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21.親友の悪巧み


 そこはマンションの一室――


――チョキチョキチョキ……


 ハサミが交差する音が鳴り響く。

 陽にこの部屋に連れられた後、雪希は大きな姿見の前に座って己が散髪される様を恍惚として眺めていた。


 ハサミが通る度に自傷でアンバランスになった髪が整っていく。また、雪希の凛とした姿は柔和な雰囲気のものへと変わっていった。


(陽はこんな髪型が好き? やっぱり可愛い系がタイプだった。とすれば、今日着ていた服も正解だった?)


 雪希はズタボロとなった衣服の代わりに陽のTシャツを一枚被っていた。

 ちなみにズボンは履いていない。雪希はそれを断った。お陰で彼女のすべやかな太腿を限界まで顕にした何とも煽情的な姿となっていた。


(彼氏の服を着て喜ぶ彼女♡)


 見た目すらも思うままにイメチェンされて――それはさながら『着せ替え人形』だった。


 髪を切り終え、雪希は鏡に映る己の姿に息を呑んだ。


(ボブ? いや、ロブ(ロングボブ)?)


 雪希が切ってしまった髪の長さに合わせて鎖骨辺りで切り揃えられていた。更に毛先に細工がされているのか外向きにハネていた。

 ファッション雑誌のモデルを見ている気がして、これが自分かと疑う程に様変わりしていた。垢抜けた感じであざとい程に可愛さも引き立ってまさに理想の自分だ。

 今までは髪は長さと艶やかさが女性の象徴だと思っていた雪希には衝撃的で、彼女は思わず感嘆の吐息を洩らした。


「陽は本当に凄い。ありがとう」

「どういたしまして」

「陽は美容師のセンスもある。多才」

「お褒めいただき光栄だね。ところで、なんで乗っかってくるの?」


 流れる様に己の股の上に跨る雪希に思わず突っ込む陽。


「私は『人形』、『抱き人形(ラブドール)』。感謝も賞賛も愛情表現で示す必要がある」

「これが雪希の愛情表現? 過剰じゃない?」

「そんなことない。まだまだ序の口。陽だって嬉しいくせに。ほら、上は下着もないから――」


――むにっ♡


「柔らかさがダイレクトに伝わって嬉しい?」


「……そんなことはないよ」

「嘘つき♡」


 たわわな双丘にしっとりとした太腿――女性の柔らかさを全身で味わえて、陽の下半身はさぞやご満悦だろう。

 雪希は目を細めて頬ずりした。


「ふふふ、覚悟して。これからはもっと過激に……今、気付いた」

「何に気付いたのかな? 嫌な予感がするんだけど……」


「『お人形』の行き着く先は『お嫁さん』」

「えぇ……?」


 陽は口をあんぐり開けて怪訝な表情を浮かべた。


「ぷっ」


 雪希は我慢できず吹き出した。


「ごめん。笑ったことを謝る。あと、大好き」

「ついでのように『好き』と言われてもね」


 ふて腐れてそっぽを向く陽は可愛かった。


 しかし、次の瞬間には陽は真顔に戻っていた。


「それよりも、雪希は僕に言わなければならない話があるんじゃない?」

「ある。陽に話していないこと、話したいこと――」


 雪希は彼の足元に正座した。



  * * * * *



「先日の堂島達が犯した陽への暴行を通報した」


 陽達が通う高校では、学内トラブルにおいて校内だけでなく系列大学の事務局にも通報窓口が設置されていた。普段は利用されないその存在を知った雪希はその窓口に堂島達の悪行を滔々(とうとう)と訴えたのだ。


「陽に預けることになっていた一件なのに、勝手な事をしてごめんなさい」


 雪希は頭を下げた。


「勝手なのは今更だから気にしない。でも、敢えて見当外れだと言わせてもらうよ。僕が求めるのは復讐だよ?」

「分かってる。だから、『関係者が処分されないならマスコミにリークする』と脅した」


 これで堂島達が処罰されれば、少しは彼の憎しみに報いる事ができるだろう。


「でも……」

「まともに相手されなかった?」


 頷く雪希は苦渋に満ちた表情を浮かべていた。


「現実はそう甘くない。子供の戯言など聞く気が無いと言うことだね」

「本当にマスコミにリークしてやる」


 雪希は呪詛の言葉を吐き捨てるが、陽は「余計な事をしないで」と彼女を(たしな)めた。


「雪希は『人形』。悔しがる必要はないよ」


 その言葉は蔑みか、それとも慰めか――


「お陰で仕込みは出来た」


 唐突な言葉にきょとんとする雪希。

 にたりと笑う陽。


「利用させてもらったよ。その内部通報――」


 そう言うと、陽はノートパソコンで一通のメールを雪希に見せた。それは内部通報に基づき高校に監査を入れることを確約する理事長からのメールだった。

 メールには彼等が録画した動画が添付されており、それを再生すると――


「これは、陽が襲われた時の……」


 陽からの視点なのだろう。

 偉そうに正義を語る堂島と目を血走らせて襲いかかる取り巻き達――彼等の顔もその悪事も全てが克明に映されていた。

 陽はあの時、学園における一番の権力者に堂島達の悪行を実況中継していたのだ。


 映像は取り巻きの一人に蹴りつけられた所で中断する。隠しカメラがそこで壊れたためだが、集団暴行の証拠としてはそれで十分だった。


「雪希の内部通報は重要事件として取り上げられる。お上からのその伝達への対応協議で、学校はてんやわんやになるだろうね」

「どうやって理事長と……どうやって私の行動を……?」

「それも今更だね。雪希は僕がどういう存在かを知っているだろう?」


 これこそ陽の凄まじさなのだろう。

 守る者がいなければ負けはない。全ては陽の掌の上での出来事だった。


 雪希は身震いをした。

 しかし、雪希はハッと気付く。


「堂島はまだ直接手をあげていない。取り巻きの暴行を止めなかっただけ……それだと大した痛手にならない?」

「この動画だけでは堂島がリンチを主導したと断定できないかもね。件の理事おじさん(パトロン)もいるし、堂島の関与が認められても精々が反省文止まりかな。そして、その後は元通り」


「それじゃあ、意味がない」

「それに、今回の事件で断罪されるべき奴等は他にもいる」


「この事件を密室で終わらせちゃいけない?」

「僕()はもっと騒ぎを大きくしなくちゃならないね」


「トイレ盗撮が冤罪だったと誰も疑えないくらい?」

「世間から学校そのものに疑念を抱かせるくらいね」


 今からしようとしていることは後ろ暗い復讐だ。

 しかし、雪希は話しているうちに壮大な悪戯を企んでいる気分になってきて――


「陽は自信たっぷり」

「仕込みは出来た、と言ったよ」


 陽にはまだ(・・)あるのだ。


 雪希は息を呑み――


「陽はやっぱり凄い……」

(そして、凄まじい憎悪……)


 彼は一人残らず地獄に叩き落とすつもりだった。


「その舞台が監査……事件を起こして奴等の悪事を炙り出す……」

「そうだね。堂島には満を持して事件を起こしてもらおうじゃないか」

「何をしたらいい? 命令、カモン」


 堂島にトリガーを引かせるのは雪希だ。

 その為に雪希は陽の『人形』になったのだ。

 もはや躊躇いは一切ない。雪希はどんな悪事でも果たすつもりだった。


 陽は雪希の気概に満足し微笑んだ。


――それじゃあ……


「『藁人形』になってくれないか。あいつ等ごと雪希に復讐するからさ」


 陽は歪に口角を上げて嗤った。



  * * * * *



「雪希から迫れば、堂島は異能を使ってでも雪希を堕としにかかるだろう。それに、性格の悪い堂島のことだ。雪希堕としを成功したら、今度は雪希を利用して僕を貶めようとするだろうね。しかも、同じ罠を使って――」

「また、盗撮の冤罪を仕掛けてくる?」


 陽は首肯した。


「だから、堂島のその作戦の通り事件を起こしてやるんだ。雪希には堕ちたふりをしてその作戦に加担してほしい」

「もう一度、私が盗撮の冤罪を仕掛ける?」

「そうだね。先程も言った通り、君は『藁人形』になってもらう」


「私、堂島の異能に対抗できる? 絶対に陽を裏切りたくない……」


 陽は不安を述べる雪希の頭をぽんぽんと優しく叩いた。


「大丈夫。その心配はしなくていい」

「陽……」


「だって――」


――だって……


元から(・・・)僕は雪希を信用なんてしていないから」


 陽は憎悪を滔々(とうとう)と語る。


「そもそも、なぜ僕がべらべらと作戦を打ち明けたと思う? それは雪希は既に僕の支配下にあるからさ」


「初めから君の覚悟なんて期待していない。僕は僕の異能を信じているだけさ。ぽっと出の堂島なんかに異能の力で負ける訳が無い」


「自分で気付いてる? 不安を口にしておきながら、今、雪希は嬉しそうだ」


 雪希が己の頬に手を当ててみると、彼女の頬は確かに緩んでいた。


「酷いことを言われてるのに何故だと思う? それは何をしても愛情を感じる様に、僕は君をラブドールとして支配したからだよ」


「君は僕のことを愛していると言った。だから、その言葉通り君の偏愛で君自身を縛り付けてやったよ」


「愛している――今、雪希はそう思っているんだろう。でも、実際のところはどうなんだろうね」


「僕はこれからも君を貶める。そんなことをされて嬉しい訳が無い。怖いに違いないし、怒りも憎しみも湧いてくるだろう。愛し続けるのは不可能だ」


「でも、僕の異能に縛られた君はこれからも喜んで僕の復讐を受け入れなくちゃならない。君の本心は無視されて、僕を愛し続けなくちゃならない」


「やがてこの異能の支配も解ける。その時、心の支配の反動は一気にやってくる。その時、僕に対する愛が偽りだったと気付くだろう」


「断言するよ。君に残るのは憎悪と絶望だけだ」


「だから言ったでしょう? 君にも復讐すると――」


 陽は歪に口角をあげて雪希に醜悪な笑みを向けた。


「まずは大事なお友達を失ってもらって――「陽の方が大事」……」


「周囲からの信頼だって――「私は陽が大事」……」


 雪希は再び陽の言葉に被せを入れた。


「私が友達を大事にしていたのは、陽がわたしの親友だと言ってくれたから。私の拠り所になってくれると言ってくれたから。その過去は例え陽であっても否定できない」

「……」


「陽が一番大事。友達のせいで陽を失うなら、友達なんていらない。周囲の信用なんてもっとどうだっていい」


 それは心を支配されてようとされていまいと変わらない、揺るぎない雪希の本心だった。


「陽と繋がれるなら何もいらない。どれだけでも堕ちていける」


 雪希は陽の強張る頬に触れて――


「待ってて。陽の所まで、ちゃんと堕ちるから――」


 彼女の温もりを想いと共に陽に伝えた。


拙作を読んでいただき、ありがとうございます。

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作者の今後の執筆の励みになります。

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