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episode03 【駐車場】 耐え忍びて仕える者!



 裏門付近の何十台も収納できる駐車場。

 背丈のある桜の木々から漏れる日差しが、葉の形に陰影をつけている。緩やかな風に揺れた梢が身を寄せ合い、優しげな音が耳をくすぐる。

 満開で煌びやかな桜の花が、ひらひらと飛ばされているのが物寂しいと思っていると、偶然肩に乗っかった桜の花びら。それを振り払うには心苦しすぎて、ただ自然を感じるように目蓋を閉じる。

 鼻腔から空気を吸い込むと、土っぽくて人工さを感じさせない薫風が舞い込んでくる。

 ゆったりと流れる時間。

 思惑と打算に渦巻き、靄のあった頭がすっきりと晴れ、穏やかな気分になってくる。深呼吸のように吸っていた綺麗な空気を、唇からふぅと押し出す。

 落ち着き払ってパッと目を見開くと――


「智恵理様、お迎えにあがりました」


 ビクゥゥ! と突如として眼前に姿を現れた忍におののく。

 カバンの取っ手を恭しく両手で持ち、小首をちょっとだけ傾げる。礼儀正しく踵を揃えて、涼しげな表情で微笑む彼女は、相変わらず可憐だ。

「ありがとねっ、忍。だけど、気配を消して出現するのは遠慮して欲しいな」

 眼球だけを動かして、周囲の人間がこちらに一時の好奇の視線を向けているのを視認する。

 声が多少上擦るってしまったが、ここでは演技の必要がある。

 はっとするような顔立ちは、清潔感溢れていてどうしても他人の興味を引き寄せてしまう。彼女に目立つなというほうが、無茶な注文だ。

「智恵理様、それだけは承ることはできません。なぜなら、メイド流において忍び足は、智恵理様を守護するために必要不可欠なもの。切っても切り離すことはできないものです」

「……その設定、いつまで言い続けるのよ」

 ボソッと思わず本音が漏れると、耳聡く忍が唇を尖らせる。

「何かおっしゃいましたか?」

「ううん、なんでもないっ!」

 腰まで垂れていて濡れているように艶やかな黒髪は、日光が反射しそうなぐらい美しい。リップも塗っていないのに、桜色に彩られているプリティな唇は丁度いいぐらいの肉感。今は着やせしていてなりを潜めているが、お椀型で形の整った大ぶりの胸は、片手ではおさまりきれない程の存在感を誇っている。

 そんな忍にも弱点というか、直したほうがいい点がある。

 それが、『メイド流・中忍』という彼女の虚構の設定だ。

 ……正直、頭がどうかしているとか思えない。

 聞き分けのいい忍も、時折妙なところに頑として譲らずに主張し続けていて、最早一々否定するのにもこっちが辟易してしまった。

 忍は、なんでも忍者の末裔らしい。生天目家に長らく仕えてきた彼女の先祖は、いつからか衰退していく忍びに危機感を覚えたらしい。

 忠誠を誓い、影となって尽力をつくすという点では、共通項のあるメイドに目を付け融合。そして、メイド流という新たな流派が派生した。

 という、今時中ニ病に発病した人間ですら見向きもしないだろう設定を、彼女は永遠と語り続けている。

 救いようがないほどにアレな忍だが、それ以外はほぼパーフェクトに雑務を処理できるので重宝している。

「車はどこに回しているの?」

「あちらに待たせております。さあ、お手を」

 すっと、忍は手を差し出してくる。

「べつにいいよ。そんなに距離なんてないんだし」

「いいえ、いけません。智恵理様がもしもつまづいて、お怪我をなさってしまったら、愚昧な私の命、自らの手で終わらせる所存です」

「はいはい。わかったから、もう変なもの取り出さないでねっ」

「はっ、智恵理様がそうおっしゃられるなら」

 物騒なものを懐から取り出そうとする忍を諌める。忍びになりきっているのなら、忍びらしく暗器や手裏剣などの小道具を持っていて欲しいものだ。法治国家の日本で、改造した小型のスタンロッドをバチバチいわせるのは止めて欲しい。

 ため息つきながら、忍の手を取る。

 と、彼女の手のひらは小刻みに震えているのを感じる。不審に思い、彼女の横顔を見つめると、首筋にだらだらと冷や汗を掻いている。

「だ、大丈夫? すっごい汗だよ」

「平気です。ちょっと今日は暑いですね」

 春になったばかりの、この季節。暑いというよりは、心地よい風も吹いていてむしろ涼しいぐらいだ。それでも、忍の急激に掻いた汗の量は甚大でありほんとうに暑そうだ。忍が暑がりだったなんて、聞いたこともなかった事実だけど。

 それに、どうしてだろう。

「忍、どうしてそんなに歩くの遅いの?」

 亀のようにのそりのそりと、歩を進めていく忍を詰問する。これじゃあ、どう見積もっても一人で歩いたほうが速い。

「すいません、石ころ一つ見逃さずに歩いていますので」

 ギュッと握り締める力を強められる。

 忍は姫カットの髪を左右に振りながら、視線を漂わせる姿は真面目そのもの。ちょっとばかり熱が入り過ぎているような気もするけど、悪い気はしない。それだけ、彼女は智恵理のことを想っているってことだ。

 そう考えると、叱る気も失せる。

 彼女の熱を帯びた手から、徐々に智恵理の指先にも温かいものが伝わってくる。

 ……なんだか歩くだけのことなのに大げさで馬鹿らしいけど、少しでもこんな時間が長く続けばいいな。そしてそれを、隣にいる彼女も胸の内で感じてくれていたら、嬉しいなって思うんだ。



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