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第214話「伝説の遺跡の最奥で、魔王っぽいものとでくわした」

「この『大渓谷(だいけいこく)』の向こうに、『古代エルフ』の遺跡があるんですね」


「そうです」


 僕の問いに、ウリエラ=グレイスはうなずいた。


「そして、遺跡に誰かが入ることで、私は消える権利を手に入れるのです……」


「本当に自分が消えるつもりなんですか? ウリエラさん」


(ラフィリア)に会うことができましたから」


 ウリエラ=グレイスは、優しい顔で、笑った。


「妹を任せられるマスターさまにも出会えました。ラフィリアは……姉妹の中ではたぶん、一番の変わり者だと思いますけど、妹をよろしくお願いします。マスターさま」


「ふと思ったんですけど」


「……はい」


「せっかく使命から解放されるんだから、しばらくこの世界に残ってもいいんじゃないですか?」


 ウリエラ=グレイスは「誰かが古代エルフの都を開いたら、自分の使命は終わる」って言ってた。


 だったら、無理に消えなくてもいいんじゃないかな。


「いや、でも、私が存在するためには、子孫の身体を借りる必要があるわけで」


「僕の知り合いに、魂を入れられるゴーレム作りの名人がいるんです」


 これは、聖女デリリラさまのことだ。


 聖女さまはゴーレムに自分の魂を入れて飛び回ってるし、聖女さまが作ったやわらかゴーレムの『りとごん』には、シロの魂を入れることもできた。


 ウリエラさん用のゴーレムを作ることもできるんじゃないかな?


「で、でもでも。私が消えられるポイントは『古代エルフの都』だけなので……」


「『大渓谷』を越えられるように、ゴーレムに飛行能力をつけてもらいましょう。それなら、自分が消えるときを、自分で選べます。そのあたりは、聖女さまとの交渉次第ですけど」


 ウリエラさんも、死後ずっと使命に縛られてて、解放したら消滅ってのも気の毒だから。


 自分がどうするのかを、自分で選べるようにしてあげたいんだ。


「……その話は、保留にさせていただいても?」


 ウリエラ=グレイスは困ったような顔で、うなずいた。


「私はずっと消滅する気でいましたから、『これからも存在できるよー』と言われも、すぐに決断することは……」


「わかりました」


「でも、マスターさまの提案はうれしいです。私も、ラフィリアが夢を叶えるところを、見てみたいですから」


「そうですねー」


 ラフィリアの夢か。


 昨日の夜……色々と家族計画的な話もしちゃったんだよな……。


 セシルとアイネにも聞かれたから、ごまかしようもないし。


 もちろん、それがラフィリアの幸せなら、叶える。ご主人様だからね。


「じゃあ、みんな準備して。これからこの『大渓谷(だいけいこく)』を超えるよ」


「ちょっと待ってくださいマスターさま」


「どうかしましたか、ウリエラさん」


「一旦、町に戻るのではないのですか?」


「なんでですか?」


「え? 準備や道具は? 人員は?」


「いやだって、今から戻ると時間かかるし。王都方面に行ったリタとレティシアも心配だし、ちゃっちゃと越えようかと」


「今、この場で『大渓谷』を?」


「そうです」


「今までこの『大渓谷』を超えた人は、一人もいないのですよ!?」


「大変そうなことはその場で解決、が、僕たちのモットーなんで」


 対策はさっき思いついた。


 セシルに聞いたら「できます」って言ってたから、大丈夫だろ。


 人の世界と神話の世界を隔てる『大渓谷』


 今この場で、すぱっと乗り越えられるかどうか、やってみよう。


「それじゃ、全員集合!」


「わかりました!」「了解なの」「承知いたしました」「いきますよぅ」「準備するであります」


「……本当に大丈夫なのでしょうか」


 セシルを戦闘に、アイネ、イリス、ラフィリア、カトラス、そしてウリエラさんが寄り集まる。


「それじゃお願い。セシル」


「は、はい。『魔法属性変更エレメンタル・チェンジャー』は地に変更済みです。ナギさま……魔力をください」


「りょーかい」


 僕はセシルの胸に手を当てた。


 セシルの手には『真・聖杖(せいじょう)ノイエルート』がある。


 この杖は魔法を『圧縮・拡張』することができる。今回使うのは『ほどほど縮小』モードだ。


「それでは行きます。ほどほど圧縮古代語魔法──『石の壁(ストーン・ウォール)』!!」


 セシルの足元に、石の板が生まれた。


 幅は約3メートル。それがどんどん、伸びていく。




 真横に。長く長く。魔力で強化された『石の壁(ストーン・ウォール)』は、どこまでも伸びていく。






 そして、『大渓谷』を横断する、橋になった。






「お見事なの。セシルちゃん」「素晴らしいでしょう」「さすがなのですぅ」「真横に『石の壁(ストーン・ウォール)』を作るとは、ボクたちには考えつかない発想であります!」「え、えええええええええっ!?」


 みんながそれぞれに声をあげる。


 でもウリエラさんは驚きすぎ。セシルの集中が切れるといけないから静かにね。


 今回使用したのは『古代語魔法』の『石の壁(ストーン・ウォール)』だ。


 これは『炎の壁(フレイム・ウォール)』を『地』に変更したものだ。古代語で詠唱すると高さ・幅ともに十数メートルの石壁を作ることができる。


 今回はそれを『真・聖杖ノイエルート』でほどほどに圧縮して、幅3メートル、長さ数十メートルの石壁にした。でもって、普通は真上に伸びる壁を、真横に伸ばしてみた。つまり横幅を縮めた分だけ、長さを伸ばして強度を上げてみたんだ。


『大渓谷』の向こうまで届く、石橋を作るために。


「えー……ええええええええ」


 ウリエラさんは呆然としてる。


「こんな方法があるなんて。魔族でも、この大渓谷は渡れなかったというのに……」


「圧縮魔法は、うちの子のオリジナルですから」


 僕は胸を張った。


 やっぱりすごいよな、セシル。


 僕が思いついたことを、ちゃんと実現しちゃうんだから。


「あなたたちは、一体どれだけの力をお持ちなのですか……ラフィリアを使命から解放するだけではなく、世界を変えるほどの力を……?」


「世界のことはどうでもいいなぁ」


 僕は言った。


「僕たちは、気の合う人たちと、のんびり働かずに生きて行ければそれでいいんです。『古代エルフ遺跡』を探してたのも……みんなで生きていくのに使えそうなものを探すのがメインですし。まぁ、世界の秘密を知りたいってのも、ちょっぴりはありますけど」


「……本当はあなたたちのような方たちが、力を持つべきなのかもしれませんね」


 ウリエラさんは、ぽつり、とつぶやいた。


「お願いがあります」


「なんでしょう」


「もしも……『古代エルフ遺跡』に、私のような古いもの……力あるものがあったら、マスターさまが引き取ってくださいませんか?」


「僕が?」


「『古代エルフ』は長期的な、なにかの計画を練っていました。それに利用された者が、遺跡にはまだ、残っているかもしれません。あなた方なら、それを正しく使ってくれるでしょう……ですから」


「わかりました」


 そういうことなら。


 ウリエラさんみたいに、ずっと利用されてる存在がいたら、僕たちが引き取る。


 そうして、その人が自分のしたいようにできるように、なんとかしてみよう。


「……安心しました」


 ウリエラさんは、ほぅ、とため息をついた。


 それからしばらくして、僕たちは魔法で作った石橋をチェック。


 強度、安定性ともに大丈夫、って確認できたから、渡ることにした。


「さぁ、ナギさま。行きましょう!」


 セシルが僕の手を引っ張った。


「魔法の効果が切れるまでに向こうに渡らないと」


「ちょっと待って、一応、保険をかけておこう」


 僕は左腕につけた『天竜(シロ)の腕輪』に触れた。


「シロ、お願い。僕たちを重力から解放して」


『わかったかとー。発動「れびてーしょん」!』


 ふわり。


 僕の身体が浮き上がった。


『れびてーしょん』は浮き上がるだけのスキルだから、移動能力はない。


 だから、これはみんなが落ちそうになったとき、捕まるための保険だ。


「それじゃ、みんなで僕を押してくれる? あと、手に捕まるのを忘れないように」


「「「「「はーいっ!!」」」」」


 セシル、アイネ、イリス、ラフィリア、カトラスがそれぞれ、僕の手と足をつかんだ。


 橋を渡りながら、みんなで僕の身体を押していく。


 これで僕は谷の向こうに移動できるし、みんなが橋から足を滑らせたとしても落ちることはない。




 そうして、僕たちはあっさり『大渓谷』を渡りきったのだった。








 谷の向こうは、霧のかかった平原だった。


 それも歩いているうちに、10分で通り抜けた。


 その先にあったのは、巨木だった。




 城のように、大きな樹。


 そのまわりに家がある。でも、崩れかけのものばかりだ。


 ここが『古代エルフの都』なのか。




「封印は、解かれました」




 ウリエラ=グレイスは言った。




「私の使命は、ここまでですね」


「……ウリエラさん」「ウリエラねぇさまぁ」


「心配しなくても、私はまだ消えませんよ。ラフィリア」


 ウリエラさんはラフィリアの髪をなでた。


「マスターさまが選択肢(せんたくし)をくださいましたから。ここからは、私が自分の意思で選びます。ただ……いったん、子孫のライラに身体を返しますね」


「わかりました」


「あの子が同意したなら、マスターさまのおっしゃる『聖女さま』を訪ねてみることにいたします。あとは、あの子次第。子孫を自由にしてあげられるとは、私はなんて……幸せ者なのでしょう」


 そう言ってウリエラさんは目を閉じた。


「あなたは夢を叶えなさいな。ラフィリア」


 ウリエラさんは、また、ラフィリアの髪をなでた。


「マスターさまのために命を燃やし尽くしなさい。そうして、未来永劫(みらいえいごう)、マスターさまにお仕えするための『グレイス軍団』を作るのです」


「はいですぅ。そうなったら、子どもにウリエラ姉さまの名前をつけますよぅ!」


「ありがとう。そうなるために、マスターさまにご協力いただく約束は、もうしたのでしょう?」


「はいい。おうち帰ったらがんばるですぅ」


 ……うん。したね。そういう約束。


 でも、ラフィリアの計画が実行された場合、僕の身体は保つんだろうか……。


「マスターさまの奴隷の皆さまも、どうか、妹をよろしくお願いいたします」


 ウリエラ=グレイスは、みんなに向かって頭を下げた。


「変わり者の妹ですが、皆さまのお役に立てるように働くはずです。どうか、見守ってあげてください」


「ラフィリアさんは、わたしの大切なお仲間です!」


 セシルは笑って答えた。


「ラフィリアさんが夢を叶えるところも、ちゃんと見守るの」


 アイネは真剣な顔でうなずいた。


「師匠は、イリスの師匠でもあるのでしょう。色々な意味で師匠として、ご指導していただきましょう」


 イリスは、真っ赤な顔で言った。


「えっと……もうひとりのボク、フィーンが言っているであります。ラフィリアどのに色々教えていただきなさい、と。なので、ボクもラフィリアどのを支えるでありますよ」


 カトラスは何故か視線をさまよわせながら、答えた。


「僕にとっても、ラフィリアは大事な家族ですから」


 最後に、僕から、


「ずっと一緒にいることを約束します。ウリエラ=グレイスさん」


「……ありがとう……ございます」


 ウリエラさんの目が、ゆっくりと閉じていく。


「……最後に、思い出したことがあります……私の伝承記憶に……『古代エルフの都』についたら、大樹の根元を探すように……と。それが……鍵。そこに……滅びと再生の……」




 すぅ、と、ウリエラの言葉が、消えて──




「…………あ、あれ。ご先祖さまは……あれ?」


 ずっと眠っていたライラさんが目を覚ましたのだった。








 目覚めたライラさんは、ウリエラ=グレイスのことを覚えていた。


 彼女が子孫に『巡礼』をさせることで、怪しいギルドの支援をさせていたことも。


「……わ、私が『古代エルフレプリカ』の子孫だったとは」


「ですね。ここにいるラフィリアの親戚でもあります」


「……エルフさまの親戚」


 ライラさん、むちゃくちゃゆるんだ顔をしてる。


「じ、自分が伝説のエルフ……レプリカとはいえ『古代エルフ』の子孫だったなんて。意外。意外! い、意外すぎて受け止めきれない。ど、どうしたら……」


「ライラさんの中には、まだウリエラさんがいるんですよね?」


「は、はい。ご先祖さまが話していたことは覚えている。自分は『聖女さま』のところに行けばいいのだな」


「そうですね。聖女さまなら、事情を話せば協力してくれると思います」


「ならば! 行くしかあるまい!」


 ライラさんは空に向かって拳を突き上げた。


「だって、ご先祖さまの身体を作れば、うちは『古代エルフ』がいる村ということになるではないか! レプリカとはいえ、あ、あ、あ、あこがれの『古代エルフ』と一緒に暮らせるのだぞ! こんな素敵なことが……い、いけない。想像したら鼻血が……」


 ……ライラさん。絶好調みたいだ。


「僕たちはこれから遺跡の探索に行きます」


 僕は言った。


「ライラさんはどうしますか」


「い、いや。やめておく。まだちょっと……意識がはっきりしないし……それに」


 ライラさんは立ち上がろうとして、ぺたん、と尻もちをついた。


 ずっとウリエラに身体を貸してたせいか、うまく動けないみたいだ。


「……今、古代エルフの遺跡なんか見てしまったら、鼻血が止まらなくなり、頭もパンクしてしまうだろう。自分はここで休んでいる。みなさんで、探索してください」


「わかりました。それじゃアイネとカトラスは、ライラさんの護衛をお願い」


「わかったの」「いいでありますよ」


「念のため『大渓谷』の方から、誰か来ないか見張ってて。なにかあったら『意識共有(マインドリンケージ)・改』で教えてね」


「了解なの」


「みなさまはボクがお守りするであります。フィーンも手伝うでありますから」


 というわけで、ライラさんの護衛はアイネとカトラスとフィーンが。


 遺跡探索は僕とセシルとイリス、ラフィリアが担当することにした。


 めざすはウリエラさんが教えてくれた、大樹の根元だ。










「本当に誰もいませんね……」


 崩れた家を見ながら、セシルがぽつり、とつぶやいた。


 僕たちは『古代エルフの都』の大通りを歩いてる。


 土と木で作られた道路で、木の隙間から草が生えてきてる。それでも、2列縦隊で歩くくらいのスペースはあるみたいだ。


 まわりの家はすべて崩れ落ちてる。


 この都にあるのはすべて、木製の家だ。経年劣化(けいねんれっか)で壊れたんだろうな。


 家の中には家具があるだけ。魔導具なんかは見当たらない。


 そもそも、ここにはお墓もない。『古代エルフ』がどこに行ったかの手がかりもない。


 まるで、人だけがいなくなった廃墟のようだった。


「一定間隔で魔力を探ってますけど……やっぱりなにも感じません」


「なにも残ってないみたいだね」


「せっかくウリエラ姉さまが連れて来てくださったのに、ですぅ」


「『古代エルフ』の伝説は、イリスも聞いたことがありますが……本当になにもありませんね」


 話しながら僕たちは、大樹を目指して進んでる。


 人もいない。動物もいない。


 魔物の気配も、なにもない。


 ここは本当に時間が止まってしまったみたいだ。




 わからないことだらけだった。


 どうして『古代エルフ』は、ラフィリアやウリエラのようなレプリカを作ったのか。


 どうして『白いギルド』を支援していたのか。


 どうして……滅んだのか。




 ──どうして「魔王対策」なんかしてたのか。


 そのすべての答えが、この大樹の中にあるんだろうか。






 そんなことを考えながら、僕たちは遺跡の中心にたどりついた。






「……あれ?」




 遺跡の中央にある大樹の根元には、扉があった。


 それを開けて中に入ると……その奥は、からっぽの空間。




 ここは大樹をくりぬいて作った大部屋らしい。


 真上を見ると、空まで吹き抜けになっている。大樹の中はからっぽで、そこが大きな空間になっているらしい。


 大部屋の中には……玉座があった。


 背もたれにドクロの飾りがついた、仰々しい玉座だ。


 そこには、漆黒(しっこく)(よろい)が座っていた。


 (かぶと)には、2本の角が生えている。両肩にも、角のようなものがある。武器だろうか。


 胸のところには大きな結晶体がついていて、そこから血管のようなものが、全身に伸びている。


 鎧は全身すきまなく覆っている。中にいる人間は、まったく見えない。


 兜の面甲はきっちりと下ろされてる。目の部分に穴が空いてるけど、その奥にはなにもない。




 玉座の横には乗り物がある。


 馬車だろうか。4、5人は乗れそうな座席の左右に大きな車輪がついてる。馬をつなぐための器具もあるから、やっぱり馬車だろうな。


「……そこにいるのは、まさか、魔王?」


 はじめに思い浮かんだのはそれだった。


 目の前にある鎧は、いかにも魔王っぽい。


 つまり魔王が『古代エルフの都』に攻め込んで、『古代エルフ』を滅ぼした。


 そしてその後、古代エルフは魔王をここに封印し、長い長い時が流れて──


「……って、わけじゃなさそうだな」


「そうですね。ナギさま。この鎧、からっぽですから」


 僕の隣で、セシルが言った。


「イリスの見た感じだと、新品の(よろい)でしょう。着た跡さえございません」


「この馬車は『チャリオット』ですねぇ。戦闘に使うものですけど、やっぱり新品ですよぅ」


「「「「むむむ……」」」」


 僕とセシル、イリス、ラフィリアは頭を抱えた。


 古代エルフは「いずれ魔王が現れたときのための勇者の育成」をしていた。


 ウリエラ=グレイスがやってたのは、そのための支援だ。


 でも、ここには魔王っぽい鎧とチャリオットと玉座があるだけ。


「マスター、玉座のうしろに、なにか書いてありますよぅ」


「古代語でしょうか。わたし、読んでみますね。えっと」


 セシルとラフィリアが玉座の後ろにまわり、ゆっくりと文字を読んでいく。


「『時は来た。この地に魔王が降臨(こうりん)し、人々を新たな地へと導くであろう』です」


「……え?」








『時は来た』








 声がした。


 玉座に座っている鎧からだ。


「セシル! ラフィリア! そこから離れろ!!」


「はい!」「はいです、マスター!!」


「お兄ちゃんっ!!」


 セシルとラフィリアが戻って来る。イリスは隣で、僕の手を、ぎゅ、とつかんでる。


 ここには僕たちの他に、誰かがいる。


 まさか本当に魔王が?


 そいつが古代エルフを滅ぼして、この地に封印されていたとか──






『選ばれしものよ、我をまとって、この世界の魔王となるがいい!!』








「…………はい?」


『どうした。この場に来たということは、お前は魔王の素体(そたい)なのだろう? この(よろい)をまとい、世界に魔王として君臨(くんりん)するがいい。やがて勇者がお前を倒しに来るまでがんばれ!』


 鎧の中には、誰もいない。


 しゃべってるのは、鎧そのものだ。


 こいつは魔剣のレギィと同じ、『生命を持つ生きた武具』だ。


「レギィ、起きてる?」


『おう。さっきから起きておるぞ』


「目の前で鎧がなにか言ってるんだけど、やっぱりお前の同類?」


『そのようじゃな』




 ぽん、と音がして、人型のレギィが現れた。




『我に近しいものを感じる。我が「生きている剣」なら、こやつは「生きている鎧」じゃろうな。おい、そこの鎧よ!』


『……魔王として君臨(くんりん)を……む、むむむ。人ではない者がおるか』


『我は生きている剣、名前をレギィと申す。お主は何者じゃ?』


『我──俺──私は……』


 黒い鎧は、なにかを思い出そうとするように頭を抱えてから、


拙者(せっしゃ)は生きている鎧。デスカタストロフと申す者でござる』


 ござる、って。


 いや、確かにこの鎧、和風テイストが入ってるけど。


「……デスカタストロフ?」


『いかにも』


 鎧はうなずいた。


 物騒な名前だった。


 すごいネーミングセンスだった。


『そうか、ならばデス公に聞くのじゃが』


『ですこう?』


『我と同じに短い名前にさせてもらった。それでデス公よ、お主はここでなにをしておる?』


『魔王の素体を待っているのでござる』


『魔王の素体、じゃと?』


『拙者は「古代エルフ」より、そのように命じられております。「いずれ魔王の素体が現れる。その時のために対策をしておく。お前は魔王を守る鎧として働け」と』


「ちょっと待った」


『なんであるか、お前は』


「このレギィの主人だよ。お前の話を聞くと、古代エルフの魔王対策って『魔王が現れた時に倒すための対策』じゃなくて『魔王をサポートするための対策』って聞こえるんだけど」


『間違っているでござる』


「だよな」


『正確には「魔王を出現させるための対策」でござる』


「もっとたち悪いじゃねぇか!」


『「古代エルフ」は未来を読んでいた。世界がばらばらになり、混沌に落ちる時を予知していた。それを防ぐためには、共通の敵がいる。それが世界の敵、魔王。王が勇者を召喚してしまったのでござるから、当然、魔王が必要となるのは当たり前でござろう』


「じゃあ、現在の魔王って?」


『それは知らぬ。拙者はずっと、ここにおったがゆえに』


「古代エルフが準備していたのは、お前をまとった魔王なんだよな?」


『ああ……どこかに、そのための素体があったはず……でござる』


『お主はずっと、ひとりぼっちでここにおったのじゃなぁ』


 レギィはため息をついた。


『なんとも、不憫(ふびん)なことよ』


「……古代エルフは、なにやってたんだよ」


 彼らは確かに魔王対策をしていた。


 でも、それは魔王から世界を守るためじゃなくて、世界に魔王を出現させて、人間たちの共通の敵にするためだった……って。


「そのためにウリエラ=グレイスを働かせて、ラフィリアに『不幸スキル』を作ったのかよ」


 ウリエラは、勇者を育てるために。


 ラフィリアはたぶん、魔王軍に送り込んで、不運を取り憑かせるつもりだったんだろうな。


 正義と悪──『古代エルフ』は、その両方をコントロールしようとしていた。


 おそらくは『地竜アースガルズ』の死さえも利用して。


『天才がいたのでござるよ』


 生きる(よろい)『デス公』は言った。


『その天才は未来を予知し、古代エルフたちを世界の混沌を防ぐという目標に駆り立てたのでござる。その結果、人々は働きすぎて死に申した。残された者たちも、やがて消えていった。都も、朽ちました。もう誰も残っていない……おそらくは』


「その天才って?」


『わからない……であるが、あなたたちがここに来たことで、拙者は自分の運命を悟った』


 人型をした鎧は、納得したようにうなずいた。


『魔王は、現れないのでござるな』


『ああ、そんなものは現れぬよ。デス公』


『天才は、魔王の素体を準備していたはずでござるが』


『長き年が経っておるのじゃ、なにか事故でもあったのじゃろう』


『……そうか』


 デス公は、隣にあるチャリオットを見た。


『魔王が乗るはずだった「冥府の車輪(ヘルズ・リング)」も、使われぬままか』


「そのネーミングセンスも、天才の発想か」


『ああ。であるが、さみしいのぅ。さみしいでござるよ……拙者(せっしゃ)は』


 がっくり、という感じで、鎧のデス公はうなだれた。


 この鎧は、魔王がまとうためのものだった。


 魔王というからには、魔物を率いて、人間を襲ったりするつもりだったんだろうな。


 そのことによって人間をまとめあげるというのが、その天才の計画だったんだから。


 でも、この鎧が使われることはもうない。


『白いギルド』は滅んだ。


 魔王の素体がどこかにあったとしても、ここに来ることはないだろう。


『拙者と同類の、生きる剣よ、頼みがござる』


『なんじゃ?』


『お主の(やいば)で、拙者を破壊してくれぬか』


 デス公は言った。


『拙者が間違った目的のために作られたことは理解した。ならば、このまま存在しているのは悪かろう。どのみち、魔王が現れることはないのだ。お主の手で壊してもらえれば、すっきりするでござるよ』


『……(われ)は、(ぬし)さまに従うまでじゃよ』


 レギィは僕の方を見た。


 僕の方は、どうするか決めてある。


 ウリエラ=グレイスは使命を与えられ、死後も魂を縛られた。


 この『デスカタストロフ』という中二病っぽい名前をつけられた鎧も、ここでずっと魔王の来るのを待っていた。そして、なにも得ることなく消えようとしてる。


 そんなの、ほっとけるわけないだろ。


「魔王の鎧、デス公に問う」


 僕は言った。


「お前は呪いの道具か? お前を着た相手に、なにかを強制する力を持っているのか?」


『おらぬ』


「あとで調べてもいい?」


『ああ。だが、拙者になにかを強制する能力はない。そういうものは、魔王の素体に埋め込まれることになってたのでござるよ』


「確かにな。お前に魔王を作り出す力があるなら、ここで眠ってるわけないもんな」


 デス公に魔王作成能力があるんだったら、誰かに着せて外の世界に出せばいい。


 そうすればインスタントに魔王が発生する。『古代エルフ』の願いも叶うはずだ。


「わかった。だったら、僕がお前を(やと)う」


『拙者を、雇うでござるか?』


「ああ。僕たちには物理防御力が足りないからな。奴隷のみんなを守る盾──じゃないな、RPGで言うタンクの役目をして欲しい。僕がお前をまとって敵の攻撃を引きつければ、みんな安全に戦えるだろう?」


「だめです、ナギさま!」


「……なんでだよ。セシル」


「ナギさまが前線に立つなんてだめです」


「そっちの話!?」


「なんだと思ったんですか?」


「魔王の鎧を持って帰るのがまずいのかと」


「いえ、それはまったく問題ないです。逆にわたしがそれをまとって、ナギさまをお守りしたいくらいで……」


 セシルは褐色の指で、僕の胸に触れた。


「昨日ナギさまが『炎の魔人(イフリート)』と戦ったとき、わたし、心配で心臓が止まりそうになったんですから……ナギさまに……なにかあったらって……」


「いや、僕がこれを着たからって、いつも前衛に出るとは限らないけど」


「……本当ですか?」


「……まぁ、かっこいい鎧だからね。どれくらいの防御力があるか実験くらいは」


「ナギさまぁ!」


 涙目で抱きついてくるセシル。


 こないだ僕が一人で『炎の魔人』に立ち向かったのがトラウマになっちゃったみたいだ。


「イリスもセシルさまに同感です。お兄ちゃんはイリスたちにとって、誰よりも大切な存在なのでしょう。この鎧は、イリスが着ます」


「いえいえイリスさまでは無理ですぅ。あたしが着ますよぅ。かっこいいですから!」


「イリスとラフィリアじゃサイズが合わないだろ。ここは僕が」


「ナギさま愛してます!」


「なんで告白!?」


「愛する方が前衛に出るのは見てられないんです! 奴隷の身でご命令に逆らうんですから、覚悟はしてます。どんな……恥ずかしいことをされても構いませんから……どうか」


「ずるいでしょうセシルさま! イリスだって、お兄ちゃんの『魂約者』なのでしょう!!」


「あたしだって『グレイス軍団』を予約済みなのです!!」


 セシル、イリス、ラフィリアは、僕を取り囲んでじーっとこっちを見てる。


 みんな僕のことを心配しすぎだ。


『……なるほど。魔王が現れないのがよくわかったでござる。世界は、この方々のように、優しい場所になったのでござるな……』


『いや、主さまたちは例外じゃ』


『そうなのでござるか?』


『うむ。主さまたちは魔王よりも恐ろしい「ぶらっく」な者たちを倒して、ここまで来た。愛と勇気といちゃいちゃを武器にな。我は主さまと奴隷(どれい)たちを繁殖(はんしょく)させ、世界を愛といちゃいちゃで満たす使命を帯びておるのじゃ!!』


『なんと!?』


「適当なこと言うな、レギィ」


 デス公が本気にしたらどうするんだよ。


 てへぺろ、じゃないだろ。もう。


「わかった。僕がこれを使うかどうかは別として、この場では僕が身にまとう」


 僕はみんなに言った。


「どのみち、持って帰らなきゃいけないからね。みんなで抱えていくより、誰かが着た方がいいだろ」


『ああ、拙者は中に生き物が入っていなければ、動けないでござるから』


 デス公はうなずいた。


『中の者の動きをサポートして、手足を動かすことはできる。だが、中に誰もいない状態では、身動きできないのでござるよ』


「中に誰かいればいいのか?」


『左様でござる』


 ……そっか。


 そういうことなら、別の方法があるな。


「ラフィリア。『エルダースライム』を呼んで」


『はーいですぅ』


 僕とセシル、イリスは一斉に後ろを向いた。


 ラフィリアがなにがごそごそやっている気配がして、ぽん、と、青色のスライムが出現した。ラフィリアの使い魔『エルダースライム』だ。


「えるだちゃん。その鎧の中に入ってくださいですぅ」


『うむ。そやつがコアとなれば、そのデス公を、主さまが自在に動かせよう』


『待ってほしいでござる』


「どしたのデス公」


『……さすがにスライムは抵抗があるのでござるよ。拙者は魔王のために作られた鎧で、その生命を維持する能力さえも持っている。その体内にスライムというのは、どうも……』


「いいじゃないか、最弱でも」


『最弱でも?』


「よくあるだろ。魔王が勇者に呪いをかけて弱体化させたり、レベルダウンさせたりって。お前はそれを自分にかけるんだ。世界の中でのんびり生きるために、自分を最強から最弱にパワーダウンさせるんだ。それって、面白くないかな?」


『確かに……』


「お前をこんなところに縛り付けてた『古代エルフ』の天才への仕返しにもなるし」


『確かに……確かにそうでござる!』


 魔王鎧のデス公は、笑うみたいに兜を鳴らした。


『面白い! 面白いでござるぞ我が主君! 魔王鎧(まおうよろい)の中身がスライムとは! ははっ。なるほど。拙者を作った天才を「ぎゃふん」と言わせるわけでござるな! 楽しい。なんと楽しい思いつきであるか!! すごいでござるぞ、我が主君!!』


「それじゃ、いいかな?」


『おお! 今より拙者は「スライム鎧デス公」でござる!!』


 デス公の同意を受けて、エルダースライムが動き出す。


 うねうね、うねうね、と玉座を登り、デス公の中へ。


 するとデス公の兜の奥で、赤い眼光がきらめいて──


『拙者はスライム鎧、デス公でござる!! 運命のくびきから逃れ、今ここに誕生!!』


 魔王鎧デス公は、玉座から立ち上がり、拳を突き上げた。


「「「『おおー』」」」


 僕、セシル、イリス、ラフィリア、レギィは手を叩いた。


「すごいですナギさま!」


「最強の魔王鎧に最弱のスライムを入れるなんて、面白すぎるでしょう!」


「エルダちゃんがマスターを守ってくれるわけですねぇ」


『我と同等のアイテムが仲間になったわけじゃな。楽しくなりそうじゃ!』


 古代エルフの遺跡の、奥の奥。


 そこにあった魔王鎧を、僕たちは解放した。


『古代エルフ』の天才が、世界を操るために作ってたもので、最後まで残っていた『古代エルフ』の遺産。


 たぶん、あの『大渓谷』は、魔王の素体にしか渡れないようになってたんだろうな。


 僕たちはそこを渡って、ウリエラ=グレイスを解放した。


 この世界に魔王は、もう現れない。


 そのことを、クローディア姫を通して、王家に伝えることができれば……勇者召喚を終わらせることができるかもしれない。魔王がいないなら、勇者もいらなくなるわけだから。


「チャリオットの方は、置いていくしかないか」


 僕は玉座の横にある、車輪のついた戦車を見た。


 4、5人は乗れそうな大型のものだ。さすがにこれは持って行けない。


『ああ、問題ないでござるよ。主君どの。拙者は、馬用の甲冑にも変形できるので』


 魔王鎧のデス公は言った。




 カシーン。


 シャキーン。


 ガキ、ガキーン。




 デス公が、馬に変形した。


「……すごいな。お前」


『なにをおっしゃいますか。これは主君が、拙者の中身をスライムにしてくださったからできることでござるよ』


「元々の機能は?」


『魔王が顔を見せて敵を威嚇するとき、拙者を馬につけて、戦車を守るためのものでござった。が、主君どののおかげで拙者は、変形合体鎧になったのでござる。さぁ、拙者を戦車につけなされ』


「わかった。みんな、手伝って」


「「「『はーい』」」」


 僕たちは戦車の金具を、馬型デス公に接続した。


 接続部分はアタッチメント式になっていたから、デス公に簡単に繋ぐことができた。しかもこの戦車、分解してしまっておくこともできるらしい。


「……本当にすごかったんだな。古代エルフの天才って」


「でも……そのせいで暴走しちゃったんですね」


「そうだね」


 僕とセシルは大樹の天井を見上げた。


 もしかしたらここは、ラストダンジョンになるはずの場所だったのかもしれない。


 遺跡のまわりは深い霧で、外からは『大渓谷』で隔てられてる。


 ここに魔王が立てこもって、大渓谷の前に部下を配置すれば、攻略はかなり難しくなる。さらに山の砦を占拠して山道を塞げば完璧だ。


 で、勇者はライラさんの一族に導かれて、『地竜アースガルズ』の尾の骨の前で「それらしい」お告げを受けて、魔王退治に向かう──


 そういうシナリオが、準備されていたのかもしれない。


 だからこの遺跡はからっぽで、なにも残っていないのかも。


 魔王がラストダンジョンとして、自由に作り替えられるように。


「それじゃ帰るか。王都の方に行ったリタたちも心配だし、ライラさんを聖女さまのところに連れていかなきゃいけないから」


「はい。ナギさま」


「アイネさまとカトラスさまも、心配されておりましょう」


「きっとご飯の準備をしてますよぅ」


『うむ。我も、そろそろ宿で落ち着きたいところじゃ』




『では! 拙者がみなさんを運ぶのでござる!!』




 甲冑馬、デス公が叫んだ。


 その後ろに繋いだチャリオットに、僕たちは順番に乗り込んでいく。


 座席は2列になっていて、詰めれば3人ずつ座れそうだ。


 前の席には僕とセシルとレギィ。後ろにはイリスとラフィリア──と、思ったら、レギィはいつの間にか僕の膝の上に座ってる。でも、お前、剣に戻れるよね? それ以前にフィギュアサイズになれるよね?


『よいではないか。我と同じ「生きるアイテム」の動きを間近で見たいのじゃ』


「いいけどね」


『それにほれ、我が乗ってるのは主さまの右脚だけじゃ。左脚が空いておるぞ。好きな者が乗ればよかろう?』


「はい!」「希望いたします!」「乗りたいですぅ!」


「「「じゃーんけんっ!!」」」


 一斉に手を挙げるセシルとイリスとラフィリア。


 それを見て馬型のデス公が笑い出す。


「ごめんな。うちはこういうパーティなんだよ」


『いいや、すばらしいでござるよ。これが「楽しい」ということなのでござるな。主君どの』


 馬型のデス公は、僕の手に耳をこすりつけた。


『拙者はずっとこの地で、魔王の素体を待っていたでござる。自分はそういうものだと、思っていたのでござるよ。でも……違った。こういう在り方があったのでござるな。魔王の鎧ではなく、馬で、拙者の中身はスライム……ふふ、最高でござるよ!!』


「そっか。よかった」


『では、話がまとまったようですので、出発するでござる。しっかり捕まっていてくださいませ!』


 馬になったデス公の(ひづめ)が、がっがっがっ、と地面を叩いた。


 僕の膝の上にはレギィとイリス。左右にはセシルとラフィリアが座ってる。


 2列目の座席は空席だけど、まぁいいや。


「では出発だ。デス公!」


『承知いたした!!』


 そうしてチャリオットが走り出す。


 僕たちは、からっぽの『古代エルフ遺跡』を後にする。




 わかったことは、ふたつ。


『古代エルフ』が世界をまとめるために、魔王を作り出そうとしていたこと。


 それをしたのが、古代エルフの中にいた、一人の天才だったということ。




 わからないことも、ふたつ。


 魔王の素体が、今、どこでなにをしているのか。




 そして『古代エルフの天才』が、今もいるのか、いないのか。




 それだけが、気がかりだった。






いつも「チート嫁」をお読みいただき、ありがとうございます!


ただいま書籍版9巻の刊行作業が進んでおります!

今回は思いっきり書き下ろしを追加しています。

近いうちに情報をお伝えできると思いますので、もう少しだけ、お待ちください。

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新作、はじめました。

「弱者と呼ばれて帝国を追放されたら、マジックアイテム作り放題の「創造錬金術師(オーバーアルケミスト)」に覚醒しました 
−魔王のお抱え錬金術師として、領土を文明大国に進化させます−」

https://book1.adouzi.eu.org/n0597gj/

魔王の領土に追放された錬金術師の少年が
なんでも作れる『創造錬金術師(オーバー・アルケミスト)』に覚醒して、
異世界のアイテムで魔王領を大国にしていくお話です。
こちらも、よろしくお願いします。
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