漫画家の家へ! ②
原稿作業の撮影をしていると、扉があく音が聞こえる。
中に入ってきたのはグラサンをかけた無精ひげを生やした男だった。
「瀬野せんせーい! 順調ー?」
「貴様……」
瀬野の声はちょっと低い。
「おやおや? 誰ですかなこの可愛いお嬢さんは! こほん。私は、週刊少年ギャング編集部、X Plan担当の塩野 太郎と申します。お嬢様。ぜひ私と結婚を視野に入れた……」
「嫌ですけど」
「即振られ……。まぁいい。めげませんとも。で、原稿できました?」
「できているように見えるのか? 貴様がもっと早く頼んできていたら終わっていたころだ」
うーん。なかなかこの編集はうざい気がするな。
なんか無性にイライラする。私はしょうがないのでカメラを止めた。だが、止めた瞬間を見られていたようだ。
「撮影していたのですか! カメラ嫌いの瀬野先生が良く許可しましたね!」
「僕が許可したのだよ。邪魔するなら帰ってくれないか」
「いえいえ、編集長から原稿を早く持ってきてくれと怒られているので!」
「貴様……」
その塩野という編集者はどかっとソファに座る。
「…………すまないがお嬢さん、茶を入れてもらえるかい!」
「……私?」
と、私に茶を入れるように指示してきた。
なんで私が? と思うが仕方ないのでキッチンを借りてお茶を全員分淹れる。なんだろう、マゾヒストの私でもあいつだけは無性にむかついてきた。
殴られるのが好きな私でも殴りたくなるって相当なんか合わないんだろうな。なんて思いつつ、お茶を皆に配る。
「すまないね。アレが……」
「…………」
「マゾヒストでもこたえるかい?」
「人生で初めて人を殴りたいっていう思考になってるぐらいにはあいつ苦手……」
「相当だね。仕方がない。君のためになるべく早く原稿を終わらせようか」
あの塩野という輩は呑気に茶をすすっている。
そもそも私だって客人だし、その客人に茶を淹れさせるなんておかしいと思うのだけど。マナー的に。
茶飲みたいなら自分で淹れればいいのに。
「お嬢さんはカメラを回してたってことはテレビの人? テレビならうちを通してくれないと」
「いや、普通に動画投稿者なので」
「それでもうちを……」
「僕が許可を出したのだよ。作家自身が許可を出したのなら問題はあるまい」
「ならよし」
よしじゃない。
なんだろう、マジでむかつくな。
「でもよかったですね。瀬野先生を動画に出すのでしょう? 再生数も普段より爆上がり決定じゃないですか!」
「…………」
私は思わず男に近づき、手を振り上げると、瀬野が羽交い絞めにして止める。
「落ち着きたまえ!」
「マジで説教してやる! てめぇ!」
「何を怒っているんだ?」
「瀬野。悪いけど編集部に一緒に行かないか? まっじでむかつく。クレーム入れてやる!」
「仕方ない……」
「ちょっと、それは困りますよ!」
「困るじゃないだろうがよ! 何普段より再生数が爆上がりだ! 普段から再生ぐらいされてるっての! 人に茶を淹れさせて自分はソファでふんぞり返っていたり、いろいろと失礼な発言ばかりしやがって! お前がそんなに偉いのか! そんなわけねえだろ! X Planという人気漫画の担当編集になったからって調子に乗ってんだろお前は! 瀬野には悪いけど最近のX Planはどうも面白みに欠けると思ってたらお前が担当だからだな!」
「な、何を! 面白くないって……! 瀬野先生に失礼じゃないですか!」
「編集のお前が見て面白くないっていってどうせ直させてんだろ! 生原稿をさっき見せてもらったけどそれは面白かった! あれは多分見せてないやつだよな?」
「ああ。見せていない」
あのコピーを見て、先週号の話がちょっと違っていたということ。
あっちのほうがおもしろかったのに。なぜ?と思うと、やはりこの編集がいるからだ。
「原稿はなくすわ、休載の穴埋めを今になって言うわでどうかしてる! 今でも遅くないから編集誰かと代われ! 編集者失格だろうがよ!」
「落ち着いてくださいじゅんぺーさん! 涙目です!」
「瀬野! もう我慢ならん! 抗議しに行く!」
「しょうがない。僕も少しばかり辟易していたところだ」
私は靴を履いて、編集部に向かうことにした。
怒鳴られて何が起きてるかわかってないこいつとともに。




