表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

225/242

第225話「『武術大会』の目的と、『契約』解除について考えてみた」

 とりあえず僕たちはタナカ=コーガを倉庫街の(かげ)へと連れて行った。


『武術大会』についての話が聞きたかったからだ。


 でも、その前に──


「二度と僕の仲間を攻撃するな」


 僕は、タナカ=コーガを見据(みす)えて、言った。


「お前は二度、僕の仲間を攻撃してる。一度目はお前が『貴族ギルド』の配下だった時。今回が二度目だ。こっちには戦う気はないってのに」


「……ぐぬ」


 タナカ=コーガは地面に座り込んで、こっちをにらんでる。


 こいつの仲間はもういない。


 後から来たアイネが、チートスキル『記憶一掃』で、僕たちに関する記憶を消してくれた。


 アイネは今、追加の敵がこないか見張ってくれてる。


「あのさぁ、タナカ。そもそも勇者が3倍の人数で戦う気のない相手を攻撃って……ありえないだろ。それが自称勇者のすることなのかよ」


「……ナギ」「……ナギさん」「……あるじどの」


 リタとレティシアとカトラスが、後ろで心配そうにつぶやいてる。


 僕もいい加減に腹が立ってきてるんだ。


 普通にリタとレティシアを迎えに来たら、いきなり戦闘になってるんだもんな。


 しかも、タナカ=コーガは『武術大会の練習』とか言ってたらしい。


 リタもレティシアも、『武術大会』になんか興味がないって説明したのに。


「……記憶を消しても、タナカ=コーガは……同じことをしそうだな」


 タナカに聞こえないように、僕は小さくつぶやいた。


 それから、僕はタナカの方を見て、


「お前が知らないところで勇者をやるのは構わない。僕はただ、戦う気がない相手を攻撃するなと言ってるんだ」


「……あ、ああ」


 後ろ手に縛られたタナカ=コーガは、がっくりとうなだれた。


「も、もう二度とお前の仲間には手を出さない。『契約(コントラクト)』してもいい……」


「わかった。それと『武術大会』について聞きたいことがある。お前がそれにこだわってる理由も。お前は貴族にも認められて、勇者をやってるんだろ? 今さら成果を上げる必要なんかないだろう?」


「あ、ああ……その話か」


 タナカ=コーガは怯えているのか、肩を震わせながら、


「『武術大会』をするのは、勇者が増えすぎて……差別化しなきゃならねぇからだ」


「「「「勇者が増えすぎた?」」」」


 僕とリタ、レティシア、カトラスのセリフがハモった。


 勇者が増えすぎた……って、もしかして……。


「世間に勇者があふれたせいで、勇者デフレを起こしてるのか?」


「なんだそりゃ?」


「勇者がひとりかふたりなら価値はあるけど、10人も20人も勇者がいたら、勇者ひとりあたりの価値は下がるだろ。そういうことだよ」


「そうそう。そんな感じだ」


 タナカ=コーガはうなずいた。


「強力なスキルを持ってるだけで『勇者』って名乗る連中が増えてきたからなぁ。だから勇者を、新たにランク付けする必要が出てきたんだよ。上位の勇者は正式な『公式勇者』として認められる、ってことだ」


「冒険者ギルドのランク付けみたいなものか」


「そうだな。勇者はギルドを管理する人間や、上位ランカーの冒険者よりも強い。だからランク付けは公式に、王や貴族に決めてもらうしかないのさ。そのための『武術大会』だ」


 一息に語り終えてから、僕を見て、またタナカ=コーガは肩を落とした。


 もう、本気で僕たちをこわがってるみたいだ。


 でも……事情はわかった。


 これまで、貴族はチートスキル持ちを『勇者』として扱ってきた。ほとんどの『来訪者』が、勇者として名乗りを上げてるのはそのせいだ。


 だけど、そのせいで勇者が増えすぎて、『勇者』の称号に意味がなくなってきた。


 だから王家や貴族が『公式に認めた勇者』を認定することにした、ってことらしい。


「質問がありますわ」


 ふと、レティシアが僕の方を見た。


「さっき聞きましたけど、イルガファでは『対魔王ポーション』を飲んだ『鉄砲玉勇者(てっぽうだまゆうしゃ)』がいますのよね? 公式勇者を決めるだけなら、そんなものを作り出す必要はないのでは?」


「……『鉄砲玉勇者』を作り出す理由か」


 僕は額を押さえた。


 ……理由は、なんとなくわかる。わかる自分が嫌なんだけど。


「誰が『勇者』かを決めるためには、勇者じゃない(・・・・・・)『偽物の自称勇者』が必要になるからじゃないか?」


「「「「……あ」」」」


 リタ、レティシア、カトラス。ついでにタナカ=コーガまで、なにかに気づいたように目を見開いてる。


 僕は続ける。


「勇者が全員『チートスキル』持ちなら、能力で勇者を決めるわけにはいかない。だから比較対象として『暴走する駄目な、自称勇者』が必要なんだと思う。そうすることで『公式に認められた立派な勇者』を引き立たせる、ってことじゃないのかな……」


 その『暴走する駄目な自称勇者』だって、作り出されたものなんだけどさ。


 タチ悪いな。本当に。


「……お前、すげぇな」


 タナカ=コーガは感心したように、僕を見てる。


 (しば)られてるのも忘れたように、何度もうなずいてる。


「なるほど……『勇者』を決めるためには『偽物の自称勇者』が必要……か。なにかこう、パズルのピースが、ぴたりとはまった感じがするぜ」


「それがわかったなら、あんたはもう、勇者は辞めたらどうかな」


 僕は言った。


「『武術大会』の裏事情はわかってるんだろ? でも、そんな出来レースで勇者認定されてもしょうがないんじゃないか?」


「だ、だけど……『公式勇者』に……」


「『公式勇者』に任命されたあとに来るのは、たぶん『公式勇者』のままでいたければ命令を聞け、と言われる未来だと思うぞ。この世界の貴族は、ずっとそういうやり方で来たんだから」


 僕が言うと、タナカ=コーガは目を見開いた。思い当たる節がありそうだ。


 でも、タナカは長いため息をついて、


「……悪ぃな。武術大会で3位になるのも『契約』のうちでな」


「『契約』?」


「ああ。俺は準決勝で『北の町ハーミルト』のゲルヴィス伯爵に敗れる。そういう『契約』で、この剣と鎧をもらったんだ。今さら後には引けねえんだよ」


「鎧と剣を返したら?」


「ああん?」


「だから、『契約』の条件が『鎧と剣をもらうこと』なら、それを返せば、あんたは『契約』に縛られなくなるんじゃないか?」


「いや、それは駄目だ。大会の主催者は観客への見栄えも考えて、この装備をくれたんだ。貧相(ひんそう)な装備でゲルヴィス伯爵と戦ったら、イベントの価値が下がるってな。装備を返したりしたら、向こうに迷惑がかかるじゃねぇか」


「なるほど……」


 大会の主催者は伯爵と戦うときに見栄えがするように、タナカ=コーガにド派手な剣と鎧を与えた。


 その代償としてタナカ=コーガは準決勝で敗れると『契約』した。


 剣と鎧を返したら大会の主催者が困る……って、あれ?


「剣と鎧をくれたのって主催者の都合だよな。なんで『契約』する必要があったんだ?」


「だから! 俺があの剣と鎧を装備しなかったら、準決勝が地味になるだろうが! だから俺は『契約』して、決勝戦を盛り上げようと──」


「盛り上がったらタナカに、なにかいいことがあるのか?」


「……いや、優勝するのは伯爵さまだからな」


「剣と鎧は、お前の物になるの?」


「……いや、俺が敗れたあと『この装備にふさわしいのは伯爵さまです』といって、献上することになってるな」


「その条件なら、『契約』なんてする理由はないんじゃないか? どう考えてもメリットが少なすぎだろ……?」


 僕は言った。


 振り返ると、リタとレティシアと、カトラスがうなずいてた。


 みんなにも、この『契約』の不自然さがわかったみたいだ。


 タナカ=コーガの『契約』は「すごい装備を武術大会まで自由にできる代わりに、準決勝で伯爵に敗れる」だ。


 でも、鎧と剣をくれたのが主催者側の都合なら、別に『契約(コントラクト)』する必要はない。普通に「これを使って戦ってくださいね」って渡せばいいだけなんだから。


 おまけに、準決勝までの間に敗れたら、契約違反で破滅するというおまけつきだ。どう考えても割に合わない。


 もしかしてタナカ=コーガ……だまされてるのか?


「……あのさ、タナカ=コーガ」


「なんだよ」


「お前、必要のない『契約』してると思うよ。今すぐ剣と鎧を返して逃げたら……?」


 僕の言葉に、タナカ=コーガは、しばらく考え込んでしまった。


 それから、たっぷり数分後──


「……お前の言う通りかもしれねぇ」


 タナカ=コーガはうなずいた。


「すごいな、お前。さすが俺と同じ──から来た奴だ。その通りにすると約束する。『お前たちとは二度と敵対しない』と『契約(コントラクト)』もするぜ」


「もうふたつ、条件を付け加えてくれ」


 僕は指をふたつ立てて、言った。


 タナカ=コーガは、リタとレティシアを集団で攻撃しようとした。戦ってもふたりが勝ったとは思うけど──でも、前みたいに、ただ解放するのは危険すぎる。


「まずは『お前は、僕たちのことは誰にも話さない』」


「わ、わかった。その通りにする」


「もうひとつ。『勇者を()めて、その後は王家や貴族とは関わらない』──だ」


「──それは」


 タナカ=コーガの顔が青ざめた。


 こいつは勇者願望が強すぎるせいで、貴族に利用されていた。ずっと。


『契約の神さま』が定めた『契約』が人の欲望を制限するためのものなら、タナカ=コーガはここで止めるべきだろ。


「…………わかった。俺は、勇者を辞めて……貴族と関わるのも、やめる」


 しばらくして、タナカ=コーガは、そう言って『契約のメダリオン』を取り出した。


 その後、僕とタナカ=コーガは『契約』を交わした。


 ほんとは、タナカは武器と防具を奪って放り出すつもりだった。でも、それだとあいつは貴族に利用され続けて、暴走を続けるかもしれない。


『契約』した以上、僕たちはいつでも、あいつを止めることができる。それでいいと思ったんだ。


 もうひとつ──説得している間に、僕の中で覚醒(かくせい)したスキルがあったからね。今は、そっちの方が気になってた──ってのもある。




『「契約(コントラクト)」解除LV1』


「『契約』」の「解除方法」を「教える」スキル




 このスキルが、タナカ=コーガに「契約解除の方法」を教えてる間に覚醒(かくせい)したんだ。


 覚醒した理由は、なんとなくわかる。


 今まで僕は『契約』を、解除前提で使ってた。


 ラフィリアの「不幸スキル」を解除するときも、ほんとはすぐに奴隷(どれい)から解放するつもりだったし、レティシアが「スキル汚染スキル」に侵食されたときも、彼女と一時的に「契約」して、汚染スキルを除去した。


 そして今回、タナカ=コーガの契約の不備を指摘して、解除方法を教えた。


 そういうことを積み重ねた結果、このスキルが覚醒したらしい。


「でも……このスキルは……やばいな」


契約(コントラクト)』は、その世界の根っこに関わるものだ。


 それを解除する方法を教えるスキル──それをチートスキルにしてしまったら──


 もしかしたら、この世界のブラックを作り出している相手にも、対抗できるかもしれない。




 でも、それはまだ、後の話だ。


 僕たちはタナカ=コーガを解放して、別の場所に移動して、それから──




「ナギ──っ! やっと会えたぁ」


 リタが、こらえきれなくなったように、僕に抱きついてきた。


「えへ、えへへぇ。ナギのにおいだぁ。久しぶり」


「ちょ、リタ?」


「……なでなで」


 リタの獣耳が、ぴこぴこ動いてる。


「ご主人様の忠実な奴隷であるリタ=メルフェウスは『なでなで成分』が不足しています」


「……こう?」


 僕はリタの獣耳に、指をはわせた。


 久しぶりの感触だった。やわらかくて、すごく手触りがいい。


 なんだか、いつまでもこうしていられそうだ。


「……ん。しあわせ……」


「……わたくしはなにも見ていませんわ」


「……ボクも、なにも見てないであります」


「……アイネは参考にさせてもらうの」


 レティシアとカトラスは後ろを向いて、アイネは僕たちをガン見してる。いいけど。


「そ、それでナギさん。合流したということは、皆さんでイルガファに戻りますの?」


「それなんだけど……実は、イルガファの領主さんから頼まれたことがあるんだ」


 正確には、今回の豪華(ごうか)ツアーのついでに、ってことで、僕とイリスが相談して、領主さんに提案したものだけど。


「実は領主さんから『商業都市メテカル 武術大会レポート』作成の依頼を受けたんだ」


「「レポート?」」


「向こうでも、ポーションを飲んだ『鉄砲玉勇者』とかが現れたからね。なにが起きてるのか、わかる範囲でいいから見てきてください、ってお願いされたんだよ」


 ただし、無理はしないように、ってことだった。


 レポートのうち、表に出せない部分はイルガファの資料にして、当たり障りのない部分は、『武術大会体験記』として販売するそうだ。売れれば僕たちにも多少の利益が入ってくる。


「リタとレティシアも、情報を得るのに苦労したからね。無駄にはできないよ」


 僕が言うと、リタとレティシアは、不敵な笑みを浮かべた。


「面白そうね。今回の『武術大会』イベントの事情と裏事情、まるごと調査してみましょ」


「情報は武器ですわ。わたくしたちの調査と、ナギさんの知恵で、この怪しいイベントを解体してしまいましょう」


 ──ふたりとも、調査を続ける気まんまんだ。


 みんなが本気になったら、レポートは表に出せない『秘匿文書(ひとくぶんしょ)』になりそうだ。うっかり町中に流出させたら『武術大会』そのものが吹っ飛ぶくらいの。


 もちろん、情報管理はちゃんとするつもりだ。


 だけど──うっかりってことは誰にでもあるからね。 


「じゃあ趣味と実益を兼ねて、色々調べてみよう。ここに来るのは多分──二度目はないかもしれないからね。ご近所の都市で、なにが起こっているのかについて」


「「「「りょーかい!!」」」」


 そんなわけで、『武術大会調査チーム』が発足したのだけど──


「その前に……アイネ、お願い」


「はいなの。発動! 『お姉ちゃんの宝箱』!」


 僕が合図すると、アイネは収納スキル『お姉ちゃんの宝箱』から、剣と盾を取り出した。


「レティシア向けに、聖女さまから剣と盾を預かってきたんだ。はい」


「わたくしに、ですの?」


「たぶん、レティシアは聖女さまのお気に入りなんじゃないかな?」


「……聖女デリリラさまが、わたくしに」


 レティシアは剣と盾を手に、びっくりしてる。


 それから、きっ、と顔を上げて、


「ならば、聖女さまのご期待に応えなければいけません。ナギさん、お願いがありますわ」


「……うん?」


「この剣と盾の効果を調べてみたいのです。付き合っていただけますか?」


「いいよ。だけど宿に戻って一休みしてからね」


「了解しましたわ」


 それから僕たちは、イリスの待つ宿に戻って、ひとやすみ。


 翌日、ゆっくりと、聖女さまのアイテムの効果を調べることになったのだった。




いつも「チート嫁」を読んでいただき、ありがとうございます!

(すいません。ちょっと間が空いてしまいました……)


9月9日にコミック版「チート嫁」の4巻が発売になります。

今回もカバー裏に書き下ろしSSを書いてますので、ぜひ、読んでみてください。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
新作、はじめました。

「弱者と呼ばれて帝国を追放されたら、マジックアイテム作り放題の「創造錬金術師(オーバーアルケミスト)」に覚醒しました 
−魔王のお抱え錬金術師として、領土を文明大国に進化させます−」

https://book1.adouzi.eu.org/n0597gj/

魔王の領土に追放された錬金術師の少年が
なんでも作れる『創造錬金術師(オーバー・アルケミスト)』に覚醒して、
異世界のアイテムで魔王領を大国にしていくお話です。
こちらも、よろしくお願いします。
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ