編集部にて ③
母さんと二人部屋に取り残される。
まぁ、聞きたいことは山ほどある。
「息子って、あの塩野 太郎っていう人? あれ私の兄妹?」
「いや……。あの子は再婚した夫の連れ子なの」
「あー……って、再婚してたの!?」
再婚という単語に思わずびっくりした。
「え、ええ。あなたのお父さんには伝えているはずなのだけれど……」
「なんも聞いてないんですけど」
以前帰ったときにはすでに知っているし、再婚したっていう情報くらいは教えてくれてもいいとは思うが……。
いや、帰ったときは妹の件で忙しかっただろうしそれどころじゃないけど、再婚って今年再婚したわけではきっとないだろうしもう何年も前に……。
「潤……。あの時は本当にごめんなさい。迷惑ばかりかけて……」
「いや、迷惑ばかりかけてたのは主に妹だけど……。うん……」
「大きくなったわね……。立派に育ってお母さん嬉しい」
「うん」
「仕事は何をしているの?」
「あー」
私は携帯を開き、自分のアカウントを見せる。
「配信者」
「じゅんぺー……。配信でお金稼いでいるの? きちんと食えてるのかしら……」
「余裕で食えてるから心配ご無用」
たまに動画も出してるし、その視聴回数も割とあるから広告だけでもものすごく稼げるんすよね。うん。
ただ、これはあくまで私がYeyTuberとして成功しているから言えることでもあるのだけれど。
「で、今気になってるのははまってた宗教はどうしたの? やめたの?」
「やめた。離婚して、すぐに気づいたのよ。信仰してても離婚もしちゃうし神などいないのではないかって。神がいるならばこんな不幸なことが起きるわけがない。だからもう神様は信じないことにしたの」
「極端すぎるんだよな……」
「宗教にかけた費用は勉強料としてあきらめようとしたけど、やめるときひと悶着あったのよね」
「どんな?」
「ばれたくないからと言って抜けるのを許してもらえずに、無理やりやめようとしたら殺されそうになったのよ」
「なにそのシチュ。興奮しそう」
殺されそうになるシチュエーションか。私もたくさん経験してる。
だけど、殺されそうになるのは嫌だけどその緊迫感は癖になるよね……。
「だからこっちもやれることはやったわ。警察に動いてもらってその宗教の教祖が逮捕されて死刑囚になったの」
「どんだけやばい宗教だったんだよ……」
死刑になるなんて相当だぞ。
きっとあれだな。人とかたくさん殺していた宗教なのだろう。
「ま、宗教はやめたわ。今は前向きに会社の社長として……」
「……この会社ってなんで母さんが社長に?」
「先代の社長に任命されたの。もともとしがない編集長だったのだけれど」
「なるへそ」
うーむ。
わが母さんの人生はとてつもなく波乱万丈すぎる。人生山あり谷ありというが、起伏が少しばかり激しすぎないだろうか。
こういうまじめな話嫌いでふざけたいのにどうにもふざけられるような感じじゃないぞ。
「さて、今度は私が質問。その……私のことをどう思ってる? あなたがたを差し置いて一人だけ再婚してるし……あの人も再婚したのかしら」
「別にどうも思ってないけど……。私そういうの気にしてないし。それに、父さんは独身だよ。妹の件で忙しかったのもあるけど、多分結婚には懲りたんじゃないかな」
「そう、よね」
「あの歳の男性はもうもらってくれないって。本人もそう思ってるから仕事に集中してんじゃないかなー。母さんと離婚してものすごく老け込んで見た目が歳以上に見られるくらいだし」
「…………」
「母さんも昔と比べるとものすごく老け込んだね。ストレス?」
「そう……。潤がうらやましいわ」
「うらやましがられてもね……。この年齢はあげられないから。あげられたら逆にホラー……」
「いいわね。そのホラー。誰かに描かせようかしら」
描かせるなよ。少なくとも少年誌では。トラウマになるぞ怖すぎたら。
「ま、だいたい母さんの近況は理解できたし行くよ」
「もういっちゃうの?」
「また会えるよ。私も東京に住んでるし。それに、たまにこの編集部に遊びに来るよ」
「それはそれでだめなのだけれど……。来るならここにしなさい」
と、メモ用紙に自分の住所を書いていく。
うわ、結構立地がいいところに住んでる。高級住宅地に宅を構えているのか。多分再婚相手のほうもものすごくいい立場なんだろうな……。
「またね」
「ええ……」
私はカバンを持ち、編集部を後にしたのだった。
さて、瀬野の仕事場に戻りますか。




