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面倒くさい少女たち  作者: 深井陽介
第5話 かがんで、背伸びして
25/48

5-3 その通りかもしれない

だいぶ時間が空きました。だいぶ量も多くなりました。

どんな作品でもほぼ必ず関係の転換点となる、年の差コンビのデート回をどうぞ。


 その日、わたしは学校の自分の机で、ルーズリーフバインダーとにらめっこしていた。……分かると思うけど、これは比喩表現だからね?

 きょうは金曜日。いい加減、あさってのデートに向けて色々と考えなくちゃいけないのに……。昨日の夜にも一応考えを巡らせてみたけど、どの資料もあんまり参考にならなかった。延々と悩み続けて、ルーズリーフはいまだに真っ白。教室にまで持ち込んで静かに格闘する始末である。

「うーん、どうしたらいいものか……」

「お困りかな? 恋する桜子(さくらこ)姫」

 事情を知っている友達が、正面から話しかけてきた。わたしは、ルーズリーフに向けていたにらみ顔を、そのまま友達にも向けた。

「このみ……何の用?」

 わたしの返事が苛立たしげに聞こえたのか、城之崎(きのさき)このみは不満そうに口を尖らせる。このみは、ぱっつんの前髪に細面(ほそおもて)の、どちらかといえば地味な感じの子だけど、気を許した相手にはガンガン絡んでくる積極性を(あわ)せ持っている。そして仲良くなった相手には、必ず名前に変わった敬称をつけて呼ぶのだ。

「もー、何よその気のない返事。桜子姫が恋の悩みを抱えているみたいだから、友達として話を聞いてあげようっていうのに」

「別に迷惑だとか鬱陶しいだとか余計なお世話だとかとても当てにならないだとか思ってないから」

「そんだけポンポン出てきたら思ってるのと同じだよ!」

 そう言って、ムキー! と唸るこのみ。思ってないのは本当だけど、そう思われることが山ほどあるだろうな、という客観的分析がつい口に出てしまったようだ。

「で、どんなことで悩んでるの?」秒で立ち直るこのみ。

「今度の日曜日に、実桜(みお)お姉さんとデートする約束をしたんだけど、どんな感じでやればいいのか分かんなくて……」

「桜子姫……そんな一般人の感覚で突っ込まれまくりそうな悩みを、よくノーマルな悩み事みたいな口調で言えるね」

 気を許した相手への、このみのツッコミと指摘は、時としてこんなふうに容赦ない。

「わ、わたしだってこんな相談、事情を知ってるこのみにしか言わないし……」

「そうした方がいいよー。まだまだ世間様はマイノリティーに冷たいからねー。で、桜子姫は具体的に何を悩んでいるのかな?」

「まあざっくり、デートコースとか、暇な時間の会話の内容とか、手を握ったりキスをしたりするタイミングをどうするかとか……」

「たった一回のデートにいろいろ詰め込みすぎだよー?」

「う、うるさいな! 初めてだし勝手が分からないの! リードするのに失敗して幻滅されたらヤだし!」

 どうして桜子が女子大生をリードする前提で考えるんだろう……という疑問は呑み込むこのみ。

「まあ、年上のお姉さんが相手だからね。キスはさすがに早すぎると思うけど……悩ましいねぇ」

「そもそも実桜お姉さんは、そこら辺の女子大生とはなんか雰囲気が違うから、定石通りにやっていいものかどうか……」

 そう、初めて中瀬(なかせ)実桜を見たときから、どこか、周りの人たちとは違うという印象を受けた。お店で働く実桜は他の店員みたいに、お客さんを喜ばせたい、おいしいものを作りたい、お金を稼ぎたい、というはっきりした目標を持っているように見えなかった。そのくせ、誰よりも真剣に、張り切って仕事をしているように見えた。まるで、それが当たり前だと思っているように。

 顔が結構好みに近いということも相まって、いつの間にかわたしは、彼女を目で追うようになった。このみに相談して、この気持ちが恋に近いものだと気づいてからは、積極的に実桜にアプローチをするようになった。……もしかして、このみの影響をモロに受けているのか?

「うーん、わたしも年上のお姉さんとデートしたことはないからなー」

「そういう人が滅多にいないってことは分かってるよ、うん……」

「わたしが知る限り、うちの学校で年上の女の人と付き合っている人って、ひとりしかいないなー」

「えっ、いるの?」

 滅多にいないと口にしたばかりなのに、まさかこの校内にいるなんて。もしかしたらその人なら、いい相談相手になるかもしれない。

「ねえ、その人ってどこにいるの?」

「うちのクラスにいるんだけどな。お姉さんに夢中で周りが見えてないか……というか桜子姫、その人にアドバイスを受けたいの?」

「まあ参考になりそうだし……」

「そっかぁ」にまー、と笑うこのみ。「実は前から仲良くしたいなーって狙ってたんだよねー」

 あっ、もしかしたらこれ、格好のエサを与えたかもしれない……わたしはちょっぴり後悔した。

 別に無理してアドバイスを受けたいわけでは、という言い訳に入る前に、このみはそのクラスメイトに声をかけてしまった。

「おーい、東雲(しののめ)さーん」

 教室の隅っこで静かに本を読んでいた、うちの才色兼備なクラスメイトが、こちらを振り向いた。のちにこのみから“女史”という敬称をつけられることになる、東雲礼菜(れな)である。


 駅の真ん前のロータリーには、歩道に囲まれた丸い花壇がある。花壇の高さが歩道より数十センチほど高いので、たまに花壇の端をベンチ代わりに使う人がいる。今のわたしもそのひとりだ。

 さすが日曜日、平日の朝ほどではないけれど、十一時台でもそれなりに駅の出入りは多い。あちらこちらに、友達とのお出かけやデートで集まって、改札に入ったり駅前通りに出たりする、学生らしき人たちが見られる。わたしも友達は割といる方だけど、こうやって待ち合わせして出かけた記憶はあまりない。だから今日が初めてだ。

 森川(もりかわ)桜子はまだ現れない。約束の時刻は十一時半くらいと聞いているから、もう少し時間はある。別にはりきっているわけじゃない。わたしは基本、十分前の到着を心がけているのだ。

 桜子を待つ間、わたしは、少し前から更新の途絶えている、友達間のグループチャットを見ていた。このチャットで、わたしは桜子とデートの約束をしてしまったことを、数人の理解ある友人に打ち明けていた。好意的、あるいは面白がるような返答の中で、ひとりが発した言葉が、チャット内を凍りつかせた。

『泣かせることにならないといいけど』

 この発言を最後に、チャットの更新は止まっている。

 やだな……デート前に、見るんじゃなかった。こんなの、憂鬱になるだけなのに。

「お、お待たせしました~!」

 桜子の声が聞こえて、わたしは反射的にチャットアプリを閉じる。

 そうだ、今日は桜子へのお礼も兼ねているんだから、ちゃんと桜子を楽しませないと。気を引き締めて立ち上がり、駆け寄ってきた桜子に視線を向ける。

 いつもは学校帰りにバーガー店に立ち寄ったところで会っているので、制服姿しか知らないけれど、今日の桜子は、薄いチェックに桜の花びらの模様を随所にあしらった、清楚なワンピース姿だった。元から手足が細くて小顔だから、こうした繊細な装いがとても似合う。

「はあ、すみません、ちょっと、手間取っちゃって……」

「いや、時間ぴったりだし大丈夫だよ。それより、若干息が荒れてるみたいだけど……走ってきたの?」

「い、いえ、お姉さんとデートするのかと思ったら、興ふ……オホン、緊張してしまって」

 いま一瞬何と言いかけた? 山梨県の県庁所在地ですか?

「それよりどうですか? 結構頑張って選んだんですけど……」

 見せびらかすように、くるっと回ってスカートをなびかせてから、桜子は上目づかいで尋ねてきた。明言はしていないけど、服装のことを訊いているのは何となく分かる。わたしは思ったままを答えた。

「うん、なんていうか……これでもかってくらい、はりきってるね。すごく似合ってるし、かわいい」

 不思議なことに、桜子のファッションを素直に褒めたら、自然と笑顔になれた。

 喜色満面の桜子。はりきってオシャレしてよかったぁ、という思いがぜんぶ顔に出ている。このくらい素直に感情を表に出せるのは、純粋さゆえなんだろうなぁ。

「はあ……嬉しいです。そういうお姉さんは……」

 桜子は一度口を閉じて、わたしの全身をなめるように見つめる。さっきも言ったが、わたしはそんなにはりきっていない。いつも大学に着て行く地味めな服装ではないにしても、誰かと待ち合わせして出かけるのに最低限釣り合うくらいの、桜子をがっかりさせないような服を選んだ。元からそんなに服の持ち合わせがないから、これでも上等なものを選んだつもりだったけど……。

「……なんていうか、全体的に普通ですね」

 来ると思ったよ。それでもわたしは悄然として、さっきまで腰かけていた花壇の端に突っ伏してしまう。

「普通かぁ……これでも持ってる中でよさげなものを選んだつもりだったんだけど」

 桜子は慌てだした。

「いえ! 別に悪いわけじゃないんですよ。むしろ悪いところとか全然ないし……」

「でも取り立てていい所もないんでしょ」

「うーん……まあ、それはそうですけど」

 否定しないのかい。さらに落ち込むわたし。ああ……開始早々に気力を()がれた感じだ。

「でも、わたしはその方がいいです。お姉さんには、あまり着飾ってほしくないっていうか……」

「…………?」

「わたし、今日は、ありのままのお姉さんと、一緒に遊びたいんです。だから、思いっきりオシャレしているわけじゃない今の方が、わたしは嬉しいんです」

 ゆっくりと振り向いたわたしの前で、桜子はふんわりと微笑む。

 桜子の言葉が、じんわりとわたしの胸にしみ込んでいく。普通っていうのは、桜子にとって、わたしに向けたものなら褒め言葉になるのか。思っていた展開とは少し違うけど、結果としてわたしは、桜子を最初に喜ばせることができたらしい。

 が、しかし……。

「お、お姉さん!?」

 自己嫌悪に陥って、わたしは再び花壇の端に突っ伏した。中学生に気を遣われるって、年上としてどうなの。今度は恥ずかしさで顔を花壇に埋めたい気分だ。

 いやいや、まだここから。バーガー店でわたしを助けてくれた彼女に、精一杯お返しをしないと。わたしはさっと顔を上げ、もう一度気を引き締めるために、両の頬をぱしぱしと叩いた。

「よしっ」

 そしてわたしは、桜子に手を差し伸べる。

「行こう、桜子ちゃん」

 ぼうっとわたしを見つめていた桜子は、ふっと微笑んでから、わたしの手を取った。

 日曜日の人波を、女子中学生と手をつなぎながら歩いていく。はたから見たら、あまり似ていない姉妹のように見えるだろうか……そう思われてくれないと、ちょっと我が身が危ない。

 ただ、まあ……桜子の手が思いのほか心地よくて、そんな不安は徐々に薄れていったけど。わたしにも本当に妹がいたら、こんな感じだったかな。

「桜子ちゃん、まずはどこに行く?」

「お姉さん、デートといえばまず映画館が鉄板ですよ」

「映画か……最近はあんまりスクリーンで見ないなぁ。あとからネットで配信されるのを、少ない暇を見つけてはぼちぼち鑑賞するくらいで……」

「どんだけ仕事詰め込んでるんですか。これからはもうちょっと余裕をもってシフトを組んでくださいね。一度過労で倒れれば、さすがに懲りますよね」

 それはもう目一杯懲りていますとも。倒れただけじゃなく、中学生に見破られてフォローされているから、自分が情けないことこの上ない。

「とにかく、今日はバイトのことは忘れて、一緒に楽しみましょう!」

 そう言ってわたしの手を引いて、桜子は先を急ぎ始める。つられてわたしも駆けだした。映画館は目と鼻の先にあるけど、いい席は早めにとっておきたい、ということだろうと思っておこう。

 シネコンの建物の中に入る。特に見たい作品はなかったけれど、桜子から「お姉さんの好きなものを選んでいいですよ」といわれてしまったので、とりあえずいま話題になっているというアニメ映画をチョイスした。全年齢向けだし、桜子もたぶん楽しめるはず……。

「ああ、『時間(とき)の子』ですか。わたしの友達が、以前にデートの時に見て、面白かったって言ってました。ネタバレになるっていうんで、内容までは教えてくれませんでしたけど」

 壁際のラックに入っているA4ポスターを指差しながら、桜子は言った。ポスターには、どこかの建物の屋上で空を見上げる、顔立ちの似た二人の女の子が描かれていて、降り注ぐ日の光に揃えるようにキャッチコピーが挿入されている。

「『決して会えないふたりの少女が、世界の片隅で見た小さな奇跡―――』か。意味深だねぇ。たぶんティザービジュアルだと思うけど……ん?」

 ちょっと待てよ。映画の内容うんぬんの前に、聞き捨てならない発言がなかったか?

「桜子ちゃん、いま、友達がデートで、って言ってなかった……?」

「はい。これ結構カップルがよく見てるらしいですよ。お姉さんにその気はないと思いますけど、簡単にそれっぽいやつを選んじゃいましたね」

「まあそれもあるけど、友達って中学生だよね。中学生でデートって今どき珍しくないの?」

「あ、お姉さん。先に食べ物買っちゃいましょう。絶対見ているうちにお腹すきますよ」

 わたしの疑問はナチュラルに無視された。何だか言い返すのも追及するのも面倒くさくなって、わたしは桜子に引っ張られるまま、力ない足取りでフードカウンターの列に向かった。

 桜子はポップコーン、わたしはホットドッグを注文した。ここ最近はお店で食べると言えば、(まかな)いをいただくくらいだった。いつもはカウンターの向こうにいるのに、なんだか不思議な感じがする。こうやってお客さんの視点に立つというのも、接客業には必要かもしれない。読んで字のごとく、()()()な視点ということだね。

「桜子ちゃん、飲み物はどうする?」

「では、お姉さんと同じもので」

「ここでもわたしに任せるんだ……じゃあ、メロンソーダMサイズを二つ」

 そういえば桜子は、大体いつもうちの店ではメロンソーダのフロートを注文していた。何だか知らず知らずのうちに、彼女の好みに合わせている気がする。

「いえいえお姉さん。ここはLサイズ一つにしましょう」

「え?」

 突然桜子が変なことを言い出した。

「なんで? 二人いるのになんでドリンク一杯? しかもLサイズ?」

 わたしが怪訝な目を向けると、それが気にならないかのように、桜子はにっこりと笑って言った。

「二人で、ひとつのドリンクをシェアすればいいんですよ。デートっぽいでしょ?」

「…………」

 ああ、わたしと同じもの、ってそういう意味か。なるほどわたしはデートのデの字も知らないが、それが今のデートのスタンダードなのか、そうかそうか。

 桜子の意図を完璧に理解したわたしは、カウンターの店員に向かって告げた。

「Mサイズ二つで」

「あれっ」

 桜子は拍子抜けしたような声を上げた。

 さっきからわたしは、これをデートに見られたくないと思っていたし、そもそもストローつきのドリンクをシェアしたら、自然な流れで間接キスをすることになる。まあ、間接キス自体はそんなに気にならないけど……ならないけど、やれば桜子は今後、確実に今日のことを持ち出しては、関係の急激な進展を迫ろうとするだろう。なんというか、桜子に妙な精神的アドバンテージを与えるのは、なんか癪なのだ。

 注文の品を受け取って、わたしと桜子はカウンターを離れる。桜子がぼそっと呟いた。

「……お姉さん、バイトの時の感覚、まだ抜けてないんじゃありませんか?」

「……まあ、その通りかもしれない」

 いつもバイト先で、桜子のアプローチをスルーしていたからな。さっきみたいに。

「ダメですよ、今日くらいは忘れてって言ったじゃないですか」

「分かったよ、努力はするから。ていうか、肝心なことを忘れそうになってない?」

「え?」

 そうだよ、チケットを買ってないんだよ。何を見るか決めた直後に、先に食べ物を買ってしまったから、さっそく手順を間違えてしまった。大慌てで予約用端末に向かったけど、案の定というか、よさげな席はあらかた埋まっていて、二人で並んで座れる場所は、壁際にしか残っていなかった。

 桜子は肩を落としていたけど、いざ映画が始まったら、割と速攻で回復したのだった。どうやらこの映画は、桜子の琴線に大きく触れたらしい。


 映画を見終えて、シネコンの建物内にあるイートインで、わたしと桜子は軽く休憩をとる。すでにお昼代わりにホットドッグやポップコーンを食べているけど、半端な時間に食べ始めたから、ちょっと小腹がすいたということで、二人でアイスクリームを買って食べていた。

 なかなかに食欲旺盛なのか、桜子はむさぼるようにアイスに食らいついている。溶ける前に食べきろうと思っているのか、必死に食べている姿はどことなくいじらしく、かわいらしく見えてしまう。

 くすっ、とひそかに笑ったのが聞こえたのか、桜子は顔を上げた。

「なんですか、お姉さん」

「いや、なんていうか……妹ができたみたいだなって。わたしの事もお姉さんって呼ぶし」

「本当の姉妹だったら、わたしはこう呼びますよ」

 桜子はニンマリと笑いながら、上目づかいで甘えるようにわたしを呼ぶ。

「『お姉ちゃん』」

 くっ……図らずもわたしは、そのしぐさにドキッとしてしまった。

 かわいい妹には憧れがある。他愛もない話をしたり、おもちゃをシェアしたり、時々ケンカしたり……そうした気の置けない存在がいたらいいな、と思ったことは何度もある。いま目の前には、まさにその理想が形となったような女の子がいて、油断していると心動かされそうだ。

「あれ、お姉さんちょっと顔赤くないですかぁ?」

 もちろん桜子は、わたしのそんな些細な変化も見逃さない。ニヤニヤと笑いながら追い打ちをかけてくるあたり、中学生にしてなかなかの小悪魔ぶりだ。

「気のせいだから。それより、次はどこに行く?」

「えーとですね……」

 桜子はハンドバッグから手帳を取り出して、ぱらぱらとめくり始めた。

「ウィンドウショッピングでアクセ見るとか、ゲーセンで時間忘れて遊びまくるとか、あと、ここの近くにあるスパで足湯体験っていうオプションもありますけど」

 なんだかRPGみたいな展開になってきた……変なものが選択肢に混ざっているのもそれっぽい。

「桜子ちゃん、いろいろ考えてきたんだね……」

「そりゃあ、お姉さんとの初デートですからね。気合も入りますよ」

「もしかして、桜子ちゃんがわたしをリードするつもりで、デートプランを考えた?」

 ここまでの展開を振り返ってみると、わたしばかり桜子に手を引かれている気がするのだ。そろそろおかしいと思い始めているよ。最初にわたしは、桜子を喜ばせると決めたはずなのに、わたしが何も言い出さなくても彼女は楽しんでいるみたいだし。

 すると、桜子は澄ました顔で答えた。

「だって、わたしの友達が言ってましたよ。年上の女性とのデートは、年下である自分がリードした方が、その後の主導権を握って、対等になりやすくなるって。歳の差デートの必勝法だそうです」

「知らないよ、そんなセオリー……てか、その友達って、さっき言ってたひと?」

「はい。すでに三歳年上のお姉さんと何度もデートしていて、その方面の経験は豊富だって言ってました」

「末恐ろしい中学生だね……三歳年上なら高校生くらいでしょ。そんな経験は容易には……ん?」

 なんだろう。今の桜子の話には、いくつも引っかかる点がある。もちろん文面どおりに捉えても、ただの歳の差デートだと解釈することはできるけど……なんか、引っかかる。

「あのさ、一応聞いておきたいんだけど」

「はい?」

「その友達と、デートした相手って、どういう関係?」

 ここで、ただの恋人って答えが返ってくれば、すべては杞憂に終わる。

 ところが桜子は、にっこりと笑ってこう答えた。

「姉妹です」

 ぐちゃ。

 気が遠くなったわたしは、手元のアイスに向かって顔面から倒れ込んでしまった。あっ、混乱した頭を冷やすにはちょうどいいかも……。

「お、お姉さん!? 大丈夫ですか?」

「あはは……大丈夫だいじょーぶ」

「いやいや、全然大丈夫じゃないですよ! 顔べちょべちょですよ!」

 まだちょっと頭が混乱して動けないわたしの代わりに、桜子がわたしの顔についたアイスを、ペーパータオルでふき取ってくれた。

「ありがと、桜子ちゃん……いや、最近の女子中学生って、実の姉とも付き合うんだね。びっくり」

「いえ、わたしもそんな中学生は他に知りませんよ? 実際、わたしが実桜お姉さんとデートするって言ったら、自分のことみたいに喜んでました。年上の女の人を好きだって人がなかなかいないから、話し相手ができて嬉しかったんだと思います」

「ふうん……だったら、その友達のこと、大事にした方がいいかもね。自分のことを気兼ねなく話せる相手がいると、やっぱり違うから……」

 そこまで言って、わたしはふと、彼女のことを思い出す。チャットの更新が途切れて以来、いや、それよりも前に学内のカフェで険悪な空気になって以来、未だにろくに話もしていない、友人のことを。

 思い出して、自己嫌悪に陥る。いま桜子に言った言葉に、全く説得力がないと気づく。こんなんで、年上として桜子を楽しませるとか、何様のつもりだろう。

「……お姉さん、何か悩み事でもあるんですか?」

 桜子が、わたしをじっと見つめて尋ねてくる。その純粋な、ただ知りたい、役に立ちたい、という念のこもった瞳を前にして、この子には隠し通せないと思えてしまう。まあ、わたしの体調の異変に、わたしよりも早く気づけるくらいだからな。

「……うん、ある。デートの間くらいは考えないようにしていたけど、桜子ちゃんはごまかせないね」

「無理にとは言いませんけど、お話くらいなら聞きますよ? ほら、人に相談することで、解決への道が見えることがあるって、言うじゃないですか」

「あはは、そうだね。実は……」

 まんまとわたしは、悩み事を中学生の女の子に打ち明けてしまった。先日、カフェで友人と険悪な状態になってしまったこと、チャットでの冷たい反応、恐らく原因が自分の態度にあること……以来、その友人とまともに会話さえできていない事を、素直に話した。

 桜子はしっかり咀嚼(そしゃく)するように聞いている。冷静に思い返せば、友人の指摘は何もかも的を射ていて、わたしの方がムキになって大人げない態度をとってしまっただけだ。理由は分からないが、わたしの事を慕ってくれる桜子にとっては、幻滅してもおかしくないほどくだらない話だが……。

「誰にも興味がもてない、ですか……」

「うん……もちろん、桜子ちゃんには恩があるし、どうでもいいなんて思ってないけど、やっぱり、誰に対しても関心がもてないというのは、未だに直せていない悪いところだから……」

「別にそこまで悪いとは思いませんけど……なるほど、ようやく腑に落ちました」

「え、何が?」

「お姉さん、次の行き先を決めました。ちょっと、癒されに行きましょう」

 癒され、って……さっきの選択肢だとスパの足湯か? というか、一方的に話を終わらせられたような気がする。桜子はいったい何を考えているのだろう。

 桜子に手を引かれ、わたしはイートインを後にした。結局どこまでも中学生にリードされてしまう……。


 桜子に連れてこられた、知らない団地の公園で、わたしは高揚感で疼きが止まらなかった。

「う、わああぁぁぁ~~~……」

 視界の至るところに現れる、かわいらしいネコの群れ。人に慣れているのか、まるで警戒することなく近寄ってきては、構ってくれと言わんばかりにつぶらな瞳を向け、にーにーと鳴いている。

 わたしはさっそく砂の地面に膝をつき、近づいてきたネコを一匹抱き上げた。あー、ふわふわもふもふぬくぬく、人間では味わえない感触に、身も心もあっという間に癒されていくよ……。

「かっわいぃいなぁ~~~」

「近所ではここ、ネコ公園って呼ばれてるらしいですよ。一応エサやりは禁止ってなってますけど、ネコ用のトイレも設置されていて、ネコたちもちゃんと使いますから、大体みんな気にせずエサあげてますね」

「そうなの? 知ってたら煮干しでも持ってきたのに~」

「真っ先に出てくるネコのエサが煮干しなんですね……お姉さん、確かネコが好きでしたよね。ここには別の機会に来ようと思ってたんですけど、気分転換するならここがいいと思って」

 あれ、わたしネコが好きって桜子に言ったかな……うん、どっかで言ったんだ。そう思うことにしよう。だってそんな些細なことがどうでもよくなるくらい、わたしはネコたちに夢中だから。

 ところで、桜子もネコは好きらしく、すぐそばにしゃがみ込んでネコの顔を優しくなでている。何だか、本当に全体的に雰囲気が緩いというか、今ならこのネコたちに何をしても許されそうな気がする。それなのに顔を揉むだけで満足するとは、桜子もまだ素人だ。

 ネコ好きならこうやって、マッサージするように背中をなでて、ネコが気を緩めて地面にごろんと寝転がったところを狙って、お腹のふかふかな毛皮に顔をうずめてすーはーすーはー。

「お姉さん、何やってるんですか……」

 声のした方を(お腹に顔をうずめたまま)振り向くと、桜子が呆れ顔でわたしを見ている。

「え、ネコ好きの必殺技、お腹吸引だけど」

「どんな菌を拾ってるか分からないんですからやめてください」

 怒られてしまった……まあ、これは家の中のネコだからできることだよね。わたしはネコから顔を離し、両手でモフるだけにとどめた。

「桜子ちゃんって、この辺に住んでるの? 詳しいみたいだけど」

「いえいえ、わたしはお姉さんと同じ地区に住んでますよ。ここは友達から聞いたんです」

「そうなんだぁ……なんでわたしの住所知ってるんだろ」

 最後、わたしはぼそっと呟く。うん、たぶんどこかで言ったんだ。そう思うことにしよう。

「どうですか、お姉さん。気分転換にはなりましたか?」

「うん……転換するどころか、きれいさっぱり忘れそう」

「忘れるのはどうかと思いますけど……わたし、お姉さんのことは、十分大人っぽいって思ってますよ」

 おお、突然どうした。わたしの友人の話の続きなんだろうけど、こんな、ネコまみれになって表情が緩みまくっている今のわたしを見て、なぜそう思えるのだ。

「まあ、桜子ちゃんと比べればそこそこ大人だろうけど……」

「年齢とかの話じゃなくて、普通に見てもお姉さんは大人っぽいってことです。勝手な決めつけかもしれませんけど、大人って、受け入れる時と、嫌だって拒む時を、ちゃんと区別できる人だと思うんです」

「区別?」

「はい。自分がとにかく嫌だと思ったことは、何と言われてもちゃんと断れるし、そうでないものは、どんなに相手が気に入らなくても受け入れて、落としどころを見つけられる……そういう人です。わたし、お姉さんのこと、ずっと見てきたから分かります。お姉さんは大人っぽいです」

 ずっと見てきた、という言い方がちょっと気になるけど……桜子から見て、わたしはそんな人間なのか。確かにまあ、嫌だと思ったら断るし、そうでなければ……。

 あー、どうだろう。きちんと自分を見つめ返したことが少ないから、今ひとつ自信がない。そもそも、気に入らなくて相手の言い分を跳ね除けてしまった、ということならすでにあった。桜子に打ち明けた、友人との一悶着がそれだ。あの話を聞いてもなお、桜子はわたしを大人っぽいと言えるのだろうか。

「そんな、わたしなんて全然……」

「だから」

 わたしの声を遮るように、桜子ははっきりと告げた。

「背伸びする必要なんて、ないと思います」

 ……この場所に来て初めて、ネコ以外のものに心を惹かれた。わたしは桜子を振り向く。

 桜子はまっすぐわたしを見つめて、まるで一世一代の告白のように、偽りのない思いを放ってくる。

「他のひとに、お姉さんが自分を隠し続けても構いません。でも……お姉さんにとって大切な人には、ありのままのお姉さんでいてください。わたしだって……赤の他人に見せるようなお姉さんも、ありのままのお姉さんも、ぜんぶ知りたいですから」

 ……それはつまり、桜子も、わたしにとって大切な人になりたい、ということなのかな。

 ただの告白なんかじゃない。彼女は、見ていられなかったのだ。大切な友達とギクシャクしたまま、心に澱を沈めているわたしを、放置しておけなかった。自分にだけ、素の中瀬実桜を見せてくれるなんて、虫のいいことは望んでいないのだ。

 ああ、もう……わたしは手元のネコを一匹持ち上げて、ふわふわの毛皮に顔を突っ込んだ。幸い、ネコは抵抗しなかった。ありがたい。なんかもう、桜子と目を合わせられない。

「お姉さん」

 桜子の声が、前の方から聞こえた気がした。情けないやら恥ずかしいやらで、合わせる顔がないと思っていたはずなのに、わたしは驚くほど自然に、顔を上げていた。

 ……優しく微笑んでいる、桜子がいた。桜子は、かがんでいた。

「次のデートまでに、ちゃんと仲直りしてくださいね」

 宿題を出されてしまった。絶対に忘れてはいけない宿題を。

 きょう一日、情けない姿ばかりをさらしてしまった。わたしは大人になりきれない。彼女だって、決して大人ではない。それでも彼女が信じてくれるなら……そんな情けない自分も、受け入れなくちゃ。

「うん……分かった」

 ありったけの強がりで笑顔を向けて、わたしは応えた。

 それから二人で、ひとしきりネコとたわむれた。気がついた時にはもう夕暮れになっていて、結局シネコンとネコ公園の二か所にしか行かなかったが、今日のデートはお開きとなった。

 駅まですぐそこという所で、桜子と別れることに。同じ地区に住んでいるとはいえ、決して近所ではないから、どこかで帰り道は分かれてしまう。なんだか、妙に名残惜しい感触があった。

「じゃあ、またね。桜子ちゃん」

「はい、お姉さん。また来週もよろしくお願いします」

 そう言って桜子は駆け出していった。やっぱり来週もデートするのか……。

 桜子の姿が見えなくなり、そろそろわたしも家路につくか、と思って歩き出したその足を、ふと思い立って止めた。

 ……あんまり時間が経ってからだと、やりづらくなるな。桜子からエールをもらった、今このときしかない。

 わたしはスマホを取り出し、チャットアプリから都築(つづき)優奈(ゆうな)に電話をかける。相手はツーコールで出てくれた。

「もしもし、優奈? あのさ……」

 まず、カフェでの一件を謝って、チャットでのあの発言について慎重に尋ねた。やっぱりあれは、ちゃんと真意を聞いておかなければならない。

「……ああ、あれね。言葉通りの意味だよ。実桜が仮面かぶったまま桜子ちゃんとデートして、がっかりさせなければいいけど、ってこと。どう? ちゃんと素のままで楽しめた?」

「おかげさまでね……まあ、だいぶあの子に気を遣わせちゃったけど」

「そっか。ならよかった。本当に泣かせる結果になったら、どうしようかと思ってたけど」

「泣かせないってば。でもまあ、なんていうか……優奈とこのままだったらどうしようって、ちょっと不安になったけど」

 すると優奈は、少し間をおいてから答えた。

「……ごめん。大丈夫、明日からは、いつも通りにやっていこうよ」

「うん……」

 よかった……どうなるかと思ったけど、やっと仲直りできた。これも桜子のおかげかな……宿題にされないとできないって、やっぱり子供っぽいけど。

「それより、デートの方はどうなの?」

「なんとか桜子ちゃん、喜んでくれたよ。わたしがどうしたっていうより、桜子ちゃんが思った通りのデートになって、満足って感じだけど。やっぱわたしは、リードするのに向いてないなぁ」

「……でも楽しかったんだね。実桜も」

 そう言われて、今日のことを思い返してみる。行った場所も、やったことも少ない。それなのになぜか、この上ない充実感と、こんな時間が続けばいいと思う気持ちが、いっぱいだった。

 桜子の、笑顔。優しさ。純粋さ。声。手の感触。

 みんなわたしの心を満たしてくれた。思いのほか、デートを楽しんでしまっている。

「あのさ、実桜はいま、桜子ちゃんをどう思ってんの」

「…………」

「好きに、なり始めてるんでしょ?」

 そんなことにはならないって、優奈にはさんざん言った。バイト先の梶原さんにも言った。六歳も年下の女の子に、そんな気持ちを抱くはずがないと思っていた。

 でも……もう、自信はない。

 夕暮れ時の、乱れるような人波の中で……わたしは、はち切れそうな心臓を強く抑えながら、絞り出すように優奈に告げた。

「うん……その通りかもしれない」

優奈「それにしても実桜、週一でデートなんて本当にカップルみたいだね」

実桜「その通りかもしれない……」

優奈「(あ、こいつデートで疲れてやがる)」


 だいぶ装甲が崩れてきています。

 この『面倒くさい少女たち』は全エピソードが異なる主人公、異なるテーマで書かれていますが、世界観は完全に共通なので、以前に登場したキャラクターもカメオ出演的に出ることがあります。バイト先の梶原さんは第3話に、桜子のクラスメイトは第2話に出ていました。


 作中に登場したアニメ映画『時間の子』ですが、もちろんこれは架空の作品です。現在ヒットしているアニメ映画のタイトルをもじっています。ただ、タイトルを借用しているだけで、ストーリーは完全に無関係な創作(のはず)です。だってまだ(2019年8月8日時点で)見てないし。そのうち『時間の子』の中身を、この作品集の中で見せようかと考えています。

※9/12追記 お盆に家族と一緒に見ました。大丈夫、完全に無関係でした。 

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