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episode19 【体育館】 本当に大切なこと! (下)


「生天目さん、あなたは私と組みなさい」

 御巫さんはため息をつきながら、こっちに来なさいと顎をしゃくる。

 えっ、でも、とこちらが渋る前に、彼女は勝手に迷いなどなさそうに歩き出す。踵を返したまま振り返らない彼女を、そのまま放っておくわけにもいかず着いていく。

 そして体育教師の号令が叫ばれると共に、隣にいた御巫さんとなし崩し的に柔軟体操をすることになった。お互いの背中を合わせると、尖った肩甲骨がぶつかり合う。シャンプーの甘い匂いが鼻先をかすめて、すこしばかりドキッとする。

「あなたが先に引っ張りなさい。ほら、さっさとやりなさいよ」

 異を唱えてもロクな事態にならないので、慇懃無礼な態度を黙殺し、後ろ向きのまま彼女の肘と自分の肘を合致させるように組む。そしてそのまま大荷物を背負うように、背中に乗せる。体重は思っていたほど感じない。

 ……んっ、と色っぽい声を漏らしながら、上になっている御巫さんに尋ねてみたいことがあった。

「あのっ――」

 ぐぎゅるるるるるるるるるるる。

 と、聞いたこともないような、尋常でない大音量の腹の虫が響く。耳に聞き届けた近くの女子生徒たちがクスクスと嗤いながら、鳴らした人間が誰かという憶測を囁く。確証に至らないためにそのまま周囲の関心は他へと向くが、実行犯が誰なのかを知っている人間はそうはいかない。

 気まずい沈黙が漂う中、互いの上体反らしを終えると今度は御巫さんがへたり込むように座り込む。

「さあ、はやく押しなさいよ」

 半身だけ振り返ると拗ねているような半眼になっていて、どこか子どもっぽくて憎めない。

「分かったよっ、さっきのことは智恵理の胸の中にしまっておくからっ!」

「さっきのことってなんのことよ」

「え? だからさっきのお腹の――」

「いいから背中押しなさいよ! 強く押しすぎたら……その時は分かっているでしょうね」

「分かってるよっ! ごめんねっ!」

 ……ちょっと、からかい過ぎっちゃったかな。

 後ろ髪は一つに結いながらも、ちょっとばかり毛先の一固まりを少しずつ出していて、生け花のように綺麗。しゃんと背筋を伸ばしている様子は、どこか緊張もしているようにも見て取れる。

 またもや激烈に促される前に、そっと背中に手を当てる。うっすらと体育着に透けている下着の部分に手を触れなければいかず、少しばかり躊躇したが、意識しないようにそのまま押す。すると、特につっかえることなく、御巫さんは簡単に自分の足に手をつけた。

「うわ、柔らかい……」

「……ふっ……んっ……このぐらい……当然です」

 思わず本音の独り言が出てしまったのだけど、御巫さんはまんざらでもなさそうだ。図らずも機嫌が良くなったから、少しは話をしてくれるかも知れない。

「どうして智恵理と組もうと思ったの?」

「それっ――はっ!」

 彼女は伸びの状態から、一気に戻る。

「あなたたちがとても危険だからよ」

「あなたたちって、智恵理と忍のこと?」

「そうよ。次、交代して」

 すくっと立ち上がると後ろに回り込んだので、しかたなく前屈の準備をする。

「見たところ、忍さんは生天目さんに依存し切っているでしょ。あなたたちがこのままの関係を惰性で続けていたら、そう遠くない未来に破綻するでしょうね。……それも最悪な形で」

 あまり柔軟性のない智恵理の身体は、足にたどり着く前に途中でつっかかる。

「どうしてそんなことが言えるのかなっ!? だって、御巫さんは智恵理たちのことなんてよく知らないよねっ?」

「そうね」

「それに忍はそこまで弱い人間じゃないよっ。あの子はきっとどんなことがあっても、一人でなんとかできる子だからっ」

 きっと生天目さんは、忍の有能さを知らないからそんな突飛な考えに至るんだ。あの子の家事能力から始まる多彩な手際の良さは、万能とも言えるぐらいの壮絶な器用さだ。

「分かったから、そんなに怒らないでくれる? ただ、あなたたちが気になったらから言っただけでしょ」

「……えっ、全然怒ってないよっ! こっちこそ言いすぎてごめんねっ!」

 うまく感情を込められなかったせいで、白々しい空気が流れる。あちらが話そうとしないので、仕方なくこっちが口を開く。

「……それにしても優しいんだねっ、御巫さん」

「……なんのこと?」

 一通りの二人組柔軟体操を終えると、二人して立ち上がって向かい合う。

 怪訝な顔をしている御巫さんは、胡散臭そうにこちらを見やる。

「だって、さっきの言葉は、智恵理たちのことをそこまで考えてくれたってことだよねっ! だから言ってくれたんだよねっ」

「――ッ、違うわよ。ただクラス委員として、クラスの危険因子を見過ごせないだけ。だからあなたにそんなこと言われる義理はないわ」

「でも、」

「ふん、いいから行くわよ。先生から集合かかってることだしね」

 冷たく言い放つ御巫さんだったけど、小走りになっている後ろ姿はちょっとばかりスキップ気味だった。

ちょっと文長いですねwww

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