episode36 【体育館】 極彩色の三羽鴉! (下)
「それや。ウチも有沢先輩にそれを聞きたかったんや。なんたってウチのクラスはAクラスの方に当たってしもうて、あんまり試合見れてへんもん」
下級生がつばめに乗りかかるようにして身を乗り出す。
Aクラスで指揮をとっている一年生はレギュラーと補欠を交互に交代して、疲労を感じさせない作戦。それからボールを持ったら即座に後ろでもいいから、敵に取られないようなパスをする。など、にわか仕込みとはいえ、即席のチームプレイを確立できていた。
けれど、それが強い証というわけではなくて、トーナメントでぶつかった相手がCクラスやEクラスだったことが勝因として大きい。
対してDクラスには秋月もみじの他に、黒崎咲と綾城茅の二人がいる。特に綾城茅はその素行さえ悪くなければ、AクラスかBクラスのどちらかに所属してもおかしくないぐらいのポテンシャルを誇っている。
結果は火を見るより明らかだということは、きっとこの学園生徒全員が感じていることだろう。
「九割九分九厘、Dクラスが優勝するでしょうね」
「……そやろうな」
なにより、この体育館に集まっているみんながそれを望んでいない。
理由はなんであれ、ここにいる人間が待望しているのは秋月もみじの躍進。どちらが勝敗を決めるかで色めきだっているのではなく、何点差でDクラスが勝利の雄叫びを叫ぶかを心待ちにしている。
私が対戦している時も、あちら側の声援が多くかなり戦いづらくて、苦戦を強いられた。
理不尽なまでの圧倒的な差が孕むのは、嫉妬でななくて崇拝なのかもしれない。秋月もみじの織り成す芸術とも思えるバスケセンスに魅了され、誰もが味方についてしまう。
かりに智恵理のクラスとDクラスと実力が伯仲であったとしても、勝てる見込みはなかった。そのぐらい紅蓮の熱気は上がっていて、観客の示し合わせたような結束に恐怖を感じるぐらいだ。
「見てみ、千両役者のご登場や」
独眼少女が顎で指し示したところには、照れ笑いを浮かべた秋月もみじがいて、なにやら同じクラスメイトに揉みくちゃにされていた。
そして観客のボルテージは一気に上昇して、体育館の天井に届かんばかりの声量で彼女を迎える。外で唸り声を挙げる雷雨にすら勝るような、耳を聾するほどの怒声にも似た興奮の声。
「有沢先輩はどうやら秋月もみじが気になっているようやけど、ウチは生天目智恵理に興味があるわ。初めておうた時に感じたあの既視感。あの娘からはウチと同族の匂いがしたわ」
「智恵理はあなたとは違うわ」
「……まあ、そこはええわ。ただな、秋月もみじみたいなカリスマよりも、ウチは生天目智恵理のような普通の人間の方が好感もてるわ。見てみ、あの眼を。この状況下ですくむことなく前を見据えとる。あれは磨けば光る逸材や」
遅ればせながら入ってきた智恵理は確かに表情を引き締めていて、そこからは危険なぐらいの覚悟を感じ取れる。
「ふーん、二人ともDクラスが勝つと思ってるんだー。おねーちゃんはAクラスが勝つと思うけどね」
あまりにも自然に出てきたつばめの達観としたいい口に、ばっさりと袈裟斬りにされる両隣の二人。時間差でようやく口から付いて出たのは、有り体な質問だけ。
「つばめは、Aクラスが勝つと思ってるの?」
「うん、そうだよっ! だって、智恵理ちゃんが負けるはずないもん」
毅然と言い放つつばめに狼狽したのは私だけじゃないらしい。
「そ、それはあまりにも身内贔屓な見方やわ。ありえへんよ。生天目先輩は秋月もみじの試合見てへんかったん?」
「見てたよ。凄くバスケ上手みたいだけど、それでも智恵理ちゃんには勝てないよ」
「そんな簡単に言ってのけるほど、生天目智恵理に勝ち目があるとは思えへんわ。その自信満々でいられるのを裏付ける、論理的な根拠は? 明確な理由は?」
「だっておねーちゃんは、」
つばめは全く説明になっていないにも関わらず、全ての理論や事象を覆すようにあけっぴろげに笑顔の花を咲かせる。
「智恵理ちゃんのおねーちゃんだから」




