episode04 【車内】 どうしても譲れない想い!
光沢のある高級車。
その後部座席は驚くほど揺れずに、エンジン音はほとんど無音。
運転席とは、防音材で仕切られているためちょっとした個室。ゆったりできる広々としたシートは、ソファーのように一つながりでリラックスしやすい。
だから肩を寄せ合う必要はないが、おずおずと一定の距離をとっている忍のことがどこか納得できない。
「なんでそんなに端っこにいんの? こっちきなよ」
「いいえ。ここで結構です。必要以上に智恵理様に近づくことは、従者としては不適切。メイド流は陰で暗躍し、主を守護することこそが至上であって、それ以上は蛇足です」
「さっきまで手繋いでたじゃん。もっとくっつこうよ?」
鞄を足元において、ぐっと距離を縮める。腕と腕をくっつけると、智恵理は肩にコトンと頭を乗せる。
「――ッ智恵理様!?」
狼狽する忍を見取って、ふふんと溜飲を下げる。そのまま勢いよく、バスンと膝下に後頭部を転がす。登校靴を粗野に脱ぎ捨てて、ゆったりと足を伸ばす。
「ひざまくら、やってみたかったんだっ!」
眩いものを見るように、両目を眇めながら忍を眺める。困惑している忍の顔は、やっぱり可愛くて、もっとイタズラしたくなってしまう。
「んっ」と思わず声を上げてしまう。
忍に飛び乗るように縋ったせいで、智恵理の髪の毛先が目をチクリと差すように、睫毛をすり抜けてしまったからだ。
すると忍は、サラリと押し黙ったまま掻き分けてくれる。
智恵理のために何かできたのが、嬉しそうに微笑したままでクールに。そうするといつものように奉仕することで、調子を取り戻したようだ。
「さっきは驚きました」
「ん、なんのこと?」
「いえ……なんだかいつもの智恵理様じゃないようで、少し不安だったのですがどうやら杞憂だったようです」
「そんなことないよ、智恵理はいつだって変わることはない」
そう、智恵理は何一つ変わらない。
いや、変わることなんてありえない。
生天目の門扉をくぐるずっと前から、こうなることを望んでいた。
心の奥底では、感情の刃を磨いていた。矛先の、常磐城さんへの執着心は、どこか愛情にも似たもので、黒く渦巻くこの感情をいつ彼女に突き刺させるのかと思うと疼く。
こうして同じ高校に入学することができ、あまつさえ同じクラスに振り分けられた。
この絶好の環境下なら、智恵理の思うがままだ。
あと必要なのは周到な策と、徹底した覚悟だけ。ためらいや同情なんてものは、智恵理にとっては邪魔なだけだ。
いったいどんな手段を用いて、彼女に絶望の底とはどんなものかを頭に叩きつけてあげようか。
「……智恵理様……」
はっと、正気に戻る。
どこか怯えたような顔で智恵理を見下ろす忍を安心させるように、温厚な表情で誤魔化す。大丈夫、忍には迷惑をかけない。悲しませるようなことは絶対にしないから。だから、そんな顔をしないで欲しい。
どうやって安心させようかと逡巡していると、忍が「出過ぎたことを言ってもよろしいでしょうか?」と問いかけてきたので是非もない智恵理は、コクンと頷く。
「智恵理様は、大変頭の回転が早くていらっしゃいます。だからこそ、私は心配なのです」
「そんなことないよっ、忍だって頭いいよねっ」
「いいえ。ただ私は、智恵理様のお傍にいたいという一心で、どうにかここまでやってこれただけなのです」
濡れているような湿り気のある睫毛を顰めながら、忍は微笑する。
「こんな矮小な私が、智恵理様と同じクラスになれたことを誇らしく思っています」
「そんなことないって、しっつこいなー」
「だから、決して無理をなさらないように……」
「分かった、分かったって! いつも大げさなんだから、忍は」
冗談めかしく言いながらも心の内では、「そんな約束なんてできるはずない」と、冷静であまりに仄暗い、客観的な思考を持つもうひとりの自分が、消え入るような声で囁いているような気がしたが、今の智恵理は耳を傾けることはしなかった。




