662 帰 省 12
レーナは、反転して、元来た方向へと戻っていた。
……荷馬車の御者をやって……。
ハンターなのである、御者くらいできる。
護衛任務というものは、いつ、傷付いた御者と依頼主である商人を乗せた馬車を操って、追い縋る魔物や盗賊を振り切って逃げなければならない羽目に陥るか、分からないのである。
その時に、私は馬車が扱えません、などと言えるわけがない。
そして幸いにも、違法奴隷として捕らえられていた子供達の内のふたりが、道幅の広い主要街道をゆっくり進む程度であれば馬車を操れるということであり、もう1台の荷馬車にはそのふたりを御者台に座らせている。
前方を進むレーナの馬車についていくだけであれば、御者が特に指示をしなくても、馬が勝手について行くため、問題はない。
元々常に一緒に行動している馬達であったらしいのが、幸いであった。
レーナは、賊達を最寄りの町で官憲に引き渡した後、両親どころか住んでいた村そのものをなくして行き場のない孤児となった子供達を、自分の領地の孤児院に受け入れることにしたのであった。
官憲への説明は、簡単であった。
レーナが、本名を名乗ったので……。
隣国の女伯爵にして、世界を救った4大英雄のひとり、大魔導師、『赤のレーナ』。
いくら髪を染めていても、大空にその勇姿を映し出された英雄のひとりである。『お忍びだから、髪の色を魔法で変えているのよ』と言われれば、疑う者などいない。
そして賊達の犯罪行為であるが、子供達が本当に違法奴隷であるかどうか、そしてこの男達がそれにどこまで関わっているかを解明するためには時間がかかり、無実かどうかをその場で判断するのは難しかった。
子供達の証言も、ただ『村が襲われて、捕らえられた』というだけであり、襲ったのはこの連中とは違う者達だったらしいため、それだけではこの連中が『襲われた村で生き残った子供達を運んでいるだけの、善意の第三者である』と言い張られれば、それを否定できるだけの証拠がない。
……しかし、レーナを捕らえて違法奴隷にしようとしたり、殺そうとしたことに関しては、『赤のレーナ』という、ある意味侯爵や公爵等の上位貴族や国王陛下よりも信頼度の高い証人がいるため、問題なかった。
無実ではなく、既にそれだけで終身犯罪奴隷か極刑モノなので、何の心配もなく拷問ができるからである。
なので、村を襲う実行役のグループや、子供達を受け取って売り捌くグループも、壊滅に追い込むまで捜査の手が止まることはないであろう。
何しろ、あの『大英雄、赤のレーナ』を襲い、殺そうとした連中と、その仲間達なのである。
殲滅しないと、領主を始めとするこの領地の貴族や兵士、治安維持に関わる者達、その他諸々の面子が丸潰れであり、それどころか、女神に仇なす神敵と看做されかねない。
そして勿論それは、この領地のみに留まらず、この国全体への評価に繋がることとなる。
……絶対に、容赦のない過酷な取り調べが行われるであろう。
賄賂や懇意にしている貴族の取りなしなど、利くはずもない。
味方をしたり擁護しようとしたりすれば、一蓮托生、共に地獄の底へ真っ逆さま、である。
子供達が御者を務める荷馬車が追従しているため速度が遅く、レーナの領地までの移動には時間が掛かる。
なので、馬車に乗っての移動中は子供達と話すことができないが、休憩時間と夜営の時には、たっぷりとある時間を使い、色々な話をした。
これから行く孤児院のこと、『赤き誓い』のこれまでの活躍、そしてレーナもまた幼い頃に家族を失った孤児であったこと……。
仲間も大人達もいないため、レーナはいつもの虚勢モードではなく、孤児院の子供達を相手にする時の、レーナの本性である『優しいお姉さん』モードである。
自分達を助けてくれた、救世の大英雄。
優しいお姉さん。
これから面倒を見てもらえる孤児院の経営者であり、自分達が住む場所の領主様。
……そして、自分達と同じ孤児でありながら、英雄にまで登り詰めた、孤児達の憧れの星。
それは、モテる。懐かれる。
孤児達にとっては、貴族の娘であるマイルやメーヴィス、そして商会主の娘であるポーリン達よりも、遥かに共感できる、孤児業界のスーパースター、憧れの人である。
収納魔法を会得した。
そして、子供達に囲まれて、レーナ、幸福の絶頂である。
食事は、立ち寄った町で買った食材を使って、子供達が用意した。
最初はレーナが作ったのであるが、その後、レーナが調理に参加させてもらえることは二度となかったのである。
さすがに子供達も、恩人に対する配慮よりも、自分達の生命の危機の方を優先したようであった。
ちなみに、レーナはひとりの時には、立ち寄った村や町で食事をするか、パンと干し肉とドライフルーツのカケラ、そして乾燥スープの素を使った飲み物を飲むだけである。
レーナは決して味覚音痴というわけではないので、自分が作った料理を、自分だけはマズいと感じることなく美味しく食べられる、というわけではなかった。
なのに、なぜクランでの食事当番を辞退せず、また、子供達のために料理を作ろうとするのか。
……義務感や責任感、そしてやる気があるというのも、良し悪しであった……。
* *
「マイレーリン女伯爵は、自分が門下生である他国の道場に顔を出し、数日間稽古に参加し宣伝に協力した後、消息不明。
ベケット女伯爵は、自分の商店と実家、代官屋敷に顔を出して色々と指示を出した後、同じく消息不明。
レッドライトニング女伯爵は、孤児院と代官屋敷に顔を出した後、逃走。
ご尊父と昔のハンター仲間である『赤き稲妻』の皆さんのお墓参りをした後、隣国へ向かわれました。
その後、隣国で違法奴隷の捕獲・密売を行っていた犯罪者達を捕らえ、助けた孤児達を自領の孤児院……これは女伯爵が自ら運営しているものですが、そこに預けるため再び領地に戻り、代官がそれに気付いて捕獲する前に再び逃げたそうで……。
取り逃がした代官は、かなり悔しがっていたとか……」
「ふむ……。ということは、つまり……」
「はい。皆、領主の仕事が嫌で逃げ出したものの、国内か隣接国あたりをうろついて、楽しくやっているのではないかと……。
今更、お金や名声を欲しがることもないでしょうから、弱者を助け、旅を楽しみながら善行を積んでいるのではないかと。
ですから……」
「うむ。アスカム女伯爵……、御使いマイル様がちゃんと神殿でお勤めを果たしてくださっているなら、それくらいは問題ないか。
各地で民を助けて廻っているなら、更に国民からの人気が上がり、それは我が国の善政として伝わるわけだからな」
「はい。皆、我が国の貴族ですし、領地を代官に任せてのそれらの行動を陛下がお許しになっている、ということですからな。
全ては、陛下の御方針、ということになります」
銅貨1枚の経費すら掛からず、民からの王宮への忠誠心が上がる。
……これは、美味しい。
とても、美味しい……。
「3人揃って出奔された時には、御使い様も出奔されて合流か、と慌てましたものの、それぞれ別行動で、御使い様は出奔なさいませんでしたからね。
それどころか、それまでよりお勤めに励まれるようになり、暴飲暴食もお控えになり、神官達が喜んでいるとか……。
現状は、我が国にとってはかなり良いものだと思います。
後は、御使い様とお三方を、我が国の貴族か王族と娶せることさえできれば……」
宰相の言葉に、うむうむ、と笑顔で頷く、国王であった……。
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