episode39 【体育館前】 カーテンコール! (中)
「…………なっ」
唖然とする御巫さんを見下ろして、ほかの女子生徒達は嘲笑う。
「ははっ、やっばっ! なにへたりこんでんの? マジうけるっ」
「ちょ、やばいって。そんな強く押しちゃだめだよ~」
「えっ、違うよ。御巫さんが大げさに倒れただけだってぇ。ほんと、やめてよね御巫さん。体張って笑いとるとか、芸人かっつーの」
唇をわなわな震わせながら、ようやく御巫さんは立ち上がる。
「……なに……するのよ」
深々と溜息をつきながら、女子生徒の一人が答える。
「…………はあ。あのさあ、ずっと私達あんたの指示いやいや聞いてたの、分かってなかったでしょ? 何様かってぐらいの上から目線で色々言っちゃってくれてさあ。もう少しみんなのこと考えてくれない?」
「だから私は、みんなのためを思って頑張ってきたんでしょ!?」
虚空には、置いてけぼりの御巫さんの喚き声。
「なんかさ、そういうの重いよ。熱血なのか知らないけど。そうやって自分のやりたいこと押しつけてるだけでしょ? クラスのみんなからあんたなんて言われてるか知ってる?」
女性生徒は御巫の苦悶の表情にも動じずに、冷たく突き放す。
「『ウザい』って! 『面倒くさい』って! いい加減気が付いたら? あんたがいるだけでどんだけ私達が迷惑してるの思ってるの? ほんと消えてくれない? それがみんなの為になるからさ」
痛烈な言葉に傷ついたのは、御巫さんだけじゃなくて――智恵理も。
養護施設に居たときに、そこにいる大人によいう言われたことは、「みんなと一緒に遊びましょうね」だ。毎日毎日、ほんとうに大切なものを喪失した智恵理は、茫然自失の状態で揺るやかに流れる時をただ感じているだけだった。
伽藍洞でしかない智恵理を奇異の目で見た同類達にすら見捨てられ、精神的にささくれるような様々な方法で虐げられた。それでも反応を見せない智恵理を気味が悪いと思ったのか、いつからか誰も相手にしなくなっていった。
――智恵理ちゃん……だよね?
座り込んでいた智恵理に、単独で距離を詰めてきたつばめ義姉さん。他人に完全に無関心だった智恵理にはどうでもよくて、ずっと地面に這っている蟻を眺めていた。
――やめよっ、それは智恵理ちゃん自身を傷つける行為だよ。
行儀よく並んでいる蟻たちが目障りで指で潰そうとしたしたら、その手を止められた。孤独だった智恵理が感じた、絡められた久しぶりの指の熱。じんわりと広がっていくのが怖くてバッと放す。おずおずと、送られた熱の先へと視線を投げる。
――ねえ、智恵理ちゃん。おねーちゃんの家族にならない?
初対面の人間にかける言葉じゃない。正気を疑うように目を向けるけど、相手は頑として背けない。それどころか、無遠慮に手をさし伸ばしてきた。枠の外に押し出さてきた智恵理にいとも簡単に垂れてきたのは、蜘蛛の糸のような微かな希望。そんなか細い光を手繰り寄せるだけの気力はなくて、だけどそれを跳ね返すだけの反骨性も捻じ曲がっていた。
だから、いつの間にか智恵理は手を握られて、立ち上がらされていた。
ずっと下ばかり見ていて、暇さえあればへたりこんでいた智恵理にとって、こんなに強い太陽の光を浴びるのが久しぶりな気がして眩しかったけど、目は瞑りたくなかった。
……あの時、智恵理は救われたんだと思う。ずっと燻っていた智恵理には、やっぱり目の前で苦しんでいる御巫さんに同族意識を感じていて、勝手に過去の自分と重ね合わせてしまう。だから見て見ぬ振りはできなくて、彼女の盾になるように立ちはだかるのはきっと仕方のないことなんだ。




