episode02 【体育館前】 智恵理は常磐城さんと仲良くなりたいなっ!
視点切り替えします。
体育館からぞろぞろと隊列を組むように出て行く。
その中でも、ひときわ異彩を放っているのは、一人スペクタクルを演じていた常磐城さんだった。それは常磐城さんから強烈な上流階級のオーラが発せられている。豪華絢爛な髪飾りや制服のリボンの装飾、人目を引く妖精すら嫉妬しそうな容姿がそうさせている。
……というわけでは一切ない。
触らぬものに祟りなし。
彼女なりの信念に基づいて途中放棄しなかったのだろうが、完全に逆効果だ。あれほどのアクシデントを引き起こす人間に、引かないわけがない。なにより挨拶中のあの血走った目は、言い知れぬ狂気を感じた。
手塚ファントムのように、彼女の周囲にはポッカリと穴が空いている。誰もが彼女に少しでも関わるのを恐れている。
智恵理は、流水のように流れる人ごみを掻き分ける。
怪訝そうな顔をしていく女子生徒たちの中で、異常に気がついた常磐城さんが立ち止まる。塞ぎ込むように自分の靴に視線を注いでいた彼女は、ゆっくりと顔を上げる。
視線が混ざり合うと、信じられないものでも見るかのように、目を見開く。
「常磐城さんだよねっ、代表挨拶凄かったよ!」
言った瞬間、自分の甲高い声に寒気がした。
慣れないことはしないほうがいいが、ここは彼女に取り入るために必要なことだ。ここで気に入れられることができなければ、あえて見下させるために、寝癖をつけてまで隙を見せている意味がない。
常磐城さんは、露骨に喜びを示していた。
「あっ、あの程度わたくしにとっては造作もありません」
「ほんと、感動したよ~。智恵理に紙を渡した時はどうやって切り抜けるのか不安だったんだけど、あそこまで完璧にこなせるなんて思わなかった」
「あなた、やっぱりさっきの……? それよりもあの紙をどうし――」
「凄いねっ、常磐城さんっ! あんなに長いスピーチを諳んじるなんて尊敬するよっ!」
「と、当然ですわっ!」
目が泳いでる常磐城さんは、分かりやすくて御し易い。無駄に誇り高い人間ほど、自分が傷つくことを恐れて行動がパターン化する。だったら、自分の好きなように誘導するのも容易だ。
あの紙が、スピーチ原稿だというのは、拾った瞬間すぐに気がついた。だからこそ、使えないようにしたのだ。仲良くなるためには、悪印象を与えないほうが得策なのだが、どうしても恥をかかせるためにしたくなってしまったのだ。
それでも、なんなく器用にこなしているあたり、Aクラストップの成績を収めた人間だけはある。憎々しいが、智恵理よりも学校の成績は上なのだ。まあ、あの珍騒動を見た後では信じられない事実だが。
一つだけどうしても気になって仕方のない点がある。
それは、鼻から吹き出している鼻血だ。
乙女とは思えない、立派な鼻血の痕跡は未だに健在。むしろカサカサに乾いてしまっていて、黒くくすんでいて後処理がひと手間かかりそうだ。
少なくとも乾拭きでなく、水ぶきでなくてはならなそうだ。もしや、無我夢中で挨拶をしていたせいで、血を拭くという発想すら飛んでしまったというなら、その天井知らずの馬鹿さ加減に脱帽ものだ。
見るに耐えれずに、注意しようとすると、「あっ」と彼女は情けない声を上げてしなだれかかってくる。立ち止まっていたせいで、他の生徒との肘と肘が少しだけぶつかったせいだ。避けることもできずに、彼女の頭が智恵理の胸に飛び込んでくる。
それほど強い衝撃が加わったわけでもないのに、倒れかかってきた彼女を怪訝に思いながらも、智恵理は彼女の体が冷たいことに気がついた。
「あのっ、大丈夫ぅ?」
失言してから、チッと内心で瞬時に舌打ちする。なぜ、こんな奴に同情するような声をかけてしまったのだろうか。咄嗟に言葉が出てきてしまった。
「だっ、大丈夫ですわ!」
ガクン、と膝の折れそうな常磐城さんの体を支える。傲岸不遜な態度とは裏腹に、その体は限界がきているようだ。
まったく、世話が焼けるお嬢様だ。
その状態で見つめ合っていると、彼女の蒼白だった頬が徐々に赤らんでいく。どうやら彼女は、智恵理のような庶民に助けられて羞恥心を感じているらしい。
……流石は、あの常磐城の一人娘だけはある。
無様な自分の醜態に嫌気がさしたのか、パッと智恵理から手を離す。そして即座に後悔したように、瞳が悲壮感を帯びる。なにがそこまで名残惜しいのかは知らないが、憐憫を誘うような表情は不愉快極まりない。
「このわたくしを助けたのは、褒めて差し上げます。あなたの名前を聞かせなさい!」
彼女は、やはり智恵理のことなど知らなかった。
智恵理は、常磐城さんのことを調べあげたというのに、彼女はなにも知らない。当たり前のことなのに、理不尽な憤りを感じざるを得なかった。偽物の笑顔を貼り付けて、どうにか自然に振舞う。
「智恵理の名前は、生天目智恵理っ! これからはよろしくねっ、常磐城さんっ!」
うーん、多分智恵理が主人公だと思います!




