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あなたと私を結ぶ運命の青い糸 ~王子妃は副業で多忙につき夫の分かりやすい溺愛に気付かない~  作者: 松ノ木るな
ボリジの章

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⑮ そんなふうに思ってないです…。

 彼女、ヨルズは少々甘えたような態度で、周囲を気にして一度見まわし、話を始めた。


『今日の放課後、私とマンツーマン相互レッスンをしませんか? 多くの時間は要しないです。小半時ずつで』


 ああ、昨日、私が方言を教えてほしいと言ったからか。いい提案だけど、放課後は部活動もあるし、優先度が高いことでもないかもしれないわね。


『せっかくだけど、まだ方言までは手を出せなくてね。標準スクルド語にも追いついていない状況なの。私がこちらの生活に慣れた頃に、またお願いできるかしら』


『いえ、私の出身地の方言を教えるのではなくて』

『ん?』


『私が提供できるレッスンは“方言概論”です』

『概論?』


『ここスクルド国にはたくさんの方言が存在します。私の地元はそこそこの地方都市なので、別に覚える必要もない方言ですが、そうでないものもあります』


『ああ、領地もすべてが同一価値というわけではないものね』


『政治的に重要な地域の方言はどこで有用になるか分かりませんし、それこそ市民権……いえ、国民権を得ている方言というものだって存在するのですよ!』


 なるほど。地方言語論ということ。


『私がその概論を先生にレクチャーして差し上げます。その代わりに、先生付きで次回授業の予習をさせてください』


 彼女は真剣な目で私に訴える。


『ずいぶん勉強熱心ね』


『当たり前です! 私は田舎地方のぱっとしない貴族の家の出ですが、このクラスに選ばれて未来(さき)が開けたのです。華々しい出世への道が!』


 そうか、外交官育成クラスって、長きに渡る和平が築かれるか、または戦争の時代に戻るかの責任者を育成するのだものね。


『私だけではありません。各々が立身出世の足がかりを模索していますし、今はいかにクラスメイトを出し抜くかが勝負どころです。先生はクラスの男子たちなんて、ただの、可愛い女教師に弱い、下心いっぱいのド助平だとお思いでしょうけど』


 ド助平……?


『もちろん私欲のみではなくて……みんな本気で、知識、技能を磨いて国に報いようとしているのです。負けていられません!』


「…………」

 まだ15歳だというのに、すごい気迫。その熱意に気圧されてしまった。


 それなら尚更ひとりを特別扱いするわけにも、とは思ったけど、実は方言概論にはちょっと興味があったりして。


『じゃあ、今日だけは特別。その気合に私も報いましょう』


『やったぁ! では下校時刻の1時間前に。みんなには内緒のレッスンですから、使用部屋は、本日、私の所属する美術部の活動がないので、美術室の隣倉庫が空いてます』


『分かったわ』

 あとで美術室の位置を確認しておこう。




 ついに初の学級会の時がやってきた。闘志を滾らせ挑戦者がぶつかり合う、フェアで熱い勝負の種目は──


『命名「いす取りゲーム」だ──!!』


『『『うおおお!』』』


 司会者を請け負ったので恥じらいを捨ててみた。


 ん、生徒たちがなぜか東西に分かれて待機している。


『文官の息子ども! その高い鼻っ柱へし折ってやるぜ!』

『『『うおおお!』』』


『何を武官勢! 宮廷を牛耳るのは僕たちだって分からせてやる!』

『『『うおおお!』』』


 これチーム対抗戦ではないから……個人戦だから……。


 女子たちはこの様子を、「本当に男子ってば子どもなんだから」という顔で見ている。アンジュがラスを見る目もたまにこういう感じかな。


『先生! 優勝者に贈られるプライズは!?』


 あ、賞品のことを忘れていたわ。今すぐに用意できるもの? ……そうだ。


『じゃあ優勝者には私の、マンツマーン・徹底(スパルタ)レッスン1回1時間チケット、3枚組で!』


 さっきヨルズから聞いた意気込みが本当なら、みんなにとって悪くない賞品でしょ?


『『『うおおお!』』』


 あら、自分で言っておいてなんだけど、本当にそれでいいの?





 試合(ゲーム)開幕。円を描く椅子に、虎と狼のクッションを交互に置いた。


 せっかくなので序盤のみんなには手をつないでマイムマイムを踊ってもらう。この学級会の目的はあくまで、これからひとつの教室でやっていく同士の親善だ。音楽に合わせていっしょに踊れば誰とでも仲良くなれる、と昔の偉人(御霊(みたま))が言っていた。


 そういえば、ダインスレイヴ様は結局、調査等で忙しく、解決の糸口が見つかるまでは登校どころではないみたい。これに参加してもらえなくて残念……。


 演奏と合図担当の子が優雅にヴァイオリンを奏でる。

 もっと聴いていたいなぁ、というところで急にストップするけれど。それにもだんだん慣れてくる。


『俺が先に座ったんだぁああ!』

『なんだとおおお僕だああ!』


 ……親善とは。


『私が先に座ったのですわ』

『どうぞイリーナ様!』


 イリーナ、強い……。


『はいはい。ちゃんとルール通り、狼の席なら背丈の低い方が譲ってね』

『お前のが低い!』

『そんなことない!』


 ああ結局ケンカになる。


 客観的にこのゲームを眺めていると、やっぱり反射神経がモノをいう、というシビアな現実が見えてくる。

 性格の差というのもある。完全にフェアな勝負なんてどこにも存在しないの。


 んー……?

 なんか、あの子の動き、やたら目を引く……。

 ずば抜けて機敏というの? ひとりだけワンテンポ着席が早い。


 瞬発力が、というなら、軍人の家系で訓練を受けている子はもちろんだけど。

 あの子はそれだけではなくて、急な合図が来ても、少しも“迷い”がない……。


 まぁ、なかなか個性が出て面白いわね、観戦も。




 そろそろ終盤。

 ここで敗退したヨルズが寄ってきた。


『残念だったわね。かなりいいところまできたのに』

『ええ悔しいです。強引に押し出されてしまいました』

『……今、穏便に譲っていたように見えたけど』

『子どもみたいな男子と同じ土俵に立つのはどうかと思ったので』


 思春期の女子も難しいものだ。


 さて、残る椅子はただひとつ。奇しくも、文官と武官の家の子の、ワンオンワンになってしまった。


 ギリギリ歯を鳴らす両者……しかし、たったひとつの椅子なので、明らかに運の要素で勝敗は決まる。


『うおおお俺が優勝だ!』

『くぅっ。私の負けだ』


 ここで優勝者が、高みから手を差し伸べ……。


『お前、温室カールソン家のひ弱息子だと思っていたが、なかなかやるじゃねえか』


『脳筋エドヴァール家の息子よ。なんの、このフェアな戦場で私は実力不足であった。やはり宮廷は役割分担で成り立っていて、どちらが上だの下だのはくだらない』


 ふたりは固い握手を交わした。


『手を取り合ってこの宮廷の荒波を越えていこう!』

『よろしく頼む!』


 拍手が巻き起こる。若者って単じゅ……柔軟でいいな。

 いい雰囲気で終われた。目的を達成したと言える。


『さあ、みんなで片づけして。終礼を行いましょう』




 放課後に入り、私は教務棟に寄る暇もなく、部室へと出向いた。


 今日もシアルヴィは惑星運行儀の開発に全力を注いでいる。彼に手伝えることを聞いたら整理整頓を任された。私も満天の星空を描き出す、惑星運行儀(それ)に興味があるのだけど。

 イリーナは生徒会の活動を終えてからやってきた。それぞれ真剣に取り組んでいた頃。


「あ、もう時間だわ」

『どうしたんですか先生』


「ちょっと用事があって、今日はここまでにさせてもらうわ。帰宅時には戸締りをしっかりしてね」

『『はい』』

 私は急ぎ足で部室を後にした。


『ルリ先生、お忙しそうですわね』

『ユッ……ルリ!!』

『きゃっ!? あ、あら、レイ=ヒルド。ドアは静かに開けてくださいな。……あなた、ずっと授業にも出てませんでしたね』

『ルリは!?』

『まっ、先生を呼び捨てにするだなんて。不良ですわ』

『先生ならたった今、出ていかれたよ。見なかった?』

『どこへ?』

『さぁ、用事としか』

『……』

『レイ君?』

『……行ってしまいましたわ。まったく、慌ただしい』





 美術室倉庫の扉がガラガラっと開く。

『先生、遅れてすみません!』

『いいえ、私もついさっき来たところだから』

 私は机もレッスン用に並べ、彼女、ヨルズの訪れを待っていた。

『じゃあ私からレッスンを始めるわ』

 息せき切っていたヨルズはすぐに呼吸を整え、私に対面する形で着席した。

『よろしくお願いします!』




『──はい、私のレッスンは以上よ。もう質問はないかしら』


『はい、ありがとうございました先生! 自己紹介の、「私()ヨズルです」と「私()ヨズルです」の違いを理解できたわ!』


『そう、“は”と“が”の使い分けをマスターするだけでもネイティブ感が増すわ』


 呑み込みの早い子だ。ここに選ばれた子たちはみんなそう。血筋だけでなく、本人が血の滲むような努力を続けてきたゆえだろう。


『では、今から私のレッスンですね』


 彼女は立ち上がり、黒板へ向かいだした。


『先生』

『ん?』


 呼ばれたが、私は手持ちの鞄から学習用ノートを探すのを優先している。


『私、本当は……』


 彼女の言葉には耳を立て、しかし、まずはノートを開く。この時の目線はもちろんノート。


 ただ、私の神経は全力で彼女を見つめていた。


 だって、彼女は────。


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『子爵令嬢ですが、おひとりさまの準備してます! ……お見合いですか?まぁ一度だけなら……』

 こちら商業作品公式ページへのリンクとなっております。↓ 


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しっかり改稿・加筆してとても読みやすくなっております。ぜひこちらでもお楽しみいただけましたら嬉しいです。.ꕤ

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