episode10 【教室⇒廊下】 放課後危機! (下)
「それでも尚、秋月さん、あなたには自覚が足りない。それをわざわざ、この私が注意してあげてるのだから感謝しなさい」
「あ……ありがとう?」
秋月さんは天然なのかそれとも狙って放った謝辞なのかは不明だが、御巫さんの怒りの表情が更に厳しくなっていく。
「どうして、他クラスである御巫さんが口出すのっ? 関係ないと思うんだけど……」
憮然としてこちらを見やる御巫さんに、少しばかり本音で言い過ぎてしまったかと自省する。
「関係あるわ。なぜなら私はAクラスのクラス委員に任命されたのだから。だから、この学年の真の代表といっても過言じゃない」
確かに、成績の突出したクラスの頂点に立ったのだから、教師受けがいいのは明白。少なくとも合理的な判断の多いAクラスでは、大いに役に立つ称号だろう。不遜とした態度も、クラス委員になれた自信の裏付けなのかも知れない。本来ならば、欠席している常磐城さんのポジションだったのだろうが。
「だから秋月さんを……?」
「そう、イレギュラーを極力潰すことこそが、平穏な学園生活を送る上で必要不可欠なのよ。完璧主義に徹することで、生徒全員の心を常に清潔に保ち、正しいものとする。そうすれば、いつかみんな偉大な私に感謝する時がくるでしょうね」
目の色を伺ってみると、どうやら本意らしい。恍惚とした顔色で自分の理想を滔々と語る姿は、あまりにも不気味だ。
だけど、自信満々に自らの言葉に一点の曇りもないと盲信している人間の言葉には、言い様のない説得力が篭るのもまた事実。彼女の思想に魅力を感じる人間もきっといるだろう。
「そ、そうなんだっ。そういう考えを持っているのって、素晴らしいと思うよっ!」
「あなたにも、少しは私の崇高さが理解できるようね。やはりAクラスなだけはあるわ」
皮肉を含んだ言葉だったのだが、意に介さずにふっ……と嬉しそうに微笑を浮かべる。
「それに比べて、秋月さんのようなDクラスの人間は本当に頭が固い。固すぎる。ほんとうに秋月さんは、この私よりもいい成績をとったのか甚だ疑問ね。もしかして、裏で何かしたのかしら? 学園長ともなにやら既知の関係だという噂もありますし」
うわあ、絶対今度こそこんな暴言を吐いた御巫さんは、萎縮するだけでは済まされない事態になるだろうなと思って肩をすくめる。
が、予期していた天災のような雷は降ってこない。怒りのあまり秋月さんは言葉もでないのかと思い、視線をやるといない。さっきまでそこに佇んでいたはずの秋月さんは、忽然と姿を消していた。
「秋月さんはっ?」
「秋月さんなら少し前に帰られました。お二人が話している間に、こっそりと」
忍が神妙な顔でいうので、ちょっぴりおかしい。小さく噴き出してしまいそうだったが、御巫さんに見咎められ、慌てて引っ込める。
「まあ、いいわ。少なくとも注意したのだから、これでわきまえるでしょう。それでは二人ともさようなら」
「さようなら。道中、お気を付けて」
「じゃあね、御巫さんっ」
快く送ると、すたすたと、秋月さんに逃走された怒りを発散させるように歩いていく。智恵理たちに集まっていた雑多な視線も、興味をなくしたのか自然と霧散している。
「ちょっと変な人だったね、御巫さん」
「そうでもありませんでしたよ」
「あんな考え方しているのにっ?」
「はい。智恵理様に比べると、かなりの常人です」
一瞬、キツく睨みつけるフリをするが、こらえきれずに二人して頬を緩める。たわいもない冗談で、緊張していた空気をなんとか打破させようとしてくれた善意だろうし、なにより自称メイド流の忍びに言われたら形無しだ。
「智恵理様、時間が押しています。今日は生天目の人間として大事な会食が――」
「わかってるよっ。歩きながら急ごうか。走ったりしたら、御巫さんが飛んできて『廊下を走らない』って叱られそうだしねっ」
軽いジョークを混ぜながらも、ちょっとだけ本気のセリフだった。それぐらい御巫さんの瞳は、危うい光を放っていた。
だけど、心なしか足取りが軽い。定期的に顔見せしなければならない身の上は疎ましいが、今日の相手はいつもよりも肩がこらないだろう。
「じゃあ、綾城さんとの会食、急ごうかっ!」




