728 『ワンダースリー』の里帰り 1
「そろそろ、一度国元に戻りますわ」
ある日、クランハウスでのお茶の時間に、そんな話を切り出した、マルセラ。
「あら、ようやく母国に引き揚げることにしたのね?
皆さん、お元気でね」
「違いますわよ! ただの、顔見せのための一時帰国ですわよっ!!」
ただの冗談であろうレーナの言葉に、ムキになって怒鳴る、マルセラ。
良い関係を築けている『赤き誓い』と『ワンダースリー』であるが、マイルを巡って張り合った過去があるためか、マイルの占有に関しては未だに対抗心が残っているようなのである。
まあ、そう本気ではなく、ネタや冗談っぽく言うだけではあるが……。
「私達は、モレーナ王女以外の方達には『王女の特命により、大陸内の各地で活動している』ということになっておりますし、私には領地もありますわ。モニカさんとオリアーナさんには御家族がおられますしね……」
まるで自分には家族がいないかのような言い方であるが、爵位を得て独立した以上、既に実家は他家であり、自分の家は自分の領地邸のみである、との考えから、『今の自分には家族はいない』と看做しているのかもしれない。
そのあたりは、厳格に考え、判断するマルセラである。
ちなみに、マルセラは王都には邸を構えていない。
お金と時間の無駄であると考え、子爵に陞爵して王都邸を構えた実家のところに間借りしているという形にしているが、実際にそこに泊まることは殆どない。ただの、連絡先としての住所に過ぎなかった。
親のところに滞在すると、婚約話の猛攻に辟易するので……。
「ですから、領地や領民を放置していても平気なレーナさんとは違って、私達は頻繁に戻って顔を見せる必要があるのですわよ!」
「なっ!」
皮肉交じりのマルセラの説明に、気色ばむレーナ。
領地の運営は代官に丸投げしているレーナであるが、自分の領地や領民に対して思い入れがないというわけではない。
餅は餅屋、という日本のことわざに似た言葉が、ティルス王国にもあった。
レーナはそれに従い、素人である自分が下手に口出しするよりはと、その道のプロである代官に任せているだけなのである。領地の繁栄や領民の幸福、そして自分が作り世話をしている孤児院のこととかを気に掛けていないわけではない。
なので、それを馬鹿にしたようなマルセラの言葉に、カチンときたようである。
「はいはい、どうどうどう……」
「私は馬かっ!」
レーナが強い言葉を口にする前に、素早く場を収めたマイル。
これ以上放っておくと喧嘩になってしまうので、こういう場合にはいつもマイルが仲裁に入るのであった。
「先制攻撃を行ったのはレーナさんですから、カウンターパンチを喰らっても文句は言えませんよね?」
「うっ……」
マイルの指摘に、気まずそうな顔になった、レーナ。
「……悪かったわよ……」
自分に非があると知れば、素直に謝る。レーナの良いところである。
「いえ、私も、ただの軽口に対して嫌みでお返ししましたので、同罪ですわ。ごめんなさい……」
レーナの謝罪に対して、そう返すマルセラ。
言い争いもするけれど、皆、素直なので、大きな揉め事になることも、後に尾を引くこともない。
言いたいことを我慢して不満を溜め込むこともないので、ストレスフリーなクランであった。
「……では、楽しい帰省を!」
* *
「……ハァ、疲れましたわ……。いつものことですけど……」
王女転移システムは非常に便利ではあるが、使う度にモレーナ王女に向こうの大陸での出来事を全て報告する必要があり、長時間の説明が大変なのである。
しかも、向こうで『赤き誓い』と一緒であることは秘密なので、『赤き誓い』抜きで報告内容に矛盾が出ないように考えねばならず、ついうっかりとマイルの名を出したりしないように全神経を集中させて喋らねばならないため、マルセラの疲労はとても大きかった。
事実ではないことを複数の者が喋ると矛盾が生じたり齟齬を来したりするため、ずっとマルセラひとりが喋りっぱなしである。そのため、モニカとオリアーナには大した負担はないが、マルセラが失言しないかとハラハラしながら長時間聞いているのは、それはそれで精神的に疲れないわけではない。
そして今、ようやく今回の説明が終わり、モレーナ王女の部屋から解放されたところである。
「では、予定通り、まずは別行動でそれぞれの実家に顔出しですわね。
私はそれは早めに切り上げて自分の領地に向かいますが、モニカさんとオリアーナさんは、御実家でゆっくりなさってくださいまし」
「……いえ、私もそんなに実家に滞在するわけには……。
私の帰省が知られれば、聞いたことも会ったこともない親戚やら自称・友人やらが大勢訪ねて来られますし、婚約の申し込み書……だけであればまだしも、御本人が押し掛けて来られたりしますから、油断できないし落ち着かないのですよ……」
「同じく、いさかじゅうぞう、です……」
マルセラの言葉を否定するモニカと、マイルの口癖を使ってそれに賛同するオリアーナ。
貴族家当主であるマルセラとは違い、平民であるモニカとオリアーナには、その手のゴリ押しをはね返す力はない。自分にも、実家にも……。
ちょっと力のある平民にさえ抗いがたいというのに、相手が貴族であったなら、もうどうしようもないのである。
なので、家族に数時間顔を見せ、その日のうちに離脱、というのが無難なところであった。
「では、御実家を出られたら、私の領地に来てくださいまし。うちの領地邸ならば、婚約の申し込み書も届きませんし、御本人も来られませんわよ。3人でのんびりいたしましょうよ。
……みんなでうちの領地の改革案とかを考えながら……」
「「…………」」
どうやら、ふたりに平民の立場から色々と自領に対する意見を聞きたいらしかった。
しかし、それを承知で……。
「「お願いします!!」」
そう。モニカとオリアーナの返事は、これしかないのであった。
* *
「「疲れました……」」
どこかで落ち合ったらしく、ふたり揃ってマルセラの領地邸へとやって来た、モニカとオリアーナ。
「実家を脱出するのがあと少し遅かったら、婚約希望の連中や、彼らの手の者に捕まっていましたよ! 危ないところでした……」
「私もです。どうやら実家が見張られていたみたいですね……」
「大変でしたね……。私の方は、子爵領持参で跡取り息子の妻に、とか、次男坊をうちの入り婿に、とかいう話がチラホラと来るのですけど、簡単に断れるのでそんなに苦労せずに済んでいますの」
「「…………」」
マルセラの言葉に、そんなはずはない、と疑問に満ちた顔のモニカとオリアーナ。
……そう、貴族達がマルセラをそんなに簡単に諦めるはずがない。
実は、マルセラは王子達が狙っており、国王夫妻もそれを強く望んでいるため、それを察している貴族達の多くが自粛しており、またマルセラに手出ししようとする者が現れた場合、王家からあからさまに圧力が掛かったり、身近な貴族が慌てて忠告したりするから、一見マルセラの周囲が平和そうに見えるだけなのであった。
「……そうそう、それどころではありませんわよ! 大変なことを忘れていましたわよ、私達!」
「え? 何ですか?」
「ハンター資格ですわ! そろそろ依頼を受けないと、長期間の活動実績なしとみなされて、こちらの大陸でのハンター資格が取り消しになってしまいますわよ!」
「「あ……」」
マイル達『赤き誓い』はSランクなので、かなりの期間活動実績が停止していても大丈夫であるが、『ワンダースリー』はCランクであるため、そんなに長期間の猶予があるわけではない。
あの対異次元世界侵略者絶対防衛戦において大活躍をした『ワンダースリー』であるが、さすがに防御能力が紙装甲である少女魔術師3人組をBランクに昇格させるのは躊躇われたらしく、Cランクのままなのである。
これは、『ワンダースリー』の命に関わることなので、本当はBランクに昇格させて看板パーティとして広告塔に仕立て上げたかったハンターギルドも、同じようなことを考えていた王宮からの圧力に屈することなく、頑として『ワンダースリー』の昇格を拒否したのであった。
勿論、己を弁えている『ワンダースリー』の面々は、それを当然のこととして受け入れた。
……まだ、死にたくはなかったので……。
「とにかく、今回いくつか依頼をこなさないと資格が失効してしまいますから、一旦王都へ向かいましょう。この辺りには、面白い依頼がありませんから。
どうせ依頼を受けるなら、角ウサギ狩りとかのつまらないものではなく、何か面白い依頼がいいですよね。
そして、色々な依頼が集まるのは、やはり王都ですからね……。
それでいいかしら?」
「「おおっ!!」」
ここは、ハンターとしての返事なので、お上品な言葉ではなく、右腕を突き上げてハンター式の返答をしたモニカとオリアーナであった。




