頭がいいわけでも、人望があったわけでもない、というだけじゃないか?」

 渡辺刑事のひと言に、呉田はハンマーで殴られたような衝撃を覚えた。この三十分足らずのやり取りで、自分がこれまで微塵も疑わなかった理屈や価値観が、ガラガラと音を立てて崩れていく。

 愕然として、無言のままうつむいている呉田の肩に、深瀬刑事が手を置いた。自供はしていない。が、もはや呉田に反論する気はないと、判断したらしい。

 真田先生たちと今後の対応について話し合いをした後、刑事たちは呉田を連れて生徒指導室を出た。呉田は手錠こそかけられていないが、項垂れてとぼとぼと歩くさまは、完全に警察によって陥落させられた被疑者のそれだった。彼はこれから警察署に連行され、より厳しい取り調べを受けることとなる。

 ……そんな呉田を、廊下で待ち構えていたわたしと杏奈は、静かに見ていた。その視線に呉田が気づいて振り向くと、彼は眉根を寄せて顔を歪ませた。

「お前ら……よくも、よくもこの俺をコケにしやがったなッ!」

 さっきまで悄然としていたはずの呉田は、わたし達を見た途端に怒り狂い、警察の見ている前でわたし達に襲いかかろうとした。拳を振り上げ、杏奈の顔をめがけて殴りつけようとしたが……寸前で、真田先生にその腕を掴まれた。

「くっ! 離せよ! こいつら一発ぶん殴って……!」

 真田先生の手から逃れようともがく呉田に、杏奈は無言で歩み寄る。

 そして、呉田の額に、強烈なデコピンをお見舞いした。

 バチッ!

「痛った! 何しやがんだ!」

「この程度で済んでよかったと思いなさい。わたしと久留美が今まで受けた痛みは、こんなもんじゃなかったんだから」

 杏奈の呉田に向ける怒りは、きっとデコピン一発で治まるものじゃないだろう。それでもこの程度で済ませたのは、これから警察でこってり絞られると分かっていたからだ。これ以上の仕返しは割に合わないと判断したのだ。

 きっと杏奈は呉田を許さない。でもそのことと、徹底的に貶めることは別だ。自分の感情ひとつで相手を傷つければ、やっていることは呉田と変わらない。仕返しという形にしないために、杏奈はあえてデコピンひとつで終わらせたのだ。呉田とは違うのだと見せつけることで、初めて完全な勝利となるわけだ。

 では、杏奈の気もすんだところで、わたしからも。

「もうこの学校に、あんたの居場所はないわ。さよなら、呉田」

 呉田に絶縁を言い渡した。まだ呉田は何か言いたそうだったが、二人の刑事と生徒指導の真田先生に睨まれたことで、がっくりと項垂れて引き下がった。そして、刑事たちに連れられてその場を後にした。

 その後、呉田が警察署に連行されると、それまでクラスで傍観していた生徒たちが、こぞっていじめの実態を学校に証言し始めた。恐怖による支配が終わり、誰もが緊張の糸が切れたのだろう。呉田の取り巻き達は未だに沈黙を守っているが、他のクラスメイトが、杏奈へのいじめに関与していた人物を告発したことで、取り巻き達も残らず学校側に目をつけられることとなった。呉田が捕まり、いじめの実態が明らかになったことで、学校はようやくいじめがあったことを認め、公表するに至った。

 こうして、杏奈へのいじめは根絶され、ようやく平穏な学校生活が取り戻された。わたし達の心の状態とは、裏腹に。


  * * *


 すべてを終わらせたその日の放課後、わたしは久留美と一緒に家路を歩いていた。

 無言のまま前後に並んで歩くと、自然とその足は帰宅ルートを逸れていく。この道は以前にも二人で通ったことがある。この先には川があって、わたしはその川辺で久留美と初めて話をして、お互いの弱い所を知って……そしてキスをした。

 わたしの後ろを歩いている久留美は、なかなか顔を上げてくれない。自分を襲った犯人を捕まえて、元凶である呉田も警察に引き渡し、ようやくすべてに決着をつけられそうだというのに、その表情はどこか優れなかった。

 ……まあ、すべてが終わったわけじゃ、ないのかもしれないけど。

 きっと久留美の心の傷は、完全に癒えてはいないのだ。ズームで見せた強気の態度も、呉田を嵌めるための必死の演技だった。嫁入り前の体を痛めつけられて恐怖を植え込まれ、高々一日か二日くらいで、劇的に回復するわけがない。すべて、わたしの無茶な作戦に付き合うために、苦しい気持ちをこらえてやったことだ。

 押さえ込んでいた苦しみが、決着を迎えたことで溢れ出した……そういうことかもしれない。

 川に辿り着くと、川辺には下りずに堤防の上をゆっくりと歩いた。太陽は西の空に沈みかけ、視界はオレンジ色に染められている。橋を渡る車や電車の音は聞こえるけど、堤防の周りに人の姿はない。住宅街から少し離れるだけで、こんなにも川辺は静かになる。

「ねえ、杏奈」

 久留美が呼びかけたので、わたしは立ち止まって振り返る。傷ついて泣きじゃくる久留美を抱きしめたあの日から、彼女はわたしを下の名前で呼ぶようになった。

「どうしたの?」

「…………ごめんなさい」

 うつむいたまま久留美は、つらそうな表情を浮かべてそう言った。

 えっと……これはどういう意図の謝罪だろう。それとも不器用なりに感謝しているのかな。そんなふうにも見えないが。

「ちゃんと、謝ってなかったと思って。改めてわたし……自分の身を守るためとはいえ、杏奈にひどいことをしてきたから」

「ああ、そのこと」

 意外に思えた。呉田と決別して、いじめっ子を卒業すると決意した時点で、てっきりその話は終わったものだと思っていたのだが……久留美にとっては違ったらしい。

「今さら謝らなくても、わたしは最初から久留美のことを許していたし、罪滅ぼしも兼ねて、わたしへのいじめを止めようとしたんでしょ?」

 数日前、久留美が呉田の前で絶縁を宣言したとき、彼女は自分の罪を償うために、いじめを終わらせると言っていた。あの場にわたしはいなかったけど、暴動になる前に先生を呼ぶために、ずっと近くに潜んでいたから聞いていたのだ。

「むしろ、わたしが最初からきちんと計画を練っていたら、久留美まで傷つくことはなかったわけだし、謝らないといけないのはわたしの方だよ……」

「ううん」久留美は首を振った。「杏奈がそうやって、いじめを止める方法を必死に考えてくれたから、わたしは怖くても頑張れたんだよ。わたしが襲われたときも、真っ先に駆けつけて、わたしのことで怒ってくれたのは、杏奈が初めてだった……感謝してもしきれないくらいなんだよ、杏奈には……」

 久留美の手はぎゅっと強く握られ、かすかに震えていた。襲われたときの恐怖を思い出したのか、犯人たちへの怒りが湧いて来たのか……いや、たぶんどちらでもない。

「でも……わたしは誰よりも、呉田のいじめを止められる立場だった。それなのに、自分が孤立するのが怖くて、周りに合わせるしかなくて、杏奈が傷つけられても、何もしてやれなかった……この程度じゃきっと、わたしのしたことは償いきれない」

 目を伏せる久留美の顔に影が差す。

 後悔。罪悪感。わたしへの(やま)しさに、久留美は押し潰されそうになっている。自分に危害を及ぼしそうなものがなくなって、冷静に自分の言動を振り返ったことで、その罪深さを自覚してしまったのだ。

 胸がチクリと痛む……わたしは、久留美にそんな顔をさせるために、今まで頑張ってきたわけじゃない。

 これがどこにでもよくある類いのいじめなら、わたしは終わるまでただ耐えていた。深刻なレベルになったら、そのときに大人に相談すればいいと思っていた。形のない悪意に立ち向かうのは無謀だと思っていたから、自分にできることはこの程度だと、どこかで決めてかかっていた。今回そうしなかったのは、自分の境遇をどうにかしたいというより、久留美をその悪意から解放したいと思っていたからだ。

 だから……久留美には、そんな苦しい思いをしてほしくない。

 どんなふうに声をかけたらいいだろう。わたしは気にしてないとはいえ、わたしは被害者で、久留美は加害者だ。罪悪感を否定するようなことを言っても、気休めにしか聞こえないだろう。自己否定に陥った人にそんなことをしても、逆効果になることをわたしは知っている。

 だったらいっそ……。

「償いなら、これからちょっとずつしていけばいいよ。久留美の好きなように……これからその時間はたっぷりあるんだから」

「でも……杏奈はそれでいいの?」

「さっきも言ったとおり、わたしは久留美のことを最初から許していたからね。久留美が罪悪感を抱えているなら、それも一緒に受け止めるし、押し潰されそうになったら、いくらでも話を聞いてあげたい。孤独に苛まれていたら、一緒にいてあげたい」

「……最後のそれ、前に手紙でも言ってたわね」

 わお。ずいぶん前の話のような気もするけど、まだ覚えていたのか。嬉しくて顔が綻びそうになるけど、もう少しだけ我慢だ、我慢。

「うん……そのくらいわたしは、久留美の近くで、久留美の支えになりたいの」

「何よ、それ……わたしのこと好きなのは知ってるけど、どんだけよ」

 久留美の表情に少しずつ笑みが戻ってきた。以前はわたしが好意を伝えても、顔をしかめるだけだったのに。色々あったからか、すっかり心を開いたみたいだ。

 まあ、この気持ちが恋愛だとしても、そうでないとしても、久留美がそれに応える必要がないことは、すでに彼女に伝えた通りだ。わたしごときが幸せになるなんておこがましいと、今でも思っている。両想いだなんて、そんなものははなから期待していない。

 久留美とは、他人でさえなければそれでいい。それ以上は望まない。

「言っておくけどわたしは、今はまだ、杏奈と付き合うつもりはないからね」

「うん、それも知ってる」

 久留美がそう言うことも予想していた。欲を言えば、友達としては付き合えると答えてほしかったけど……。

 あれ? あれれ?

 似たようなフレーズだから聞き逃しそうになったけど、今、なんと?

「……今は、まだ?」

「こっちの気持ちの整理がつくまで、待っていてほしいってこと。誰かを好きになりたいと思ったの、初めてだし……半端なままで杏奈の気持ちに応えるなんて、失礼でしょ」

「え、ちょ、ちょっと待って……むしろわたしの頭を整理させてほしい」

 ものの見事に混乱するわたし。というか、心臓の拍動がヤバいくらい激しい。

 いま、久留美、好きになりたいって言った……? 誰かを? えっ、それって誰のことを言っているの? わたしの気持ちに応える、って……半端なままじゃダメ? じゃあ、半端じゃなくなったら、どうするって……。

「久留美、あの、それは……気持ちに整理がついたら、わたしと付き合ってくれるってこと?」

「そうなれたらいい、とは思ってる。正直いまは杏奈のこと、恋愛的な意味で好きなわけじゃないから」

 がん。それはそれでショック……。

「でもさ、杏奈はわたしのために、必死になって作戦を考えてくれたじゃん。わたしがいじめっ子をやめたいって思ったのも、杏奈がきっかけだったし。そもそも、わたしが襲われたとき、友達よりも誰よりも、真っ先にわたしのところに駆けつけたのは、杏奈だった……」

「…………」

「こんなにわたしのことを思ってくれる奴が近くにいるのに、わたしの都合で、そいつの気持ちに応えないなんて、そんなの不公平だし、相手に悪すぎるよ。わたしだって、杏奈に何かしてあげられるなら、そうしたいんだよ……」

 久留美の言葉を聞くごとに、胸の奥がきゅっとなる。彼女はきっと、わたしへの恩義からそうしたいんじゃない。贖罪の気持ちから言っているのでもない。そういう表面的で半端なものじゃなく、何か、もっと根っこの部分で、わたしの好意に応えたいという気持ちが、芽生えているのだ。

 見返りなんて求めたつもりはなかった。わたしだってただ純粋に、久留美の力になりたかっただけだ。努力が実を結ぶなんて、期待していなかった。

 でも、久留美は応えようとしている。心の奥底にある、その優しさで。

「だから、今はまだ難しいけど、きっとわたし、杏奈のことを好きになる! そうしたら今度はわたしから、杏奈に気持ちを伝える。その日が来るまで、杏奈には、わたしの一番そばで、待っていてほしい……」

 久留美の真っすぐな瞳が、わたしに向かっている。決して逸らさぬように、固い決意を込めた眼差しが、そこにある。

 ああ、もう。こんなことになるなんて、片時も予想していなかった。久留美の口からそんな言葉が出るなんて、思っていなかった。油断していると何かが溢れ出しそうで、わたしは片手で顔を覆った。

 十分すぎる答えだった。わたしには、もったいないくらい。

「…………合格」

「えっ」

 そう言ってわたしは、大好きなクラスメイトの元へ駆け寄って、大手を広げて、彼女をぎゅっと抱きしめた。悪意に刻まれた傷を、包み込んで癒すように。

 困惑しているであろう彼女の耳元に、ささやくように告げた。

「……卒業、おめでとう」

 この瞬間に、羽沢久留美はいじめっ子を卒業し、晴れてわたしの、かけがえのない友達になった。

 それは、やがて次に訪れるもう一つの卒業への、はじまりの一歩だった。


  * * *


 その一言で、わたしの硬くて高い壁は、溶けて崩れた。

 優しいぬくもりを体中に感じながら、わたしも彼女の背に手を添える。告げられた言葉をしっかりと噛みしめながら。

 この妙ちくりんな女の子に、わたしはいつか、きっと言おう。

 大好きだと。

 おめでとうと。


 <第8話 終わり>

『コングラチュレーション(Congratulation)』祝い、祝賀、祝辞。(複数形で)おめでとう。


ブクマ、感想等、お待ちしています。

おめでとう、というのが二人だけでよかった。たくさんいたら某アニメの最終回みたいになってしまうところでした。

しかし当初は、第3話で話に出ていた文化祭まで書く予定でした。あまりに長く複雑な展開になったので、これ以上はさすがに多すぎると判断し、河原のシーンで終わらせました。でも予定通り、久留美はいじめっ子を卒業し、おめでとう、で締めくくれたので、その点ではまあまあ綺麗に収まったと思っています。……本当かなぁ。

もし後日談とかを書く機会があったら、文化祭の話を書きましょう。その時こそ、杏奈と久留美が、晴れて恋人同士になるはずです。結ばれそうな雰囲気で終わるのも、いじめを題材にシリアスな話を書くのも、第1章以来。原点回帰の作風になりました。

そういえば今回は、他のエピソードとの繋がりを示すシーンがありませんでした。こういうことを意識せずに書くのも第1章以来……原点回帰ですね。今後どこかで、第8章とリンクするシーンを書くかもしれませんが、まだしばらく先のことになるでしょう。

というわけで、過去最大のボリュームと、過去最長の期間にわたって書いてきた第8章は、これにて完結です。次の第9章はまたいつになるか分かりませんが、今度はもう少し文章量を抑えられるよう努力します。


(追記)一部の読者から、不快感を抱かれたという指摘をいただきました。遠慮なくご指摘を、と前書きに入れましたので、批判は真摯に受け止めます。修正を試みますが、今作は、育まれつつある少女たちの関係に、これまで以上に悪い形で邪魔をするような存在に、正面から立ち向かうことを物語の根幹としていますので、一部の語句の変更だけに留めております。それでも不快感を覚える方は閲覧を避け、そうでない方は作品を充分に読み込んだうえで指摘と批判をするようお願いします。私はバッドエンドを絶対の禁忌としていますが、単純なハッピーエンドを標榜することもなく、完全な解決に導くのは不可能と知りながら、されども何らかの形で希望を繋ぐ終わり方を模索した結果であると、ご理解ください。

ただし、必要以上に作品や作者を貶めるような誹謗行為は、厳に慎むようお願いします。そうした行為は、作中のモノローグで主人公二人が痛烈に批判する、呉田を始めとした心無い人たちのそれに相当します。読者からの指摘や批判を無下にすることはありませんが、読者が作者に対して加減をしなくていい理由にはなりません。この作品が一部の読者に不快感を与えることがあるように、何の気なしに届けた感想やレビューが作者に不快感やストレスを与えることもあるため、批判をする際は個人への攻撃にならないよう、慎重に言葉を選択するようお願いを申し上げます。かく言う私も、今後も言葉を選ぶ努力は続けてまいります。

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