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23.変わる関係


 雪希達が仕掛けた冤罪事件から一週間、周囲の様子は様変わりした。


 まず、謂れのない罪を着せ私刑を行ったこの学校の校長は公開謝罪を行うこととなった。

 もっとも、お上からの命令に従った形ばかりの謝罪で、「犯罪者(一度の失敗)は他の犯罪(失敗)の責任も負う」と理解不能な説教付きだったが。

 しかし、校長が頭を下げたという事実は衝撃的な出来事として学校中に広まった。


 また、生徒間での彼への扱いも変わった。

 事件前まで、陽は品行方正で通っていた。また、クラスメイトや校内の多くの人間が彼にお世話になっていた。

 にも関わらず、掌返しで彼をイジメることが出来たのは陽が犯罪者のレッテルを貼られていたからだった。

 しかし、その一つが醜悪な冤罪であったことが露見したのだ。


 陽へのイジメも認定された今、その罪から逃れようと、クラスメイトはこぞって彼との関係改善を望み久しぶりに声をかけた。


 しかし――


「東雲く……えっ?」

「よかったじゃねぇか、無駄かもしれないが罪が一つチャラに……うっ……」

「あっ……」


 陽に目を向けた全ての者が強烈な憎悪の視線に晒された。


 そして、それは――


《恐怖せよ》


 途端、彼等は肌を粟立てる。

 その怯えは捕食者に睨まれた哀れな草食動物であって――彼等はいつまでも抜けない恐怖に(さいな)まれ、遂には嘔吐する者まで現れた。


――我々はよからぬ者に(たぶら)かされたのではないか。

――我々はとんでもないモノに因縁を付けてしまったのではないか。


 今まで築いてきた己の正当性が瓦解し、見過ごしてきた本当の悪事や己が犯した咎に心が蝕まれる。

 まともな気持ちではいられない。その瞬間から、彼等は陽の前では俯くだけの存在へと変貌した。


「僕の視線に気をつけなきゃ駄目じゃないか。じゃないと、人生終わっちゃうよ、くくく――」


 陽と視線を交わした者が増えるにつれ、学校全体がナーバスな雰囲気に包まれていった。クラスメイトは笑顔を失い、やがて陽が通ると同級生のみならず上級生も下級生も会話をやめて黙る様になった。


 彼の周囲は沈黙に包まれた。



 陽への加害が薄れる一方で、停学明けの雪希は同級生達から後ろ指を指された。


 停学明けの朝、雪希は校門をくぐる前からヒソヒソと噂する声と刺すような視線を受けた。


 そして、教室では――


 彼女の心を折ろうとして――規制が掛かるような汚い言葉の落書きと共に花を生けた花瓶が彼女の机の上に置かれていた。

 雪希は視線を巡らすが、誰も視線を合わせようとしない。いち早く停学から明けた由香と沙織だけがこちらを見てクスクスと笑っていた。


 結局、冤罪事件は雪希が主犯と処され、処分も一番重かったのだが――


(彼女達としてはもっと厳しく罰されてほしかったんだろう。でも、足りなくて不満で、代わりに罰してやってるつもり? だけど――)


 雪希はもう一度周囲に視線を巡らすと、花瓶を拾い上げて彼女達の元へとそれを運んだ。

 そして、花瓶を由香に、花束を沙織の机の上に置いた。その分別は彼女達が各々用意したものだった。


 ギョッとする二人。


「嫌がらせが古典的過ぎ。落書きを消して謝るなら許してあげる」

「な、何を根拠にっ!!」

「いつもみたいに言い掛かりをして! だから皆から嫌われるのよ! この片言女ッ!!」


(私って嫌われてるんだ……ふふふ)


 背筋にぞわりとしたモノが走り、思わず嬌声をあげそうになる。

 しかし、ここで無駄な色気を振り撒くわけにはいかない。雪希は無表情を貫いた。


「ひどいよね! 皆もそう思うよねっ!?」

「「…………」」


 由香の投げかけは誰も受け取らなかった。先ほどまで小声で雑談していた者まで顔を俯けて、場は静まり返った。

 SNS上では空気を読んで雪希の悪口に賛同していたとしても、リアルなこの教室で雪希の悪口を言うことはしない。誰も由香達に加担しなかった。


 繰り返すがこの教室は今、非常にナーバスなのだ。率先してトラブルに関わる者はいない。「面倒事に巻き込まないでほしい」「空気を読んでほしい」というのが彼等の紛うことなき本音だった。


「「なによっ! 皆だって、グループチャットではあんなに雪希の悪口を言ってたくせに!!」」

(よくもまぁ……こんな長い一文をハモらせられたものだ)


 素直に感心するが、その道化を許してやろうという気持ちにはならない。


「それで、自分達のやらかしを認めるの?認めないの? 認めないなら――この場で監視カメラを確認することになるけど」


 それは先の事件で公平であるべき教師の塚田が証拠の隠蔽を図ったことから、この学校に強制された新ルールだった。

 なお、罪が発覚した時の処罰は自白時よりも相当重い。退学だってあり得る。


「貴方のそんな出鱈目、先生達が聞く訳ないでしょう!?」

「そう? 拒否権は一切認められないと聞いたけど」

「「うぅっ……」」

「貴女達も懲りない」


「また私達を嵌めるの!?」

「私達をイジメて楽しい!?」

「え? これのどこがイジメ?」


 なんと自分勝手な物言いだろうか。

 雪希は明白(あからさま)なため息を吐いた。


 由香達にトドメを刺したい程の憎悪がある訳では無いが、降りかかる火の粉は確実に払わなければならない。雪希は間もなくホームルームに来る担任にカメラ映像の確認を求めることにした。


 しかし――


「どうしたんだ!?」

「……また、面倒な人間がやってきた」


 雪希は思わず独りごちた。

 隣のクラスから堂島が雪希達の教室に闖入してきたのだ。


 思わず雪希の眉が引きつる。しかし、それ以上の悪態をつくことはなかった。今の彼女は『人形』だ。


 堂島は柔和な笑顔を雪希達に向けた。


「言い合うような声が聞こえたから心配で来たんだけど、まさか雪希達が言い合ってるとは……仲良しな君達がどうしたんだ?」


「また、雪希ちゃんが私達のせいにするの!」

「今回のことだって雪希ちゃんのことを私達が庇っているのに! ひどいっ!!」


 由香がいち早く自身の正当性を言い訳し、続いて沙織がいかに自分達が友達思いかを宣った。


「雪希、本当か? 彼女達はいつも友達の君に優しく思い遣りがあるのに……雪希らしくない。どうしたんだ?」

「優しく?思い遣り? 振り回してるの言い間違いでは?」


 正直、堂島なんかにジャッジしてほしくはない。

 しかし、黙っていれば堂島と由香達が徒党を組んで詰め寄ってくるので、雪希は言い返すことにした。


「私は彼女達が私の死を願って置いた花瓶をお返しして落書きを消すことを求めて、自らの加害を認めないならに新ルールに則ってカメラの録画を確認すると言っただけ」


「そ、そんな事で怒ってるのか?」

「そんな事と言う? そう……そう……そうかもしれない。今の私はセンシティブ。嫌がらせのうえ謝罪しないヤツには対抗措置が必要。だから、反撃する。遠慮しない」


「ゆ、雪希。待つんだ」

「ついでに言うと、誰が誰と使ったのか分からない◯ン◯ームを机の中に入れるのも本当にやめてほしい。堂島君、心当たりない? さぞや甘ったるい睦み合いをしたのか、女癖が悪い男の臭いがして臭いんだけど」


 堂島は雪希の底知れぬ圧に圧倒される。

 言い返せない堂島は顔を赤くして、しかし数瞬後には己の顔に笑みを上塗りした。本人としては爽やかな笑みを浮かべたつもりかもしれないが、雪希にとってはもはや軽率かつ陰湿な笑みにしか見えなかった。


「こ、◯ン◯ーム? 何だそれは? 雪希は確かにセンシティブになっているらしい。停学明けで不安かもしれないが心配しなくても大丈夫だぞ。彼氏の俺が雪希のことを守るから」


 そう言いながら、堂島は強引に雪希を抱きしめた。


《落ち着け》


 囁くその言葉に従い、雪希は強張らせていた肩の力を脱力させる。

 

「俺って、犯人探しをする様なこの新ルールが嫌いなのな。雪希だって、人のせいにしたり疑心暗鬼になるのは嫌だろう? 由香達だって皆だってそうだろう?」

「堂島君……」

「さすが堂島君。感動……」


 己の悪事の暴露を堂島に救われた由香達はすっかりホの字だ。


「今日は俺に免じて、これでノーサイドといこうや」


 それは各々の心に直接訴えかけるような響く声――耳にした者はその言葉に従わなければならない気になって――


「なっ、皆もそう思うだろう?」


 堂島は満面の笑顔を振りまいた。


 そして、今日の騒動は堂島の活躍により一件落着した。


 表向きは――



 この時、堂島はクラスの様子を見ていなかった。

 声の異能で聞く者を盲信させることができる彼の発言は絶対で、彼自身が周囲を気遣う必要がなかったから、見ていなかったのだが――


 だから、堂島は気付かなかった。

 クラスの様子は明らかにいつもと異なっていることを。

 そこにいる者達は誰も彼等を好意的に見てはおらず、むしろ、嫌悪の空気を発している者さえいたことを。


 だから、堂島は気付かなかった。

 天敵であるはずの陽が彼の死角から己の隙を伺っていることを。

 己が今、いかに隙だらけであるかを。


 だから、堂島は気付かなかった。

 先の事件でも結局は堂島は関係者から除外され唯一お咎めがなかった。彼は追い詰められつつも最大の危機を逃げおおせることが出来たのだ。

 しかし、実はそれすらも陽の掌の中だった。


 だから、堂島は気付かなかった。

 既に、己が地獄に至る沼に嵌まっていることを。

 己が見たい世界しか見上げる事が出来ない愚者であることを――




 新たなメッセージの着信バイブが鳴り、雪希は堂島の腕の隙間から陽に視線を送った。


 雪希が由香達の仕業であることの確信を得たのは陽からメッセージがあったからだった。

 また、今この瞬間も堂島に抱かれるまま棒立ちしているのも陽からの指示だった。


(ありがとう。陽……)


 雪希は心の中で感謝を述べた。

 ちなみに、実際の感謝の言葉と気持ちを表すご奉仕は後でねっとり行う予定だ。

 元からの偏愛に加え陽の異能で心を完全掌握された雪希は、『人形(ラブドール)』になれたことに誇りを持ち服従に対するこの上ない幸せを感じていた。


 流し目で見る陽はとても格好よく見える。

 堂島の首を噛み切ろうと虎視眈々と狙う獰猛さに男らしさを覚え下腹部の疼きを意識する。雪希はそのまま自分も貪って欲しいと思った。


 (早く陽に抱きしめられたい……というか、堂島は早く離れろ)


 雪希は陽に向ける眼差しを一層甘ったるく熱の籠もったものにするのだった。


拙作を読んでいただき、ありがとうございます。

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作者の今後の執筆の励みになります。

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