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episode11 【店内A】 綾城さんの家庭事情!



 どうにも堅苦しさを拭えない、高級寿司屋。

 カウンター越しに、二人の板前さんが寿司を握ってくれている。一人は顔がこわばりながらながらも、流麗な技巧で新鮮な食材を捌いている。

「てきとうに握ってください」

 綾城のおじさんがそう頼むと、もう一人の、重厚な月日を積みかさねたと思われる板前さんは、口を引き締めたまま微かに頷く。凝視しなければその些細な顎の上下運動を視認できないぐらいだったが、慣れているのか綾城のおじさんはカウンター席に座ったままだ。

 切り身の巨大な塊が横並びしているショーウインドウを隔てたカウンター席と、人のくつろげる座敷があるのだが、客は三人だけの貸切になっていて、より嫌な汗をかいている。

「学園生活はどうなのかな? 智恵理ちゃん」

 背広にネクタイ姿が似合っている綾城のおじさんは、自分の娘を間に挟みながら窮屈げに話しかけてくる。無駄毛のない清潔感のある顔で優しげだが、隙のなさを感じる。

「楽しいですよ。クラスに恵まれたようですし」

「そうか、それはよかった」

 チラリと、綾城のおじさんは自分の娘に視線を浴びせる。瞬刻だったが、目ざとく視線を捕まえるとキッと睨む。

「私はDクラスですけど、それなりに楽しくやらせていただいていますよ。お父様」

 獰猛な肉食獣を想起させるような迫力に、獅子の鬣のような純粋なるブロンズの髪。豹のようなしなやかな体躯は、服越しからでも爆発的な色気を放出している。彼女の着用しているのが制服でなければ、虜となった異性からの不躾な声掛けは数倍に膨れ上がるだろう美麗さ。

「そういうつもりで言ったんじゃない。だいたいお前は――」

「お寿司できたみたいですね。いただきましょう」

 突っぱねるような娘の態度につんめりながらも、衆目での口論が気恥かしくなったのか押し黙る。

 絶妙なタイミングで助け舟を出してくれた、無表情の板前さんに感謝の熱視線を送るがのれんに腕押しという風情。そのよそよそしさが、お客と板前の本来あるべき距離であるという無言の主張なのか。

 居心地の悪さは薄らいで、でてくる上品な味わいのお寿司に舌鼓を打つ。

 その間、二人から無言のプレッシャーを感じながら、間で板挟みになっていた智恵美は無神経を装いながら、話題を振るが盛り上がりに欠ける。

 そんな逃げ出したい時間が経過していくと、恭しく秘書の方が店内に入ってきて、綾城のおじさんに耳打ちする。すると、顔色を変えたおじさんが

「すまないが、そろそろ仕事に戻らなくてはいけない。会計はしなくていいから、ここで二人ともゆっくり食べていていい」

 綾城さんは反応のといった反応を見せなかったので、智恵理が代わりにわかりましたと返答する。

「それから……」

 綾城のおじさんは何かを言うべきか逡巡する。秘書の方が急ぐように尖った気配を出しながらも、微動打にせず。そして一大決心したかのように、やがて口を開く。

「娘をよろしく頼むよ」

「……はい」

 どんな風に受け取られたかは分からないが、スーツ姿のおじさんは穏やかな表情になった。

 それから、慌ただしく綾城のおじさんがでていってある程度の間が空く。

 すると、

「ありがとうございました。とても美味しかったです」

 とすくっといきなり綾城さんが立ち上がる。行きましょ、と小さく声をかけられ、智恵理も板前さんにごちそうさまでしたとお辞儀をする。美味しかったと評されたせいか、少しだけ目元の皺が緩まった昔かたぎの板前さんを印象に残しながら、迷いなき綾城さんを追いかけた。


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