第204話「北へ向かう船と魔物と、ナギとカトラスの『合体技』」
数日後。
僕たちは商船で、港町イルガファを出発した。
行く先は北の町ハーミルト。
保養地ミシュリラを経由して、片道2泊の旅になる。
船に乗っているのは水夫と船長。イルガファ正規兵と、その隊長。その他関係者。
それと、僕とイリスとカトラスだ。
セシルとアイネとラフィリアは、保養地で合流することになってる。本当は全員でイルガファに転移すればいいんだけど、全員が頻繁に移動してると、転移アイテムのことがバレるかもしれないからね。領主さんと顔を合わせた僕とイリスとカトラスが船に乗ることにしたんだ。
魔法が使えるセシルとラフィリアにもいて欲しかったけど──アリバイ工作のためだからね。それに、対策は考えておいたから。
「か、海竜の巫女さまに乗船いただくことは、正規兵の誇りであります。どうぞ、ごゆるりとお過ごしください!!」
「しーっ。イリスのことは秘密でしょう? 正規兵隊長さま」
イリスは唇に指を当てた。
今の彼女は緑色の髪をポニーテールにして、革の鎧を身につけてる。イリスが最近開発した『謎シーフ・メロディ』スタイルだ。
「今のイリスのことは『メロディ』とお呼び下さい。イルガファ領主さまの依頼で、北の町への荷を運ぶ冒険者ですよ。隣にいるのは同僚の方と、愛すべき『お兄ちゃん』です。そう心得てください」
「承知いたしましたっ!」
隊長さんは敬礼して、僕たちから離れた。
あの正規兵さんは前に、『海竜の祭り』の時にイリスの護衛をしてくれた人だ。僕たちが『海竜の加護を受けて覚醒した』感じで、イリスを守ってたときだっけ。
僕たちの扱いが丁寧なのは、その時のことを覚えてるからかもしれないな。
「ボクは、船に乗るのははじめてでありますよ……」
甲板から海を見つめながら、カトラスが言った。
実は僕も船ははじめてだ。元の世界でも、乗る機会がなかったからね。
僕たちが乗ってるのは大きめの帆船。イルガファを出発したあとは、海流に乗って北に向かうことになる。
もちろん帆船だから、風に乗って進むために、専門の魔法使いさんも乗ってる。
空色のローブをまとった少女たちで、今は船の舳先で船長さんと話してる。風を読み、操ることから『風精魔道士』と呼ばれてるらしい。イルガファ所属の専門職で、その道のプロだ。かっこいいな。
「ただ、少し性格がきつい方たちばかりなので……メロディは苦手なのです」
イリスは小さくため息をついた。
「今回は『海竜ケルカトル』が海流操作してくれるから『風精魔道士』の皆さんも楽ちんのはずでしょう。それで落ち着いてくれればいいのですけれど──」
「……あの人たち、さっきからこっちをちらちら見てるね」
しかも、かなり鋭い目で。
船に乗るときも言われたっけ「雇われ冒険者は、邪魔にならないようにおとなしくしていろ」って。
一応、僕たちも表向きは、イルガファの領主さんに雇われた立場なんだけど……専属の魔法使いさんたちにはとっては、対等ってわけにはいかないのかな。
「船が出るぞ────っ!!」
舳先で、船長さんが叫んだ。
帆が上がり、ゆっくりと船が動き出す。
こうして僕たちは船で、保養地ミシュリラに向かうことになったのだった。
船は陸に沿って進んでいる。
海流に乗ってるからか、速い。夕方には、保養地ミシュリラの港に着けるかな。
僕たちの頭上では白い帆が震えてる。船の後ろの方には2人の『風精魔道士』がいて、風魔法を使ってる。
風をコントロールしてる──というよりも、風の流れを読んで、それを船員に伝えてるみたいだ。
そのせいか船はそんなに揺れることもなく、穏やかに北に向かってる。『海竜ケルカトル』の姿は見えない。イリスによると、海流を操作したあとは遠くの海の巡回に向かったらしい。
「……あるじどの」
「どしたのカトラス」
「さっきから魔法使いさんたちが、こちらをにらんでいるようでありますが……?」
言われて横目で見ると、確かに。
と、思ったら、こっちに向かって歩いて来た。
なんだろう……?
思いっきり肩を怒らせて、ずんずん足を踏みならして近づいてくるけど……?
「おい、お前たち」
「お前たちはイルガファの領主さまに雇われた冒険者だそうだな」
空色のローブをまとった2人の少女は、僕とカトラスの前で立ち止まった。
まっすぐに僕たちを見据えて、苛立ったように足を鳴らしてる。
「答えろ」「我々が聞いているのだぞ」
「……冒険者ですよ。北の町へ届ける荷物の、護衛をすることになってます」
「商人さんへ荷物を引き渡すまでが、ボクたちのお仕事であります」
僕とカトラスは顔を見合わせてから、答えた。
「剣士か? 魔法使いではないのだな?」
少女たちは言った。
魔法使いじゃないのは、見ればわかると思うんだけど。
「見ての通りですよ」「魔法は使ったことないでありますよ」
「…………ぷっ」
笑われた。なんでだ。
「船上では剣など役に立たぬ。魔法を使う我々の方が立場が上だ。なのに、頭が高くないか?」
「…………え?」
「言っておくが、海の上では我々の方がえらいのだ。それを忘れないようにな」
冗談を言ってる……わけじゃないよね?
魔法使いの少女ふたりは、僕たちに向けて胸を張ってる。鼻息も荒い。
……でも、なんで僕たちが卑屈にならなきゃいけないんだろう……?
僕たちは表向き、イルガファの領主さんの依頼で、北の町に荷物を届けることになってる。でも、仕事は陸に上がってからだから、今は業務時間外だ。
それに風精魔道士さんだって忙しくはないはず。こっちにケンカを売りたくなるほどの仕事はしていない。船は海流に乗ってるから、一定時間ごとに風の様子を見ればいいだけだし……。
……なのに、なんで突っかかってくるんだ?
「僕たちの仕事は陸に上がってからです。イルガファの領主さまとも、そういう約束になっています」
「我々が言っているのは、仕事に取り組む姿勢についてだ」
おかしい。
この人たち、普通の冒険者だよな。なのにどうして、こんなに偉そうなんだ?
まるで──『白いギルド』に所属していた貴族のような──?
「こら! なにをしているのだ!? 雇われた者同士で!」
正規兵隊長さんの声がした。イリス──もとい、メロディも一緒だ。
「お前たちは共に、イルガファ領主家に雇われた者たちだ。上下関係などはない。つまり……」
「仕事の場所が異なるだけでしょう」
「そう。このシーフの方の言う通りだ」
こほん、と咳払いして、言い放つ正規兵隊長。
「この船は『海竜ケルカトル』の加護により、潮の流れに乗って進んでいる。魔法使いの仕事も、そう多くはないはずだ。なぜ同僚を威圧する必要がある?」
「「この仕事が終わったら、我々、勇者になるんだ」」
…………はい?
聞き間違いかと思った。
けど、魔法使いの少女たちは胸を張り、ローブの襟元につけたアクセサリを示してる。銀で作られた、翼と剣の形のブローチを。
「これはとある人から売ってもらった会員証だ。その人がいたその集団では、いかに自分が優秀であるかによってヒエラルキーが決まるというものだったそうだ」
「その場で他者より優秀な者は、下の者に対する支配力を得る、と、その人は言っていた。そして、いずれ、新しい組織を立ち上げるそうだ。我々はそこに入ることになる。だから我々は、ただの冒険者であるお前たちよりも上の立場なのだ」
「……いや、僕たち、その組織とまったく関係がないんだけど」
「この仕事が終わったら、我々は海を渡り、魔王軍との戦いに向かうのだ。それでもお前たちと対等だと言うのか?」
「……魔王軍?」
「ああ、そろそろ魔王対策に動くべきだと、その勇者は言っていた」
本当かよ。
海の向こうに魔王がいて、それが動き出していたなら──『海竜ケルカトル』が教えてくれると思う。でも海竜は、そんなこと一言も言ってなかった。海竜も知らない情報を、どうしてこの少女たちは知ってるんだ?
「とにかく、船の上では我々が上だ」「もうちょっと態度を改めるべきだろう?」
少女たちは再び、胸を張った。
とりあえず、情報については保留。それに、ここで争ってもしょうがない。
僕はイリスとカトラスの手を引いて、この場を離れることにした。
「おい! ちょっと待て!」「なんだその態度は!」
「仕事をしましょうよ」
僕は言った。
「こんなことしてる間に、魔物が出てきたらどうするんですか?」
「はっ。なにもわかっていない奴め! この海域に魔物が出てきたことなどない!」「出てきたとしても、我々の魔法で一掃してやろう!」
「魔物だ──っ! 魔物が出たぞ────っ!!」
船員さんの叫び声がした。
舷側から身を乗り出して、沖の方を指さしてる。
そこには──数隻の小舟が浮かんでいた。乗っているのは、弓と、盾を装備した魔物たち。
「『海渡りゴブリン』の上位種です! お兄ちゃん!!」
イリスが叫んだ。
「イルガファの船に魔物が近づけるはずはないのに……人間の服を着て船に乗ることで、海竜の目をごまかしているようですね……」
「船に乗ってれば、海中にいる『海竜ケルカトル』から見えにくい。人間の乗る船と区別がつかなくなるから、うかつに攻撃できなくなる……ってこと?」
「はい。ですので、ああやって海賊化したゴブリンが、時々いるのでしょう……」
『海賊ゴブリン』
『海渡りゴブリン』の上位種で、水泳と水上戦闘に長けている。
貴金属類に目がなく、商船を襲うことが多い。
数隻の小舟で近づいてくる。船に取り付かれると厄介なので、注意が必要。
『海賊ゴブリン』が乗った船は、計3隻。
奴らは盾で身を守りながら、ゆっくりと近づいてくる。
「矢を放て! 取り付かれると面倒だ。追い払え!」
「くそ。魔物たちめ……知恵を付けたものだ……」
商船に乗った兵士さんたちは、小舟に向かって矢を放っている。
「メロディ、カトラス……ちょっとこっち来て」
邪魔にならないように、僕たちは荷物の陰に隠れた。
まずはここで作戦会議だ。
「ゴブリン程度なら、正規兵さんが片付けられると思うけど……時間がかかりそうだね」
「相手は小舟に乗ったゴブリン。的が小さいでしょう」
「こっちの船に乗り込んできたら、面倒でありますな」
そう言ってる間にも、僕たちの頭上を矢が飛んでいく。『海賊ゴブリン』が放ったものだ。
そのうちに追い払えるとは思うけど……怪我人が出るのは嫌だな。
「しょうがない。こっそり手を貸そう」
「こっそり人助けでありますな」
「突っ込まれたら『海竜ケルカトル』の加護で押し通すといたしましょう」
僕とカトラスとイリスは、おでこをくっつけてひそひそ相談。
数十秒で作戦決定。
「──ということで、いいかな」
「ボクの武器が鍵でありますな。了解であります」
「イリスはいざという時の守りですね」
「うん。危ないと思ったらイリスの判断でスキルを発動して」
「承知いたしました!」
というわけで、作戦開始──
「頼む『風精魔道士』! 風速を上げてくれ!!」
「なんで甲板上に突っ立ってるんだ。船の速度を上げて、『海賊ゴブリン』を振り切るんだ!!」
不意に、兵士さんたちが叫びだした。
見ると、『風精魔道士』の少女たちは、腕組みをして『海賊ゴブリン』をにらみつけてる。
そして──
「逃げるなどありえない!! 我らは勇者となる者だからな!!」
「『海賊ゴブリン』など一蹴してみせよう!!」
「「いずれ生まれる『翼と剣のギルド』こそが『本家勇者ギルド』であることを示さねばならない! ニセモノの勇者である『元祖勇者ギルド』に思い知らせるためにも!!」」
「「「────はい?」」」
『本家勇者ギルド』と『元祖勇者ギルド』って、なにそれ。
「我らの実力を見せてくれよう! 『真空の刃』!!」
がすっ!
風魔法使いの少女が生み出した風の刃が、『海賊ゴブリン』の盾に激突した。
『グガガッ!?』
『海賊ゴブリン』たちが声をあげる。
盾には、斜めに切り込みが入っている。さすが風魔法。なかなかの威力だ。
「見たか! 我らの魔法の前では、魔物などひとたまりもないのだ」
「喰らえ喰らえ喰らえ喰らえっ!!」
がすっ。すかっ。ばしゃっ。すかすかすかっ。がすっ!
少女たちは風魔法を連射している。
効果はある。確かに、『海賊ゴブリン』の盾に傷をつけてはいる。でも、命中率が悪すぎる。
ここは揺れる船の上。遠距離攻撃は当たりにくい。
その上、少女たちの顔色がだんだん青くなっていく。これって──
「魔力の使いすぎじゃないのか!?」
「役立たずは黙っていろ!」「『本家勇者ギルド』の者は、こうすることで覚醒するのだ!」
「……覚醒?」
「そう。限界まで力を使い尽くすことで、その先にある可能性を見いだす」「その後、宿に戻って身体を休めて、超回復を得るのだ。そうして我々はさらなる力を覚醒させるだろう」
「あなたたちの仕事は、荷と人を港まで運ぶことじゃないのか? 戦闘は兵士さんたちの仕事だろう?」
「う、うるさい! 我々がただの『風精魔道士』で終わるものか!」「ぼ、冒険者め、いつの魔物と戦ってるからっていばりまくって──我々にもやれるところを見せてやる」
かすれる声で叫ぶ、『風精魔道士』たち。
「「我々は勇者をめざしている! ゆえに、我々はお前たちより上であることを、常に示し続けなくてはならないのだ──!!」」
「示さなくていいから! 無理しないで!!」
息も絶え絶えの魔法使いたちに、僕は思わず突っ込んだ。
『風精魔道士』たちは目がうつろで、ふらふらしてる。魔法はあさっての方向に飛んでってる。もう、完全に限界を超えてる。
僕はイリスに目配せする。そのイリスは、こっそりと正規兵の隊長さんに耳打ち。『海賊ゴブリン』への対応に集中していた兵士さんたちが、あわてて『風精魔道士』の少女たちを止めに来た。
青ざめた少女たちは兵士たちに引っ張られて、そのまま船の甲板に座り込む。
「ばかにするなぁ……『風精魔道士』だって……戦って……勇者に……『本家勇者ギルド』に……」
「魔物と戦ったことがないからって…………見下すな……冒険者めぇ……」
『風精魔道士』たちは、ぼんやりとつぶやいてる。
立っていられないくらい消耗してる。無理するからだ。
「……なんなんだろうな。『本家勇者ギルド』って」
「……あとで聞いてみることにいたしましょう」
「……そうでありますな」
僕とカトラスは武器を手に、荷物の陰から出た。
作戦開始だ。
「それじゃカトラス。『伸縮槍フェトラ』を出して」
「はい。どうぞであります」
カトラスは僕に槍を差し出した。
これは『港町イルガファ』で買ったマジックアイテムだ。カトラス用にパーソナライズしてあるけど、僕の魔力も入ってる。
だから、カトラスと『合体』すれば、僕にも使えるはずだ。
セシルの『真・聖杖ノイエルート』がそうだったように。
「予備の穂先はある?」
「はい。これには普通の槍の穂先が着けられるでありますから。今はそれがついてるであります」
そっか、ならOKだ。
「それじゃカトラス、行くよ」
「ひゃ、ひゃい……い、いえ。あるじどのと『がったい』できるのは……光栄で……あります」
僕はカトラスと手を重ねて、槍を構える。
そして甲板の上で、誰もいないところに向かって、突き。
安全確認しながら、突き、突き、さらに突き。
「……な、なにをやっているのだ。お前たちは……」
甲板に座り込んだ『風魔法使い』の少女たちが、こっちを見てた。
寝てていいのに。
「『海竜ケルカトル』の力を借りる舞い……かな?」
「そのうち港町イルガファで流行ると思うでありますよ」
答えながら僕とカトラスは『伸縮槍フェトラ』で空突きを繰り返す。
計14回。最初だからこんなもんかな。
あとは、気をつけて舷側に移動して、と。
「……近づいてきているでありますな。『海賊ゴブリン』たち」
「……できれば当てたいところだけど。最初だから、無理しない方向で」
僕とカトラスはうなずきあう。
矢が途切れたタイミングで僕たちは身体を重ねた。
カトラスが槍を構え、その後ろから僕が彼女を抱くような感じで、手を重ねる。
「……意味がわからない……なんだ……あの者たちは……?」
「……こんな距離で槍が届くわけないだろう? まったく……」
「「さー? どーかなー?」」
魔法使いたちの突っ込みはスルー。
カトラスは槍の穂先の留め金を外して、僕と手を重ねる。
僕とカトラスは息を吸って、吐いて、槍を引いて──突き出す!
同時に──
「発動! 『遅延闘技LV2』!!」
「全速で伸びるでありますよ。『伸縮槍フェトラ』!!」
ずんっ!!
『伸縮槍フェトラ』が巨大化した。
ぼんっ!
一瞬遅れて槍が2倍の長さに伸び、その穂先が飛び出した。
『遅延闘技』の効果で、巨大化したまま。
まるで──銀色の砲弾のように。
『グギャ!?』『グガ?』『ギィエエエエエエエッ!!』
ごがんっ! ずんっ! ぐしゃああああっ!!
『ギイイイイイアアアアアアアアアアアアアアア!!!』
8倍くらいに巨大化した槍の穂先は『海賊ゴブリン』の盾を直撃。貫通。
そして、そのまま持ち主を吹っ飛ばした。
どほん、と、音がして、巻き込まれたゴブリンが海に落ちる。他のゴブリンが大騒ぎしてるのは──船に穴が空いたのか。斜め下に発射したからな。そういうこともあるよね。
「うまくいったね。カトラス」
「ボクとあるじどのの『がったいわざ』でありますな!」
僕とカトラスは、ぱーん、と、ハイタッチ。
これは僕のスキルと、カトラスの武器を利用した合わせ技だ。
『遅延闘技』は、空振りした分だけ武器が巨大化して、威力が上昇する。
『伸縮槍フェトラ』は魔力を込めることで瞬間的に伸びて、その勢いで穂先を飛ばすことができる。
組み合わせたら便利な飛び道具になるかな、って思ったからやってみた。うまくいってよかった。
「「え、えええええっ!! い、今のは!?」」
「「『海竜ケルカトル』の加護!!」」
おどろく『風精魔道士』に向かって、僕とカトラスは叫んだ。
「槍はその長大な形から古来より『蛇』『竜』に似ているとされ、それに似た技名をつけられることもある。ゆえに同様に長大な姿をした『海竜ケルカトル』によって、海にてそれを振るう者は海竜をたたえているとされ、特別に加護を受けることがたまにある──らしいですよ?」「で、あります!」
「……え、ええええ」「…………そ、そんなことが」
魔法使いの少女たちも、兵士さんも目を丸くしてる。
でも、納得はしてるようだ。
この船が『海竜ケルカトル』の加護を受けて進んでいることは、領主さんが話してるはずだからね。
それに、船のまわりには、ぼんやりとだけど『海竜ケルカトル』のような影が浮かび上がってる。もちろん、イリスが『幻想空間』で作り出したものだ。海竜の加護を受けてるっていう演出と、『海賊ゴブリン』への威嚇を兼ねてる。効いてるうちに、さっさと済ませよう。
「カトラス。次いこう」
「はいであります! 普通の穂先をセットして──どうぞ、あるじどの!」
しゅっ、しゅしゅっ。
僕とカトラスは再び『伸縮槍フェトラ』を空振り。次は、20回くらいでいいかな。
そしてまた、船の端に立って、狙いを定めて──
『グギャアギャァ!?』『……ギ、ギギギィィィ』
『海賊ゴブリン』はまだ、こっちに向かって弓を構えてる。
逃げる気はなさそうだ。
こっちも領主さんに頼んで、船を出してもらってる身だからな。それを襲うなら容赦しない。
((『遅延闘技』プラス『伸縮槍フェトラ』──発射──っ!!))
僕とカトラスは、声に出さずにスキルを発動。
ずどん。
『グギャアアアアアアアアアアア!!!???』
巨大化した槍の穂先が船を直撃。
ゴブリンたちは小舟ごと吹っ飛んだ。
『ギガロ!』『ギガググ、ゴゴガヲババベゴ────ッ!』
最後に残った船が逃げようとしてる。うん。終わったね。
荷物の陰ではイリスが手を振ってる。腕の中にはやわらかゴーレムの『りとごん』を抱いてる。危なくなったらシロに『しーるどっ』を張ってもらうつもりだったけど、その前に終わった。
それに──
「『海竜ケルカトル』が『海賊ゴブリン』に気づいたようです。眷属である『海原の護り手』が来ました」
イリスが海面を指さしてる。
小舟の向こうい、三角形の背びれが突き出てるのが見えた。
大きい。しかも、きれいだ。太陽の光を受けて、サファイアみたいに輝いてる。
「あれこそが『海竜ケルカトル』の眷属。港町イルガファの船を守る者。『海原の護り手』でしょう!」
『────グ? グガアアっ!?』
ばっくん。
波間から現れた青色のサメが、『海賊ゴブリン』を飲み込んだ。
『ギギ?』『ギィアアアアアア!?』
小舟の上で『海賊ゴブリン』が叫んだ。
『…………』
青色のサメ──『海原の護り手』たちは、その声に反応しない。
まるで淡々と仕事をするみたいに、波間をただよう『海賊ゴブリン』たちを飲み込んでいく。
逃げ惑うゴブリンたちが、残った船にしがみつく。小舟はそのせいで大きく揺れて、またゴブリンたちが落ちていく。結局、生き残ったゴブリンたちは2匹だけ。
それも背中に兵士の放った矢を受けて、波間に消えていった。
「お疲れさま。カトラス」
「………… (ぽ──っ)」
「…………カトラス?」
返事はない。
カトラスは『伸縮槍フェトラ』を握ったまま、ふらふらしてる。
「どしたのカトラス。船酔いした?」
「失礼いたしました。あるじどの。フィーンですわ」
ぱちり、と、まばたきしたカトラスの目が、赤紫に変わってる。
「カトラスったら、あるじどのと『がったいわざ』を使えたのがうれしくて、頭がぼーっとなっちゃったみたいですわ」
「……そうなの?」
「そうです。あるじどのと『がったい』して戦うのは、奴隷のとってのほこりですもの。カトラスもセシルどのやリタどののように、あるじどのと『がったいわざ』を使うのが夢だったのです。それが叶ったので、今は思考が飛んじゃってるんですわね」
そう言ってフィーンは『伸縮槍フェトラ』を愛おしそうになでた。
「この槍は、もう二度と洗いません」
「……普通、武器は洗わないんじゃないかな?」
『いやいや、我と主さまは一緒にお風呂に入るじゃろ?』
僕の背中で魔剣レギィの声がした。
「いや、そうだけど。本体の魔剣は布で拭くくらいだし」
『ものたりぬわー』
レギィが小刻みに震えはじめる。
『あー、そういえば潮風がしみるのぅ。その槍の代わりに、我を洗ってくれぬかのぅ』
「はいはい。保養地に着いたらね」
「はいはい! あるじどの。あたくしとカトラスも、身体に潮風がしみております!」
「……お、お兄ちゃん。実は……その……メロディも潮風のせいで身体が……」
こらこらこら。
全員で詰め寄ってくるのやめなさい。
「そういえばイリ──じゃなかったメロディ、船の予定はどうなってるんだっけ?」
「はい。『保養地ミシュリラ』で一日停泊。その後、北の町ハーミルトに向かう予定となっております」
じゃあ、のんびりする時間はあるかな。
「保養地のお風呂屋に、貸し切りの大浴場があったよね。その予約が取れたら、ってことで」
「「『はーいっ!』」」
笑顔で手を挙げるイリスとフィーン。声だけで答えるレギィ。
まぁ、今回の『古代エルフの都』探索は、半分僕の趣味も入ってるからね。
付き合ってくれるみんなの希望は、できる限り叶えよう。
「…………あ、あああ」「…………海竜の加護は……なんてすごい」
『風精魔道士』の少女たちは、甲板にぺたん、と、座ったまま、震えてる。
船は風と潮の流れに乗って、快調に進んでる。
僕たちと彼女たちにも、しばらく仕事はなさそうだ。
「えっと……お疲れさまでした」
「「ひぃっ!」」
怖がられた。
「ごめんなさいごめんなさい。ばかにしてごめんなさい」「船専門の魔法使いは、冒険者から見下されることが多いから……そのせいで……」
「いえ、『風精魔道士』って、立派な仕事だと思いますよ」
僕は言った。
「海運のプロですよね? 待遇もいいって聞いてます。あなたたちがいるから、イルガファは海運の町でいられるんですから」
本当にそう思う。
立派な仕事だと思うんだけどな。別に勇者なんか目指さなくてもいいのに。
「…………我々は、魔物と戦ったことがないから」「……戦闘用の風魔法は苦手だから、いつも上位の冒険者にばかにされてて……」
空色の魔法使いたちは、がっくりと肩を落としてる。
「「……本当に、我々を見下したりしてないのですか……?」」
「当たり前でしょう!!」
不意にイリス──メロディが叫んだ。
「熟練の『風精魔道士』がどれだけ貴重だと思うのですか? イルガファ領主家はちゃんと、あなたたちにそのことを伝えるべきなのでしょう! イリ──いえ、この謎シーフメロディがイルガファの領主さまに会ったら、抗議してさしあげます!」
「……ありがとうございます」「……ごめんなさい」
『風精魔道士』たちは涙をぬぐいながら、微笑んだ。
わかってくれたみたいだ。
「それはいいんだけど、ひとつ、教えてくれないかな?」
僕は彼女たちと目線を合わせて、聞いてみた。
「あなたたちが言ってた『元祖勇者』と『本家勇者』──その話を誰から聞いたのか。その人はどんな力を持ってたのか。よければ、ですけど」
いつも『チート嫁』を読んでいただき、ありがとうございます!
『チート嫁』書籍版は2月9日発売です。ドレス姿のレティシアとセシルが目印です(表紙はのちほど『活動報告』にもアップする予定です)。ナギとアイネが目印の『チート嫁』コミック版3巻は2月8日に発売となります。
「なろう」版と合わせて、こちらもよろしくお願いします!




