726 苦 情 2
「ど、どどど、どうして私ががが!!」
『まぁ、落ち着きなさい』
「これが、落ち着いていられますかああぁ〜〜っっ!!」
古竜相手に、怒鳴るように会話する。
それは、古の勇者か『赤き誓い』くらいにしかできないことである。
なので、それを見た人々は、畏怖の目でモレーナ王女を見詰めていた。
「そもそも、あなたはどなたで、誰の紹介で私のことをお知りになったのですかっ!」
顔の距離が離れているため、喋る言葉が全て大声で怒鳴るようになってしまうのは、仕方ない。
慣れれば、古竜の聴力が優れていることを知ったり、もっと近くで話したりするようになって、普通に話せるようになるであろうが……。
『私はシェララよ。そしてあなたを紹介してくれたのは、マイルちゃんよ。自分は忙しいから、って……』
嘘ではない。本物のマイルからナノマシン経由で連絡が来たし、マイル001も、後半の『001』の部分を省略すれば、『マイル』である。
また、マレエットに関しては、余計な揉め事を避けるため、なかったコトになっている。
「…………」
御使いマイル様からの紹介。
そして、この国の王族である自分が古竜の愛し子であることの意味は大きい。
……些か、大きすぎるくらいである。
マイルや『ワンダースリー』を介してケラゴンにお願いすることなく、直接、自分を気に入ってくれている古竜に色々な頼み事ができる。
そしてそれらは、自分が可愛がっているペットが甘えてじゃれつくのと同じような扱いで、面倒がることなく喜んで引き受けてくれるであろう……。
「受けますわっ、そのお申し込み!!」
「「「「「「うわああああああぁ〜〜!!」」」」」」
王宮全体から、そしてシェララとモレーナ王女の声が聞こえていた王宮周辺の区域から人々の歓声が上がり、その騒ぎは次第に王都全域へと広がっていった。
慈愛の大聖女である第三王女モレーナ殿下が、古竜の御寵愛をお受けになった。
これでもう、この国が他国に侵略されることはなくなった。
そして御使いマイル様は、御自分の母国であるこの国を一番優先してくださっている。
民衆の熱狂はとどまるところを知らず、そして笑顔らしき表情を浮かべたシェララが、そっとベランダへと右手を伸ばした。
……どうやら、『乗れ』と言っているらしかった。
「…………」
これはもう、乗るしかなかった。
ウロコは足場が悪そう、とか、落ちたら大惨事、とかいう考えが頭に浮かんだが、皆の歓声と、期待に満ちた古竜のキラキラした目に抵抗することはできなかったのである。
(……まあ、古竜なのですから、もし私が落ちて大怪我しても治癒魔法で治してくださるでしょう。
古竜は人間より遥かに強力な魔法が使えますし、最悪の場合でも、マイル様かマルセラさんを呼べば、死んでさえいなければ何とかなりますわ……)
実はこの古竜はまだ若く、それ程治癒魔法の腕が良くないことを知らないモレーナ王女であるが、確かにマイルかマルセラを呼べば何とかなるであろうし、特にこの件に関して責任を感じているであろうマイルとナノマシンが全力を出せば、脳さえ無事であればどうとでもなると思われる。
部位欠損を生じた場合は、生身の身体を再生させるにはかなりの日数を要するであろうが……。
まあ、身体が再生されるまでは、機械の身体にでも入っていれば済むことである。
そして、ウロコに躓かないよう気を付けながら、シェララの背に乗る、モレーナ王女。
それを見た民衆は……。
「モレーナ殿下、ばんざ~い!」
「「大聖女様、ばんざ~い!!」」
「「「「「「古竜様、ばんざ~い!!」」」」」」
もう、興奮のるつぼであった。
王宮周辺どころか、王都全体が……。
* *
【……というわけで、モレーナ王女は特に嫌がることなく古竜の少女を受け入れたようです】
「良かった! これで、可愛いペットを欲しがるシェララさんと古竜の後ろ盾が手に入る王女殿下、Win-Winの関係だよね!」
懸案事項がひとつ消え、ひとりと1頭に……、いや、1国と1頭に満足感と幸せを提供できた。
そう考え、達成感に包まれて笑顔のマイル。
……周辺国にとっては、ひとつの国に力が集中してしまい、堪ったものではないが……。
しかし、それは国力全体の底上げではなく、ただひとりの少女によるものである。
謀略王女。絶望の戦場に立つ勇者。女神の愛し子。大聖女。……そして、古竜の愛し子……。
もう、役満とかいうレベルではない。『チート』という言葉ですら、生温かった。
なので、他国の者達は皆、当然『あの少女を手に入れられれば……』と考えるのであるが、平民であればともかく、一国の王女であり、しかも既に超有名な人物である。誘拐してどうこう、というわけにもいかないし、王太子妃に、と思っても、そんな少女を他国に嫁がせるような馬鹿な王族や貴族がいるはずもない。
そもそも、女神と古竜の愛し子に対して無礼な真似をして、自分達に加護のお零れがもたらされるわけがない。
……もしもたらされるとすれば、おそらく破滅と死のみであろう。
なので、そのあたりのことはあまり心配していないらしき、マイル。
「よし、これでシェララさんのことは問題なし! いつも、こういうふうに皆が幸せになるように上手く纏まるといいんだけどなぁ……」
「「「「「「…………」」」」」」
そして、ナノマシンの言葉は聞こえないものの、マイルが独り言のように呟く言葉からだいたいのことを察したらしきクランメンバー達。
「な、何ですか、皆さんのその、何か言いたそうな顔は……」
クランメンバー達の、何やら異議がありそうな様子に、少し不満そうなマイル。
「……まあ、シェララ様がついうっかりと、マイルさんが西方の大陸にいる、なんてポロリと漏らされなければよろしいのですけどね……」
「あ……」
「「「「「…………」」」」」
マルセラの呟きに、動揺するマイルと、無言の他の者達。
あの、シェララである。
実年齢は、人間であれば老人に相当するであろうが、古竜としては、まだ未成年の少女であり、精神レベルはそれに応じたものでしかない、シェララ。
なので当然、失言やら、ついうっかりと、ということもある。
……いわゆるところの、『ポロリもあるよ!』というヤツである。
勿論、事情を話し、口止めはしてある。
しかし、シェララにとってはどうでもいいことである。
わざと喋るような悪意はないであろうが、子供が、ついうっかりと喋っては駄目なことを口にしてしまうというのは、よくあることであった……。




