668 パーティー 3
「お義兄様、私、エストリーナ王女殿下にお義兄様の素敵なところを見ていただきたいですわ! せっかく御紹介できましたのに、お名前を覚えていただくだけなんて、勿体ないですわよ!」
「……え?」
予定にないマルセラの言葉に、一瞬動揺したメーヴィスであるが、そこは互いの信頼関係がモノを言う。
何か考えがあるのだろうと、マルセラの振りに乗る、メーヴィス。
「う~ん、でも、そう言ってもねぇ……。私の特技は剣術だから、こんなところで剣を振り回すわけにも……」
こう返せば、マルセラが、話を自分が思い付いたネタに持っていくだろう。
そう考えての、『返し』であった。
そして、メーヴィスが思っていた通り、マルセラがそれを受けて……。
「アレですわ! アレを殿下にお見せ致しましょう! お義兄様の騎士としての剣技を披露するのにうってつけのアレ、『銅貨斬り』ですわ!!」
「え……」
銅貨斬りを演じることは、当初の計画には入っていない。
しかし、別に披露しても何の問題もない、ただの見世物、大道芸に過ぎない。
そして何より、メーヴィスはマルセラの判断を信じている。
「……分かった。
すみません、少しスペースを空けていただけませんか?」
そう言うと、メーヴィスはスッと頭上に右手を伸ばし、……そして虚空から一振りの短剣を掴み出した。
「「「「「「……収納魔法……」」」」」」
人々が驚くのも、無理はない。
メーヴィスは、剣士であるはず。
先程のマルセラの言葉の中に、『騎士』、そして『剣技』という言葉があった。
そして本人も、自分の特技は剣術だと言っていた。
……しかし、収納魔法は一流の魔術師でも習得が困難な、最も難度が高い魔法のひとつである。
その収納魔法の使い手である、見目が良く、剣術が得意な若き伯爵家当主。
もう、これ以上『素敵なところ』など見せる必要はないのでは、と思う貴族達が多かったのも、無理はない。
そして、王宮のパーティー会場に剣を持ち込むなど、普通であれば大事である。
即座に衛兵達が殺到して取り押さえられてもおかしくはない……というか、そうなるのが当然である。
……しかし、いつも収納魔法に入れている短剣がそのままであっただけであろうし、もし悪意があったなら、このような出し方ではなく、王族に近付いた時に取りだしてそのまま斬り掛かるに決まっている。
メーヴィスには悪意や殺気のカケラもないし、取り出されたのは歩兵剣ではなく短剣であるし、王族達の方を見もせずに見世物の準備をしている。
もし狼藉に及ぶつもりであれば、わざわざ戦力が落ちる短剣を使うとは思えない。
なので、一歩間違えれば大事になったメーヴィスの大ポカは、何事もなくスルーされた。
この失敗は、銅貨斬りを提案したマルセラにも大きな責任がある。
どうやらマルセラ達は、女性近衛分隊として帯剣したままモレーナ王女の側に付いていたため、そのあたりの感覚が麻痺しているようである。
「すみません、どなたか、銅貨をお持ちではないですか?」
いつものように、メーヴィスが皆にそう声を掛けるが、返答する者がいない。
……無理もない。
王宮のパーティーに招かれるような貴族は、自分で買い物に行ったりはしない。
買い物は、大店の番頭あたりが厳選した商品をいくつか邸に持ち込み、その中から気に入ったものを選ぶのである。
そして、もし商店に出向いたとしても、支払いは後日精算されるか、お供の者が支払う。
……決して、貴族本人が巾着袋からお金を取り出して支払うようなことはない。
それに、もし巾着袋を持ち歩く物好きがいたとしても、王宮でのパーティーに出る時にまでそんなものを懐に入れていたりはしない。衣服のラインが崩れるし、ダンスの時に硬貨が触れ合って音でもしたら大変である。
いつもならば、すぐに誰かが『じゃあ、俺が!』と名乗り出てくれるのに、誰も名乗りを上げてくれない。
メーヴィスが少し困ったような顔をしていると……。
「よし、私が提供しましょう!」
17~18歳くらいの青年が、名乗り出てくれた。
おそらく、パーティーの後にお忍びで街を出歩き、平民の友人と飲み食いしたりするタイプの悪い子なのであろう……。
「では、それを私に向けて山なりに投げていただけますか?」
「よし、分かった……、あ、いや、ミーフェ、お前がやるか?」
「はいっ、お兄様!」
頬を赤くして大喜びの、12~13歳くらいの少女。
どうやら、青年はメーヴィスのアシスタントという美味しい役を妹に譲ったようである。
これは、妹の兄に対する好感度が爆上げとなるであろう。
このような心遣いができるのであれば、さぞかしモテることであろう。
さすが、遊び人(多分)だけのことはある。
そして人々が下がり、充分なスペースが確保された。
収納魔法から取り出した短剣を左腰に佩き、右手で軽く柄を握るメーヴィス。
「お嬢様、どうぞ!」
「はい、行きます!」
そして、慎重に投げられた銅貨は、メーヴィスに向かって放物線を描き……。
キィン!
ぱしっ!
目にも留まらぬ速さで振られた短剣と、それに続いて空を走るメーヴィスの左手。
そして、前方に突き出された拳をゆっくり開くと、その手の平に載っていたのは……。
「真っ二つだ……」
「信じられん……」
「神業だ……」
信じられない、というような顔の貴族達に、頭を掻きながら恥ずかしそうにメーヴィスが呟いた。
「師匠は、剣を二閃させて四分割にされるのですけど、私は未熟故、そこまでは、まだ……。
いつかは私も、と思い、精進しておりますが……」
メーヴィスの言葉に、愕然とする貴族達。
四分割。
そんなことができるのは、もはや人間ではない。
100歩、いや、1000歩譲って、放り投げられた空中の銅貨を一閃して斬ることができるとしよう。……そんなことは、まず不可能であるが……。
しかし、空中でふたつに切断され、それぞれが別方向へと飛び散ったカケラを、次の一閃でその双方を綺麗に切断できるものであろうか……。
「「「「「「あり得ない……」」」」」」
おそらく、この若き伯爵の師匠というのは、剣神……優れた人間に与えられる称号ではなく、本物の神……なのであろう。
皆の頭には、その考えしか浮かばなかった。
……実はメーヴィスは、銅貨の四分割をできなくはない。二閃目は少し精度が悪く、均等ではなくなってしまうが……。しかし、さすがにそれはやり過ぎかと思い、2分割しかできないように装ったのである。そして、マイルのような綺麗な四分割を目指しているメーヴィスであるが、マイルが現在『銅貨を水平方向にスライスして、表側と裏側に切り分ける』という技の練習をしていることは、知らなかった。 ようやくマイルに近付けたと思っているメーヴィスがそれを知った時、どんな顔をすることやら……。
……さすがのマイルも、今のところ、その技を会得する目処は立っていないようであるが……。




