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1.地獄へようこそ


 そこは舞台、舞うは二人の髪の長い女性――


 髪色もその容姿も対照的な二人が調子を合わせて扇を躍らせ刀を振るう様は甲乙つけ難く麗しい。

 そして、己の悲劇を朗々と語る声は儚くも美しかった。



 夜闇を表す様な漆黒の髪の女性が宣う。

『我は光、夜明けの光、陽と共に一日を司り、故に我は陽の兄妹』


 月明りを纏った様な金糸の髪の女性も宣う。

『我は月、夜の明かり、陽の代わりに一日を司り、故に我は陽の兄妹』


 月は光に物申す。

『汝は陽から生まれいずる存在。故に汝は陽の兄妹にあらず、矛盾した存在』


 光は月に物申す――

『汝は陽と並び立たぬ存在。故に汝は陽の兄妹にあらず、矛盾した存在』


 二人は再び扇を躍らせ剣を振るった。



 彼女達が舞う様はやはり美しい。

 なぜなら、それらが儚く――そして、愚かだから。


 何故、己らが陽のお陰で輝けていることに気付かないのか――

 何故、己らが姉妹であることを忘れたのか――


 何故――

 己らが陽の兄妹でないことに気付かないのか――



 彼女達は舞う。

 般若の面を被り己の表をひた隠して――


 彼女達は舞う。

 仮面の内で涙を流していたとしても――


 彼女達は舞う。

 陽の兄妹であることを示すために――



 どれだけ美しくとも、そこはやはり奈落だった。



  * * * * *



 雪希には日記を書く習慣があった。

 中学生からのことで直近2か月は中断していたが、最近また雪希はその習慣を再開した。


 なお、日記であるため、雪希は誰かに見られることを想定せずその時々の気持ちを素直に書いていた。

 自然とその内容は他人に見せられない陽への愛情に溢れたものになっていき……


 また、この日記は二度と陽を裏切らないための雪希なりの誓いでもあった。

 彼女は最近、日記帳の裏表紙に以下の一文を書き足した。


『陽への愛情が薄れた時、または他の人間に愛情が移った時、何者かに心を支配されていることを疑え』


 雪希は日記を書くだけでなく読み返すことも自らに義務付けていた。




『〇月〇〇日――


 通り魔に刺され入院している彼氏(・・)の堂島のお見舞いに行った。


 ノンアポで彼の病室に赴いた時――


「ど、どうしたんだ!?」

「……お見舞い」

「そ、そうか!ありがとう! 彼女にお見舞いされるなんて彼氏冥利に尽きるなあっ!!」


 その言葉に反して、彼は妙によそよそしく狼狽《うろた》えていた。


 なお、彼が利用する病室は個室だ。

 私が訪問するまで、彼はベッドで寝ていたらしい。

 だけど、部屋は()えた薫りで満ちていて、布団は変に盛り上がり予備用ベッドとの境に不自然にカーテンが引かれていた。


「……」


 彼が刺された理由はかつての交際相手の逆恨みとのことだった。

 犯人は逮捕され、以後の彼の身の心配はないとの警察の説明だけれど――


(相変わらず懲りていないということ)


――もっともこれで懲りてもらっては困る。


(彼にはもっと苦しんでもらわないと――)


 だから、今回はちょっとした嫌がらせ程度に済ませることにした。


「花瓶の水、替えてくる」


 私はやや萎れた花が生けられた花瓶を持ち上げ、振り向き様に堂島の布団を踏んづけ引き()った。


「お、おい――「きゃあっ!!」……」

「……」


 彼の非難の声は女性の悲鳴でかき消される。

 私はそれら全てに気付かないふりをして、「ごめんなさい。戻ってきたら直す」と言って部屋を出て行った。



 数分後、花瓶の水を入れ替えて病室に戻ると、そこには元友人の由香と沙織がいた。

 そして、彼女達の服や髪がいかにもという感じで乱れていた。


「由香と沙織も来てた?」


「そ、そうよ! 来ちゃ悪い!?」

「ゆ、雪希ちゃんこそ何しに来たの!?」


「お見舞い。一応、これでも堂島君の彼女だから……来ちゃ悪い?」

「「「うっ……」」」


 彼の顔を見て問いかけると、彼は慌てて「そんなことない!そんなことない! 彼女にお見舞いされるなんて彼氏冥利に尽きるなぁ!!」と先程と同じ発言を大声で宣った。

 それから、三人はこめかみをひくつかせながら黙ってしまった。


「堂島君、私、用があるから帰るね。次、お見舞いに来るときに欲しいものはある?」

「ゆ、雪希の手料理を食べたいなぁ! ほら、病院食は味気ないだろう!?」


 お邪魔虫であろう私は「分かった」と言葉身近に挨拶をして、由香と沙織よりも先に退室した。


「あ……あぶねぇ……」

「ふふふ、堂島君焦りすぎ~。あんなお人形が私達のこと気付くわけないじゃん」

「そうそう。バレてもあの人形に何かできると思えないし。それとも、堂島君はあの人形と遊びたかった?」


「何言ってんだ。あんな女よりもお前達の方が可愛いぜ。遊ぶにしてもお前達の方が具合がいいしな、へへへ」

「堂島君♡ うれしすぎ♡ さっきは途中だったから、続きを……♡」

「私も我慢できない♡ 堂島君お願い♡♡」


「二人纏めて可愛がってやるぜ、げへへ――」


 由香と沙織は着直したばかりの服を脱ぎ、その肢体を(さら)け出した。彼も鼻の下を伸ばして二人を抱き寄せ、臨戦態勢の下半身を布団から出して見せつけた。


 既に彼等の頭の中には私の存在は消えているのだろう。

 病室の外すぐの壁の(もた)れかかって三人の話を録音していた私の存在を――


(でも、これは仕方がないことと思うべき)


 人は誰しも愛する人の身体を求めてしまうものだ。それに、愛する人を求める時、人は盲目になるのだ。


(これは嬉しい出来事と思うべき)


 私は今や『人形』だ。望んでその地位についた。

 でも、『人形』として認められる為、私には果たすべき条件があった。


『堂島と交際を続けること』


 ケダモノの彼女としての立場に居続けること――それは私にとって己の尊厳と命を賭けた戦いだった。

 彼の興味が上手く自分から撒かれるのは有り難いことだった。


(それに、これは愉快な事実と思うべき)


 あざとく卑猥な元友人達に、だらしない表情を浮かべる彼――彼等は何と愚かな事だろうか。既に己等が危うい立場にいることに気付かないのだろうか。

 堕落していく彼等を見て、私は笑いを堪えるのに必死だった。


 是非とも、彼等には言ってやりたい。


 貴方達のいるその場所は地獄の入口。

 さぁ、地獄へようこそ――』



  * * * * *



 『〇月△日――


 今日は陽の部屋で――


 私は彼に呼ばれて彼の部屋に赴き、部屋に入るなり衣服を脱いで下着姿になった。

 今日の役割は始めから分かっていた。だから、(はや)る気持ちをそのままに下着にもすぐに手を掛けたが、陽によってその手を止められた。


 私は彼に抱き寄せられる。


(陽の方から……胸が苦し気持ちいい……キュンキュンする♡)


 陽の身体はいつも以上に熱かった。エアコンが効いていても二人の間に微熱が籠もった。


「陽、興奮してる?」

「……まさか。落ち着いてるよ」

「嘘つき。でも、嬉しい」


 私は陽の『人形(ラブドール)』になったが、密事は未だ片手で数えられる程しかなかった。毎日でも無茶ぶりをされる覚悟もしていたので、予想以上にプラトニックな対応をされて己の肉体的魅力に不安を覚えていたところ、今日の呼び出しだった。


 急に情熱的に求められて――


――じわり……


 陽の指先から私の心へと彼の負の感情が流れ込んできて、彼が私の身体だけでなく心までも貪ろうとしているのが有り有りと伝わってきた。


「んっ♡」


 私は思わず悩ましい声をあげる。そして、愛憎入り混じる彼の感情に触れ、私自身も感化されていった。


(私は心の弱い存在――人に噂されただけで心の調子を崩す。陽が傍にいなければすぐに不安になる)


(私は矮小な女――何もない空っぽの存在。男に媚びることしか出来ない安っぽい女)



 ところで、本心の「俺」と建前の「僕」――今の陽には二面性があった。そして、「僕」の陽は復讐に支配されていた。


 陽の復讐の範囲は広い。彼を直接貶めた者だけでなく、(あまね)く全ての者達を地獄に叩き落とすまで決して止まらない。

 今のターゲットはクラスメイトで、教室は恐怖と後悔に蝕まれていた。今や笑顔の者は誰一人いない。

 私を含め、かつて彼が愛情を傾けた相手に対する復讐はもっと苛烈なものとなるだろう。現に、私は自ら地獄に飛び降りて初めて、赦されるきっかけを得た。


(でも、地獄に落ちた後、私はどうなる?)


 私を異能で縛った後、「僕」は言った。


 私の全てを奪った後、私を見捨てる、と――

 見捨てられた私には恨みのまま破滅の人生を送ってほしい、と――


(でも、残念ながら「僕」の期待には沿えない。なぜなら、私は陽を恨んだりなんかしないから)


 これから先どんな事があっても、それだけは自信があった。

 私が地獄に飛び降りるのは異能で心を支配されたからだけではない。私は私の意思で飛び降りたのだ。


(それに、「俺」の陽だってこれを許さないはず)


 異能を使って雪希の心を縛ったのは「俺」の方だ。


(それに、「僕」の陽だって条件を付けてきた)


 決して堂島と肉体関係にならないこと――そんな条件を付ける「僕」は自分の傍に私を閉じ込めておきたいという独占欲丸出しだった。

 全てを奪われたとしても、奪った「僕」によるドロドロに甘やかされる生活が待っているだろう。


 自由のない鳥籠の人生は不幸なことだろうか?


(否。私にとって、愛する人に全てを委ねた生活こそが最高の幸せな人生)


 支配欲に塗れた「僕」に服従したい。

 心優しい「俺」に温かく包んで欲しい。


 「俺」の復活を期待しながら、「僕」のことだって深く愛していた。


(二人の男を侍らそうとするなんて、私は罪深い女)


 いずれにしても自ら堕ちていくことが幸せの過程であることに変わりはなかった。


(陽との『幸福』を得るためならば何だってできる)


 目の前に広がる卑猥な光景と己を襲う快楽が危険な思想を孕ませていく。


(だから――)


――だから光莉ちゃん、今の私が羨ましいでしょう?


「よぉ♡ 気持ちいィ♡♡ 好きィ♡♡」


 私は光莉ちゃんが覗き見ていることを承知の上で、はしたなく嬌声と陽への愛の言葉を発した。


 本当は恥ずかしいことのはずなのに、今は求められている様な気がして――


 光莉ちゃんが何をしているのか気付いて益々熱が籠もる。もう我慢なんて出来なかった。

 

(光莉ちゃん、もっと見て。陽がもっと求めてくれる様に――)


(光莉ちゃん、もっと見て。そして、こちらにおいで)


 地獄(こちら)側へ――

 陽に愛される場所へ――


拙作を読んでいただき、ありがとうございます。

前話の後書きに記載の通り、ここで一旦休載にさせていただきます。

機会があれば、この続きも投稿できればと思っています。


よろしければ、下の【☆☆☆☆☆】を【★★★★★】にして『ポイント評価』をお願いします。

作者の今後の執筆の励みになります。

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― 新着の感想 ―
こんくらいキャラがイカれてる話は好きです。続き待ってます
タイトルからは外れるんだが、つくづく主人公君の周囲の女性陣ろくでも無いんだし(この物語、冤罪そもそも晴れるのかな?)、この連中から離れた方が本当は主人公君良いんだろうが。(まだ第一陣と言える幼馴染にし…
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