4-1 はじまる恋にエールを
3章と同時進行で展開する第4章です。
3章とのつながりを意識しながらご一読ください。
十七歳って、どの世代も特別扱いする人が多い気がする。思春期に当てはまる年齢なら、ティーンエイジャーのどれにでも当てはまりそうなのに。
思春期の一年でいうと、夏を特別扱いする人が多い気がする。学生ならではのイベントなんて年中あちこちにあるのに。
考えたらキリがないことはたくさんあるけど、たぶんこの日を、なんだか特別だと感じている人は多いに違いない。一学期の終業式。明日から待望の夏休みが始まる。夏休みはこれが生涯で最後というわけでもない。高校でも最後ではない。なのにどこか特別に思えるのは……。
「どうしたのさ、二人きりで話したいなんて」
太陽の勢いが日に日に強くなり、ジリジリと地上を照りつける中、人気のない校舎の裏手に、制服姿の女子が二人やってくる。
先を進むのは、濃いめの茶髪が流れるように整った、涼しげな風貌の女の子。倉知明菜。
彼女をこの場に呼び出したのは、烏羽色のおかっぱ頭で、やや背の低い引っ込み思案な女の子。楢崎鞠亜。
鞠亜は頬を赤らめて、両手をおなかの前で絡めている。
「あ、あのねっ、明菜ちゃん……!」
「ん?」振り向く明菜。
「と、突然こんなこと言われたら、困るかもしれないし、気持ち悪がるかもしれないけど……その、どうしても、明菜ちゃんに言いたいことがあって……」
「…………」
明菜は、うつむく鞠亜をじっと見ている。次に出る言葉を待っている。
十七歳の、夏。わけもなくやってくる特別な雰囲気。その勢いに押されるように、鞠亜は想いを告げた。
「わたし、明菜ちゃんが好き!」
明菜のまぶたと唇が、わずかに開く。
「それは……友達として、ってことじゃなさそうだね」
「うん……」鞠亜は顔を上げられない。「女の子同士なんて、変だって分かってる。友達のままの方が、波風立たないってことも分かってる。だから、無理にとは言わないけど……わたしと、付き合ってください!」
親しくしていた友達を目の前に、鞠亜は深々と頭を下げた。
かすかに目を細めると、明菜は、返事が怖くてびくびくしている鞠亜のおかっぱ頭に、ポンと手を置いた。潤みを帯びた目で、顔を上げる鞠亜。
「お前は告白するときも心配性なんだな……らしいっちゃ、らしいけど」
「明菜ちゃん……」
鞠亜から手を離し、一歩後ろに引いてから、明菜はふわりと微笑んで言った。
「いいよ」
「え?」
「鞠亜のカノジョ、なってあげる」
「あ、明菜ちゃん……」
夢にまで見た言葉を聞けて、鞠亜は歓喜のあまり涙が込み上げ(ry
「おめでとぉ―――っ!!」
草葉の陰から現れたのは、わたし、矢澤波花である!
三人称で書かれていると思ってたかな? 残念、ずっと隠れて様子を見守っていた、わたしの一人称である!
「いやあ、ようやく鞠亜の頑張りが実を結びましたなぁ。やや、こりゃめでたい! 善哉、善哉」
晴れて恋人同士になれて、幸せいっぱいの両人の前に出てきて、わたしは仲人の気分で二人を祝福した。二人をくっつけるために、こっちもいろいろ苦労したのだから、このくらいはやって当然だもんね。
……幸せいっぱいのはずの二人は、なぜだか妙な表情をしてわたしを見ているけど。
「……そのめでたい場に、お前はなぜ闖入しようと思った」
明菜は眉間にしわを寄せ、頬を引きつらせていた。鞠亜はただでさえ泣きそうな顔が青ざめていた。
「だってぇ、この日のために鞠亜にハッパかけたり、明菜にそれとなく鞠亜のいいところ吹き込んで好感度を上げたり、いろいろやってきたんだよ? 結末を見守って、首尾よくカップル成立したらおめでとうって言ってやらなきゃ、友達じゃないっしょ」
「黙って見守り続けて落ちついてから祝福するという選択肢はないんか、ドアホウめ」
「波花ちゃん……せめてわたしに何か言わせてから出てきてほしかった」
あ、あれ……このタイミングしかないと思ってたのに、二人から全然歓迎されてないぞ。
「も、もしかしてわたし……いま一番邪魔な存在?」
わたしが自分を指差しながら尋ねると、二人は表情を変えることなく口々に言った。
「うん、空気読めてない」
「十分経ってから出直してこい」
ちーん……
響銅の鈴を叩いたような音が、耳の奥に響いた。仏壇にある鳴らすやつね。
そっかぁ……リストラされたサラリーマンって、こんな気分かもしれない。ありていに言えば、いらない、と宣告されたようなもんだ。そうか、わたしはいらないのか。そっかそっか。
よし、逃げよう。
「ごめんなさあああぁぁぁぁ……!」
途端に自分が恥ずかしくなって、わたしは校舎の表に駆け足で去っていった。おかげで“ごめんなさい”の“い”が、二人とも聞き取れなかったみたいだけど。
「波花ちゃん、ホントに出ていったね……」
「さて、邪魔者がいなくなったところで」
明菜は左手を、鞠亜の頬に添えた。思わず振り向いた鞠亜の、隙だらけの左の頬に、明菜の唇がそっと触れる。
「あっ……あの……」
「ごめん、鞠亜。付き合えるって思ったら、歯止めが利かなくなった」
「明菜ちゃん、顔、近い……」
「ねえ、次は……鞠亜からも、してきてよ」
「う、うん……いいよ」
今度は目線を合わせて、二人の意思で、お互いに唇を触れようと顔を近づける。
速まっていく二人の鼓動が少しずつ、そのテンポを揃えていく。まるで二人が、想う気持ちをひとつに重ねるように。
二人の目が閉じられる。息がかかるほどに唇を寄せて、そのまま……。
パシャッ
「「…………!!」」
唐突なシャッター音に、さっと振り向く鞠亜と明菜。
振り向いた先は……さっきわたし、矢澤波花が去っていった方向で、校舎の陰からスマホのレンズを向けている。この二人のキスなんて、逃すわけがないじゃないかぁ。
「あ、どうぞどうぞ。気にせずそのまま続けて」
「「気にするわ(気にするから)!!」」
結局この日、わたしが明菜にこってり叱られるのに時間を取られて、二人はキスもすることなく、最終下校時刻を迎えてしまったのであった。
帰宅して、リビングに置かれていたビスケットを手掴みにして、わたしは自室に入った。ビスケットを頬張ると、ベッドに仰向けで寝転がり、スマホを手にとった。
明菜たちとのグループ内に、メッセージが来ていた。
『(明菜)わたしと鞠亜、付き合うことになったわけだが…』
『(明菜)今後は多分、二人だけでやり取りすることが増えると思う』
『(明菜)こっちのグループに対応してるヒマがないかも』
あー、やっぱりそうなるか……デートの相談とかもしたいだろうし、それを第三者に見られるのは確かに具合がよくない。でもなぁ。
『(波花)デートの相談とかなら、わたしも巻き込めよー』
『(明菜)ふざけんな』
「即答かよ」
思わずわたしは突っ込んだ。きょうの一件で、どうも明菜はわたしを、自分たちの付き合いに関わらせたくなくなったらしい。
『(鞠亜)でもわたしはデートなんてした事ないから相談相手がほしいかも』
鞠亜のメッセージにはいつも読点がない。
『(波花)よく言った!』
『(明菜)マリア、相談するべき相手が違うと思う』
なんで明菜はそんなにわたしのことが信用できないんだ。二人が恋人になれたのは、わたしの努力あってのことなのに。ちなみに明菜のメッセージではいつも、鞠亜はカタカナ表記だ。
『(鞠亜)でも波花ちゃんはわたしの相談にもたくさん乗ってくれたから』
『(鞠亜)何をしたらいいか波花ちゃんにも相談したいな』
ああもう、名は体を表すってこの事ですな。鞠亜はホント、聖母マリアみたいに優しくて包容力のある子ですよ。鞠亜の相談に真摯に向き合ってよかった。
『(明菜)マリアがそこまで言うなら…』
『(明菜)相談くらいはここでしてもいい』
『(波花)よく言った!』
『(明菜)でも決定事項はマリアとだけ決めておく』
『(明菜)波花が勝手について来てちょっかい出されても迷惑だから』
やっぱり信用されてない。
「まったく……鞠亜はともかく、あんたにも色々してやったんだから、恩を仇で返すようなことすんなよ」
ごろん、と横に転がる。
友達のために望んでやったこととはいえ、のけ者にされるのはなんだか寂しい。わたしはただ純粋に、友達の恋路を見守りたいだけなのに……それとも、興味本位で見守られること自体がダメなのか? 興味本位は否定しないけど。
『(鞠亜)まあまあ明菜ちゃんそんなに意地悪しないで』
『(鞠亜)わたし達が付き合うようになったのは波花ちゃんのおかげでもあるし』
『(明菜)まあ、そこは感謝しているよ』
『(明菜)ありがとな、波花』
『(明菜)おかげで楽しい夏休みが過ごせそうだ』
「…………」
『(鞠亜)いつか波花ちゃんにもお礼がしたいね』
「…………」
ああ、もう。なんなんだ、この二人は。わたしはスマホを胸元で握りしめる。いま絶対、顔が緩みまくっている。
嬉しいことを言ってくれるじゃないかぁ〜〜。
せっかく両想いになれた二人の間に、割って入ることはしたくない。二人が恋人として一緒にいる間は、たぶんわたしはのけ者にされるんだろうけど、それでも二人がわたしを友達と思ってくれるなら……二人を結びつけたことを、わたしはきっと後悔しない。
ふふっ。それじゃあ、改めて二人に祝意を示しますか。
『(波花)だったらわたしを、二人の華燭の典に招きたまえ』
『(明菜)気が早いわ』
いち早く突っ込んだ明菜は理解できたみたいだけど、鞠亜は辞書で意味を調べてから、ようやく返事をしてくれた。華燭の典とは、つまり……。
『(鞠亜)まだ早いですよわたし達まだ十七歳だし結婚には早すぎますし』
「突っ込むところが違う気がする……」
とりあえず『そこかよ』というメッセージを送っておいた。
スマホを枕元に放り出す。たぶんここからは、二人だけのやり取りに終始するだろう。わたしはぼうっと天井を眺めながら、あの日のことを思い出す。
鞠亜から相談を受けたのは、五月の初めごろだった。わたしと鞠亜は小学校以来の友達で、どこか引っ込み思案な鞠亜のことを、いつも連れまわして遊んでいた。中学校くらいの頃から、わたしの前では少しずつ積極的な行動をするようになったし、鞠亜から何かしら提案をしてくることも多くなったけど、この日はなんだか毛色が違っていた。
「ねえ、波花ちゃん……ち、ちょっと、相談したいことがあるんだけど」
両手を胸の前で絡ませて、目を伏せたままおどおどと話しかけてきた。その素振りを見て、わたしはすぐに相談の内容を察したね。
「なぁに、もしかして鞠亜……」わたしは鞠亜の両肩をガシッと掴んだ。「好きな人でもできたのか!?」
「まだ何も言ってないのに!」
「いや、言わなくても分かるよ。初めて会ったときみたいに歯切れ悪かったし、他の人ならともかく、わたしの前でそんな挙動がおかしくなるなら、それは恋煩いに他ならない」
「なんでそこまで断言できるの……いや正解だけどさ」
「んで?」わたしは鞠亜に迫った。「相手は誰なんだい、恋する乙女よ」
「ちょっ、ここ、教室だから」
いま思うと、わたしと二人きりで話せる機会って、学校の教室以外になかったんだな。それ以外の場所だと、大体いつも明菜も一緒にいるから。
「あまり大声出さないで……驚くとは思うけど、声には出さないでよ」
「分かってるって」
鞠亜はわたしに耳打ちし、好きになった相手の名前を告げた。
それが……わたしもよく知る、倉知明菜だった。
「むぐっ」
そして、明菜の名前を告げられて間をおかずに、わたしの口が鞠亜の手でふさがれた。
「むぐぐぐぐ」
五秒後に手が離された。五秒だけなので死ぬかと思ったわけじゃないけど、ひとこと文句を言ってやりたくなった。
「何をする」
「波花のことだから、声に出すなと言ってもやらかしそうだと思って、先手を打った」
相談相手に選んだ割には信用ないな。……否定はしないけど。
「しかし、これは予想外だな」わたしは近くの机に腰かけた。「男だったらいくらでもからかいようがあったが、女の子、しかも友達とは……」
「いま、からかいようが、って言った……?」
「わたしは女の子同士でもアリだとは思うけど、明菜はどう思うか……そのあたり偏見を持つような奴じゃないけど、要はあいつが鞠亜のことを友達以上として見られるか、だな」
「自分でも厄介だって分かってる。初めて好きになった人が、女の子の友達なんて」
「いやいや、悪いとは言わないよ。友達のひいき目を差し引いても、明菜は男女問わずモテるからね。ガチで好きになった人がいるって話は聞いたことないけど」
わたし達が明菜と出会ったのは、高校に揃って入学してすぐだった。当時から綺麗でクールな女の子ということで話題をさらっていたが、特定の誰かとつるむことはなかったという。一学期の初めに、わたしと席が隣同士になった縁で、こちらから積極的に関わっていくうちに、いつしか鞠亜も巻き込んで三人での行動が当たり前になった。
鞠亜がいつから明菜に好意を抱くようになったのか、本当のところは分からない。明菜はわたしよりも鞠亜に優しくすることが多かったから、どの段階で恋愛感情が芽生えても不思議じゃない。あるいは明菜も、鞠亜みたいな子がタイプだから優しくしていた可能性も……。
「そう考えると、全く脈がないってわけでもないんだな。それとなく好きな人のタイプとか聞き出して見るのも悪くない……」
「あの」
ひとりで考えていたわたしに、声がかけられた。鞠亜じゃない。わたしが腰かけていた机の主だった。セミショートの女の子だ。
「その話……わたしに聞こえる所でやったらまずくないですか」
おお? てっきり勝手に腰かけたのを責められるのかと思ったら、違ったな。
「そんなことないよぉ。相談できる相手は多い方がいいし、こんな大事な話でのけ者にするわけないじゃないかぁ。わたしと奏ちゃんの仲でしょー」
彼女の背中をバシバシと叩きながらわたしは言った。
「どんな仲ですか……てか、痛い」
聖木奏という女の子は、今年の一月あたりに転校してきた生徒で、二年生になってから親しくなった。これも主にわたしが、明菜と同様に積極的に踏み込んだ結果だけど。彼女は小学校のときから転校を繰り返していて、まともに友達を作れたことがないそうで、せっかくなので友達になってあげようと思ったのだ。
「そもそも、恋人はおろか友達すらろくに作れていないわたしに、何を相談するんです?」
「愚痴を聞いてやるくらいはできるでしょ。それに、もし将来奏ちゃんに好きな人ができた時、この経験が何かの役に立つかもしれないし」
「なんか騙されてる気分……」
「ねぇ奏ちゃん」鞠亜が声をかける。「わたし、どうしたらいいのかな……波花ちゃんはこう言ってくれるけど、女の子同士だと壁もあるし、下手に何かしようとしない方がいいのかな」
「えー? せっかく初めて恋をしたんだから、何もせず諦めるってのはナシでしょ。まずはガツンとぶつかってやらなきゃ!」
「うん、波花ちゃんは勢い強すぎて参考にならないからちょっと黙ってて……」
「ひどいっ」
こっちはわたしなりの正論を述べただけなのに。泣きますよ、もう。
「どうしたらいいか、って言われても……」奏は困惑気味だ。「結局それって、楢崎さんの気持ち次第ですよね。最初から諦めるにしても、なんとか食い下がるにしても」
「でも、これでうまくいかなかったら、明菜ちゃんとの関係が気まずくなるかも……」
「好きになっちゃった時点で、今までどおりの関係じゃいられないですよ。まず倉知さんのことは脇に置いて、楢崎さんがどうしたいのか、見つめ直すべきじゃないですか?」
くっ……奏の方が正論レベル高いじゃないか。わたし完全に置き去りにされてる。
「と、とにかく、明菜の方に脈があるかどうか確かめてみようよ! 少しでも希望があれば、鞠亜も自信がつくんじゃない?」
「そうかもしれないけど……どうやって確かめるの?」
「それこそわたしに任せなよ!」わたしは胸を張って断言した。「明菜がそっち方面でもイケるかどうか、さりげなく聞いてみるから!」
「わたしに何を聞いてみるって?」
「どわあっ!?」
いきなり後ろから、その当の本人である倉知明菜の声が聞こえてきて、わたしはびっくりして大声を上げてしまった。もう心臓のバクバクが止まらないんですが。
「あ、明菜……」
「なんだい、二人してこそこそ密談などやって」
「みっ、密談だなんてそんな……わたしはただ、明菜って彼氏とかいるのかな、って思っただけで」
「えっ」
驚く鞠亜。もちろんそんな話はしていないけど、明菜の本音を引き出すなら、これ以上にいいきっかけはないととっさに判断したのだ。
「わたしに彼氏?」
「そ、そう……明菜くらいの美人なら、彼氏の一人や二人くらいいてもおかしくないと思って」
「いや、彼氏が二人いたらおかしいですよ」すかさず突っ込む奏、ナイス。
「彼氏は今いないけど……」
「じゃあ彼女はいる?」
「波花ちゃんっ!」
「あはは、残念ながら彼女もいないなぁ」
笑って答える明菜。あれ、同性の恋人というものに違和感がないのかな……。偏見を持ってないだろうということは分かるけど、自分に彼女がいても抵抗がないなら、もしかしたら脈があるかも?
「あー、えっと……そういえば、明菜って好きな人とかいたっけ?」
「波花ちゃん、さっきから質問がストレートすぎ……」
心なしか顔が青ざめている鞠亜に、他人事みたいにフンと鼻を鳴らす奏。言っておくけど、本当は考えをまとめてから明菜に訊きたかったんだよ。こんなすぐには、うまい質問の仕方なんて思いつかないって。
それはともかく、質問された本人はどうしているかというと……。
「あ、明菜ちゃん……?」
鞠亜の声が聞こえているのかいないのか、明菜は真顔で黙り込んでいる。
「それは……」
明菜はおもむろに口を開き、真顔のまま視線を逸らした。
「今この場で……言わなきゃいけないのか?」
…………。
水を打ったように場が静まり返る。わたしも、鞠亜も、奏も、明菜に視線を注いでいた。
予想外の返答だったから、ちょっと脳の処理が遅れたけど、これは……。
(脈が、ある!!)
意識不明で倒れている人の脈拍が触知できた時って、こんな心境なのかな(違う)。
やばい、興奮してきた。これは攻め落とす価値が多分にあるぞ!
わたしは鞠亜の肩に手を回し、明菜に背を向けて、明菜に聞こえないくらいの小声で鞠亜に告げる。
「鞠亜、これイケるよ。自分が女子の恋人作るのに抵抗なさそうだし、鞠亜のことも少なからず意識してるっぽいし」
「ええっ? でも、単に恥ずかしがっているだけじゃ……」
「いなければ恥ずかしがる奴じゃないし、よそにいるなら言い訳してごまかさないよ。相手が目の前にいるか、よほどの変わり種でない限り、あんな素振りはやらない」
「じゃあよほどの変わり種じゃないの……?」
「いや、これまでも明菜の、鞠亜に対する接し方は他の奴と違っていた。好意かどうかは分からないけど、特別に思っているのは確かだよ。そこを」わたしは平手を突き出しながら、「グイ、グイと押してけば落ちるかも」
「お相撲さんのツッパリじゃないんだから……」
「とにかく、今この状況なら十分に希望があるよ。せっかくの初恋を叶えるチャンスだよ? わたしも全面的に協力するからさ、思い切ってアタックしてみようよ」
「うぅぅん……」
鞠亜は即答してくれなかった。いくらわたしが保証しても、不安なものは不安か。
でも、最後にはちゃんと決めてくれた。
「……波花ちゃんがそこまで言ってくれるなら、やってみる」
「よく言った鞠亜! サポートはこのわたしに任せて!」
「何を任せてほしいって?」
「はぅわあっ!?」
またいきなり背後から明菜に声をかけられて、びっくりして大声を上げてしまった。なんだかHowとWhatがくっついたような叫びになってしまったけど。
「また二人だけで密談かよ。何の話をしていたんだ?」
「いやっ、たいしたことは……鞠亜ってホントにいい子だなぁ、って話を」
「波花ちゃん……」
呆れたような声で名前を言わないでくれ、鞠亜さまよ……鞠亜のいいところをどうやって明菜に吹き込むか考えていたから、それが思わず声に出てしまっただけだし。
「ああ……」明菜は微笑みながら言った。「うん、確かにね」
…………。
また水を打ったように静まり返る。予想もしない言葉が明菜の口から飛び出してきて、一瞬脳の処理が遅れてしまったけど、これは……。
(脈が、ありすぎる!!)
そんなことがあったのが、二ヶ月くらい前のこと。それから事あるごとに、わたしは明菜に鞠亜を振り向くように工作を続けてきた。鞠亜がいない時は彼女の話題を明菜に頻繁に吹っかけたし、三人で出かける時も、何かと理由をつけては、鞠亜と明菜が二人きりになる時間をたくさん作った。鞠亜をかわいくして振り向かせることも考えたが(いや今のままでもかわいいと思うけどね)、男ならそれで効くかもしれないが、相手は明菜だ、表面だけ繕ったところで効果はないと気づいてやめた。
まあ、工作と呼ぶにはあからさますぎて、途中から明菜には感づかれたと思うけど。それでも、鞠亜が明菜をどう思っているかは言わず、いつか本人が話すのを待った方がいいとだけ言っておいた。その時の明菜の、満更でもなさそうな表情を見て、きっとうまくいくと確信を深めたものだ。
「でも、本当にうまくいくなんてね……」
わたしも女の子同士の恋に抵抗はないけれど、自分の身近にそれがあると、やっぱり不思議な感じがするものだ。二人ともよく知っている子だから、なおさらだ。今まで恋にあこがれた事なんてなかったのに、すぐそばに恋があると、どんな形であれ、いいと思えるんだなぁ。
もう一度、二人が送ったメッセージを読み返す。
……うん、やってよかった。二人の恋路を応援して、よかった。これからだって、二人のために何だってやってやろう。
ただ……ひとつだけ、後悔していることがある。
聖木奏だ。積極的ではないにしても、彼女も鞠亜の恋については知っていて、たまに相談に乗ってくれたりしていた。それが終業式の三日前に、突然転校が決まってしまい、鞠亜の恋が実る瞬間を見ることなく、この地を離れてしまったのだ。なんでも、どこかの離島に引っ越すことになったらしい。
今日のことは、まだ奏には話していない。元から誰とも親しくする気がなく、わたし達のメッセージグループにも参加しないまま、離ればなれになってしまったのだ。一応、連絡先の登録くらいはしているけれど、はてさて、どう説明したらいいものか……。
離島か……わたしは昔から海が好きだった。奏がどう思うかは分からないけど、わたしは島での暮らしにちょっとあこがれがある。まあ、大変だろうということも理解しているけど。
「あっ……そうか」
わたしはベッドから飛び起きた。気の利いた方法を、思いついちゃった。奏に二人のことをさりげなく伝えて、しかも二人の距離を急接近させる、夏休みならではのプロジェクト、その第一段階を発動させる時だ。
スマホを手にとり、鞠亜と明菜の二人にメッセージを送る。
『突然ですが提案です! あした三人で、水着を買いに行きましょう!』
『そんでもって、みんなで海に行きましょう!』
二人はまだメッセージのやり取りをしていたのか、すぐに既読がついた。そしてほぼ同時に返信が来た。
『(明菜)すまん、明日は用事ができた』
『(鞠亜)ごめん外せない用事ができたからまた別の日に』
「けっ、さっそくデートかよ」
わたしは嬉しさをこめて言った。どうやらわたしが手を回すまでもなく、二人の交際は順調にスタートしたようだ。
はいはい、善哉。




