第197話「『海竜ケルカトル』と『竜の護り手カトラス』の約束(前編)」
「それじゃ、『海竜ケルカトル』に会いにいこう」
次の日。
僕とイリスとラフィリア、カトラスは『海竜の聖地』に行くことにした。
外は雨が降ってる。
こっちに転移してからずっと、港町イルガファは雨の日が続いてる。
『海竜の聖地』に行くのは晴れてからにしたかったんだけど、これ以上セシルたちを待たせるのも嫌だし、小雨になってるうちに出かけよう。
「はい、準備はできております。お兄ちゃん」
「行きますですよ。マスター」
イリス、ラフィリアは手を挙げた。
「あ、あのあの、あるじどの」
でもカトラスは……か細い声で応えて、震えてた。
「ボクは、本当に『海竜ケルカトル』にお会いしても……大丈夫なのでありましょうか」
「大丈夫だよ。僕もイリスもラフィリアも一緒だから」
僕はカトラスの灰色の髪をなでた。
「申し訳ないのであります。ボクは……怖くなっているようです」
頭に乗せた僕の手に、カトラスは自分の手を重ねた。
「海竜さまにお会いしたいと言ったのは、ボクなのであります。でも……実際にお会いするとなったら……震えが止まらないのであります。だって、ボクは……」
カトラスは言いかけた言葉を、途中で止めた。
たぶん『ボクは、古代の勇者に竜殺しを命じた、王家の血を引いているのでありますから』って、言いたかったんだと思う。
「大丈夫だよ。きっと」
「そうなのでありますか?」
「んなこと言ったら、僕は古代に地竜を殺した勇者と同じく、異世界から召喚された人間だよ」
「……でも、あるじどのは『海竜ケルカトル』に認められておりますから」
「いざとなったら、僕も海竜を説得するから」
「イリスも口添えいたします」
「あたしもお願いするですよぅ!」
『……シロも全力を出すかとー』
「シロさまが全力を出されると大変なことになりそうでありますよ!? でもみなさま、ありがとうございますであります!!」
そう言ってカトラスはみんなに、深々と頭を下げた。
イリスとラフィリアはカトラスを囲んではげましてる。
「……ガラでもなく弱気になってたようであります。なんだかこの雨さえ、王家の者と会いたくない海竜の怒りのように思えてきてしまっておりまして……」
カトラスはそう言って、僕の方を見た。
「問題ないよ。雨への対策はしてあるから」
「はい。ではカトラスさま、一緒に水着に着替えましょう」
「水着でありますか?」
「港町イルガファはあったかいところです。水着で出かけても、風邪を引いたりはいたしませんよ」
「で、でも、そんな格好で出歩くわけにはいかないでありますよ?」
「問題ありませんよ。ね、師匠?」
「はい。昨日のうちにイリスさまと、おそと用の服を考えましたからねぇ!」
「はーい。カトラスさん、ぬぎぬぎしてくださいませ」
「あたしも着替えをお手伝いするですよぅ」
「ちょ、ちょっと待って欲しいであります。あ、あわわわわわわ────っ」
カトラスはそのまま、イリスとラフィリアに引っ張られていった。
でもってその後、隙を見て僕も水着に着替えて、玄関で集合。
「ではでは、発動いたします! 『幻想空間』!!」
素早く発動したイリスのスキルによって、僕たちのまわりに『幻想の服』が出現したのだった。
『衣の秘宝』がいらなかったのはこのせいだ。
イリスの『幻想空間』なら、身体のまわりにまぼろしの服を生成することができる。『衣の秘宝』と同じことができるからね。
ただ、いろいろ制限はあるみたいで──
「お兄ちゃん。もうちょっとくっついてくださいませ。4人分のローブをくっつけた状態の方が、幻想を作りやすいですので──ひゃっ。お、お兄ちゃん! ここでイリスのお尻にさわるのは……」
「ご、ごめん」
「いえ、イリスもお兄ちゃんのふとももに触れておりますので構いませんけれど……わわっ。師匠、もう少し歩調を合わせてくださいませ! 身体が幻想の外に出ております──って、その水着はなんですかーっ!?」
「これはアイネさまが準備してくださった、バカンス用の水着ですよぅ」
「水着の概念がこわれます! おとなすぎます。カトラスさまはどう思われますか?」
「…………(真っ赤になって声も出せない状態)」
僕たちは港町の路地を、聖地に向かって歩いてる。
雨だからか人通りはまったくない。
イリスの『幻想空間』は、僕たち4人の姿を隠すローブとフードを作り出してくれた。濡れたら困る荷物は耐水性の袋に入れて、ラフィリアが背負ってる。
港町に降る雨は温かくて、水着姿でも寒さは少しも感じない。
さらに『幻想空間』で作ったローブには、イリスの『竜の祝福』による物理効果がかかってて、雨をきっちり弾いてくれる。
「問題は……歩きながら幻想を維持するのが、意外と難しいことなのでしょう……」
僕の隣で、イリスはつぶやいた。
だから僕たちは2列縦隊でくっついて、一体化したローブを着てる格好になってる。密着したてるてる坊主が路地を早足で進んでるような感じだ。
もこもこした服を着てるように見えるけど、実際の僕たちは水着姿。
だから身軽で動きやすい。聖地にはすぐに着けるだろう。
だけど──
「あのさ、イリス」
「なんでしょう、お兄ちゃん」
「よく考えたら水着の上に、普通にローブとフードを装備してくれば良かったんじゃないかな」
「いえ、これはイリスの修業でもありますので」
イリスは親指を、ぐっ、と立てた。
「戦闘ではあまり役に立たない身なので、こういう機会にスキルを鍛えておきたいのです」
「この状態なら、素肌をマスターにくっつけることができますからねぇ」
「──そう。イリスがおそとでお兄ちゃんとお肌をくっつける機会は少ないので、こういうチャンスを逃すわけには──って、師匠。なんでばらしちゃうんですか──っ!!」
「えへへ──」
ラフィリアは照れたみたいに笑ってる。
イリスが叫んだ瞬間、一瞬だけ『幻想空間』が解けて、全員の姿があらわになる。
まわりに人気はなくて、みんなの水着を確認したのは僕ひとり。
イリスが着てるのはオーソドックスな白ビキニ。緑色の髪と、照れて上気した肌に、白がよくにあってる。
カトラスが着てるのはダークブルーのワンピース。外側に白いラインが入ってるせいで、スクール水着に見える。すごく似合ってるけど。
ラフィリアは……あれは水着と呼んでいいんだろうか。というか、あんなのアイネはどこで買ったの? まさか自作してないよねお姉ちゃん……。
そんな感じで、僕たちは『海竜の聖地』を目指したんだけど──
「雨が強くなる前に進もう。そこを右。次の角は左!」
「おっと、イリスは足がすべりましたー。ごめんなさいお兄ちゃん! 胸板をさわさわしたのは、決して故意ではございません!」
「……ボ、ボクの手があるじどのの……お尻に……」
「ふむふむ。アイネさまご手配の水着は、動きやすさを重視しているのですねぇ。まるでなにも着ていないみたいですよぅ」
──聖地に着くまでが大冒険だった。
「……道がない」
僕たちは町を出たところで足を止めた。
『海竜の聖地』は、町から突き出た岩場の先にある。
そこまでは細い道が続いているのだけど……長雨と満ち潮で冠水しちゃってる。
「……やっぱりボクが海竜さまにお会いするのは……難しいのでありますか──」
「ラフィリア、ちょっとこの水どけられる?」
「お任せくださいマスター! 発動『竜種旋風』!!」
しゅごー。
道の左右に、竜巻が発生した。
それが道に溜まった水を吸い出して、ゆるやかに海に返していく。
僕たちが先に進めるようになるまでの所要時間は、3分。
「はいどーぞ」
「行くよ。カトラス」
「は、はいであります!」
「心配など必要ございません! カトラスさまはイリスたちと同じ、お兄ちゃんの奴隷でしょう? みんな一緒です!」
「イリスどの……ありがとうであります!」
「待ってくださいー。竜巻に水着が巻き込まれてー。あーれー……」
僕たちはカトラスの手を引いて、ラフィリアは空いた手で抱き寄せて、
そうして『海竜の聖地』に入り──とりあえず洞窟の中で着替えることにしたのだった。
濡れた水着は絞って、聖地の入り口に干した。
革袋に入れておいた布で、髪と身体はきれいに拭いた。服は乾いたものに着替えた。鎧は持ってこれなかったから、装備してるのは剣だけだけど、十分だ。
結界が張られた『海竜の聖地』に魔物はいない。
奥にある大広間までは、徒歩10分。
僕たちはここで、『海竜ケルカトル』と話をすることにした。
「ふと思ったんだけどさ、イリス」
「なんでしょう、お兄ちゃん」
「前回はシロの力を借りて『竜種覚醒共感』で海竜と連絡を取ったよね?」
「はい。意外と簡単でした」
「さらにそれに、『聖剣ドラゴンスゴイナー』の力を重ねて、イリスとシロを『超元気』にして海竜と連絡を取ったら、どうなるかな?」
「なるほど。面白いことを考えましたね。お兄ちゃん」
巫女服姿のイリスは顎に手を当てて、うなずいた。
「確かに、それなら海竜ケルカトルの存在を、もっとはっきりと受け取れると思います」
「うん。そうすることで、海竜ケルカトルに『竜にとって善き聖剣』があることを、わかりやすく伝えられると思うんだ」
僕はカトラスの方を見た。
彼女はラフィリアの後ろで震えてる。やっぱりまだ、緊張してるみたいだ。
海竜がカトラスを『竜の護り手』として認めてくれるといいんだけど。
「カトラス、聖剣を準備して」
「は、はい。あるじどの!」
カトラスは『聖剣ドラゴンスゴイナー』を抱きしめた。
「あたしはどうすればいいですか? マスター?」
「ラフィリアは『りとごん』を抱いてあげてて。ドラゴンスゴイナーを抜くと、シロがはしゃぎだしちゃうからね」
「はいですー」
ラフィリアはそう言って、『天竜の腕輪』を装備した『りとごん』を胸に抱いた。
準備はできた。
「それじゃはじめようか、カトラス、イリス」
「あるじどのの命を受け、剣を抜くであります」
カトラスが『聖剣ドラゴンスゴイナー』の柄と鞘に手を掛けた。
ゆっくりと抜いて、聖剣の刀身をむき出しにしていく。
「発動なのであります。『竜活性化』!!」
「────んっ」『────おお、おおお。だよー!』
イリスの背中が、ぴくん、と跳ねて、ラフィリアの腕の中で『りとごん』が声をあげる。
そのままイリスはまっすぐ、天井に向かって手を挙げる。そして、スキルを発動、
「発動いたします。『竜種覚醒共感』プラス『幻想空間』!!」
大広間の空間が、光った。
イリスの『幻想空間』の効果だ。今、イリスは『竜種覚醒共感』で『海竜ケルカトル』と交信してる。その情報を『幻想空間』で、僕たちに見せてくれようとしてるんだ。
「海竜の巫女イリス=ハフェウメアの名において、ここに『海竜ケルカトル』のお姿を呼び出しましょう……?」
大広間に、竜の姿が浮かび上がった。
長い胴体と、ごつごつした角の生えた竜だった。
でも、どんな顔をしてるのかはわからなかった。身体を丸めて、僕たちから顔を隠してるから。しかも、大きな頭が震えてる。なんだかうなってるような声がするけど……。
「イリスの声にお応えいただき、ありがとうございます。港町イルガファの偉大なる守り神『海竜ケルカトル』よ」
『…………』
「『海竜の巫女』イリス=ハフェウメアと、その主君である『海竜の勇者』、およびその大切な仲間たちは、あなたさまにお伝えすることがあり、ここに参りました」
『…………』
「…………あの『海竜ケルカトル』?」
「………………」
「お顔を見せてはいただけませんか?」
『お主らに、告げる』
「はい」
『会うたび我をびっくりさせるの、やめてくれぬか?』
『海竜ケルカトル』は僕たちから顔をそらしたまま、言った。
『毎回、言葉を交わすごとに強力な存在となっているのは、どういうことなのだ……? 特に、我が血脈たる「海竜の巫女」と、い、い、偉大なる「天竜ブランシャルカ」より、巨大な生命力を感じるのだが……大いなる「天竜ブランシャルカ」が、すべての力を取り戻したとでもいうのか!? 一体、なにがお主らをそこまでにしているのだ……』
「「「「あ……」」」」
幻影の『海竜ケルカトル』は、胴体を丸めて顔を隠してる。
シロを直接見るのを恐れてるみたいだ。
「『聖剣ドラゴンスゴイナー』の効果のせいで、シロの存在感が大きくなっちゃってるのか……」
聖剣の『竜活性化』スキルはイリスとシロを活性化させて、いわゆる『オーバーブースト』状態にしてる。それで『海竜ケルカトル』と交信しやすくなるかと思ったんだけど……『海竜ケルカトル』は、活性化したシロに恐れをなしちゃったみたいだ。
「僕から説明します。『海竜ケルカトル』」
『おぉ、「海竜の勇者」か』
海竜は顔を上げて、僕を見た。
『うむ。お主を見ると安心するぞ。普通の人間であるからな。偉大なる天竜や、強くなった我が子孫と話すのは、どうも気後れしてしまうのだ……』
「シロさまを復活させたのは海竜の勇者ですけどね」
「その聖剣を竜にとって善きものにしたのは、マスターですよぅ!」
『おおおおおおおおぉっ!?』
『海竜ケルカトル』は丸まってしまった!
……海竜は本気でこっちを恐れてるみたいだ。
「そのままでいいから話を聞いてください」
僕は言った。
「あなたに『地竜アースガルズ』と『竜の護り手』のことについて、伝えておきたいんです」
そうして、僕は話し始めた。
保養地の北にある『魔竜のダンジョン』の奥に、地竜の骨があったこと。
そこで地竜の残留思念と出会ったこと。
地竜の骨に刺さっていた『竜殺しの聖剣』を『竜を活かす聖剣』に変えたこと。
僕の奴隷であるカトラスが『竜の護り手』に立候補したこと──
そんなことを、イリスとカトラスの補足を交えながら『海竜ケルカトル』に伝えた。
「以上が、『地竜アースガルズ』ついての情報のすべてです」
そう言って、僕は説明をしめくくった。
話が終わるころには、海竜も普通に顔をあげて、僕たちを見ていた。
『……偉大なる「地竜アースガルズ」に感謝を』
海竜は言った。
『我ら竜が無事でいられるのは、聖剣を地竜が封じてくれていたからである。その最期を看取ってくれたことと、聖剣を善きものに変えてくれたこと──お主たちにも、最大級の感謝を送ろう。我が「海竜の勇者」と巫女の味方であること、危機には無条件で力を与え、生命をかけて守ることをここに誓おう』
「ありがとう、『海竜ケルカトル』、それで、ひとつお願いがあるんだ」
僕はカトラスの手を握った。
カトラスは聖剣を抱きしめたまま、うなずいた。
そうして海竜に向かってゆっくりと、歩き出す。
「海竜どの。初めてお目にかかります。あるじどのの奴隷、カトラス=ミュートランと申します」
『おお。「海竜の勇者」の新たなる配下か』
「はい。ボクは……ボクは」
カトラスは意を決したように顔をあげて、告げる。
「ボクは……竜殺しの命令を下した王家の血を引いているのであります!」
海竜の顔をまっすぐに見つめながら、カトラスは自分の生い立ちについて話し始めた。
自分が、国王の子どもだということ。
生まれてすぐに、王家から引き離されたこと。
死んだ母親の願いを叶えるために、ただひたすら騎士になろうとしていたこと。
僕と出会って、自分の生い立ちを知り、新しい道を見つけたことを。
ひとつひとつ、かみしめるように、カトラスは話し続けた。
「現国王の庶子にして、失われた姫君。それがボクであります。こんなボクでありますが、あなたがたの味方──『竜の護り手』になりたいのであります……」
そう言ってカトラスは聖剣を手にしたまま、深々と頭を下げた。
『……地竜殺しを命じた王家の……子孫だと』
海竜はぎろり、と目を見開いた。
『それが竜を活かす剣を持ち、「竜の護り手」となりたい、だと?』
「信じていただけないのはわかるであります。でも、ボクは……あるじどのにこの身を捧げると誓った身。あるじどのからこの聖剣を預かり、竜を守る者になりたいと願うのであります。どうか、ボクが『竜の護り手』となること、許していただけないでしょうか!」
「許さぬ!」
「海竜ケルカトル!」
「黙るがいい、『海竜の勇者』! 地竜のことだけではない。王家は国を守るといいながら、異世界より多くの『来訪者』を召喚しておる。それが魔物を倒すだけではなく、各地で面倒ごとを引き起こしていること、我が知らぬと思うのか」
「でも、それはカトラスの罪じゃない」
僕は言った。
「それに、本当ならカトラスは、あなたに自分の血筋のことを告白する必要なんかなかったんだ。黙って『竜の護り手』になります、って言うこともできた。そうしなかったのはカトラスが、すべてを知った上で認めて欲しいと思ったからだ! あなたにそれがわからないはずないだろ!?」
『……だが』
「それに、僕だって地竜を殺した古代の勇者と同じ、異世界からの召喚者だ。それでも『海竜ケルカトル』は、僕を拒絶しないって信じてる」
『お主は我の試練を乗り越えておる! それに天竜の父でもある!』
「それはみんながいたからできたことだ! 僕にとっては、あなただって尊敬すべき味方だよ。だから、嘘はつきたくなかったんだ。地竜のことを話したのは、それでもわかってくれるって思ったから……だから、お願いだ。カトラスの願いを、受け入れて欲しい……」
「……あるじどの」
「あなたは『海竜の娘』が人間と結婚することを許した。僕たちともこうして話してくれてる。あなたがそういう竜だから、僕たちもすべてを話す気になったんだ。だから、カトラスのことも認めてあげて欲しい」
「イリスからもお願いいたします」
僕と隣で、イリスが膝をついた。
「あなたが認めなくとも、イリスはカトラスさまを『竜の護り手』として信じるつもりでおります。シロさまも認めてくださっております。
されど、イリスたちの住むこの町の守り神であるあなたにも、カトラスさまを受け入れて欲しいのです。そうでないと……カトラスさまが、さびしい思いをしてしまいますから」
「あたしも同じ想いですよぅ。マスターの奴隷は、家族ですぅ。ひとりだけ神様に認めてもらえないなんてだめなのですぅ!」
「イリスどの……ラフィリアどの……」
カトラスの目から、涙がこぼれた。
僕たちを見つめながら、声がこぼれそうなのを必死に押さえてる。
『……条件が、ある』
不意に『海竜ケルカトル』がつぶやいた。
『約束せよ。真の意味で「海竜の勇者」の家族となると』
「……どういう意味でありますか」
『カトラス=ミュートランよ。汝は「海竜の勇者」のつがいのひとりとなり、子を残せ』
重々しい口調で、『海竜ケルカトル』は、告げた。
『「海竜の勇者」は我が縁者である。彼と子どもを作れば、汝はその子の母となる、我が認めた勇者の子どもの母であれば、間違いなく我が身内。我は汝の願いを叶え、「竜の護り手」と認めざるを得なくなる。「海竜の勇者」の他の奴隷と同じく、汝は「海竜の巫女」の姉妹である、と』
「…………え、ええええええっ!?」
『嫌か?』
「い、いやじゃないであります! いやなわけないであります! ですが……ボクが、そんなことを望んでも……いいのでありますか?」
『それが、我が汝を認める条件である』
「…………う、うぅぅ」
『我が巫女に命ずる』
「は、はい。『海竜ケルカトル』よ」
『汝はこの約束が果たされるかどうか、その目で見届けよ。約束の履行が試みられる場に、汝も立ち会うのだ。よいな』
「あ、はい──ん? え?」
『いずれ──「竜の護り手」を認めた証として、我がアイテムを譲渡しよう。
汝等は、ここで約束を果たすと誓えば、それでよい』
「約束を……ボクが、あるじどのの子どもを……」
「イリスが、一連のことを見届ける……え? え? ええええええええええっ!!??」
え、なにこの空気。
さっきまで厳粛だって空気が、ももいろ一色になってるんだけど。
それに『海竜ケルカトル』は、なんで口の端っこを挙げて、いい笑顔な感じになってるの?
いや、海竜が折り合いを付けようとしてるのはわかるよ?
海竜は、地竜を殺し、この世界で勝手なことをしてる王家を嫌ってる。カトラスがその血筋なら、身内扱いする理由はない。けど、カトラスは僕の奴隷で、イリスにとっては姉妹みたいなものだから、仲間はずれにはできない。
だから、僕たちの『本当の家族』にすることで、身内として認める──って。
言いたいことはわかる。わかるんだけど──
「わ、わかったであります! 海竜さまとの約束、命をかけて果たすであります!」
「イリスも承知いたしました! べ、勉強させていただきます!」
カトラスとイリスは、はっきりと応えた。
話がまとまった。まとまってしまった。
……うん。僕たちはそういうことも考えて一緒にいるから、いいんだけど……。
「……僕の身体が保つのかな……心配になってきたよ」
『ならば良いことを教えてやろう。「海竜の勇者」よ』
「よいこと、ですか?」
『うむ。海の幸でな、そういうことによく効く食材があるのだ』
「──あ!」「待ってくださいですぅ!」
あれ?
イリスとラフィリア、なんで口に指を当てて「しーっしーっ」ってやってるの?
カトラスは不思議そうに首をかしげてるけど……僕の背中で魔剣のレギィまで震えはじめてる。え? なんでだ?
『それはな「ホーンドサーペント」という魔物の肉だ。かつて100人の子どもを残したという「紅蓮王」も常食していたという薬効あらたかな食材でな。口にしたものの「おとこのこ」を元気にするという。それがあればお主もたちどころに──』
「……『海竜ケルカトル』」「海竜さまぁー」
『…………お、おぅ』
「「そこに正座 (してくださいませ)(ですぅ)!」」
『よくわからないけど、イリスおかーさんが怒ってるから正座だよー!!』
「その前にイリスとラフィリアも正座!」
僕は思わず口走ってた。
「ふたりが『ホーンドサーペント』についてなにを隠してたのか、あらいざらい教えて」
ちょっと長くなってしまったので、2話に分けて更新することにしました。
次回、第198話は、明日か明後日に更新する予定であります。




