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episode24 【調理室】 牛乳とプリンとバナナ! (上)


「ごめん、後ろ結んでくれる?」

 豪華客船の甲板で、向かい風を一身に受けるみたいに体で十字架の形になる。忍は素直にエプロンの紐をキュッ、と結ってくれて蝶をつくる。

「ありがとっ」

 元よりAクラスは勉学に重きを置いた、過密なスケジュール。ほっと一息をつける調理実習に羽をのばしたいという気持ちは、クラスのみんな思い思いの格好からも滲み出ている。

 ただ、調理実習室に色彩豊かで愛くるしさのある、多種多様なエプロンが映える中、少し場違いな例外が一人だけ。

 メイド服姿の忍だ。

 今日はより気合いを入れこんでしまっているのか、観察する眼にダメージを受けそうなピンク色で、スカートはかなりのミニ。愛くるしいことは否定はできないけれど、衆目を集めてしまう分、どこかに消え入りたい気分だ。

「このメイド服、似合ってますか?」

「うんっ、すごく似合っているよ。恥ずかして逃げ出したいくらい」

「そんなことありませんっ! 制服の上にエプロンを着用する智恵理様は、かなり可愛いです」

「……そういう意味じゃないんだけどね」

 歓談に興じていると、

「はい、みなさんこっちに注目してください! そこ、おしゃべりしないでください。……今から四人または、五人で調理実習のグループを自由に作ってください。特に今回は、冷蔵庫で一、二時間冷やさないといけない料理があるので、きびきび動かないと終わりません。みなさん協力してください」

 耳を聾するほどでもない声の張り上げ方で統率するのは、家庭科の専門教員ではなく仕切り屋・御巫さん。クラスの面々は特に異を唱えるわけでもなく、指示通りに動く。

 入学してから一ヶ月ほど経過した今、ある程度の友達グループは形成されていてほとんど迷いなく手を取り合っている。キャアキャア楽しく笑いを交わし合っている集団に、足を踏み入れようとして、不意に現実を突きつけられ立ち止まる。

 ……友達が少なくて、グループが作れない。

 よくよく思い返すと入学してから、忍とばかりべったりしていてマトモにクラスメイトと積極的にコミュニケーションをとっていなかった。開き直って挨拶を交わす仲にふてぶてしく輪に入ろうとすると、熱視線を肌で感じたので、視線の先をたどる。

 すると。

 ……常磐城さんが仲間にして欲しそうにじっとこちらを見ている。

 視線が絡み合うと、パッと目を離してわざとらしく髪を梳いている。その指にはペタペタと絆創膏が貼ってあって、きっと昨日のうちに料理の猛特訓を積んだみたいだ。それを指摘したらきっと、否定するだろうけど。

「常磐城さん、料理上手?」

「ふん、当然ですわ。わたくしの家の一流シェフを唸らせるほどの腕前ですもの」

 そっか。シェフの人に料理を習ったんだ。

「だったらさ、智恵理たちといっしょにグループつくらない? ね、忍もいいでしょ?」

 パァと露骨に表情の明るくなったのを誤魔化すように、不完全な能面を取り繕うとする常磐城さんを見やった忍は、渋々といった感じでも首肯した。

「……智恵理様が仰るのなら」

「よろしいですわっ! 特別にこのわたくしがあなた方に料理の真髄というものを教えて差し上げましょう」

 声高らかに宣言する常磐城さんには悪いけれど、忍の家事能力はお嬢様学校の中でも群を抜いていると思うので、智恵理たちにはやることがないとは思う。

「……あなたたち、三人しかいないじゃない。しかたないから、この私が入ってあげるわ」

 たいへん不服そうに話しかけてくる御巫さんに、ちょっとばかり驚く。智恵理たちのことをどこか嫌悪している節があったから、自ら志願してくるなんて思わなかった。

「なによその顔は。あくまでクラス委員として、余り物グループを見過ごすわけにはいけないでしょ。たとえどんなに害を及ぼすか分からな人たちでも差別したくないし、私が監視したほうが統率しやすいもの」

 もしかしたら、常磐城さんと御巫さんは毒を吐くレベルはいっしょぐらいなのじゃないだろうか。一度深く話し合ったら、いい友達関係になるような気がする。

「……それから、常磐城美玖さん。あなたその指は?」

 一切空気を読まない発言に目を剥く常磐城さんだったけど、どうにか立て直す。

「これはわたくしの庭に生えてある草木で、指を少し切ってしまったのですわ」

 ……常磐城さんの庭はどこのジャングルなんだろう。

「そう、あなたの家も大変そうね」

 御巫さんも素で心配してしまっているので、このグループは色々問題を抱えていることが発覚! 調理を始める前から、不安材料しか見当たらない。この人たちを上手く料理する自信がない。

「今日調理するのは、牛乳プリンとバナナジュースです。簡単なのでみんなで協力して作りましょう」

 将来は先生になりそうなぐらい堂の入った声調でどこか安心感があるのだけど、常磐城さんが青ざめる。

「……えっ? じゃあ、もしかして包丁を使ったりしませんの?」

「しないわよ。今日調理するのは事前に説明していたでしょう。しっかりしてください」

 常磐城さんは、分かりやすく目を伏せる。

「……そんな。あれだけキャベツの千切りを練習をいたしましたのに」

 ……キャベツの千切りが料理の真髄と豪語するなんて、大胆かつ斬新な発想だ。

キャベツの千切りだって、立派な料理だっ!! と言い張ってみる。

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