episode05 【自室】 哀しきすれ違い!
自室に飾られている三面鏡。姿見なので、肢体をくまなくチェックできるので便利だ。
だがそれと同時に直視したくないものも、突きつけられてしまう。
ボタンを一つ一つ丁寧に外していき、ぱさりとその辺に放る。露わになった下着は、少しも膨らんでいない。
忍の調理する料理に舌鼓を打ちながら、必死で維持している理想的なくびれを損なう努力は怠ってはいない。自分で評するのもなんだが、体型は決して悪くはない。それなのに、たったの一部分だけが納得できない。
胸、だ。
ない、というレベルではなく、胸の大きさは皆無であり目も当てられない状態。ないものねだりだというのは、自覚できているが納得できるという訳ではない。
スカートと靴下を脱ぎ捨てながら、ボスンと低反発のベッドに寝転がる。
悩みを打ち消すように、日課である腹筋を開始する。だらだら数を重ねるより、スピーディに少ない回数をこなすのが智恵理のやり方だ。
「くっ……うんっ……はっ……」
胸がないせいで、腕が交差させやすいのが妙に腹が立つ。吐息を漏らしながらも、一心不乱に没頭する。
「はぁ……はぁ……はぁんっ……」
次第に、起き上がるペースが遅れてくる。それでも昨日よりも多い回数を目指して、上半身を起こす。
「あっ……あと……もうっ……すこし……」
目標達成するとぷはぁと、息を吐いて両手足を広げる。
大の字になりながら虚ろに天井を眺めていると、遠慮がちにドアがノックされる。
呼吸を整えてから、どうぞとドア越しに答えると、失礼します、と入ってきた忍はどこかよそよそしげ。
「あのっ……お邪魔ではなかったでしょうか?」
「ううんっ。今日すべきノルマは終わったから、邪魔じゃないよっ」
「……今日、すべきっ……ですかっ!? 差し出がましいようですが、もしや毎日しているんですか?」
「うん、まあね!」
スタイルを維持するためのルーティンなので、告白すると妙に気恥ずかしい。
なぜか愕然としてたじろいでいた忍は、気を取り直す。
「そう……ですよね。智恵理様も年頃ですし、やっていてもおかしくありません」
「なに言ってるの? 忍だってやったことぐらいあるでしょ?」
「は、はい!?」
素っ頓狂な声を上げる忍を、訝しげに智恵理は見やる。
「どうしたの?」
「いえ、その……私はそういう経験はありませんので……」
「ええっ、そうなのっ?」
普段から体を鍛えているような印象だったので意外だ。
「だったら、今度いっしょにやってみる?」
「……本気で仰っていますか?」
「えっ……だめ……かな?」
軽い気持ちで一緒に筋トレをしようと誘ってみたのだが、耳たぶまで真っ赤にして俯いている。
「ごめんねっ、そこまで嫌がるなんて思ってなくて。やっぱり、一人でやるものだよね」
「そっ、そんなことありません!! 智恵理様が望むのなら、私も覚悟を決めますっ!!」
清水の舞台から飛び降りるような決死の覚悟が、瞳に灯る意志の炎から伺えるが、そこまで執心されると驚く。やっぱり忍は根は真面目で、どんな物事でも汗を流せるような人間らしい。
それとも。
自惚れることが許されるのなら、智恵理と一緒に何かをする。それ自体が懸命になるだけの源泉に成りうるのだとしたら、それだけで嬉しいなっ。
「……そういえば、忍は何しに来たの?」
「はい。つばめ様が、智恵理様をお呼びになっています」
「つばめ義姉さんが? だったら、自分でこっちに来てくれればいいのにっ」
「それが……有沢様に――」
「あーそういうことねっ。わかったよっ、すぐに行く」
語調を濁す忍の言葉を途中で打ち消す。
まったく、つばめ義姉さんは有沢さんが優しいからって、すぐに甘えるんだから。
「そうだっ、忍。筋トレはまた今度ね」
「…………は?」
たっぷり時間をかけて、ようやく口を開いた忍。
智恵理は、首筋から伝わり胸元まで到達しそうだった汗をタオルで拭く。
「だから、腹筋はまた今度二人でやろうよっ!?」
「…………あっ、はい!」
棒立ちになっていたら忍は、何か合点がいったように頷く。
「……そうでしたか。音漏れした声だけを聞いてたら――にしか聞こえなくて戸惑ってしまいました……」
なにやら小さく呟く忍を横切り、部屋を出ようとすると、
「智恵理様っ!」
切羽詰った声で呼び止められる。
はた、と足を止めて振り返るとなにやら顔がこわばっている。なにか重大なことをひけらかすような、そんな重苦しい雰囲気。
「どうしたの?」
「せめて、何か羽織られてお出になってください」
……忍に言われて初めて、自分が下着姿で廊下に出ていたことに気がついた。




